episode53.要塞都市と仲介使節
都市の開放は順調に進んでいく。きちんとした装備を身に纏い、訓練通りに戦闘を実施すれば想像生命体を軍人は殺すことができる。今都市に残っている数だけならば駆逐することもできるだろう。
だが神聖帝国は沿岸防衛艦隊を主とした海軍しか想像生命体と戦っていない。陸軍が直接対決する事態は陸軍創設以来ほぼないと言っていい。
その結果、やはり問題が生じていた。
「上陸部隊に精神異常をきたした兵士が続出しています。想像生命体は残りわずかですが、戦線が崩れかねません」
やはりというべきか、あの化け物をすぐ近くで見た者は本能的な恐怖を抱く。恐ろしい見た目、現実を拒絶したくなる絶叫、何よりそこに心はなく、ただただ殺戮を繰り返さんと突撃してくる。
まさに化け物。
特に初めて見た者にとってはトラウマになるだろう。このままでは発狂した兵士が同士討ちや自暴自棄な振る舞いをしてしまいかねない。最悪上陸部隊全体が恐慌状態に陥ってしまう。
「多少の被害が出ても止むを得ません。艦長、さらなる攻撃をすべきです!」
「仕方ありません。全艦、想像生命体に対して攻撃密度を50%上げろ! 上陸部隊には当てるなよ」
第一艦隊からの攻撃がさらに激しさを増す。今までは都市とその地下に被害が出ない程度に攻撃を実施していた。だが現状が想定よりも酷いのであればその現況を排除することを優先すべきだろう。
復興がさらに大変になることを考えつつ、セレネは早くこの作戦が無事に終わることを祈った。
「地下の市民は……うーん……」
セレネが地下の様子を確認するとある意味で困った事態になっていた。
地下に侵入した想像生命体に対して上陸部隊は背後から攻撃を行っていた。だが、さらにその先では生き残った連邦軍が市民を守りつつ防衛を続けている。そしてその連邦軍はどうにもこちらを想像生命体の仲間であるように認識しているらしい。
何度も向こうの言葉で声を掛けても彼らはかなり感情的になっているらしく、聞く耳を持たない。
『話を聞け! 我々は敵ではない!!』
今も上陸部隊は声を張り上げて呼び掛けている。それでも連邦軍の攻撃は止まない。影に隠れた上陸部隊は想像生命体を駆逐しても近づくことができなかった。
『化け物の耳を貸すなッ!! 撃て撃て撃てッ!!』
『我らの大地をッ!! 我らの祖国を踏みにじらせるなッ!!!』
『市民を守れッ! もう後がないぞ!!!』
『殺せ殺せ殺せッ!!!』
『我らは人類の希望ッ!! 一歩もここを退いてはならん!!!』
音声を少し聞いてみても説得ができそうにないことは簡単に分かった。
一応地下は要塞となっている。ほとんどの隔壁は想像生命体によって破壊されている。しかし地下では常に武器弾薬が作られ、戦っている部隊に供給され続けている。敵の弾薬やエネルギー切れを待っていれば下手すれば一年以上籠られてしまうかもしれない。
「ガスも対策されているか。電子機器や魔法の類は……妨害装置が生きている。……さて、どうしたものか……」
一応地下は神聖陸軍の担当だが、問題が発生している以上セレネたち神聖宇宙軍が何もしないわけにはいかない。想像生命体を駆除できても、降伏したはずの連邦軍と泥沼の市街戦になりかねない。
あらゆる手段が地下では妨害されている。想像生命体、あるいは攻めてきた他国軍を止めるために設計された要塞だからこその設備。神聖帝国が誇る魔法であれば突破できるかもしれないが、それでは向こうに大きな被害を出し降伏してもらえなくなる。
不意に一つの情報がデータリンクに飛んできた。
「ん? 来たから向かってくる航空機?」
ダウンアンダー連邦領空内に侵入してくる一つの航空機が人工衛星によって捉えられた。映像を呼び出してみればこの世界ではごく普通の原子力エンジンを搭載した飛行機だ。そしてその翼に描かれた国章は――。
「豈皇国」
かの皇国はこの180年永世中立国を謳っている。どこの陣営にも属さず、自力で国を回している大国。それができるのも彼らがこの世界では珍しく想像生命体の脅威を排除できているからだ。
昔聞いた噂によれば想像生命体との共存を実現してしまった変わった国であるという。そして彼らは安定した社会と世界トップクラスの国力を用いて世界への影響力を維持している。特に紛争の仲介役に出ることにより世界からの信用を得ようとしているのだとか。
国力で言えば我が国と同等かしら?
「本国より再び連絡が来ました。現在北から接近中の航空機は戦争の仲介を行う豈皇国の機体である。間違っても撃墜するな、だそうです」
「了解したと連絡を。皇国機の誘導は空軍が実施する手はずだったわね。我々宇宙軍もかの航空機周辺に想像生命体が接近してこないか観測を開始せよ」
「はっ」
万が一にも仲介の使者を殺してしまえば、今後神聖帝国が戦争をしてしまうと終わらせることができなくなる。信用ならないならず者国家というレッテルを張られ蛮族と扱われても反論はできないだろう。
「上陸部隊に陸軍司令部から命令が発せられました。地下に侵入した部隊は即時地上まで撤退します」
「そうするしかないわよね」
一度感情的になった連邦軍を冷静にさせる方法。それは一度戦闘行為を終わらせることだ。もちろん反撃されないように入口周辺はバリケードで固める。それでもこの場合撤退が最も有効的だろう。
このまま冷静になった連邦軍が連邦政府の降伏勧告に従えば良し。最悪豈皇国の仲介者が降伏を促せば、世界への信用を失わないために降伏してくれるかもしれない。
……もしどの手段でも降伏しない場合は、血を代償に制圧しないといけない。
その時はこちらに犠牲者を出さないためにも、私がやろう。
この手が血で真っ赤に染まってでも。
だから願う。セレネは祈る。
どうか彼らが降伏してくれることを。そしてこの大地が人類の生存圏として平穏になることを。
皇女の祈りは届くのか――。
【解釈について】
この世界の主な都市は地下に要塞を築き上げていますが、かなり複雑な設計になっており、かなり長大な道のりを敷いています。そしてあらゆる場所に仕掛けが施され、罠が張り巡らされていたり、進んだと思ったら突然挟み撃ちに遭うとか攻めることを考えただけで恐ろしくなる設備ばかりです。
もし文明が崩壊して、想像生命体が消えて、魔法と剣の世界にでもなったら、ダンジョンみたいに扱われるのでしょうかね?
例えで言えば愛媛城の仕掛けをより凶悪長大にして未来技術で強化しまくったものですかね? それが何階層も連なっていると。下手すれば守る側より攻める側の方が被害甚大になるでしょう。




