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episode57.ひと時

「スィリア?!」


 セレネに飛びつくように抱き着いたスィリアは思いっきりセレネの頬をスリスリと頬ずりをしてきた。その過剰な愛情表現にセレネは困った顔をしてしまうが、それ以上に困惑してしまっている。


 なぜ敵国に家族も同然のスィリアがいるのか。一般人が海を越えるなど危険すぎて普通はできないし、神聖帝国への憎しみで満ちた連邦に来たこと自体おかしい。本当にどうして彼女はここにいるのだろう?


「スリスリスリ~……ああ、殿下ぁ……っ」


「ちょっと待ってスィリア! あなたここがどこかわかってるの?」


「はい! なのでお迎えに参った軍の護衛に着いてきました! これなら私も一緒に迎えに行けます!」


 いや、ダメでしょ!


 もうどこからツッコんだらいいのかわからない。敵地に来たことも、テロ行為が散発しデモ活動が活発なこの場所に来たのもスィリアには危険すぎる。それに軍人でもない彼女が護衛の軍人に着いてきたこと自体色々おかしい。


 まあ、私も護衛なしでここまで来てるけど。


 スィリアはセレネと違って致命傷を負えば簡単に死んでしまう種族だ。彼女は怖くないのだろうか。


 不意に視線を感じてセレネはスィリアの後ろを見る。そこには戸惑いつつもどこか微笑ましそうな視線でこちらを見てくる宇宙軍の護衛たちがいた。視線を逸らそうと努力しているのだが、チラチラとこちらを伺っているのはバレバレ。中には親みたいな視線でこちらを見ている兵士もいる。


 スィリアに頬ずりされて、頭を撫でられ、されるがままになっているセレネ。思わずセレネはその頬を赤く染めてしまった。


 は、恥ずかしい……ッ。


「も、もういいでしょっ! 行くわよ、スィリア!」


「はい!」


 無理やりスィリアから身体を離したセレネはそそくさと迎えに来た車両に乗り込む。スィリアもセレネの隣の席に座り、それを確認した護衛たちは車列を出発させた。


 はぁ……。

 恥ずかしぃ……。


 未だに火照る頬を冷ましつつ隣のスィリアに視線を向ける。すると彼女のニンマリした目と合った。


「どうしましたか? 殿下」


 とっても嬉しそうにウキウキしている彼女を見ているとセレネだけが恥ずかしく思っている現状にちょっと悔しい気持ちになる。しかしそれはそれとして聞かなければならないことがある。


「なんでスィリアがここにいるの? 本土で留守番ではなかったの?」


「はい! しかし殿下がさらに遠地に赴かれると聞いてはもう我慢できません! それに今回は軍人としてではなく皇女として赴かれるのです。私が付いていくのが適切だと思います」


「遠地? 皇女として?」


 もしかしてこれからセレネがネレヤ外務大臣に説明されることを既にスィリアは知っているのだろうか?


「スィリア。まだ私は何も聞いていないのだけど、私はどこに派遣されるのかしら?」


 それにスィリアは少しだけ不思議そうにしながら答えた。


「豈皇国です!」



      ☽



「殿下。この度は御足労の程感謝申し上げます」


 連邦首都ンガンビラの外縁部。瓦礫が撤去され更地となった場所に神聖陸軍の駐屯地が設営されている。その場所で神聖帝国本土から赴いたネレヤ外務大臣とセレネは対面していた。


 ちなみに、普通はこのような場所には全権大使という者が訪れて万が一にも重要人物が死なないように工夫される。しかし鎖国していた神聖帝国では外交の経験がほとんどなく、加えて皇族の機密事項をも抱えてここに来なければならない。必然的に任せられるのはネレヤだけとなってしまった。


 本当にこの国は大丈夫なのかしら??


「いえ。この度はよろしくお願いします」


「では早速主上陛下より賜った聖旨の説明をさせていただきます」


 ネレヤはデータをセレネに渡しつつ説明を開始した。


「今回殿下には講和交渉の席に参加していただきますが、表向きとしては軍事関係の説明をするための顧問として出席していただきます。まあ、本来必要のない役職ですね。裏の目的といたしましては、難航するであろう交渉の根回しで小さな交渉を何度も行います。その機会を使って殿下には豈皇国の外交官と会っていただき、すり合わせなどをしていただきます」


 豈皇国の外交官と会うことが目的。こんな回りくどいやり方をしたのはきっとセレネが会う口実を作るためなのだろう。


 不自然に皇族であるセレネが接触することも、調宮中佐として豈皇国の外交官に会うことも妙である。セレネが接触することを他の勢力に注目されたくないのなら、自然な流れで会う必要があるだろう。


 そもそも豈皇国と接触して何をしたいの?


「私は何をすればいいのでしょうか?」


「殿下は豈皇国に派遣される交流使節団の存在をご存じでしょうか?」


「……いえ、存じません」


「我が国が保有する魔法技術は建国以来世界トップを走り続けています。魔法自体は主上陛下が齎された奇跡ですから、不思議なことはありません。しかし科学技術を独自に開発するには苦難の連続でした。そこで我が国は豈皇国の技術を不定期に取り入れてきたのです」


 それは初耳だ。そうなると神聖帝国の科学技術は豈皇国を由来とする技術体系ということだろうか。言われてみればデータリンクで見た豈皇国の軍艦と神聖帝国の軍艦は似ている気もする。どこがと言われても困るが、なんとなく追及する機能美やデザインが似ている。


「その科学技術を手に入れるためにこちらも対価を払わなければなりません。それを代々皇族が担ってきたのです。前回の交流ではリアム殿下が赴き、都市の発展に寄与いたしました」


「では、今回は私がそれを届けに? しかしなぜ交流使節団の存在を公にしないのですか? 鎖国していたとしても多少の貿易は良いことも多いでしょうに」


「問題は豈皇国の方です。彼らの社会体制を考えると世間を騒がせるニュース自体受け入れ難いのです。だからこそ秘密裏に交流し、皇族にしか扱えないという魔法を豈皇国に齎す。そういう秘密協定をずっと更新し続けています」


 世界は分断されていてもそれなりに繋がりがあるらしい。戦争相手ではない国に赴けるのは内心ワクワクする。それにもしかしたらこの連邦でカティスの情報を見つけたように、豈でも見つけることができるかもしれない。


 皇族が技術交流に必要な仕事をしてきたのなら、カティスの情報が残っている可能性はある。これはチャンスだ。


「わかりました。皇族として、責任を果たしましょう」


「よろしくお願いいたします」


 これは神聖帝国にとっても非常に重要な仕事だ。技術の発展はその国の国力をも発展させる。神聖帝国の科学技術をより発展させることで未来はより広く開けるだろう。


 頑張るしかないわね。


 セレネは自分の目的と責任を心に抱きながらそう思うのだった。

 豈皇国との接触へ――。


【解釈について】

宇宙軍ではそれなりにセレネの人柄というものが認識されつつあるので、決して畏怖を抱かれるだけの対象ではなくなっています。もし他の軍の軍人であればセレネとスィリアの交流を見ても微笑ましく見るのではなく、必死で視線を逸らしていたかもしれませんね。


豈って普通に読んだら「あに」ですが、本作では実は別の読み方をしています。文字をじーっと見ていれば自然と読み方が頭に浮かぶかもしれませんね。

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