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episode60.交渉

 アウストラリス大陸とノヴァ・ジーランディア諸島の管理権の譲渡。それはつまりダウンアンダー連邦とノヴァ・ジーランディア自由連合共和国の両国をウェプスカ合衆国は見捨てるということか。


「貴国の世論は許さないと思いますが?」


「いえいえ、我が国では長らく孤立主義(ジェームズドクトリン)の再燃が見られております。自国の領土の大半を取り返していないのに、なぜ我々が遠い異国を助けなければならないのか、と」


 ウェプスカ合衆国はかつて世界のシーレーンを支配し、世界唯一の超大国として経済軍事どれを取っても他国の追随を許さない国力を手にしていた。合衆国の発言によっては世界の行く末すら左右されるもので、影響力は計り知れなかったという。


 それゆえに文明が半壊した今でも世界に派遣できる艦隊を保持している。そしてその勢力圏もかなり広大で本土から離れたところにもある。


 しかし想像生命体(エスヴィータ)の脅威を前に合衆国は同盟国が負担なのだろう。利益が見返りに釣り合わなくなったと。普通に考えれば当たり前のことだが、”世界トップ”の美酒はその思考を狂わせていたのかもしれない。


 また、連邦の図書館にあった情報によれば、合衆国は最近国民意識の相違が顕著になっているらしい。国家を分断するほどの論調は割れに割れ、治安すら悪化の一途を辿っているとか。


 想像生命体(エスヴィータ)を本土から駆逐できてもいない。世界への影響力と、国力の海外への流出の阻止を天秤に掛け、彼らは後者を選んだ。それをまさか連邦と共和国に表立って言えるわけもなく、仲間であると言いながら本心を隠してきた。


 逆になんで今まで派遣していたのやら……。

 国民性故だろうなぁ。

 きっと神聖帝国に近い国を支援して正義の国家、合衆国を見せびらかしたと。

 予想だけど。


 もしその考えが正しいなら、合衆国は自分を正義、神聖帝国を悪と認識しているはず。二元論的絶対正義が悪に甘い蜜を吸わせることはない。この提案には何かしらの裏があるとみるべきだろう。


「我々は海外に対して不干渉を貫いています。あまり魅力的とは思えませんね」


 セレネはそのように反論する。合衆国の孤立主義とは違うが、神聖帝国も外国との交流をほとんど持たず、国交さえもない。それは自然と起きたことであり、互いが互いを排除した結果現在のような形に落ち着いた。


 互いが相手に迫害されたという認識を抱き、どちらも歩み寄ろうとしてこなかった。それがこれまでの歴史。


 合衆国が正義だと主張して相手を排除するのなら、神聖帝国は過去の憎しみゆえに相手を排除する。寿命の長い種族が多い神聖帝国に於いてその憎悪は人間国家と比べれば圧倒的に消えずらい。


 だからこそ、今からその方針をいきなり変えて憎しみの対象を管理しろというのは、ある意味では今までになかった歩み寄りであり、表面化していなかった大きな軋轢の発生と同義である。平穏だった神聖帝国を激動の時代へと引きずり出そうというのか。


 それはあまり望まない。なぜなら関わるということは、今回のような戦争も増えてしまい多大な犠牲を生むはずだから。そして国内に爆弾を抱えることにも繋がる。


 しかしウィグナー参事官は否定するように頭を振った。


「そうとも限らないでしょう? 貴国はこの世界で唯一想像生命体(エスヴィータ)の脅威を排除し、最も安定した国家を築いている。それは疑いようもない。その貴国が世界へと進出すれば、技術交流も含め様々な恩恵が齎されることでしょう。歴史的に見て、地盤を確固たるものとした国家が鎖国を解けば多少の混乱はあれど急激な発展を遂げられる。そうですね、三沢殿」


「それは我が国に対する皮肉ですか? まあ、先程の言葉は事実ではありましたがね」


 そういえば豈皇国も300年ほど前は鎖国をしていたと聞く。そこからの近代化と世界経済への進出により大きな発展を遂げた歴史がある。


 まあ、開国を迫ったのが当の合衆国であり、その近代化した豈皇国を戦争で打ち負かし衛星国としたのも合衆国であり、敵国との防衛線として良いように使われたのが豈皇国という歴史を鑑みれば、先程の言葉は本当に皮肉としか思えない。


 正義なんて、ただの押し付けだ。


 ただ、セレネからすれば遠い国の話であり、感心事の薄い話ではあるが。


「……一応ここでのことは政府に報告する義務があるので、貴国の要望は本国にお伝えしましょう。しかし私個人としてはダウンアンダー連邦が自立可能と判断した時点で我が軍は引き上げさせたいと思います。また、想像生命体(エスヴィータ)を排除する技術に関しても返答待ちとなりますが、連邦と共和国の管理権では買えないと思ってください」


「わかりました。しかし我が国の窓口は常に開いております。紛争も一年程は起こさないことを約束させていただきます」


「そちらもお伝えいたします」


 正直セレネからすればあまり実りのある話はなかった。どうにも合衆国は自分が立場が上だと思っているような気がしてならない。その上から目線の態度が少々苛ただしい。


 合衆国はきっと外敵を気にする必要がなくなる状況を求めている。神聖帝国が鎖国を解いて世界に進出したなら、人間国家が合衆国の不安定さに注目することはない。


 表向き人間国家をまとめ上げる正義を主張しつつ、自分たちは孤立主義に則って国家を立て直す。そして世界中の国を勝手に争わせて再び超大国に返り咲く。自分だけが勝利する二元論的正義の結論だ。そんなシナリオが彼らにある気がしてならない。


 本当にそうだとしてもそんなに上手くはいかないでしょうね。


「では、私は要望を全てお伝えしたのでここで御暇させていただきます。この度はありがとうございました」


 ウィグナーが慇懃無礼に立ち上がると礼をし、セレネも一応形として返礼する。そしてウィグナーは退出していった。


 そして再びセレネが座ると、今度は三沢が軽く礼をしてから話し始めた。


「大変無礼な外交官ですみません。彼の国は未だに自分が世界のリーダーだと思い込んでいるのです。事実、見かけの国力だけはありますが……」


 合衆国の国力は200年前と比べると10分の1もない。それでも大国に違いない。合衆国の勢力圏が3つの大陸を掌握していたことを考慮すれば見かけ上は世界最大勢力なのであろう。


「いえ、お気になさらず。差別的な発言が出なかっただけ、彼はしっかり仕事を熟していました」


「ありがとうございます。では、本題に映らせていただいてもよろしいでしょうか?」


「はい。よろしくお願いします」


 前座は終わり、セレネの本当の仕事が始まる。


「この度、我が国では新たな天帝陛下が御即位なされました。この度も厄払いの護符を授かりたく、お願いを申し上げます」


「わかりました。貴国の技術供与に感謝し、今回も交流使節団を派遣させていただきます」


 神聖帝国の皇族にしか扱えない魔法。その詳細は未だに分からない。本国に問い合わせても明確な答えはなかった。豈皇国に行けばわかると神聖皇帝からの言伝しかセレネは知らない。


 それでも責任を果たすべくセレネは三沢と今後のスケジュールを調整していく。


「こちらの予定ではこのような予定となっております。何か問題がありましたら遠慮なく申し付けください」


「ありがとうございます」


 その後すぐ、セレネは豈皇国へと向かうのだった。

 ついに皇国へ――。

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