episode6. 開戦Ⅱ
強烈な光と共に何かが爆ぜる大音響が轟き渡る。外を映し出しているモニターが全て真っ白に染め上げられた。
「ッ!!」
辺りに響き渡る音は最早爆裂音。衝撃波だ。
その振動はこの艦全体を激しく揺り動かし、不快な振動を伝えてくる。船自体も軋んでいる。そして光が収まりきらない内に艦内は蜂の巣を突いたような慌ただしさと喧騒に包まれた。
「敵連合艦隊による直接的な攻撃を確認! 敵航空機からの対艦レーザー照射も確認! 我が艦隊の艦全てに直撃! 続いてミサイル多数接近! 速度マッハ25で接近中!」
「全艦健在! <アイギス>3%損失!」
<アイギス>及びシールドは各国で開発されているもので、基本的には空中にナノマシンのような超微粒子を散布する。そしてそれを任意の形に滞空させることによって、レーザーの一部を反射したり、局所的にブルーミング現象を引き起こして散乱させる。つまり、意図的に高エネルギーを周囲に逸らすことにより味方に降りかかる攻撃を無力化するのだ。
神聖帝国でも神聖皇帝がかつて現世にもたらした魔力を他文明のナノマシンの代わりに用いて<アイギス>を開発している。原理は似たようなもの。
しかし世の中万能のものなどないように、これは消耗品でしかない。故に無限に耐えられる訳でもなく、損耗率には常に気を付けなければならない。
「対空対艦戦闘開始! 対潜警戒も継続せよ!」
ヤシャ艦長が指示を飛ばし、部下たちがそれに呼応するようにテキパキとその指示を熟していく。その練度の高さに満足しつつ、戦況を見守っていたゾイル司令官は呟いた。
「流石に年がら年中戦っている軍事国家だ。練度は非常に高そうだな」
ダウンアンダー連邦及び、ノヴァ・ジーランディア自由連合共和国は国内で想像生命体と日々死闘を繰り広げており、北の覇権国家とも小競り合いを繰り返している。つまり、毎日のように戦っているような国であり、周辺に友好的な国家が両者しか存在しないために独自に軍事力を高めていた。
しかし国土の大半を失っている彼らの国力は、世界を仮想敵国としている神聖帝国には及ばない規模の国力ではある。連邦は小国ではないが大国でもない。もちろん短期間で見た場合は侮れないが。
「これより現艦隊が保有する通常火器により、有限ながらも反撃を許可する!」
「「「はっ!!」」」
神聖海軍の全艦は司令官ゾイルの言葉と共に艦に搭載された武装を展開する。あらゆる衝撃波や熱から火器を守る装甲を機械的に変形させ、流動装甲も適切な形に形成していく。そしてそれが終わると砲門を展開した。
そしてそのまま攻撃態勢に移行。主砲も、副砲も、ミサイルも、魚雷も、何もかも。ただ例外は航空母艦に搭載された戦闘機と、核兵器だけだった。
敵との距離は200kmと至近距離。主砲を黙らせていない現状、戦闘機は上げた途端にレーザーで蒸発させられるだろう。
先手を取られた代償だ。
そして曲がりなりにも人間の兵器相手に核を撃つわけにはいかない。
「攻撃準備完了!」
「撃て!!」
<アイギス>を構成する魔力の配置を一時的に変化させ、エネルギーの通り道を作り出す。
そして核融合炉による半永久的なエネルギーで以って高出力の指向性エネルギーを照射。<アイギス>の隙間を抜けたその光は敵艦隊に向けて曲射された。
射線上の空気はプラズマとなって烈しい光を炸裂させ、霧と空気によって浪費されたエネルギーは耳を劈く衝撃波へと変換されていく。
そこに電磁加速砲の衝撃波も合わさり、艦外は最早生物が安易に生存できない環境へと変貌した。さらには逆コンプトン効果により艦外の放射線量が一時的に上昇してしまう。
そんな副作用を齎すも、それらの装備によってこちらに飛翔してきた敵物理兵器は瞬く間に蒸発、無力化された。
そして此方も対艦ミサイルを副砲から解き放つ。魔法によりこちらもブルーミング現象を誘発。高出力エネルギーへと高められたレーザーを歪曲させ、水平線の向こう側の敵艦隊を殲滅しにかかる。極音速の魚雷も直接敵艦隊を叩くべく驀進させた。
これでも神聖海軍は本気を出していない。もっと兵器を投入することもできるが、ゾイルとしてはこのまま紛争で終わってほしいと思っているため相手を殲滅しない。本格的な戦争なら相手を壊滅させてしまうのが良い。だが、この世界で安易に敵の戦力を失わせると人類の生存領域そのものが消滅してしまう。
甘い考え方だということは自覚している。それでも敵を殲滅してそれで紛争でしたという扱いになった時、ダウンアンダー連邦は想像生命体からの攻勢を防ぎきることができずに滅ぶことだろう。国民すべてが殺されて。
そんな未来など見たくもない。神聖帝国臣民の一部は喜ぶだろうが、罪のない者まで死ぬことをゾイルは許容できなかった。
もちろん電子戦などは怠らない。サイバー空間は最早機械以外は関与できないほどに高度な殺し合いが起きている。神聖帝国では人工知能及び機甲種の得意とする分野だ。ここばかりは彼らに任せるしかないし、これに負けると敵の兵器に破壊される前にこちらが自爆するかもしれない。
本当に運が良ければ被害を抑えた上で相手を無力化できる。
「敵艦隊——」
「後退?」
「——転進。後退していきます」
データリンク上に攻めてきたはずの連合艦隊が後退していく情報が流れてきた。
かなり暴力的な戦闘——。
【用語解説】
・マッハ
音速のこと。マッハ1は秒速340m。時速1224㎞。マッハ30は時速3万6720㎞というバカげた速度である。
・ブルーミング現象
簡単に言ってしまえば、かなりのエネルギー量を持つレーザーが空気などを膨張させて自分自身を屈折させて光が散乱する現象。熱膨張によって密度の低い空気とそうでない空気との間で(密度差があると光は屈折する)あらゆる方向に光が曲がっていくのである。本作の<アイギス>は微粒子であり、周りの空気をも操作しながら大気中に意図的な密度差を生み出すことができる。そしてその密度差によって照射された強力なレーザー(現実世界の船であれば蒸発する)を様々な方向に散乱させることで局所的に熱が供給されることを防いでいる。
ちなみに、レーザー兵器が現実世界で研究されているものの、その開発に難航している理由の一つがこのブルーミング現象である。レーザーを照射しても大気中で散乱してしまい、目標を破壊する前に減衰してしまう。この問題を解決すると数億円のミサイルで迎撃していたのが数百円の光で(残段数の概念が大幅に大きくなるのもある)迎撃できるようになるため費用対効果がかなり高い。
(余ったお金でさらなる性能アップの研究が行える)
加えて、このブルーミング現象を用いて<アイギス>などを応用することでレーザーを曲射させることに本作世界では実現している。これによって本来は届かないはずの水平線の先にも高威力の光を届けることができる。現実世界ではそもそも発想がないというより技術的に不可能。
・ナノマシン
ウイルスくらいの大きさの人工物でヒトの命令通りに動かす超微細の機械。もしくはそれに準ずるもの。
ちなみに、自己増殖可能なナノマシン(グレイ・グー)が環境に解き放たれると生態系を破壊し尽くして地球が終わるというグレイ・グー問題というものがある。本作に於ける魔力はまさにこれである(もはやこの星には地下以外で人工的ではない生態系というものがほとんどない)。他の文明では工場で作られている。その点に関して神聖帝国と他の国家では思想が異なっている。
このグレイ・グーを用いたSF作品に私の前作の小説があるが、描き直そうか検討中……。(30年後の日本が舞台)
・電磁加速砲
有名な兵器でSF作品ではよく出るものであるが、一応解説すると電磁気力を用いてフレミングの左手の法則に従って金属を打ち出す兵器である。現実世界でも徐々に実用化されつつある兵器であり、これの規模を大きくしていくとある意味戦艦(巡洋戦艦?)が再び作られるかもしれない。コスト面で言えばミサイルよりも圧倒的に安く、高価なミサイルを迎撃できるようになる。
そしてこれをさらに応用したものがリニアモーターカーであったり、ハイパーループといった超速鉄道的乗り物である。
・逆コンプトン効果
物理を専攻していても難しい概念であるが、簡単に言ってしまえば波長の長い電磁波(光のこと)がエネルギーの高い電子からエネルギーを貰って波長の短い電磁波に変化する現象。つまり、本当に語弊があるくらいに簡潔に言えば、普通の光が高温プラズマの電子によって放射線に変換されてしまう現象である(実際は紫外線が硬X線やγ線(放射線の一種)までスペクトルが伸びる)。
本作のレーザーは大気をプラズマ化させてしまうほどのエネルギー量を持っているため、これを照射してしまうと大気の放射線量を上げてしまう。まあ、放射能で汚染された本作の星では無視できるほどだが。
【解釈について】
本作世界に於いて、戦争では文字通り一分一秒無駄にできない。現実世界では対艦ミサイルが200㎞先の敵に当たるまで10分弱。しかし本作世界に於いてレーザーであれば光の速度で、ミサイルも文明圏ごとに速度が異なるもののマッハ30前後が当たり前(200㎞先の目標なら20秒くらいで届く)なので考える暇というものがない。なのでヒトが事象を認識するまでの時間を可能な限り短くする必要がある。そうしなければ考える暇もなくやられてしまうのだ。その結果データリンク情報を脳に直接流すという現実世界からすれば狂気的な手段を用いるようになっている。しかしそれなら報告はいらないのでは? となるものの、複数の情報を脳が完璧に把握できるわけもなく、万が一の見落としが出ないために報告員が重要度の高いものから再度読み上げている。これを怠ると艦隊全てが海の藻屑となる可能性があるので艦隊を指揮する人物はかなり優秀でなければならず、報告員も一切休みことができない過酷な仕事になっている。これはほぼ全自動で火力を叩きこむ大砲屋とは比べ物にならない。小説にする上ではかなり表現が難しいものの、最後の報告員の報告途中で情報が伝わっているのは報告するよりも前にデータリンクによって脳に情報が伝達されていたためである。加えて報告員は全ての報告を上げることができないため、報告の種類によって報告する担当者が異なるようにできている(複数の報告員が報告を上げる)。
ちなみに、本作世界の神聖帝国に於いて完全自動化された船は技術的に可能なレベルに達している。しかし旗艦に関しては一様に有人であり、場合によっては他の艦も全て有人である。理由はいくつかある。まず一つ目に神聖帝国に於いて実質的に無人機が作れないため。機械である種族をも同じヒトとして扱い機甲種という種族名を与えた(もちろん知性の度合いが一定以上でなければならないため、現実世界の機械知性の中にはその基準を満たす者がいない)。もし彼らだけで軍を運用してしまうと彼らの優秀さも相まって彼らの発言権が大きくなってしまう。そうでなくともたった一つの種族のみを危険な国外の守りに用いることは全知的生命体平等を掲げる神聖帝国では差別政策となってしまうため、究極の合理化を政治的な理由で行えなくなっている。どちらにしろ平等を追求した結果、艦隊を全て機甲種のみで運用できる技術があるにも関わらず他の種族も乗り込んで戦っているのである。
さらに機甲種は基本的にデータを他にバックアップしていれば死ぬことがない。心を持つ者もいるがそんな者たちでもそこは変わらない。つまり、彼らに死の恐怖はない。しかしそれでは行き過ぎた戦闘を行ってしまう可能性があり、艦隊をコスト度外視で運用してしまう可能性が浮上した。エネルギーがギリギリである神聖帝国からすればそれは許容できず、死への恐怖を持つ種族および死への恐怖を理解できる者、そして死んだら終わりの種族を憐れむことができる者が必ず艦隊の運用にかかわっている。ゾイルもその一人。
他の国家に於いては人的不足の影響から完全自動化が行われていることが多い。しかし神聖皇帝の魔力の影響により機械知性が心を持ってしまう現象が多発しているため、その対策を実施するか知能の低い機械知性で艦隊や師団を運用している。
つまり、性能の低い機械を用いる人間国家と、性能が非常に高いが人的資源を失うリスクを常に持つ神聖帝国ではバランスが取れている。
艦の設計について、当初設計段階に於いて全周を壁がないかのように表示できる全周モニターおよび、それに対応するデータリンクが考案されていた。しかし海の上でそれが必要なのか? という疑問が生まれ機動力のいらない海上に於いて必要性が認められなかったため採用されなかった。しかし特別な部隊と空軍に於いてはこの周りに壁がないかのように表示できる全周モニターが採用された。
通常兵器による有限ながらの攻撃とは、核を用いない通常兵器による攻撃のことである。本作世界では場所によるが人間種が生存できないほどに放射能で大気が汚染されているため放射能の拡散は気にならないほどの地獄である。なので核兵器も威力がとてつもないだけの通常兵器になっている。しかしその核兵器の中でも威力によって戦術核と戦略核が存在し、戦略核だけは通常兵器に分類されない(威力が高すぎるため)。
ミサイルを砲弾のように打ち出している描写があるが、ラムジェットエンジンの点火のためには音速を大幅に突破する必要がある。その構造的に音速を超えるまで実力を発揮できないため、砲弾として打ち出すことでこの問題を解決しようとしたのである。しかしこのミサイルの欠点はマッハ3~5の速度が適切なので、本作世界に於いてはかなり低速のミサイルに分類される。低速な理由は敵レーダーに映りにくくするためであるが、これ以上低速にするとそもそも届く前に戦闘が終了してしまう。