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episode68.第134第天帝

「ようこそ。鳥かごへ」


 先ほどの男の声が響く。その声の主は、簡単に見つけることができた。その無菌室の中でゆったりと椅子に腰を掛けた男が今まさにセレネに声をかけている。先ほどの違和感は、強化ガラス越しに籠った声だったのだろう。


 彼は体がとても細く、ひどく肌が白い。病的な不健康さの目立つ男だった。


 予想外の光景に思わず、呆然としてしまう。数秒の時が流れた。


「こ、これは失礼いたしました!」


 慌ててセレネは最敬礼で目の前の男に挨拶をする。


「この度は天帝陛下にお目通りする機会を賜り――」


「ああ、そういうものは良い」


 しかしその挨拶もすぐに止められてしまう。セレネが顔を上げると、疲れたようにため息をついた彼が立ち上がり、室内の本棚を眺め始めた。


「私は鳥かごの鳥だ。ここにいるからこそ価値があるのであって、ここにいない私に価値はない。つまらないお世辞は聞き飽きた」


 そうして一つの本を取り出すとそれをぺらぺらとめくり、再び椅子に座り込んでしまった。セレネはどうにも居心地が悪く、どうしたものかと困惑する。丁寧なあいさつをしようとしたら目の前の天帝はあまりにも礼がなかった。いや、もうすべてを投げやりにしているようにも思える。


 神聖皇帝もあれだったが、この天帝は違う方面で皇帝らしくない。


「さて、しかし折角ここに来られたのだ。何もないがゆっくりしていってくれ。誰かとこうやって直接話すのは10年ぶりでね」


「10、年……?」


「ん? ああ、もしかして、貴殿は何も聞かされていない質か? ヨテラスも意地悪なことをする」


 天帝は手にしていた本を閉じるとセレネの顔を強化ガラス越しに初めて見やった。


「やはり似ているな。種族は違えど、親族は似るものなのだな」


「あの……?」


「ああ、申し訳ない。ずっと一人でいると独り言も増えてしまってね。今のは気にしないでくれたまえ」


 ずっと孤独だったにしては流暢に話すものだ。羅紗のように天帝もまた別の体を持っていて、そちらでは多くの人と会話を重ねていたのだろうか。


「何から話そうか……。まず聞きたいのだが、貴殿は何と言われてここに来た?」


「私は豈皇国に神聖帝国の皇族にしか扱えない魔法を提供せよと命じられています」


「なるほど。では、貴国と我が国の歴史についてはどれほど知っている?」


 神聖帝国の歴史は普通に学んできたものだが、豈皇国との関わりで言えばそこまで知っているわけでもない。学園でさえも、神聖帝国が鎖国していることもあって海外について語られることはないのだから。


「あまり知りません」


「正直者だな。しかし、たった一世代で忘れられるとは、この国も落ちぶれたものよ。では語ろうか。なぜこの場所に、貴国の皇族が招かれるのかを」


 そして天帝はセレネのことなど気にせずに語りだした。


「私も体験した身ではない。まあ、昔話だと思って聞き給え。今より8代前の御代において我が神国豈は動乱の渦中に包まれた。世界全ての国から突然すべての信用と信頼を失い、国家存亡の危機に陥った。しかし外夷にさらされ全てが失われようとしたとき、地上に神が御降臨遊ばされた。豈の神話においてはまた別の名であったその存在は、外夷を駆逐し豈を蝕む楔からも豈を解き放った」


 神。神聖帝国と豈皇国の言葉は微妙に異なる。彼が言っている神は霊神種(テオス)とは違う意味で使っているのだろう。


 彼はそのまま歴史を語り続ける。


「だが、当代の豈は恐れた。その神の力に。いつしかその神と神の一族は豈と血を血で争う戦を行い、豈はそのほとんどの民を失った。神の一族からも滅ぶものが現れ、神は世界を呪った。世界も豈と同じように荒廃していき、神の一族は世界の辺境に閉じこもった」


 その神とは、まさか神聖皇帝のことか。確かに神聖帝国と豈皇国の言語は方言の違いしかない。それでも神聖皇帝が豈にいたという話は初耳だった。もしかすると神聖皇帝は豈皇国出身者だったのかもしれない。


 ならば、言語が似ている理由にもなる。


「それは我が国の神聖皇帝と貴国の歴史なのですか?」


「そうだ」


「ヨテラスとは、神聖皇帝の名ですか?」


「真名ではないと聞く。その(いみな)を知る者は、もはやこの国には存在しない。貴国でも皇族しか知らないのではないかね?」


 実のことを言えば、セレネも知らない。神聖皇帝の本当の名を知るものはセレネの両親と、その姉妹たちのみだ。孫の世代には教えられてすらいない。幼い頃に名を何というのか聞いたこともあるが、教えられたその名は諱ではなく(あざな)だそうだ。


 遠い昔の神話に出てくる自らの神話を持たない神の名。それが神聖皇帝の字だった。


 神聖皇帝は諱で呼ばれることを嫌うらしく、孫に教えないように徹底させたようである。


 これは憶測だが、神聖皇帝がどこから来た者でどこに由来を持つ存在なのかを示すものが神聖皇帝の諱にはあるのではなかろうか。そして諱を嫌うということは、この豈皇国が嫌いという意味なのかもしれない。


 それでも天帝と関わっているのは合理的な利点があるからで――。


「その様子では貴殿も知らないのだな。なんとも嘆かわしいものよ。名とは、己を指し示すだけのものではない。人との(えにし)を結ぶ大切なものだ。それを否定するなど、奴は奴の大切な者さえも否定していることに気付いているのだろうか?」


 神聖皇帝を奴と呼びながらも、その感情は本当に嘆いているようだ。その物言いにセレネはやはり困惑してしまう。しかしここに来た理由を聞くまでは聞く姿勢を保つこととする。


「ああ、また話が逸れてしまったな。続きとしよう。……神と豈の抗争は互いが疲弊し和平を結んだ。だが神は死なない。その憎悪も消えることはない。だが理性的な神は和平と共に一つの提案を申し出た。それは豈の持つ技術と神の持つ技術の交換。それによって神はその神的な力だけではなく人間の築き上げた科学をも手に入れた。豈は神の神的力を手に入れ想像生命体(エスヴィータ)の脅威を比較的遠ざけることができた。しかし互いに互いの力をすべて理解したわけではなかった。神は人間たちに復讐目的で呪いを掛けていた。ヒトの認知が集中する魂は破壊されやすくなる、という呪いを。それを抑える護符を、豈には作れなかった」


 そこで天帝は一息吐き。


「これで分かったであろう? 貴殿がここに来た理由を」

 神と人間の血塗られた歴史――。


 (別にあの続きがバッドエンドだなんて言ってないよ)

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