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episode55.国家という怪物

「総督閣下。我が国の神聖皇帝と面識があるのでしょうか?」


「それは――」


 何かを言いかけたアラン総督は今までの激高が嘘だったかのように黙り込んだ。目が泳いでいる。まるで思わず言ってはいけないことを言ってしまったかのように。


「総督閣下?」


「……ない。私は知らないッ」


 嘘を吐いていることはセレネにはわかる。何かを隠そうとする時の不安な感情がよく見えるからだ。そして何かしらの使命感を感じる。恐らくこのまま問い質しても彼は答えないだろう。


 それに、この会談の趣旨はそんな話ではない。


「わかりました。話を戻させていただきます」


 ヴィスタ艦長がそのように言ってズレた話題を戻す。そしてセレネに視線を向けた。


「中佐。第二艦隊が謀反を起こした際の戦闘ログを」


「はい。わかりました」


 セレネが戦闘ログを検索する。そしてそれを総督も閲覧しやすいように瞬時に編集していった。


「総督閣下。我々が確かに貴国の国民200万の命を奪ってしまったことは事実です。しかしそれを我が国は国家として臨んだわけでも、これから再び虐殺や酷い差別を行うつもりもありません。……今中佐に出してもらいましたが、あれは我が軍の一部が暴走した結果です。責任者は既に更迭されています」


 アランはセレネが渡してきたタブレットを確認してそれを読み進める。


「謀反を起こしたのが第二皇孫? そんな立場の者を軍法会議に掛けたところで無罪になるんだろう? 平等を謳っても皇族だけが特別扱いされるのは古今東西変わらないはずだ」


 アラン総督の言葉は正しく、セレネ自身少々後ろめたい気持ちになる。


 法律などで定められていても、皇族の発言力によって捻じ曲げられることは多い。実際に軍人となって最前線で戦うにはどんなに訓練プログラムを脳内にインプットしても数カ月から1年の期間を必要とする。精神力と身体能力の訓練だけはどうしても時間が掛かってしまうからだ。


 しかしセレネはその過程をすっ飛ばして訓練プログラムをピッと脳内に刻み込んだだけ。そのまま他の訓練を受けずに、前線に出るどころか艦隊の指揮まで行ってしまっている。


 もしセレネが皇族でなければこんな待遇はされなかったに違いない。


 そしてリアムの謀反に他の軍人たちが逆らえなかったように、例え自分たちが国を裏切る行為を強制されても皇族の力の前では逆らうことが難しい。それを自分勝手に皇族が振るうのだからアランの言葉を後押ししてしまう事実ばかりが目立つ。


「確かに私個人の恨みもある。それは一旦置いておく。だが、この首謀者が我々の望む通りの裁きを受けない限り、我々は決して降伏しないでしょう」


「具体的な要求は?」


「首謀者の処刑。それを我が国で行うこと。そして国家復興に必要な物資の提供と賠償。その他諸々だ」


「なんだと――ッ!」


 普通の個人として考えれば、その要求しかないなど安い方だろう。40%強の人口を殺された連邦からすれば、あまりにも受け入れがたい現実だ。


 だが、先ほどの要求は敗戦国の提示するような内容ではない。国際関係に於いて力で勝てなかった国は発言権を失う。総力戦が普通になった戦争は国家に残された最終手段であると同時に、負けた時のリスクを常に考えなければならない。


 もし連邦が彼らの要求を通すつもりなら力によって神聖帝国を圧倒し、力で屈服させなければならない。だがそれは現実的ではなく、地下で抵抗し続けるしか彼らに選択肢はない。


 まあ、それも、神聖帝国が手段を選ばなくなれば虚しい努力となるだろうが。


「閣下がどのようなつもりでそのようなことを吹っかけているのか知りませんが、我々としてはこのまま徹底抗戦をする連邦を”放置”するしか手段が無くなってしまいます。どちらにしろあなた方に降伏以外の未来は残されていないのです」


 国家と国家の関係に於いて相手に舐められてはいけない。国家をヒトと同じと思ってはならない。国家は貪欲で強大な暴力的な怪物だ。そんな怪物同士の関わり合いで舐められてしまえば、搾取され国家の力を奪われてしまう。


 だからセレネは咄嗟に上記の発言をした。


 連邦を放置する。それは完全に防衛能力を失った連邦から悪霊払の光石(セレニテス)を含めて撤退するということ。そうすれば彼らの未来は滅びだけ。彼らが大きな要求を突きつけるなら、同じように脅しにも近い拒絶の意志を示す。


 こんなことはしたくない。

 けれどこうでもしなければ戦争は終わらず、ヒトがもっと死んでしまう。

 国家という怪物相手に交渉するには、自分自身も怪物とならなければならない。


 セレネは少し前に聞いた神聖皇帝の言葉を思い返していた。


「ほんと皇族なんてやるもんじゃないね♪」


 彼女とは違う理由だが、その言葉だけ今なら同意できる。政治判断に巻き込まれた皇族は誰しも必ず怪物になることを求められている。セレネは怪物の血筋で、その精神さえ怪物でなければならない。

そして神聖帝国の皇族は、数百年、数千年、もしかしたら永遠にそうでなければならない。


 これは呪いなのかしら。


 セレネに責任感がなければ皇族の立場など捨て、自分勝手に生きることだろう。いや、この運命があるからこそ皇族はみんな自分勝手なのではないだろうか?


「私はこれ以上の死者を出したくない。どうか失われるべきでない命を救うために、決断してください」


「……」


 それでもセレネはヒトでありたい。ヒトとして臣民と、失われるべきでない人類の命を救いたい。

セレネも兄を探したいという自分勝手な理由でここにいる。それでもその自分勝手以上の貢献をこの世界に齎したい。


 セレネにできる唯一のこと。それは皇族として国家の向かう先をより良き方に導くこと。皇族としての責任であり、セレネの生きる意味。存在意義(アイデンティティ)だ。


 その後会談は滞り、アラン総督は地上へと帰った。しかしセレネはそこまで現状を嘆いていない。最後に見せたアラン総督の心情からして彼はきっと連邦軍を説得するだろうと思ったから。


 元々連邦は降伏宣言を出してしまっている。そして地下にいる連邦軍も連邦軍を名乗り続けている。これまでの抵抗は恐らく彼の言葉通りであると同時に全てではなかった。


 人間という種族が神聖帝国に少しでも抵抗を示し、矜持を守り通した。そのように世界へアピールしているのだろう。もし連邦が独立国となっても全く抵抗せずに降伏してしまっては世界の国々舐められてしまう。


 ダウンアンダー連邦は敵に対して簡単には屈さない覚悟がある。その事実を世界の怪物たちに知らしめるためだけの時間だった。


 世界に情報が回り始めた今なら色々理由を付けて降伏することだろう。


 そして翌日、セレネの予想通りダウンアンダー連邦軍は国家の降伏宣言を受け入れ、武装解除した上で地上へと上がってきたのだった。

 怪物は個々人の想いなど気にしない――。


 国家の判断を個人の尺度で計ってはいけない。それが国際社会です。

現実世界の日本ではなんかその辺りが曖昧になってしまっていますが、それが世界を安定化させることもあります。別にこれが真実というわけではないので、皆さん独自の考えを持ってください。自分なりに考えるということが大事であって、私も考えた結果小説のネタにしているだけです。

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