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episode77.いつかの約束

 今回はいつもより倍長いです。本来作る予定がなかった回なので、文字数設計が壊れました。

 豈皇国ツクシ島ヒヨウ県のとある街にて。


 ここは皇国がかつて維新を成し遂げた際に良港として軍港が置かれた街。現在も海軍の末裔が拠点としており、街はかなり発展している。


 かつての極東動乱時には街のほとんどが破壊されたとはいえ、それでも壊されなかった家や建築物が数多く残る珍しい都市でもあった。


 そんな歴史的建造物の一つである建物に魔法店アースシャイン本店はある。

実のことを言えば、首都ヤマトに置かれた店は支店でしかない。それも国家に影響を与えるためだけに仕方なく設置してあるようなもの。


 これはアースシャインを纏める代表の石川による意向の表れだった。なぜなら本店は彼女の思い出の詰まった親友の家だったから。


 そして今石川は生命維持装置に繋がれたまま最上階の窓辺で空を見上げている。


 そこにあるのは核の冬によってできた分厚い雲と、彼女が国に依頼されて造った結界の霧だった。


 つまり、何もない。モノクロの空が広がるだけだ。そして今は夜。本当に彼女の視線の先には闇しか映らない。


 それでも本店にいる時は毎日のようにその夜空を眺めていた。


 彼女の目には懐かしい思い出が映っている。


 カラフルに彩られる街の光。キラキラと輝く星々。そして、何より優しい光でみんなを照らし出す満月とその光。


 あの光に照らされて、世界は本当に美しいものだったと実感できた。今ではそのどれもが失われてしまったが、石川の心にはその情景がはっきりと残っている。


 何もない空を眺めて思い出に浸るくらいに。


「本当に、生きていたんだね」


 気づけば寝ていたらしい。その声にびっくりして石川は目を開けて顔を上げた。


 そして彼女の思い出と現実が重なる。


 そう。あの時と同じように、月の魔女が窓の外で石川を見つめていたのだから。


「こ、れは……夢……?」


「違うさ。私はどこにだって行ける。この地に再び訪れることは難しいことじゃない」


 目の前の魔女はどこか淋しげで、その理由を石川は理解していた。


 それでも彼女に、親友にもう一度逢えたことに久しく昂ったことのない心臓が強く脈打ち、目から涙が溢れた。


「やっと……逢えた……ッ」


 石川は月の魔女、今は神聖皇帝と畏れられる少女に手を伸ばす。立ち上がれないことは分かっていても脚に力を入れて彼女に歩み寄ろうとする。


 そんな石川に見かねたのか、神聖皇帝は窓から室内に入ると皺だらけになった彼女の手を取った。


「ごめんなさい。私が貴女を現世に縛り続けていたんだね。私は、何もかも捨てて壊してしまったのに」


 神聖皇帝は普段見せることのない悲しい表情をしていた。もし本国で彼女のことを知る臣民が見たのなら、その様子に驚き目の前の事実を疑うことだろう。


「貴女の、せいじゃない。私、が……したかった、だけなの……」


 石川は皺だらけのその顔で微笑みを浮かべ、あの頃のように大切な親友を抱き寄せた。


「ぁあ……本当に、ここにいるんだね。本当に、やっと……帰ってきてくれた」


 しばらくの間、石川は泣き続けた。嬉しさと後悔と、そしてもう時間がないことにただ泣き続けた。


 人生の最後にもう一度親友に逢う。それだけで心が救われた気がした。

色んな名目で神聖帝国との和解を進めていこうとしていた石川は、そんな大それたことを本気で思っていたわけではない。


 ただ、逢いたかった。朝敵として討伐の対象にされ、最後は氷の砂漠に島流しにされた親友に再び逢いたかっただけなのだ。


 本物の神様がいるのなら、石川は今その願いが叶ったことを感謝したいと思った。


「ずっと、貴女は人間だったんだね。寿命なんて、消してしまえばいいものを」


「私は、人間でいたかった。貴女と、親友になれた……あの頃の、私でありたかった。きっと、人間を辞めたら、貴女は"失う運命"を、失ってしまう……そんな、気がしたの」


 石川は親友と同じ存在になることだってできた。実際この200年近く魔法の原理を追及し、理解し、皇国一の魔法使いになった。


 魔法を使って身体を造り直し、若々しい姿と正常な魂を維持したまま生き長らえることも難しいことではなかった。


 しかし、そんなことはしなかった。いや、やってはいけないと思った。


 いつか死ぬと分かっている運命を失くしてしまったら、もう一度親友に逢った時に彼女の心を救えないと思ったから。


 死なないと分かったら、きっと親友は失うことをまた拒絶してしまう。そして永遠の苦業に苛まされ続ける。


 その運命から親友を救いたかった。

けれど親友を救えるだけの時間はもうない。だからセレネに託したのだ。


 もし叶うなら、セレネが親友を救ってくれることを願って。


「そっか。私のために。でも、私は貴女がもうとっくに死んだものだと思ってた。薄情と言われても私はそれを肯定する。なのに、なんで私のために生き続けたの? 私なんかのために」


「だって、親友だもの。共に、幸せになる。日常を過ごす……。それが、私の……夢だった……」


 そう。夢だった。

もう叶うことはない。生命維持装置に繋がれていてもあと数刻でこの命は尽きる。

なんとなく、その感覚を理解していた。


 恐らく、命を失うことを世界で最も怖がっている親友も。


「本当に、ごめんなさい……」


「謝らない、で……。貴女は、何も、悪くない……。貴女は、一人の、()()。失敗も、怖れも、人である証。どうか、終わることを、恐れない、で……」


 石川は再び笑みを浮かべて親友の目を真っ直ぐに見る。


 正直なところ世界中で人間とそれ以外を分ける思想も、親友の国で種族が分けられていることも好きではない。どれも同じ人の魂を持つ、この星の人類。どの魂も石川には同じに見える。


 差別するように分けないでほしい。まるで200年前の出来事を繰り返しているようではないか。

そうやって親友はこの国から追放されたというのに。


 しかし、それを親友に言う資格はない。


「私は、もうじき……死ぬ」


「……っ」


「でも、それは……悲しいことじゃ、ない。淋しい、とは思う。けど、それは……きっと……愛情の裏返し……」


 人は失うことを恐れる。別に悪いことではない。


 しかしそれを排除してはならない。人は失うからこそそれを大切にし、いつしか愛に昇華させる。


 だからこそ、親友には愛を抱く人であってほしかった。どんなことをしてきていたとしても、石川は自らの命を以て親友に愛を持ち続けてほしかった。


 でも、きっと本来の彼女は愛をとても大切にしていた。


 石川は親友の心を感じていた。魔法を通じて。


 この魔法を研究して気づいたことがある。


 それは、魔法とは心と心を繋ぐインターフェースであること。縁とも言うかもしれない。


 本来は言葉でしか表現できない概念的なものだったそれが、魔法という技術によって形あるものになった。世界の人が心を通わせることができる技術。


 きっとこの魔法を造った親友は否定するだろう。実際その魔法で世界中から孫に関する記憶を消し去っている。それでもそれはただ悪用してしまっただけで、本当は世界に遍く愛情ゆえに作られた手段ではないかと思えてならない。


 今こうして親友の心を感じられていることが、当時彼女が人との繋がりを大事にしていた証左ではないかと思えてならなかった。


 無意識だったとしても。


 それだけ親友は優しかった。いや、今も優しい。

こうして最後に会いに来てくれたのだから。


 そしてこの世界の現状も彼女が他者のために行動できる人故の結果なのだろう。


 愛情をまだ親友は持っている。歴史上類を見ない大罪人で、禁忌を振り撒き、世界全てを冒涜した存在なのは確かだ。誰一人としてその悪行を知ればきっと許すことはないだろう。石川も許しているわけではない。


 それでも、それは愛故のこと。


 今だって石川の死を悲しんでくれている。


 どんなに人間離れして、どんなに悪行を重ね、どんなに心を歪ませていたとしても。狂っていたとしても。


 嬉しかった。

彼女の愛を感じられたから。

親友が好きだから。


「このマフラー……あの時あげたものだね」


「ふふっ……憶えて、くれてたんだ。そう。これは、貴女が私にくれた……大切な、思い出……」


「最後にその時の約束を、果たせてよかった」


 石川が身に付けているマフラー。それは親友に貰ったもの。リスの刺繍が施された可愛らしいもの。


 もう大分古びてしまったが、この200年。ずっと石川の側にあり続けた。


「この間、セレネちゃんに、逢ったよ」


「うん。知ってる。私の魔法が無効化されたのを検知した時はびっくりしたよ」


「ふふっ……頑張って、きたから。でも……貴女に似てて、びっくり、しちゃった。私も、玄孫(やしゃご)、までいるけど……もう私には、似てない……から……」


「そんなことはないさ。さっき見かけたけど、店での働き方はアルバイトをしてた君にそっくりだよ」


「ふふっ……それはそうかも、しれない。血は、繋がってる、から……」


 石川は親友の手を握りながらふと昔を思い返した。それは彼女と別れる前日。彼女と交わした約束。


 長い年月を経て色んなことを忘れてきてしまったが、これだけは消えなかった。それだけ鮮明に憶えている。


「憶えて、る……? 空を、一緒に……飛んだ……夜……」


「うん。私がサプライズしたね」


「また、一緒に……飛ぶ……って、約束……憶えて……る……?」


「ああ、もちろんだよ」


 そう言うと親友はあの時と同じ様に魔法の箒を顕現させ、自身もわざわざ魔女の服に一瞬で着替えた。


「孫たちに伝言は? 伝えたいことが残ってるんじゃない?」


「だい……じょぅ……ぶ……。遺、書……は……残、し……た……」


「……そっか。じゃあ、行こっか。アヤカ」


「ぇえ……」


 石川は気づけば親友の後ろで箒に乗っていた。約束したあの日と同じように。


 あの時、もう一度一緒に空を飛ぶと約束をした。今度は石川も自力で飛べるように魔法の練習を続けてきた。


 しかしもう今では朦朧とした意識で飛ぶことはできない。それでも、それで良かったのだと思えた。


 こうしてあの日と同じく親友の背中に寄り添って空を飛べたから。


(そら)を見に行こう。こんな暗いところから出て、明るい(そら)へ」


 親友は優しい魔法の使い方でふわりと空高く飛ぶ。あの頃よりもずっと上空へ。


 石川はただただ彼女に身を任せた。


 そして漸くすると、分厚い雲を抜けた。そこに広がるのは満天の星空。そして割れて半分になってしまったような半月。


 この200年見ることが難しくなっていた荘厳で壮麗、宇宙の美しさを体現する星空が広がっていた。


「……ぁ」


 また石川は感動していた。そして空の寒さを遠くに感じながらも、親友の温もりだけは確かに感じていた。


 それはとても安心感のある温かさで。


 ついに、その時が来たことを石川は悟る。


「ぁ、り……がとぅ……ル……」


 石川はその心を幸せで満たしながら永遠の眠りに就いたのだった。




 そんな唯一の親友を見送った神聖皇帝。いや、今はただの少女は百何十年ぶりかの涙を流していた。


 今、また一つの大切な命が消えた。幸せを抱きながら死んだ。


 それを良かったと思っている自分と、無理矢理にでも生き長らえさせたかった自分が心の中で葛藤という形で鬩ぎ合う。


 今なら蘇生できる。生き返らせればまた話すことができる。


 それでも彼女は何もしなかった。自分を慕い続けてくれた親友の魂を冒涜することはできないと、未だに狂っていない僅かな理性がそう言っていたから。そして親友を見送った少女は歯を食い縛って泣いた。


「なんで……ッ」


 なんで私は。

 壊してしまったのだろうっ。


 大切な者を奪われて世界に憎しみを抱いていた。けれどそれは同時に大切な者を苦しめる呪いでもあった。


 それを今理解した。


 最善を尽くしたと思っていても、親友一人の人生すら歪ませてしまった。本来ならこんな不自由な身体になる前に死ぬことだってできたはずなのに。


 ずっと親友を苦しめていた。


 自分が憎くて仕方ない。


 そして、こんな運命を仕込んだ世界が憎い!

 認識できる世界全てが憎い!!

 何もかもが憎い!!!


 憎い憎い憎いニクイ……ッ!!!


「アヤカ……」


 しかし、その憎しみは爆発しなかった。背中から親友の温もりが消えていくのを感じながら、彼女の心を感じたから。


 親友も家族や生活、もしかしたら自分の夢や希望も世界に奪われた被害者だ。

それなのに世界に復讐するのではなく、親友のために生き続けた。


 そんな彼女を少女は尊敬する。人間であり続けた彼女を尊敬する。


 彼女は自分の人生を精一杯生き抜いたのだから。


 そして少女もそんな親友のためにできることをしたいと、本当に遅まきながら思えた。


 だから自分勝手な憎悪は別の形に向ける。


 きっとそれが、復讐の檻の外を見せてくれた親友への餞になると信じて。


 少女は泣き止むまで親友と共にただただ美しい世界を飛び続けたのだった。

 そして、後悔はFMに受け継がれる――。


 神聖皇帝が外に出たら大騒ぎになるって? 周りが昔そう思い込まされただけです。

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