episode54.総督との会談
あれから数日が経った。その間ずっと各都市の連邦軍は地下に潜伏を続けている。自給自足できる彼らにとっては補給に困らずに戦闘を継続できる。それが彼らがまだ戦えると思わせる原因でもあった。
設備の破壊による継戦能力の排除も行おうとした。しかしそれは要塞の設計上かなり困難を極め、実施するにしても地下を崩壊させかねないと結論付けられた。流石にそれは実施できない。虐殺の二の舞だ。
唯一の幸運と言えば、上陸部隊が地下から撤退したことでこの数日戦闘行為は行われず、感情の起伏の激しさが人々の間から消えつつあることだろう。そういう感情の起伏を目印に想像生命体はやってくるため、ある意味平和な時間が流れていた。
「調宮中佐」
「これは、艦長」
宇宙軍の補給の要請などを熟していたセレネはヴィスタ艦長に声を掛けられて顔を上げた。そして手元のタブレットを置くと立ち上がって敬礼をする。対してヴィスタ艦長も返礼をした。
「確かこれから連邦の総督と会見があったのではないですか?」
時計を見つつセレネはそのように問う。
「ええ、その通りです。一応階級的に中佐が出る必要がなかったのですが、他の艦長たちと話し合った結果艦隊を動かせる中佐が参加した方が良いだろうということになりました。準備をお願いします」
会談に向かうのはヴィスタ艦長と他の艦の艦長の代表者のはずだった。
しかしよくよく考えてみれば臨時とはいえセレネは艦隊を動かせる権限を持っている。他の艦長は大佐であるが中佐であっても第二艦隊全体に命令を出せるセレネが参加しなければ二つの艦隊の連携が損なわれてしまうかもしれない。
ああ、これは私の確認ミスよね。
「すみません。そこまで考えが行き届きませんでした」
「いえ。こちらも先に参加しなくていい通知を出していました。お気になさらないください」
一応今回の連邦総督との会談は外交でありながらも、連邦都市の軍事的な問題を扱うことになる。総督と面談するのに相応しいのは軍事的な判断を下せる軍属となり、その資格を有するのは現地の司令官クラス。
その中でも現地で最も暇をしているのが宇宙軍だ。陸軍は目下地下の連邦軍とにらみ合いをしているし、海軍は想像生命体の対処のための待機と残存した連邦海軍の監視。空軍は内陸の想像生命体の誘導活動を実施中。
元々陸海空で完結していた軍組織に宇宙軍が加わってもやるべき軍務がない。つまり、連邦首都上空で滞空するか、他軍の援助しかできていなかった。
つまり、総督との会談は宇宙軍司令とそれに次ぐ軍人となる。
「準備は大丈夫です。すぐに行きましょう」
「はい。そうしましょう」
そうしてセレネはヴィスタ艦長と共に2番艦エスペランサの甲板に出る。都市上空という何もない場所であるがゆえに外はかなり強い風が吹いている。上を見上げれば近い場所に雲が勢いよく流れていくのが見えた。
しかし最低限の<アイギス>を展開し、緻密な計算で姿勢制御された艦の上は無風状態になっている。これらのシステムがなければ外に出るだけでも危険だっただろう。
「来ましたね」
ヴィスタ艦長の言葉の通り、下方の都市から一機の回転翼機が上がってきていた。それは一時的に開けられた<アイギス>の通路を通って艦に近づいてくる。そして<アイギス>を応用して作られた臨時の飛行甲板に降り立った。
回転翼機から出てくるどこかやつれた初老の男性。彼は宇宙軍人に警戒されながらこちらへと歩んできた。
そして声が届く距離になりヴィスタ艦長とセレネは同時に敬礼をする。
「神聖ルオンノタル帝国神聖宇宙軍第一艦隊の指揮を賜るヴィスタ大佐です」
「同じく、神聖宇宙軍第二艦隊臨時指揮を賜りました調宮中佐です」
その挨拶にアラン総督は真っ直ぐにこちらを見据えて返す。
「ダウンアンダー連邦国の総督アランだ。聞いていると思うが首相は重篤な状態のため私が代わりに来た」
セレネは目の前にいる彼の中に激しい憎悪を見た。それは神聖帝国に対しての憎悪ではあったものの、どうにも個人に対する憎悪の方が強い気がする。加えて彼がセレネを見た途端、その憎悪はセレネにも向けられていた。
うぅん?
初対面のはずだけど。
「会議室までご案内します。どうぞこちらへ」
3人と同行する軍人は一つの会議室に至る。そして3人が席に着くと早速議題が始まった。軍人の会話は単刀直入である。
「アラン総督。地下に潜伏する連邦軍の説得は上手くいっていないようですね。いつになれば連邦は降伏の宣言通りに我が軍に降るのですか?」
少し強めにヴィスタが問い詰める。対してアランは睨みつける眼光を崩さずに答えた。
「彼らは最後の一兵まで戦う覚悟ができている。どう説得しても彼らは祖国を受け渡したりはしないだろう。これは彼らの誇りの問題だ。私にはどうしようもない」
「でなければこちらも実力行使に出るしかありません。連邦は再建不可能な被害を受けることでしょう」
「先ほども言ったはずだ。彼らは覚悟ができている。祖国を失うくらいなら死を選ぶだろう」
なんとなくセレネはアラン総督が形式的な説得しかしていないのではないかと思った。降伏を決断したのは彼であったと証言は得ている。しかしその感情は激しい憎悪に取り付かれている。立場的には降伏を説得しても、強くは降伏を促さない。
理性の問題ではなく、感情の問題として祖国を渡さない覚悟なのだ。
それは私たちを化け物と認識しているからかしら?
少しの間セレネは考察に耽る。しかし彼を見る限りセレネは違うと思った。
彼は我々に対して恐怖していない。もし化け物相手だと認識しているのなら、地上の惨劇を見た以上少しでも恐怖を抱いていることだろう。それがないということは、彼は我々をヒトと認識し、かつ神聖帝国と誰か個人を憎んでいる。
もしかするとそれが彼の行動を形式的なものに留まらせているのだろうか?
「総督閣下。貴方は貴方の憎しみのために連邦を滅ぼすつもりですか?」
「なに?」
セレネの言葉に、より一層鋭くした視線を彼はこちらに向けてくる。しかしセレネはその視線に真っ向から立ち向かった。
「連邦軍人が誇り高いことは分かりました。しかし彼らも理性ある兵士です。国のトップの命令であれば、市民を救うために降伏を受け入れることでしょう。貴方が誰を特に憎んでいるのか知りませんが、その憎しみのために300万の市民を殺すこと。それはあまりにも愚かとしか言えません」
その言葉にアラン総督は顔を真っ赤にして激高した。
「200万の命を奪ったのはお前たちだろう!? なのになんだ? 戦争は終わりました。だから仲良く手を取りましょうとでも言うつもりかッ!? 流石あのヨテラスの親族といった考えだな?!」
ガンッと彼がテーブルを叩きつけ、息を荒げる。
しかしセレネは疑問符を浮かべていた。ヨテラスは確か神聖皇帝の称号のような長ったらしい名前の一部分だ。その名をアランはまるで彼女を知っているかのように使った。
アラン総督と主上陛下が知り合い?
そんなはずはない。
主上陛下は都市の最奥から一歩も出ていないのに。
あの場所はあらゆる情報伝達が遮断されているはず。
どういうことだろうか?
「総督閣下。我が国の神聖皇帝と面識があるのでしょうか?」
これはセレネが世界の裏を知る流れ――?
【解釈について】
神聖帝国軍は基本的に平和ボケしています。なので細かな報連相などにミスが出るくらいにはたるんでいます。まあ、実際の戦闘で問題が出ていない程度なので、どうにかなっていますが今後は裏で改善されていくのでしょうね。
仲介交渉に豈皇国が来ていましたが、まだ軍が降伏していないので彼らの出番はまだです。彼らは正式に”国家”が条約を結ぶための仲介役なのです。




