episode71.帰途
最近投稿できなくてごめんなさい。Vの準備でごたごたしてるので、暫く数日おきの投稿になりそうです。
「……これで、終わりです」
セレネは集中していた意識を通常のものに切り替えた。それと共に息を吐き出す。
とても緊張していたのだ。失敗は許されなかった。
「さすが、ヨテラスの孫だな。魔法の才は受け継いでいたか」
強化ガラス越しに天帝は満足そうにそう宣った。そして彼は自らの首から下げられたアミュレットに軽く触れ、少し悲しそうに呟く。
「セレネよ。其方はなぜこの夜空の護符がこの形をしているのか知っているか?」
「いえ、そこまでは。しかしそれは私たち皇族の家紋でございます」
「そうだ。だが、本来はヨテラスが家族、もしくはそれに類するほどに大切だと思った人物だけに与えていたアミュレットが元なのだ。そしてそのアミュレットの形は愛する者たちを象徴していると聞く。今ではそんな意味など、奴自身が捨て去ってしまったがね」
アミュレットは星のような雪の結晶のような不思議な形をしている。七つの色の違う宝石がはめ込まれ、それらはきらきらと光を浴びて煌めいている。その形にも本来は何かしらの意味でもあったのだろうか。
「まあ、奴も自分たちを追い出した国の君主にこれを渡すのは心情的に嫌なのだろうよ。だから奴本人は決して渡さず、別の皇族に任せているのかもな」
「……」
そこで今まで気になっていたことがあったため、セレネは問うてみることにした。
「恐れながら天帝陛下。陛下は我が国の主上陛下とお会いしたことがあるのですか?」
天帝は神聖皇帝を奴と呼ぶ。そしてどこか知り合いのような言い回しもするのだ。だが、神聖皇帝は決してルアシェイアからは出てこないし、外との通信さえもしない。一体どうやって会う要素があるのか不思議でならない。
以前にもアラン総督が同じような言動をしていた。もしかしたら何かしら外部とコンタクトを取る手段があるのかもしれない。
しかし天帝は軽く頭を振った。
「それは今言うべきではないな。其方が知らないということはヨテラスは今の其方に教えるつもりがないのだろう。どうしても知りたくば、精進することだな」
妙にはぐらかされてしまったが、夜空の護符を献上した以上、もうここに来る理由もなくなった。しかし最後に聞いておくことがある。
「天帝陛下、最後に一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何かな?」
「陛下は、カティスという名の我が兄を御存じでしょうか?」
その問いに天帝は何かを思い出すように目を細めると、セレネを見て応えた。
「彼とは皇太子時代に少し話したことがある。ちょうど其方と羅紗のような立ち位置だったな。正義感はあったが……そうか、もう10年になるのか」
天帝は懐かしそうに呟く。
しかし驚いた。神聖帝国では忘れ去られたカティスが記憶されている。あまりにも不可解でしかない。
「私は兄を探すために国を出ました。しかし我が国では誰も、皇族以外は彼のことを知らないのです。情報すらなく、ダウンアンダー連邦の軍機密に一文だけ情報がありました。彼に何があったのか、ご存じありませんか?」
「そうだな……私は彼が戦死したことをヨテラスから聞いたにすぎん。すまないな。詳しくは私も知らぬ」
「そうですか……」
まあ、他国の人間が詳しく知っていたら、それはそれで問題かもしれない。天帝がカティスを認識し、出会っていたという情報だけでも貴重な者だろう。
「ありがとうございます。では、陛下。私はこれにて祖国に帰還いたします」
「ああ、道中気をつけてな。小さき者の言葉には耳を傾けるように」
「?」
言っている意味が分からなかったが、それを問いただすのは不敬というもの。わからないまでも退去の挨拶をしたセレネは常ノ御所を後にしたのだった。
†
宮城を来た時と同じように出る。その時に羅紗が見送りに来てくれた。思い返してみれば国外で初めてできた友人のようにも思える。また会う機会があればもう少し話をしてみたいものだ。
「殿下。この度はお世話になりました。これより帰還いたします」
「こちらこそ貴殿に出会えて本当に良かった。またどこかで会う機会があれば、お茶に誘ってもいいかな?」
「もちろんです」
ふとセレネは羅紗が何か言いたげな雰囲気を帯びている気がした。若干俯きがちにも見える。
「何かありましたか?」
セレネの言葉に羅紗は決意したように顔を上げた。そして目を真っ直ぐに見てくる。
「……実は貴殿に一つ嘘を吐いていたことがある」
「嘘、ですか?」
「ああ。これは本来誰にも知られてはならぬもの。だが、私の貴殿に対する信頼の証として知ってほしい」
羅紗は小さな魔法陣を描くとそれを発動させた。すると周りから音が消える。どうやら真空の壁を作って音を遮蔽する魔法のようだ。よっぽど知られてはならない者なのだろう。
そして彼は口元を手で隠して言った。
「私の諱。本当の名は牧仁という。羅紗と言うのは私の名を隠すための偽の名なのだ」
認知されるほどに魂を壊される呪い。そんなものが豈の皇族を苦しめているのだとすれば、これも対策の一つなのだろう。本当の自分を他者に認知されないように偽の名を騙り、本当の諱は大昔のように呼ばないようにする。
そして一つ間違えれば自分が滅びるかもしれないその秘密をセレネに教えてくれた。信頼の証と彼は言ったが、だとしてもあまりにも大きな秘密ではなかろうか。
「どうしてですか? なぜその秘密を私に?」
「私は個人的に貴殿を信頼できると思った。そして、私と言う存在を忘れてほしくなかった。貴殿には感謝している。機会があればまたどこかで会おう」
そう言って彼は魔法を解除した。音が戻ってくる中、彼は言う。
「では、さようなら。貴殿に会えたことは僥倖だった」
「はい。私も貴重な体験をたくさんさせていただきました。さようなら」
次の約束をする別れは、友愛の証だと思いたい。きっとこの感情が分断された国家の橋渡しになれればと、セレネは心中で願った。
「殿下。ようやく帰れますね」
浮遊式車両の中でスィリアが疲れたように言葉をかけてくれた。それにセレネもため息を吐きながらほんの少し姿勢を崩して背もたれに身を任せる。
「そうね。帰ったら企鵝の丸焼きと酒を――」
「いけません。神聖帝国の皇女がそんな欲望に忠実では」
「別にいいじゃない。頑張ったご褒美くらいあってもいいはずだわ」
セレネは不服そうに小さく頬を膨らませる。しかしセレネも大人だ。スィリアの言うことも頭では理解している。
「……はぁ。わかったわ。今軍内で私は本国の皇宮にいることになっているんですものね」
つまりは休暇。その休暇が終わっているというのに贅沢な高級品を食べるなんて、周りの視線は厳しいものになろう。それは責任ある立場としては許容できない。
「それにしても、しばらく滞在して思ったのだけど、この国は……謂わばフラットね」
「フラット、ですか?」
「だってそうじゃない。感情の起伏を煽るものがほとんどないわ。よく言えば落ち着いているけれど、悪く言えば抑制されている。まあ、瓦礫になっていたけれど、ダウンアンダー連邦の都市はそれが過剰だったわね」
神聖帝国では貧富の差で街並みが階層ごとに変わっていても、どこも賑わっていることが多い。コマーシャルの類や、芸能関係のスタジオ、芸術や映画などのエンターテイメント。カラフルで、とても美味しそうな、食べ物の店舗の列。そういったものの看板が立ち並び、誰もが街でそれらを楽しんでいる。
しかしこの国にはそういったものがほとんどない。どちらかというと質素で、清貧。神聖帝国を上回る近未来都市を築きながら娯楽が少ない。
寂しい清貧。どこまでも同じ景色が続く感情がフラットな社会。
これも呪いのせいなのかしら……。
娯楽とは必ず目立つ者が現れてくる。芸能人や協議での上位者など。そういう者は呪いによって滅んでしまう。だからこそ呪いをできるだけ発動させないように娯楽の一切を省いているのではなかろうか。
豈の国民は生きがいを持てているのだろうか。
その時だった。突如車両が何かにぶつかる衝撃が奔る。そしてセレネたちの乗る車両はコントロールを失い、街路樹に向かって激突したのだった。
突然の事故――?
羅紗の本名について、「ああ、そういうことね」と納得させると同時に、それっぽい漢字を使ってみました。しっかり意味を持たせていますよ?




