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episode65.潜水艦にて

 しばらくホテルにて過ごした後、セレネは羅紗が用意した潜水艦に乗り込んでいた。


 交渉使節団はボニン諸島沖の海上都市に派遣された豈皇国の技術者たちと技術交流を行っている。一応海上都市は最先端の技術が集結した場所でもあるため、神聖帝国が欲している技術も多分にある。セレネが帰る頃にはかなりの技術を入手していることだろう。


 ただ少しだけ驚いたのはセレネの移動手段が潜水艦だったことだ。普通は航空機で行くものではないのかと思い羅紗に尋ねてみた。


「ああ、これはもう100年以上前の潜水艦です。機密になるようなものはないので、他国の方を乗せても大丈夫なんですよ」


 質問の的がズレた気がしたが、セレネはとりあえずその時はその答えに納得する素振りを見せた。


 確かに潜水艦は他の艦船と違って機密の塊だ。他国の者を入れることは絶対にありえない。それでも潜水艦で行かなければならない理由があるのだろう。そしてここでセレネが何を見てもきっともう時代遅れの産物しかないに違いない。


 人工衛星の監視を少しでも掻い潜る目的があるのかな?


「そういえば、想像生命体(エスヴィータ)はこの潜水艦を襲わないのですか?」


 セレネが問うと、暇つぶしにセレネと豈皇国のボードゲームをしていた羅紗はのんびりと答えた。


「心配ありません。我が国ではご存じの通り彼らと生存圏をエリアごとに分け、互いに侵入しないような仕組みを構築しています。それは我が国の領海でも同じで、”はぐれもの”が現れても悪霊祓の光石(セレニテス)で守りますので、遭遇する確率は天文学的に低い値になっています」


「なるほど。すごいシステムですね」


「ええ。そうしなければ我々は生き残れなかった。ただそれだけですよ」


 豈皇国では想像生命体(エスヴィータ)が棲むエリアと人間種(ロイテ)が住むエリアは明確に分けられている。そしてそのエリア同士は互いが不干渉を貫くという摩訶不思議なことが起きている。


 理性も思考もないはずの想像生命体(エスヴィータ)がそのような動きをする、そのような高度な技術を豈皇国は使っているらしい。


 神聖帝国の魔法技術でもそんなことはしてない。ただ本土に侵入しようとするあれらを排除し、例え本土に侵入されても皇族と神聖皇帝が殲滅する。理由は簡単な話で、そちらの方が安上がりだからだ。そもそも建国以来メガラニカ大陸に想像生命体(エスヴィータ)を侵入させたことはない。


「”はぐれもの”とはなんでしょうか?」


「”はぐれもの”は我々のシステムに存在する例外です。しかしそれは想像生命体だけではありません。法律を無視し、彼らのエリアに侵入する我が国の国民もそのように呼称します。そして侵入した個体は殺されても文句は言えません。例外は常に排除され続けています」


「……昔バグを排除するSF作品があった気がします」


「そうですね。我が国はまさにディストピア国家ですよ」


 互いが徹底的までに不干渉を貫くシステム。あまりにも大規模で、あまりにも繊細な技術。技術立国豈皇国らしい、そして生きるということにどこまでも執着心を見せるヒトの執念の結晶。きっとその部分だけなら魔法技術で神聖帝国にも匹敵する。


 だが、それは全てに手を差し伸べる社会ではない。全体の方針に逆らう者は排除しないが、社会以外に殺されても救いの手を伸ばすことはない。自由を代償に世界で最も発展した国家。


 ディストピア……明るい未来の見えない社会。

 自由なき社会は、鎖国する神聖帝国と何が違うのかしら?


「はい。これで詰みです」


「……負けました。殿下はお強いですね」


「まあ、経験の差ですから私などすぐに追い抜かれるでしょう。私のこれはただの暇つぶしで覚えた遊戯でしかありません」


 セレネはボードゲームで早々に負けてしまった。


 豈皇国のボードゲームは複雑だった。駒それぞれが固有の動きをし、相手陣地に侵入すれば覚醒したが如く新たな動きを見せる。そして打ち取られた駒は相手側にもこちら側にも寝返り、その寝返った戦力も考慮して盤面を進める必要がある。


 人工知能(AI)ならば普通に勝てるが、ヒトの知性同士だけでは勝負はわからない。初心者のセレネとよく遊んでいるらしき羅紗ではその実力差は歴然だった。


 連邦の大地に墜落したあの時の能力を使えれば勝てるんだろうけど……。


 ちなみになぜセレネと羅紗がこうしてボードゲームを嗜んでいるのかといえば、この潜水艦があまりにも狭くすることもないからだ。


 それぞれの個室が与えられないくらいに小型に仕上げられたこの潜水艦では共有スペースを確保するしかない。そしてその共有スペースで互いが何もしないのも気まずいため、それならば遊戯で交流するのが一番という結論になっていた。


 他国では知らないが、こういうものは本来不敬すぎる扱いなのかもしれない。

セレネは気にしない質だが。


「私も貴国について質問してもいいですか?」


 駒を再び初期位置に並べながら羅紗が問うてきた。


「もちろんです」


「ありがとうございます。貴国では数多くの種族が、そして星の数ほどの意見や価値観を持つ国民がいると聞きます。そのような国家をどのように安定させ、どのように統治しているのでしょうか?」


「そうですね……」


 セレネも駒を並べながら考える。


 確かに神聖帝国は数多の種族と、様々な価値観を持つ種族や国民を抱えている。そしてその価値観がぶつかることも多い。


 例えば闇黒種(トイフェル)翼輪種(メレキ)は本来互いに敵と認識して殺しあってきた歴史を持つし、人間種(ロイテ)の肉しか食べられない巨人種(ネピリム)も少数ながら存在する。他の種族には残酷にも思える人体をバラバラにしたような人形を引きずって楽しむ祭りと、徹底的に他人のために奉仕し助け祈りを捧げる祭りが広場の噴水を挟んだ隣で開催されることもある。


 改めて考えてみれば本当に意味が分からない。相反する価値観を見せつけあってもどちらも対立することなく、相手の行うことを尊重してなぜか最後は互いに手を取り合ってダンスを踊る。互いを嫌悪することはあっても、相手を憎んで消してしまおうとか考えることもない。


 本当に、支離滅裂と調和が共存しているのが神聖帝国なのだろう。


 質問されて気付いたけど、これは本当にヒトの感性なのかしら?


 それでも羅紗の質問にセレネは自分なりの答えを示す。


「一つ、理由があるとすれば、滅びが遠いからではないでしょうか?」


「滅び、ですか?」


「我が国でも死や何か大切なものを無くすということはあります。しかしその全ては医学と魔法の技術によって復活が可能なのです。復活もできない滅びは程遠く、人体も、物も、その魂でさえも復活が可能。我が神聖皇帝は生と死、そして成長と衰退、それら命をつかさどる力を多用します。もしかすると、主上陛下がそのような滅びのない、永遠に続く社会をお作りになったのかもしれません」


 その言葉を聞いた羅紗は、どこか悲しそうな表情をしていた。

 自由なき国と終わりなき国——。

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