episode62.ボニン諸島沖メガフロート空港
「この機は予定を変更しカタガルガン海海上のボニン諸島沖空港に着陸いたします」
「……確か豈皇国の南の諸島部よね」
豈皇国は世界的にも珍しい国で想像生命体の脅威をほとんど排除している。200年前保持していた人類の生存圏には人間種を、国土の七割を占める未開発地帯は想像生命体を、と言ったように上手く棲み分けを行うことに成功していた。
今から思えば、今回のような交流使節団の技術交流で神聖帝国の魔法技術を採用した結果なのだろう。
そしてボニン諸島も小さい島でありながらその狭い範囲で棲み分けを成功させているらしく、近場の海上には海上都市まで建設されている。今から向かう場所はその空港になるのだろう。
予定変更……。
棲み分けできていない想像生命体の群れが来たのかしら。
それは非常にまずい。
「殿下」
セレネが立ち上がろうとした時、スィリアがいそいそと小走りにやってきた。その顔には不安の表情が浮かんでいる。
「スィリア、とりあえず落ち着きなさい」
「はい。申し訳ありません」
少しして落ち着いたスィリアにセレネは問うた。
「何があったの?」
「通信を傍受したところ、豈皇国側が唐突に到着地の変更を要求してきました。皇国軍も南洋に展開し始めています。もしかするとこちらに対して攻撃が……」
「それは……大丈夫じゃないかしら?」
万が一皇国が何かの意図を持って攻撃を仕掛けるにしても不安を煽ってスィリアを心配させるわけにはいかない。一応何かあっても全力で機内のヒトビトを守れるように魔法の準備だけはしておこう。
神聖帝国を敵に回すようなことはしないと思うけど。
「交流使節団の方々の様子はどうだった?」
「はい。皆落ち着いているように見受けられました。ただ、どうにも厳しい表情をしていて……」
「そう……」
今回の神聖帝国の交流使節団の面々は過去にも参加したことのあるヒトたちだ。不安そうでないのなら、どういうことが起きているのかは理解しているのだろう。そして今のところ理性的に判断で来ている。とりあえずはパニックにならない限り様子見することとしよう。
「私達は大人しくしているべきね。一応、助手として着ているから代表者が問い合わせるでしょう」
「はい」
セレネは使節団の団員の助手、つまり目立つことのない地位を与えられてここにいる。交流使節団の団長を差し置いてセレネが何かをするわけにはいかない。
暫くすると航空機はボニン諸島沖に存在するメガフロート空港上空に到達した。ここに来るまでに豈皇国の戦闘機が数機至近距離まで近づいて来た。彼らはセレネの乗る航空機を囲み空港まで先導していた。その姿からは敵意は感じない。
なので今から降り立つという空港を窓から見る。そこに見える海上都市はあまりにも大きい。
数km四方の巨大な超大型人工浮基盤。それが巨大な円形を作るようにいくつも整然と並んでいる。大昔から豈皇国では海上都市の研究を重ね続けられてきたと聞いている。その集大成と言うべきそれはまるでメガラニカの氷床のように水上を覆っていた。
まるで昔の水の都のごとく水運で繋がれた都市は各地の閉鎖的な要塞都市よりもとても開放的だった。
これは豈皇国が想像生命体と上手く生存権を分けて住むことに成功しているからこそできることだ。普通の国であればこんな物を建設する余裕もなく、例え建設できたとしても一瞬のうちに沈められてしまうだろう。
「綺麗な都市ね」
そうしてセレネ達は超大型人工浮基盤の端にある空港に降り立つ。エアロックを通じて都市建造物内部へと足を踏み入れる。
海に浮いてるはずなのに、揺れを感じないわね。
海の波を感じないほどに大きな都市だからか、それとも豈皇国の技術でそれを成しているのかはわからない。しかしどちらにしろ神聖帝国にはない豈皇国の科学技術の高さを実感できた。
それからセレネ以外は厳重に被爆治療を施され、セレネも含めて放射能除去治療を施された。神聖帝国では放射能に対してそこまで危険視していないが、皇国ではそうではないらしい。ただ全身を魔法的にスキャンされて細胞やらなんやらを交換される感覚はなんか嫌だった。
もちろんルールには従うが。
そしてセレネが放射能除去を受け終わった時には既に交流使節団のメンバーが豈皇国の公務員と話し始めていた。談笑してはいないが険悪な雰囲気を感じることもない。ただ淡々と自分たちの職務を熟している。争いが起きないのなら多分大丈夫だろう。
「ええっと、どこに向かえばいいのかしら?」
ここからセレネは別行動をする。書類上は彼らの助手であっても、本命となる使命のためにやるべきことをやる。しかし迎えがなくセレネとスィリアはただ立ち尽くすしかない。
「お迎えに参りました。神聖ルオンノタル帝国第三皇孫殿下」
不意に声を掛けられ、そちらに目を向けるとそこには人形のように整った容姿をしたヒトがいた。長い紺桔梗の髪を綺麗にまとめ上げ、その毛先も爪も肌も妙に綺麗だ。
周りにはボディガードが固めており、その所作とも合わせて高貴な存在だと分かる。優し気な微笑みを絶やさないその面持ちはヒトを不思議と落ち着かせる力があった。
外交官ではない?
いや、それよりも――。
見た所人間種のようだが、身体があまりにも細いし……なんだか違和感がある。まるで細部まで精巧に人間を再現した人形みたいだとセレネは失礼にも感じてしまった。
それに、女のヒト?
でいいのかな?
男のヒトの可能性もあるけど……。
「お初にお目にかかります。私は豈皇国第二皇太子の羅紗と申します。この度は遠路遥々ようこそお越し下さいました」
「こちらこそお迎えいただきありがとうございます。第二皇太子殿下。私はセレネ・H・ルオンノタルと申します」
二人は徐に握手を交わす。その手に触れてやはりセレネは違和感を覚えた。なんと表現すればいいのか分からないのだが、簡単に言えば羅紗と名乗る人物はどこか偽物っぽい。肉体も精神もどれも本物なのだが、何かが違う。
それにしても皇国の皇族自らが出迎えてくるとは思わなかった。皇国軍が妙に活発に動いていたのはここに皇族が来ていたからだろうか。
「では、今日宿泊していただくホテルに案内いたします。その後の予定ですが、今日は互いを知るためにもお茶でも致しませんか?」
「ええ。こちらとしては異存ありません」
二人は同じ浮遊自動車に乗り込み、スィリアや羅紗のボディガードは他の車両に乗り込んで随伴してくる。自動運転により自動車は静かに動き出し、海上都市内に建造されたチューブの中を走り出した。
「羅紗殿下。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なにか?」
「殿下は人間なのでしょうか?」
一瞬羅紗が目を見開いた気がした。しかしすぐにまた優しい笑みを浮かべた。
「どうしてそう思われるのですか?」
「いえ、申し訳ありません。大変無礼ではありましたが、人間種にしてはなんだか違和感がありましたもので」
本当に無礼なことを聞いていると思う。けれど、一応聞いておかなければ今後の対応を誤ってしまうかもしれない。
今この車両では誰も聴いていない。誰かが盗聴しているかもしれないが、セレネが魔法で調べる限り電子的にも魔法的にも大丈夫だと判断した。
「それはまた今度お話しするとしましょう。しかし必ずお話しするとお約束します」
「ありがとうございます。失礼なことを申しました」
気付けばあっという間に高級感のあるホテルに着いていた。
現れたのは豈の皇族――。
【用語解説】
・羅紗
羊毛などを使った厚手の毛織物のこと。
(この情報だけで、ああなるほどあれねとなっている人がいると思うけど、まあ元ネタですね。……いるのかな?)
・エアロック
本来は気圧を操作して宇宙船の内外に搬入する際に出て行く空気を最低限にする機構のことです。この世界ではエアロックと言うと外の放射能を含んだ空気を入れないための接続機構のことを指します。
【解釈について】
ちなみに、各国の都市の地上部はシールドで覆われていて放射能を遮断しています。連邦のシールドでは放射線をもろに浴びてしまうのですが、定期健診のように定期的な治療を受けることで実質無害化しています。(外の放射能を吸うと流石に入院が必要)
今回の戦争では連邦市民も神聖帝国人もかなりの放射線被爆をしています。それでも描写的になんら問題ないように振舞っているのは上記の治療法が確立されているためであり、種族によってはセレネのように放射線自体が毒にならない者もいました。
金持ちだったり位の高い高官など一部の上流階級は大抵地下深くに住居を構えていることが多いです。しかし地下をずっと掘り続けることは当然できません。掘り続ければ地盤が不安定になって崩れてしまったり、技術がなければ深くも掘れず、そうなると国民全てを地下に住まわせることはできません。
なので多少寿命が縮まるとしても地上部で生きるしかない国が多く、連邦などは地下に要塞を作って限界を迎えた国であります。地下は主に避難場所兼生産工場であり、それを作った時点で永続的に国民すべてが住む空間は存在しなくなりました。ならば複数都市を建設せずに一つに集中すればいいとなりますが、一度でも想像生命体に襲われると国家滅亡になるのでリスク分散しなければなりませんでした。
それでも連邦はまだいい方で、今後出てくる希望国などは地下要塞と呼べるものすらない都市を建設していたりします。
ただし技術を持っているのに地下要塞やシールドを使っていない国も存在しています。
豈皇国などは材料工学に優れているため放射線を通さない建造物と移動手段を確立して急激な放射線の上昇や台風、核攻撃が実行された時にだけシールドを張っています。
神聖帝国も都市自体が氷で覆われているため放射線を気にする必要がなく、核攻撃されても氷床の表面が蒸発するだけなのでシールド自体張っていなかったりします。




