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episode49.御前会議Ⅲ

 今日はちょっと長め。

 御前会議はそう多く開催されるわけではない。しかしこの頃の時世に於いて帝国の進路は大きく揺れ動いていた。そのためどうしても全能なる神聖皇帝を加えての御前会議は必須となる。

大臣たちは急増した仕事量に疲弊し始めていたが、国家に比べればそれは些末なことに過ぎない。


「では、御前会議を始めさせていただきます」


 サイオン総理大臣の開催宣言によって御前会議は始まる。


「まずは報告を聞くことにいたしましょう。では、ネレヤ外務大臣」


「はっ。述べさせていただきます。先ほどダウンアンダー連邦は我が国に対し降伏を宣言いたしました。正式な文書については、ダウンアンダー連邦と直接的な国交が全くなかったため、今後永世中立国家である豈皇国を通じて伝達されることとなります」


「ありがとうございます。今回の議題はこの連邦降伏についてが主な議論となります。我々がどのように進むべきか、それを話し合いましょう」


 今回の出来事はあまりにも急なことで、想定の範囲外の出来事だった。予定では連邦との講和は早くとも2,3か月後だったのだ。それがまさか一週間もしない内に終わってしまうなど、大臣たちは想定すらしていなかった。


 いや、一つだけ可能性があったが、そんな選択をするわけがないと思っていた。


「まさか賢者様が提示なされた作戦をリアム殿下が自力で思い浮かぶとは……。少々あの方を過小評価していたのかもしれん」


 リューラー国防大臣はそうリアムを評価しつつもかなり渋い顔をしていた。


 それもそうだろう。結果的に連邦を降伏させたとはいえ、彼は命令違反を犯し、ましてや想像生命体(エスヴィータ)を使って虐殺を起こしてしまった。本来ならば極刑ものだが、リアムが皇族であるがゆえにあまりにも重すぎる罰を与えるわけにはいかない。


 リューラーには判断に困る事案だった。


 それに賢者が考案した作戦をリアムが行ったということは、彼が頭脳明晰であることの証左である。彼の能力は世界で孤立する神聖帝国には今後必要となるかもしれない。


「リアム殿下は軍法会議に出向することでしょう。今は殿下のことよりも、神聖帝国の未来について語らなければなりません」


「……すまない」


 サイオンが議題を軌道修正したところでシュミュラー財務大臣が発言する。


「経済の面からすれば有り難いのですがね。これ以上軍事費の割合を増やさなくて済む。国内の制限されていたエネルギー供給も再開し経済も健全なものとなるでしょう。国内のエネルギー改革の見通しも改めて見直せます」


「賠償などは求めないのですか?」


「貰えるなら貰いたい。これは本音です。しかし連邦に支払える余力があるとも思えませんし、あまり取り過ぎても世界中の人間国家に警戒されるだけ。ならば神聖帝国にない技術を貰えれば長期的には収支もプラスになるでしょう。連邦も戦う相手が減るのならその程度の要求は呑むと思われます」


 ヒトの感情とは不思議なもので、例え賠償だとしても取られてしまえば、奪われたと解釈してしまう。そして今回は人間至上主義の国家と全種族平等主義の国家の戦争である。


 しかも向こうはこちらを化け物と見ている。化け物から奪われたという認識は、人間同士の戦争よりも絶大な憎悪を生み出すことだろう。


 それならばあまり注目されていない優秀な技術情報を取得してしまった方が今後の神聖帝国にとって安全な策と言える。それに加え神聖帝国は未だに科学技術取得を必要としている。必要ないのならば、エネルギー問題など起きようはずがない。


「では、財務大臣の考えは賠償は特に得ず、技術取得のみで済ませるということでよろしいかな?」


「はい。サイオン総理。その通りです」


 そこでリューラーが手を挙げた。


「リューラー国防大臣。どうぞ」


「はい。この度の戦争だが、ダウンアンダー連邦とノヴァ・ジーランディア自由連合共和国が唐突に攻撃してきたことが原因だと思われる。国防の観点から述べさせていただくが、奴らがまた暴走しないためにも抑えは必要だ」


「しかし、どう抑えるつもりですか? この時代、大昔のような非武装地帯など何の意味もないでしょう?」


 非武装地帯はこの時代では様々な観点からあり得ない。


 まず第一に想像生命体(エスヴィータ)からの防衛が必要不可欠であるために、武装の放棄がそもそもありえない。


 二つ目に、この世界は軍事的にあまりにも狭くなり過ぎた。それこそ星の裏側とだって通常兵器で殴り合えるだけの性能をそれなりの国ならどこでも持っている。非武装地帯を設けてもそうでない地域から余裕でミサイルが飛んでくる。


「ならば、我々の軍を置くしかあるまい。少なくともいきなり本土を攻撃することは無くなるだろう。基地に務める軍人には申し訳ないが、囮となってもらう」


 もしまた連邦が神聖帝国に攻撃を仕掛けようとした時、最初に攻撃するのは本土ではなく懐に銃口を突き付けている神聖帝国の軍事基地になる。そこで抵抗を続ければ本土への攻撃は遅れ、その分対応する時間を得ることができる。


「お待ちください。我々は今まで鎖国を貫いてきたではありませんか?! その慣例を破るのですか?」


 ネレヤ外務大臣が反対意見を述べる。それもそうだ。神聖帝国はこの180年余り鎖国し、神聖帝国圏内から進出することはなかった。世界が想像生命体(エスヴィータ)の脅威で本格的な外征を出来ない状況を上手く利用していたし、鎖国することで国内の発展に注力することもできた。


 しかしこちらから進出するということは必然的に軍事費も増大する。未だにメガラニカ大陸の開発の途上であるにもかかわらず、海外へ進出すれば国内のエネルギー問題を筆頭に国内の発展が停滞してしまうだろう。


 それは外交屋であるネレヤでも分かることだ。


「私も反対だね。これ以上軍に金を取られるのはいただけない」


 シュミュラー財務大臣も反対意見を表明する。


 それにリューラー国防大臣が反論した。


「そこは問題ないだろう。人間国家はほとんど想像生命体(エスヴィータ)の脅威を払えていない。それ故に内患を抱えているし、列強同士のいざこざで外憂すら抱えている。彼らは必然的に陸軍国家にならざるを得なかったが、我々は海軍国家だ。海さえ押さえてしまえば彼らは海を越えることはできない。現時点で存在する海軍力だけで南半球は抑えられるだろう。軍事費もそこまで増えない」


「そんな甘い見通しで増えないと言えるのかね? 断言するが鎖国を止めれば軍事費は必然的に増大する」


 シュミュラーはまた仕事量が増えることを予想して溜息を吐いていた。そしてネレヤ外務大臣はどこか納得いっていない顔ではあるものの、話題を少しずらす。


「すみません。私は外交屋なので国防のことは詳しくないのですが、仮に軍事基地を建設するとして、どこに建設するのでしょう? 都市周辺では流石に摩擦を生みかねないと思うのですが」


「それはそうだろう。だからアウストラリス大陸周辺の諸島を割譲して基地を建設する。領土の割譲は問題だが、その場所に基地を建設するなら領土的には連邦のものとできる。それに想像生命体(エスヴィータ)の脅威がある以上、奴らもその諸島に拘ることもない。実質的に放棄しているのだからな」


「それはどうでしょう? 領土問題は世界中でしこりを残す問題です。基地を建設するための最小限の土地でさえ彼らは認めないのでは? それをしてしまっては連邦や王国の恨みを買うことでしょう」


 軍事的に抑えつけて神聖帝国の防衛を確立したい。しかしそれをするには軋轢を生みかねない。この難しい議論に皆が頭を悩ましかけた時、神聖皇帝が無表情に口を開いた。


「ならば、都市の奪還、及び失地の回復を援助する目的で我が国の軍を置けばよい。連邦の軍もほとんど瓦解している。世界からの支援を受けられないのなら、我が国の力だとしても頼らざるを得まい」


「なるほど。駐留軍には連邦の再生という大義名分を持たせる。藁にでも掴みたい彼らは、例え消極的判断だったとしても受け入れることでしょう」


 サイオン総理が神聖皇帝を讃えると、神聖皇帝は特に気にしたこともなく言葉を続けた。


「都市奪還の次は領土奪還の支援だ。そのための技術もそろそろ実戦配備可能なところまで来ている。見返りに地下資源を貰えばよい。セリカもウェプスカも今は手を出せないが、将来的には介入してくる。それまでに我が帝国なしでは生きられない状態にするのだ」


「御意のままに」


 大まかな流れは神聖皇帝の言葉によって決まった。神聖皇帝は全能なる存在であると、神聖帝国最大宗教の銀雪教では説いている。その影響故に神聖皇帝の言葉によって御前会議の流れさえも決まってしまうのだ。


 大臣たちは神聖皇帝の言葉に大いに同意しているが、それを神聖皇帝は冷めた目で眺めていた。たった一つの意見、ただの思い付きでしかない意見を鵜呑みにする国家経営者など無能にも近しい。


 神聖皇帝にとって神聖帝国がどうなろうと構わないが、このような現状にただただ将来を憂うのであった。

 会議は続く――。

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