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episode48.連邦降伏

 ダウンアンダー連邦首都ンガンビラでは決戦が行われていた。市民のほとんどは地下に逃げ、少数の人間は一縷の望みを賭けて南方の都市へ向け脱出を図る。


 だが、都市を出るのは命懸けだ。そこには地表を跋扈する想像生命体(エスヴィータ)が溢れている。軍人は想像生命体(エスヴィータ)への恐怖で心を壊しながらも生きるために武器を取り続けた。


「行け行け行けッ!! とにかく走るんだ!!」


 軍人の一人が市民を地下要塞への入り口に誘導しつつ声を張り上げていた。市民は兎に角必死で駆けている。もう我武者羅に、後ろを一切振り返ることなく、その顔を恐怖に歪ませて。


 この時代、うっかり迷い込んだ想像生命体(エスヴィータ)によって都市一つが壊滅するというのも珍しいことではない。それ故にそんな災害をニュースで見て、被害状況を肌で感じ、それを伝え聞いている彼らは死にたくないという思いでいっぱいだったのだ。


「まだ地下には余剰スペースがあるッ!! 争わず速やかに入るんだ!!」


 その時、子供が群衆の中で盛大に転ぶ様をその軍人は目撃してしまった。咄嗟に彼はその子を助けようとする。が、すぐにその子供の姿は群衆に揉まれて見えなくなる。そして踏みつけられる苦悶の声だけが耳朶を打った。


「走れ走れ走れッ!!」


 瞬間、その場が急に暗くなる。何事かと空を見上げ、その軍人はただ立ち尽くすことしか出来なくなってしまった。彼は気づかなかったが、必死で逃げていたはずの市民たちすらいきなりのことに驚き、上空を見上げて固まった。


 何故ならそこに、見上げる程に大きな化け物がいたのだから。


 鳥のような嘴を持つカバの頭部に、蛇のように長い胴、その胴にはワニのようなごつごつとした鱗と刃のような鱗が妖しく光り、その鋭い視線は自分たちを睥睨する。そこに感情はなく、淡々と殺戮を繰り返した証左であろう血飛沫がその体中にへばりついていた。


 軍人は教習で学んだ知識を思い出していた。


 あれは、カインプラティだ。


 ギャぁアアアあッ!!!!


 誰かの断末魔がした。いや、それはカインプラティの鳴き声だった。


 その声を聞いたヒトビトの反応は様々だ。失禁し失神する者、現実逃避するように頭を抱えて蹲る者、一縷の望みを賭けて必死に駆け出す者。中には生きることを諦めて高笑いする者もいれば、なぜか道端に座り込んでポケットに入っていたタバコを吸い始める輩までいる。


 生に縋る者、生を諦めた者、皆が一様に感じていることは目の前の存在が自分たちの死であるということ。決して抗えない運命であるということだった。


 そして彼らの命は等しかった。化け物の前では何も変わらなかった。カインプラティがその巨体を一気に地面に叩きつけ、その嘴で人間を一気に掬い上げる。その体表のうろこは一瞬触れただけで四肢を切り飛ばし、近くで巻き込まれた者は瞬きの内にバラバラ死体に成り果てた。


 アあぁぁアアああア゛ア゛あっ!!!!!!


 ほとんどの人間は叫び声を上げる暇もなく死んでいく。だが彼らの叫びを代弁するようにカインプラティは絶叫し続ける。それだけで人間たちを絶望の底に叩きつけた。


「化け物めッ!!」


 避難誘導していた軍人は、それでも精強な精神を総動員してカインプラティを睨みつける。目の前に広がった地獄に強い憎悪の感情を覚え、手にしていた銃をカインプラティに向けて射撃した。


 しかしその射撃もすぐに止む。気づけば彼の身体も、道端に捨てられてしまった死体と同じ運命を辿ったのだから。



            ☽



 ザロッジの地下通路から地下要塞に逃げていたアラン総督は外の状況を端末越しに確認しながら必死で逃げていた。


 地獄だ。

 この世界は本当に地獄だ。

 少しでも気を緩めばそこに死が待ち構えているッ!!!


「なぜだ! 我々に、勝利を掴ませるのではなかったのか!!」


 世界調和(アルモニア)同盟での話し合いでダウンアンダー連邦は防衛線に勝利するはずだった。それによって均衡を保つはずだった。


 なのに現実はあり得ない事態に陥っている。人為的に想像生命体(エスヴィータ)を突撃させたとしか思えない数の化け物が襲ってきた。そしてそれができる存在があの場にいたこともアランは知っている。


「なぜだなぜだなぜだぁああああッ!!!!」


 走りながらも叫び、虚空を睨みつける。そこに憎むべき相手を想像して。


「なぜ裏切ったッ!! なぜここまでしなければならないッ!! ヨテラスッ!!!!!!」


 彼が憎しみを向ける相手、それは神聖ルオンノタル帝国が皇帝。本名など知らない。あの場ではヨテラスと名乗るあの人外は、やはり世界を相手に殺戮を繰り返すのか。180年前と同じことをしようというのか。


 止めどもない、どこにもぶつけようもない憎悪に目の前が真っ暗になった時、アランは一つの情報がデータリンクに飛んできたことを確認した。


「奴らが想像生命体(エスヴィータ)を攻撃? 避難民の援護をしているだと?」


 それによれば神聖帝国に属する人工衛星が宇宙空間より避難民を追い掛ける想像生命体(エスヴィータ)を攻撃しているらしかった。


 何というマッチポンプ。自ら(けしか)けた化け物を自分で狩り、恩義に着せようとでもいうのか。根の腐ったやり口。命を命とも思わない所業。


 許せるわけがない。


 そして走って走って、走りぬいた先、何十もの隔壁を越え、地下に降りた先の部屋にアランは飛び込む。


「総督! 無事でしたか!!」


 ここは連邦軍地下総司令部だ。そしてここの責任者らしき人物がアランに話しかける。

対してアランは怒鳴るように指示を出した。


「ただちに神聖帝国の降伏勧告を受け入れる! 直ぐに通信するんだ!!」


「そ、総督?! しかしそれでは我々は復讐できませんッ!!」


「バカ野郎ッ!! お前には想像生命体(エスヴィータ)に虐殺される市民が見えてないのか?! 想像生命体(エスヴィータ)と戦いつつ戦争をするなど、亡国への道を歩むことだ!! 連邦市民を救い、お前も生き残りたいのであれば、ただちに降伏しろ!!」


「は、ははッ!」


 そうしてダウンアンダー連邦は神聖ルオンノタル帝国に降伏した。短期間の内に連邦市民を200万以上犠牲にして。


 アランは憎悪に燃えている。それでも自分がやるべきことは分かっている理性的な人間だった。

 犠牲は増え続ける――。


【解釈について】

ちなみに、連邦の総人口は500万人くらい。神聖帝国4100万の人口に対して圧倒的に少ないのですが、神聖帝国が鎖国を徹底させ続けたためにその情報すら知らず戦いを挑んだようです。

逆に想像生命体の脅威がない神聖帝国の人口がこの世界では異常に多いだけで、連邦の人口があまりにも少ないというわけではありません。

そして神聖帝国の次に人口の多い国でも、その数は2200万人くらいです。

人類滅亡まっしぐらとしか思えませんね。

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