episode50.御前会議Ⅳ
記念すべき50話目ですね。思ったより備蓄が無くなってきていて焦ってます(汗
「なるほど。主上陛下の御慧眼に感服いたしました」
「なに。10分後に出る結論を今出したにすぎん」
今ダウンアンダー連邦は大陸に残存した都市の半分を失い、防衛していた軍隊も壊滅している。首都や各都市の地下で防衛戦を展開している残りの軍隊もほとんどが疲弊し、被害も相当だろう。
様々な生産能力を破壊されているだろうし、工業製品も食料製品も、水の浄化装置も発電施設も損傷を受けていれば国家として成り立つことは出来ない。
そんな地域は支配されやすい。連邦よりも強力な国が軍事拠点とすれば神聖帝国本土が危ぶまれてしまう。
「ならば、急がなければならないな。セリカ、ウェプスカ、どちらが介入して来ても我々の目と鼻の先がさらに危うくなる。幸いセリカは戦争中、ウェプスカは先日の想像生命体の襲撃で遠征艦隊が打撃を受けている。早期に我々が連邦の都市全てを押さえなければ」
リューラー国防大臣がそのように言う。
「では、そのような結論でよろしいですね?」
サイオン総理の確認の言葉に皆が同意を示すように無言を貫く。そうして議題の一つが決定し、その指示はすぐさま伝達された。
神聖帝国の戦争目的は戦争開始当初はいつもの紛争で済ませることだった。しかし開戦から暫くして方針を転換していた。それは世界の大国が連邦に手を出せない状況を踏まえて、今のうちに緩衝地帯にしてしまおうというもの。
実質的な鎖国政策の解禁。
奇しくもリアムの目的と一致してしまっていることは皮肉でしかないが。
「では、共和国についてはいかがいたしましょうか。彼の国は元々南部のヒスイ島を失陥しています。今回の戦争でダウンアンダー連邦の戦力をヒスイ島の奪還に利用しようとしたのでしょう。そしてウェプスカ合衆国の後ろ盾もあれば、共和国は全土開放の夢を果たしていたかもしれません。まあ、全て文字通り夢になりましたが」
神聖帝国からすれば迷惑な話だ。最初に神聖帝国の艦艇を拿捕したのがノヴァ・ジーランディア自由連合共和国の軍隊だと考えれば、連邦と軍事同盟を結んでいる共和国が連邦を戦争に引きずり込んだとも考えられる。
もちろんそんなことで連邦が参戦するわけがない。連邦も戦争する気満々だったのだろう。
「共和国には外征能力はありませんし、実質的な交戦も行っていません。私としては拿捕した際に拘束したであろう我が国の国民を返還していただけるなら放置でも良いと考えています」
サイオン総理の意見に、しかしネレヤ外務大臣が否やを示す。
「総理。最悪な場合を考慮しなければなりません。彼らが我が国民の命を既に奪っていた場合、こちらが何もしないなど出来ようはずがありません。賠償と謝罪、最悪報復を行わなければ臣民の感情も、国際社会での影響力も問題を生じるでしょう」
命を奪われている可能性は高い。彼らからすれば化け物退治をしただけと認識しているのだろう。今後もそのような暴挙に出られる可能性がある以上、それに見合った罰を与えなければこれからも人種差別は是正されない。
「では、様々な可能性についてこちらで細かく査定いたしましょう」
「どちらにしても軍事的な脅しは必要だ。共和国に派遣した艦隊で共和国を包囲しよう」
「戦争が終わるのだ。あまり高い武器を使ってくれるなよ?」
その後も御前会議は続く。それを、神聖皇帝はつまらなそうに聞いていた。その胸の内には何があるのか、この場の誰も知る者はない。
☽
そんな御前会議を覗き見ている存在がいた。それは賢者と神聖帝国では呼ばれ崇められている存在。
彼女は顔を含めてその全身を誰にも晒さないことで有名だが、彼女は神聖帝国のほとんどの情報を手にしている。誰がどこで何をして何をしようとしているのか。そのほとんどを把握している。それだけ情報収集能力に関して非常に優秀な人材だ。それでいてその他の能力も高い。
「さてさて、この国の未来は定まっているとはいえ、少々予定より早く進んでしまいましたか。あなたはこれを想定していたと?」
「別に予言していたわけではない。ただ頭の中に思い浮かんでいただけだ」
「ほんと、あなたの能力は一体どこ由来の力なんだか。この私ですらアイオーンの存在を疑いかねません」
その賢者の言葉に、話しかけれられた人物、神聖皇帝は可笑しそうに笑みをこぼした。
「ただのモノとヒトがアルコーンの地位にまで上り詰めたのだ。アイオーンの存在も宇宙そのものと考えれば、時間かければ自ずと届くだろうよ」
神聖皇帝は御前会議で退屈そうにしている自分自身を眺めつつそう意見する。
「やはりあなたの価値観は200年共にしていても理解できません。私が出会ってきた中で唯一と言っても良い。かなり狂っている。宇宙出身者ならいるかもしれませんが」
「ひどいなぁ。これでもヒトとして生を受けた異端者なんだけどなぁ」
「……ええ。まさに、異端な帝王です」
賢者はその黒い面を外し、御前会議の様子を眺める。この会議は賢者である彼女からすれば意味のないものだ。彼女からすれば神聖皇帝以外能力的にはかなり劣った存在でしかない。彼らがどんな議論をし、どんな結論をしようとも賢者である彼女よりも結果は拙いものでしかない。
なんならこの神聖皇帝すら、その価値観から生まれる力以外は劣った存在である。
腐れ縁、とでも言えばいいのか。この皇帝は自分の目的のためなら自分自身すらをも実験台にし、犠牲にする狂人だ。そしてここ150年は誰かを犠牲にすることさえも許容するようになった。
例え親しい仲だとしても、己の統べる国の臣民の命であっても、なんでも犠牲にして目的を達成しようとしている。
こんな皇が統治する国が永続するわけがない。いつか必ず滅びる運命が決まっている。
「さて、会議も終わりそうだから、私は消えようかな」
「命を冒涜する言葉ですね」
「生死などただの状態にすぎないのさ」
その言葉と共に賢者の側にいた神聖皇帝は、消えた。彼女からすれば”消えた”が正しいのかもしれない。しかし賢者からすれば、今確かに彼女が死んだことを感じた。そしてここにいた彼女の記憶は会議室から出て行くもう一人の彼女に受け継がれる。
「あそこまでしないと生き残れないのなら、私の滅びもすぐそこにあるかもしれませんね」
賢者はその檳榔子黒の瞳を薄めつつ、濡れ羽色の髪を弄って自分自身の未来を憂うのだった。
生命への冒涜――。




