episode7. 開戦Ⅲ
えっと、来週からセレネの話に戻って彼女を中心に物語が進行していきます。
今回のような主人公の出ない話は、主人公の活躍のための下地と思ってくださると嬉しいです。本当ならこの開戦Ⅰ~Ⅲはもっと後に出そうと思ってたんですが、辻褄が少しおかしかったので早めに出してしまいました。
今なおも敵からは攻撃が続けられている。だが、後退とはどういうことか?
いつもの紛争よりも撤退が早すぎる。
まさか艦隊規模で故障でも起きたのか?
……いや、流石にそれはないだろう。
そんな状態で戦場に出てくるわけがない。
なら、敵本土に何かが?
これ以上戦闘をしなくて済むのなら本格的な国家間戦争に発展しない可能性が高い。それならば双方に犠牲者が出る前に終わらせることができる。こんな規模の戦闘でも紛争として片づけられることは日常茶飯事なのだから。終われるのなら僥倖だ。
平和主義者のゾイルはただ祈った。このまま戦闘が終わって本国に帰れることを。
どうかそのまま何もしてくれるなよ。
しかし。
「はっ! 怖気付いたな! 今こそ好機!! 司令、今こそ前進すべきです! 追撃の許可を!」
ヤシャ艦長が意気揚々と進言してくる。他の船員も同様の考えなのかやる気を滲ませた表情でゾイルのことを見つめていた。
ああ、そう言えば海軍は好戦的だったな。
ゾイルは内心嘆息を吐きながら彼らをどう止めるか考えを巡らせる。
あちらが戦闘を止めてもこちらが攻撃を本格化させてしまえば紛争に留まらなくなってしまう。かと言って、理由もなく戦闘を止めることもできないし、自分勝手な指示を出してしまえば敵前逃亡と捉えられて軍事法廷行きになってしまうだろう。
どうしたものかな……。
ゾイルがどう指示を出そうか悩んでいると、人工知能アレウスが淡々と意見を述べた。
『陽動の可能性大。全軍とのデータリンクを精査します』
これは使える。
陽動というのは気に掛かるが、今は非常にありがたい報告だ。
ゾイルは人工知能アレウスの言葉を参考にヤシャ艦長に命令する。
「攻撃は継続せよ。だが、深追いはするな」
「なぜです? たとえ陽動だとしても、今なら敵に決定的な打撃を与えられます!」
「ここから先は帝国影響圏外だ。我らの任務は敵の迎撃。これ以上前進することは中央政府の意に反する」
「……了解しました」
一応従ってくれて助かる。やはり海軍は目の前の獲物を叩く癖が強い。
あの御方の影響とはいえ、これからの大きな課題だな。
この攻撃の継続も、艦隊の乗組員を納得させる妥協的な意味合いがある。そうでもしなければ彼らの心境は複雑なものとなるだろう。
そこで通信が入った。
「なんだと?」
「神聖陸空軍より入電。これより攻撃が開始されます!」
データリンク越しに敵の詳細情報が神聖宇宙軍よりもたらされた。ゾイルがそれに目を通したその瞬間、遥か上空から眩いほどのプラズマの柱がいくつも降り注ぐ。遥か上空から撃たれたレーザーだ。
正に光の塔。神話に精通した者であれば、あるいは最早権威を失いつつある宗教の聖書を読み込んだ者であれば"神門の聖塔"を連想したかもしれない。
その光は敵艦隊を直撃する。一時的に衛星軌道に乗った空軍機が対艦レーザーを放ったのだ。さらに少し時間を置いて次々とミサイルが神聖帝国本土から敵艦隊に向けて放たれる。ゾイルの艦隊の上空を通り抜けていくそれらは天を埋め尽くすほどの飛行機雲を発生させた。
結果。
「敵のレーダー反射率48%減! シールドを半分以上削りました! 駆逐艦7隻、巡洋艦2隻の速度が落ちています!」
艦橋内に喜びの声が木霊する。この戦いの初の戦果だ。皆それに喜んでしまっている。
「油断はするな。敵はまだ戦う意志を残している」
冷静なゾイルはそう言って次の指示を飛ばした。しかし内心困惑している。他の軍が事前の連絡もなく攻撃するなど、今までなかったのだから。それに神聖陸軍も空軍も勝手に動くわけがない。これは本国の意志として戦闘を開始したのだ。
つまり、神聖帝国はこの戦争を紛争で済ませるつもりがない。
『緊急命令発動!! <アイギス>最大出力!! 核兵器飛来!! 迎撃開始ッ!!」
「なんだとッ?!!」
アレウスの言葉が言い終わらない内に外が闇に染まる。<アイギス>で完全に光さえも通さないように最大出力を出したためだ。そして。
「うおっ?!」
船全体に激震が奔る。内蔵に損傷を与えるほどの轟音。闇で閉ざされたはずの外の景色が明るく照らされた。深刻な攻撃を受けた時の警報が艦内に鳴り響き、多くの船員が床や壁に叩きつけられた。そしていくつかの計器にノイズが奔り、すぐさま修正されていった。
<アイギス>でその衝撃と熱エネルギーを緩和してもなお艦内は大地震が襲ってきた程の揺れに見舞われた。
しかしそれもすぐに治まる。
「状況報告!!」
ゾイルが命令を発すれば人工知能アレウスが報告を上げた。ゾイルは元々死んでいるようなものなので、多少骨が折れる程度だ。だが、部下たちにはそうではない種族の者もいる。報告員は満足に立ち上がることもできなかった。
ほとんどの者が意識を失い、意識を保っている者もまともに動けそうにない。ゾイルのような例外もちらほらいるが、彼らもこの状況で仲間を助ける暇がない。助けて間に敵の攻撃が来てしまう。
『ミサイル迎撃に失敗した一発が艦隊上空で爆発しました。艦隊に多数の怪我人が出ています。全て治療可能な状態ですが、艦の自動操作が必要です。暫定的に私が艦隊を操作します。被害は、一部駆逐艦が航行不能。艦隊の武装の6%にも被害が出ています』
「治療を最優先に。敵艦隊はどうしている?」
この指示でやっと艦内の怪我人が動ける者たちによって運ばれていった。
『我が軍の攻撃によりシールドが消耗していたため核攻撃の衝撃波をまともに受けた模様。後退を行いつつ、艦隊の補修をしていることを神聖宇宙軍が光学的に確認。こちらに対する攻撃はほぼ止まっています。迎撃順次開始』
ゾイルは怒りを抑えるように握り拳を強く握った。
ヒトに向けるべきではない"通常兵器"を持ち出すなど、そのあまりの愚かさにゾイルは怒りを露にしたくなる。紛争で使っていい武器ではない。相手は本気だ。穏便に済ませる理由がなくなった。
相手はこちらをヒトとも見ていないのは、前々から知っていた。が、こうもあからさまでは怒りを覚えないなどできない。
『本国より入電。敵の攻撃意志は確実なものと思われる。直ちに脅威を排除せよ、とのことです』
「承知した。しかしこれ以上の戦闘は艦隊に深刻な被害が出る可能性がある。本国に増援を要請。我らはさらなる核攻撃に備えつつ、敵戦力を可能な限り削る」
『了解しました。本国に増援要請。これより我が艦隊は緊急防衛用の武器を除き、全ての武装を展開します』
敵に対して怒りはある。いや、今にも爆発しそうだ。戦うことを否定する気はもう消え去った。核を用いて良いのは化け物に対してのみ。核兵器を使う、それが意味することは「お前たちはヒトではなく、ヒトと共生できない。まごうことなき化け物である」ということ。
ヒトに核を使うことは究極のレイシズムに他ならない。
だが、これ以上核攻撃を受ければ確実に滅びる部下が出てしまう。蘇生すら不可能になり、戦力となる艦艇を失えば多大な損失にもなる。究極の差別であっても仲間たちを守るために最悪こちらも核を使わなければならない。
もう、紛争ではないのだ。
『本国よりさらなる通達です。敵の脅威を排除するため我々は敵本土に対して攻勢をかける、とのことです。我々が足止めをしている間に本国では遠征艦隊が組織されます」
そこまでするのか!?
ゾイルは冷静に考えてそれが愚策だと考えた。なぜなら海を越えての作戦は戦争とは別にリスクが大きすぎる。もしそれで艦隊を失えば神聖帝国の守りはなくなってしまう。
かといって、核攻撃をしてきた国家を放置することもできない。リスクを取り安寧を得る。言葉にすれば、確かに軍の仕事だろう。
「……それも承知した。アレウス。戦術魔法<グラキエース>用意!」
『発動地点、魔力濃度測定。核攻撃により魔力が著しく低下していますが、基準値満たしています。<グラキエース>行使可能!』
そのまま前衛の傷の少ない駆逐艦をさらに前進させ、3隻分の魔力により魔法陣が描く。この距離なら問題なく届くだろう。
そしてそれは発動された。
『<グラキエース>』
途端にモニターに映し出された艦隊周辺が白く染まり始める。海水を瞬間的に凍結させ、その冷気によって濃い霧が発生していた。もし近くにいたのならば鉄でできた艦艇が押しつぶされ悲鳴のような金属の裂かれる音が耳に轟いたことだろう。
砕氷船でもこの氷続ける海では進むこともできない。そして何より、断熱対策をしていなければこの冷気で人間種は簡単に死ぬ。神聖帝国の臣民の中には冷気に強い種もいるが、あれの中で十全に活動できるのは皇族と神霊種くらいなものだ。
『敵艦隊全艦停止。ただし攻撃は一部継続中。氷塊を溶かそうとしています』
「魔法術式は継続せよ。そのまま艦艇を引き裂くことは可能か?」
『防衛用の魔力を全て投入すれば可能です。リスクが高すぎるため実行しないことを進言します』
『ならば止めよう。このまま敵のシールドを削り武装を全て破壊せよ』
こうして後に大洋州戦争と呼ばれる戦争が勃発したのだった。
ヒトをヒトとも思わない相手から傷つけられるなど、許せるわけもなく――。
【用語解説】
・神門の聖塔
ええっと、これは無理やり日本語に置き換えた言葉です。神話や伝説に出てきており、様々な絵画にもなった、神へと至らんとするとても高い塔のことです。これを建設した町があまりにも不埒な人間で溢れていたことから、一部を除いて神が天罰を下し、様々な言語に分けてしまったという。ちなみに、その塔を作ったから神が怒ったわけではないそうです。
・レイシズム
人種差別のことを指すが、本作世界に於いては神聖帝国に住まない外の人間種が他種族を差別する際によく用いられる。この時代でも人種差別は存在しているものの、種族差別と比べればないも同然である。それだけ神聖帝国が孤立しているということでもある。
・グラキエース
ある言葉で氷を意味する言葉。魔法によって海水を一気に凍らせる超技術だが、実際のところその熱量がどこに行っているのかを考えると魔力と呼ばれる超微粒子に吸収されている。現実世界では絶対に不可能なことだが、本作世界ではギリギリ実現できているものと思われる。
(技術発展度合いを考えると、できない気もするが)
【解釈について】
今回緊急命令発動という文言が出てきましたが、これは機甲種でしか対応できないほど時間がない時に発令される本当に緊急時の命令です。旗艦であるアレウスの人工知能アレウスが艦隊全てに対して実行できる特例の命令です。そして艦隊を動かす他の種族がいなくなってしまった時も彼らが健在なら艦隊をそのまま動かすことも可能です。その場合は、基本撤退を行いますが今回はゾイルが健在だったため彼の指示に従うように動いていました。
<アイギス>は出力を最大にすると光の一切を通過させないようにします。光が通るということは敵のレーザーが通り抜けてくるということだからです。ですが、いつもは濃い雲のように展開して光を分散させる程度の出力にしていますが、核兵器となると最大出力でも完全には防ぎきれません(中のヒトが生きている時点ですごすぎる防衛手段だけど)。ちなみに衝撃波に関しては光と比べるとそこまで防ぐことができないようで、実際描写があまりなかったですが内臓あたりがやばいです(これも現実世界の医療技術なら全員助からないけど、本作世界の医療技術はとある理由で異常発達しているので助かる)。
神聖帝国本国の動きが迅速すぎますが、これはすでに本格的な戦争準備をしていたことの証左でしょう。そして核攻撃が実施されることを偵察か諜報によって把握し、先手を打った状態です。もっと早くから対処しなかったのは本当に核を撃つのかギリギリまで分からなかったからと言えます。まあ、裏設定ではありますが、ダウンアンダー連邦は元々も情報戦にも強い部類ではあったのですが、この時代に於いてはかなり弱体化しています。対して神聖帝国は建国当初から諜報には力を入れているので、その差がこの一瞬で浮き彫りになったのかもしれません。
<グラキエース>は海水を凍らせる。水を一気に凍らせると膨張して金属の船も引き裂くことができます。今回では実施されませんでしたが、さらに魔力を使って凍らせると敵の船を八つ裂きにも出来ます。しかしそれをしてしまうと魔力で出来ている<アイギス>や流動装甲を全て失うので費用対効果が悪い攻撃でもあります。(実際作中では敵艦隊を逃がさないために足止めするだけで駆逐艦3隻分の魔力を使ってしまった)