episode75.現実改変の魔法
体調不良で倒れていました。投稿できずにすみません(汗
「ここまで一方的に話してしまったわね。お返しに何か私に望みを言ってみて。可能な限り叶えてあげる」
石川はそのように言ってセレネの言葉を促した。対してセレネは少しだけ思案を巡らせて。
「……私が国外に出た本当の理由をお話しします。昔、私には兄がいました。しかし10年前からその存在自体が消えてしまいました。記憶も記録も全てが消えてしまったのです。我が国で兄を記憶しているのは皇族だけ。そして兄の記録は国外に点在するだけでした」
なぜ初対面の彼女にこんな話をしているのか。セレネ自身よくわからない。けれどセレネの心はこの石川という人物を信頼してしまっていた。
本当に不思議なほどに。
「兄の名はカティスと言います。きっともうこの世にはいないことは分かっています。それでも私は彼がどうなったのか知りたいのです。彼について、何か知りませんか?」
「そうね……ごめんなさい。私は知らないわ。あなたたちの一家に接触するのはもう190年ぶりくらいだから。けれど一つだけ思い当たることがある」
「そうなんですかっ?」
思わずセレネは身を乗り出して問うていた。ほとんどない手がかりが見つかるかもしれない。それだけで期待が心に溢れてくる。やっと兄が見つかるかもしれない。
「ええ。でも、それを話す前にあなたには魔法の怖さを話さないといけないわ」
一呼吸置いて石川は言葉を続ける。
「これはセレネ殿下だけにお話しなければならない。不躾だけど、許してちょうだい」
魔法の怖さ。それはスィリアに知られてはいけないらしい。
「なぜスィリアはダメなのでしょうか? 彼女は私が一番信頼している私の侍女です」
「ええ。だからこそよ。その子のために少しだけ席を外してほしいの」
どちらにしろ。カティスの情報を手に入れるには石川の話を聞かなければならない。そして彼女がスィリアに席を外してほしいというのなら、言う通りにしないといけない。
「妖精さん。こっちに来て。美味しいお菓子があるの!」
先ほどの幼い少女がスィリアの手を引っ張って連れて行こうとする。スィリアは少し困った顔をしていたが、セレネが頷くと首肯して静かに部屋から出て行った。中年の女性もその後に続き、この部屋にはセレネと老婆だけが残される。
「まず最初にあなたに謝らなければならないわ。私はあなたと接触した時点であなたたちに魔法を掛けていたの」
「魔法を? いつの間に……」
「私はこれでも貴国の皇帝と同じくらいの魔法使いなのよ。あなたたちには私を多少信用させる魔法を使った。けれど、それはあなたの意志を否定しているようなもの。本当にごめんなさいね。あの子も無事だから安心してね」
「……」
えっと……え……?
つまり、先ほどから感じていた石川への信頼は彼女の魔法によるものだったというのか。そういえば天帝陛下に見せてもらった魂魄に対する干渉魔法があった。あれを応用すれば確かにそれはできる。けれどそれを悟られずに行うなんて。
考え直してみてセレネは先ほどの自分の行動に疑問を抱いた。先ほどスィリアを部屋の外に出したが、いつものセレネだったらそんなことをしただろうか?
こんな初めての場所で初めて会うヒトに託すなど普通はあり得ない。
まるで昔から信頼しているみたいな感情がいつの間にか心の中にある。
それに気づいても全く疑念が浮かんでこない。事実をただ事実として受け入れてしまっている。
普通ではない事態に、頭がおかしくなりそうだ。
しかもさりげなく神聖皇帝と同等の魔法使いと言わなかったか?
本当にそんな存在がいるの?
「……悪いことをされたわけではないので、別に構いません。むしろ助けてくださったので感謝しています」
「ふふっ。ありがとう。話を戻すわね。今して見せたように魔法は相手の魂を操作できる。それこそ私や貴国の皇帝なら世界規模で。だからきっと彼女はそのカティスという存在を人類の記憶から消し去ったのだと思うわ。例外は彼女が消さないと決めた相手と、私のように抵抗できる存在、そしてバグで消せなかった存在だけ」
「え……」
神聖皇帝はなんて恐ろしいことをしたのだろう。人類全ての魂に干渉し、カティスを存在しないものにしてしまった。そんなことをするなんて、一体兄が何をしたというのか。
「記憶以外の記録も、主上陛下が?」
「それは彼女の相棒の力だと思うわ」
「相棒?」
「かつてはこの国で最高の人工知能だったらしいわ。私は話したことがないから名前は知らないのだけど。貴国にはずば抜けて頭のいい存在がいるのではないかしら?」
それは賢者のことだろうか。彼女は確かに機甲種であり、元は機械知性だったと聞く。そして国政にも口を出している話も聞いているが、セレネ自身賢者と話したことがないからよくわからない。
しかしどちらにしろ、神聖皇帝と賢者の合意の下に兄は消されたのだ。
……。
…………。
……おかしい。
絶対おかしい。
ありえない!
恐怖が沸き上がりセレネは自分自身を抱きしめた。冷や汗が額を伝い、ただただ自分の身体の感触を探ることしかできない。そうしていないと自分を見失いそうだった。
寒くもないのに身体が震え、それが全く治まらない。
何に対しての恐怖か?
それは自分自身に対する恐怖だった。
「……石川さん。教えてください。私も主上陛下の掌の上なのでしょうか? 今私は真実を知っても主上陛下に対して少しも疑念や猜疑心、不信感を抱かなかったんです。ただただ信頼して、それを当たり前だと思いました。でも、それはヒトとしておかしいのではないですか?」
大好きだった兄を消した張本人を見つけて負の感情を抱かないなどおかしい。神聖皇帝とは親密な
仲ではない。なのに気づけば信頼してしまっている。まるで石川が使ったという信頼の魔法を既に使われているような――。
「そうね。あなたの魂に干渉できたのだから魔法を使ったのは”鍵”を知っている彼女だけでしょうね。その魔法は解いてあげる」
石川が魔法陣を描く。暫くしてその魔法陣は僅かに輝き、霧散するように消えていった。
しばらくして。
「あ……」
セレネの瞳から涙が溢れた。憎しみや怒りは確かにあるものの、それはほんの少し。セレネの心に満ちているのは、ただ悲しいということ。
「……どうして……っ。どうして陛下はっ……家族をなかったことにできるんでしょう……ッ。……私には、それが信じられない……ッ」
「……そうね。とても悲しいことだわ。でも、事実はあなたの目でしっかり探しなさい。答えはあなたしか出せないのだから」
石川は車椅子を魔法でセレネに近づけると優しく背中を撫でてくれた。その温もりに安心感を覚え、セレネは湧いた悲しみに暫く耽ることしかできなかった。
魔法は怖い――。
ちなみに、魔法はなくても相手の魂を操ることはできてしまいます。簡単に言ってしまえば洗脳と言うやつです。怖いですね。




