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episode59.裏会談

 あれから一週間。


 作戦時の証言や資料を渡して軍関係者としての責任を済ませてしまえば、本当にセレネには仕事がない。後は外交屋の仕事である。それでもやはり参加者でなければならないため、最近はずっと交渉を聞いてばかりだった。


「……もう、やだぁ……っ」


「いつもお疲れ様です。殿下」


「もういっそのこと人類から負の感情を奪ってしまいたいぃ……」


 セレネはホテルの一室でスィリアに膝枕されていた。スィリアは駄々をこねるセレネの頭を愛おしそうに撫でている。


 もう一週間だ。時には罵詈雑言が飛び、険悪な空気が常に張っていて、責任者として気を抜くこともできず、仮に話題を振られた時は神聖帝国臣民4600万人の命を背負って最適な受け答えをする。


 すでにセレネの精神は擦り切れていた。いつもなら思いつきもしない発想が頭に浮かぶほどに。


 本気でヒトの悪意を取り除く魔法でも研究しようかしら……。


 それでもスィリア以外にセレネは弱みを見せない。それは皇女としてというのもある。しかしそれ以上に、荒野と化した都市を見ているとまだ自分は恵まれている方だと思えてならないからだ。


 ホテルの窓からその都市を見渡してみれば、砂色の光景が広がっている。強大な力によってビルディングは崩れ、高威力のレーザーや火薬によって黒く焼け焦げている。連邦首都だとは初めて見た者なら信じることすら出来ないだろう。


 そしてその場所に生き残った連邦市民が暮らしている。神聖帝国と違い、気候に恵まれた彼らは地上部で暮らしていた。地下でも生活はできるものの誰しも慣れない場所で家族でもない者たちと同じ部屋に押し込められるのはストレスだ。


 今は神聖帝国への憎悪で市民間の争いは少ない。それでも日を重ねるにつれて争いは散発し、中には地上にバラックを作ることで避難している者もいる。配給によって食料はあっても衣と住がない彼らの限界は近いかもしれない。


 本当に、彼らに比べたら私の苦労なんて些末なこと。


 今でも無人と確実視されている北部都市では救助作業が続いている。各都市のインフラ再建工事も順次行われている。それでもかつての都市を築き上げるのにあと何年かかることか。それにこの国が独立国となっても自立が難しいかもしれない。


 私が彼らにできることはあるのかしら……。


「そろそろ時間ね。スィリア。行ってくるわ」


「はい。今日最後の予定です。頑張ってください!」


 そしてセレネはスィリアと別れてその部屋を後にした。無人の廊下を進み、とある一室の前に至る。部屋の前には警護のために連邦に来ている近衛兵が扉の両隣に直立不動で立っている。その二人はセレネに対して敬礼をすると綺麗な所作でその扉を開いた。


 その部屋には二人の人物がいた。二人はセレネの存在に気付くと立ち上がり、最敬礼でセレネを出迎える。


「おはようございます。講和交渉の席ではよくご尊顔を賜っております。ウェプスカ合衆国在ダウンアンダー連邦大使館参事官のゲイロン・ウィグナーと申します。この度は貴重なお時間を頂き、感謝いたします」


 ウィグナーと名乗る参事官が豈皇国の言葉で丁寧な挨拶をした。神聖帝国と豈皇国の言葉は方言くらいの違いでしかない。セレネが身分的に彼よりも上であるが故の配慮だろうか。もしくはセレネが他言語を離せないと思われている可能性もある。


 ちなみに講和交渉の席では敢えて舐められてはいけないとのことで、通訳を挟んで会話をしている。言葉が理解できる者からすれば面倒臭い流れだった。


 続けてもう一人の女性が挨拶の言葉を述べる。


「私は()(ごう)講和交渉の仲介使節として参りました豈皇国一等書記官の三沢(こころ)と申します。皇太孫殿下に於かれましては、ご機嫌麗しく、この度拝謁を賜りましたこと、恐悦至極に存じます」


 なんだか、この女性の方が妙にセレネを敬っている言い回しに思える。王朝を戴く国とそうでない国の違いか。その点で合衆国と皇国はその認識がかなり違う。


 そしてセレネも相手を尊重する程度の礼をして自己紹介を行う。


「丁寧な挨拶をありがとうございます。神聖ルオンノタル帝国第三皇孫セレネ・H・ルオンノタルと申します。この度の会談が建設的で有意義なものになることを願います」


 そうして互いの挨拶を済ませると広々とした部屋にぽつんと設置された円卓の椅子にセレネ達は腰を下ろす。


 普通であればもっと上品な席が用意されるだろうが、今回はかなり秘密的に扱われる会談。根回しとはそういうもの。丁寧さを追求すれば秘匿性が著しく下がってしまうためある程度粗雑な方が良い。


「殿下。この度はこちらの要請を承けていただき感謝いたします。そして、このような無礼を働いたこと、重ね重ね謝罪いたします」


 三沢一等書記官が頭を下げ、謝辞を述べる。護衛を連れてこないで一人で来てほしいという要請のことだ。


 まあ、互いの同意の上で会談しているから、これは形式的な謝罪だろう。


「はい。しかし、私も滅多にない一人の時間を味わえたので、重畳でした。お気になさらないでください」


 一応お世辞を返す。


「殿下の寛大なるお言葉に、感謝申し上げます」


 そんな彼女とは対照的にウィグナー参事官が胡散臭い笑みを張り付けて述べた。


「では、早速話を始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 ウィグナーがそう言うと淡々と語り出す。前置きとか雑談がないのは率直な性格が優先されたためか、それともあまり時間を掛けたくないからか。


 もしくはセレネという非人間(ヘテロ)種を忌み嫌ってのことか。


「さて、単刀直入に言いましょう。次の交流使節団を我が合衆国にも派遣していただきたい」


「……?」


 やはり不気味だ。セレネはそう思ってしまう。


 交流使節団の存在はセレネもつい先日知ったばかりだ。しかし世界の大国である合衆国は諜報も得意らしい。使節団の存在を合衆国は認知しているようだった。


 しかしそれは豈皇国が非人間に対しても永世中立を謳い、互いに利益のあることだからこそ行われていた。


 なのに人間至上主義であるウェプスカ合衆国がそんな交流をしようと持ちかけてきている。交渉の時に神聖帝国の肩を持ったことも考えると、このためだったのか。しかし、本当に不気味に思える。


 嫌悪しながらもこんなにも分かりやすく利用しようと近づいてくる。

これが不気味と言わずして何と言うだろう。


 セレネは顔を顰めないように強く意識した。


「理由をお伺いしてもよろしいですか?」


「欲しいのですよ、あなた方しか持ち得ないものを。今我が国の大統領閣下がお望みのものは大いなる国民の支持です。そしてその支持を得るためには分かりやすい成果が必要だ。貴国は辺境に位置するとはいえ想像生命体(エスヴィータ)を大陸から叩きだし、上陸すら許していない。その技術を人類の繁栄のために共有していただきたい」


 なるほどとセレネは思う。恐らく合衆国大統領の支持は低迷しているのだ。実際今回の戦争で艦隊を一つ想像生命体(エスヴィータ)に壊滅されている。


 だからこそ、戦争に介入した成果として神聖帝国の技術を欲している。つまりは戦利品だと嘯くために。


「見返りとして、アウストラリス大陸とノヴァ・ジーランディア諸島の管理権を貴国にお渡ししましょう。併合なり何なりお好きにしていただいて構いません」

 自国の利益を求める――。


【用語解説】

・参事官

在外公館に於いて外交官にはランクというものがあります。上から大使、公使、参事官、一等書記官、二等書記官、三等書記官などと続きます。そして今回登場した参事官は大使や公使がいない時に代理として仕事をする枠割のある人で、大使館の長に当たります。


よく国を漢字一文字で表すと思いますが、神聖ルオンノタル帝国はです。

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