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episode44.ダウンアンダー連邦

 ダウンアンダー連邦首都ンガンビラ。


 ザロッジと呼ばれる建物のとある執務室にて。そこに二人の男が対面していた。


 防諜を意識した執務室の中で話された内容は本人たちが漏らさない限り決して第三者に知られることはない。ゆえにここでの話し合いは国家の最高機密にも匹敵する会話でもある。


 そして一人の男がとても嫌そうに目を顰めながらコーヒーに口を付けて言った。


「また抗議ですか? アラン総督閣下。今は大規模”掃討”戦の真っ最中なのです。これ以上政治を混乱させないでいただきたい」


「スミス首相。それにしてはこちらが上陸されているようですな? リンゴ島の戦力も長期戦になれば瓦解していくでしょう。今は”戦争”をすべきではなかった」


「もちろんそれは把握しておりますとも。以前から想像生命体(エスヴィータ)の上陸が確認されていたのです。自己補給も問題なく行われますので、問題はありません」


 アランとスミス、この二人の仲はかなり険悪だ。

それは二人の会話を聞いていてもひしひしと伝わって来る。


 ダウンアンダー連邦に於いて国家のトップは実質首相である。様々な行政から国家の方針まで国民の総意の下で選ばれた存在が国を動かしていく。


 だが、憲法上に於いて首相の地位は三番目であり、この首相の目の前にいる総督とは歴史上の名残で国王の代理を務める二番目の地位を持つ存在である。


 だが、総督は長らく名誉職であり、実際に政治を動かす権限はない。強いて言えば、現在はこうやって文句を述べて政治に介入するくらいしかない。


 そんな関係の総督と首相の地位にあるのがこの二人である。そしてアラン総督は特に政治に介入しており、それに対してスミス首相はそれに過度なまでに反発していた。


「だが、こちらから神聖帝国に手を出さなければリンゴ島全土の奪還も可能であっただろう? なぜあの帝国に手を出したのだ?」


 アランは世界調和(アルモニア)同盟の一員であり、その同盟相手である神聖帝国との戦争は何としても止めなければならない。彼らの共通の敵は、もっと北にいるのだから。


 だが、首相はそのようには考えていない。なぜなら、世界調和(アルモニア)同盟の存在すら知らないのだから。最高機密の保持のためとはいえ、アランという男は仲間作りが苦手なのである。


「アラン総督。あなたは裏切り者ですか?」


「なんだと?」


「南の奴らのことです。これはただの噂なのですが、メガラニカに逃げた裏切り者の人間たちがいるでしょう? あなたがその一員でスパイではないのかという話があるのですよ。あれは帝国と名乗ってはいるが、結局は人間ではないものと世界を破壊するために裏切った人間たちの巣窟でしかない。怪物の集まりだ」


 無知は罪と古代の誰かが言っていた気がするが、この言葉はスミスにしっくりくる言葉だ。


 実際彼が世界調和(アルモニア)同盟のことを知っていても他の知識が足らなすぎる。彼は耳障りの良い言葉で民衆から選ばれた指導者でしかないのだから。


 スミスは言葉を続ける。


「奴らは想像生命体(エスヴィータ)と変わらない。ここで叩かなければ奴らはさらに力をつけることでしょう。奴らがいるせいで我々は一向に本土の怪物も排除できない。ここで根本原因を排除すれば本土の怪物も消滅し、全土奪還は現実のものとなる」


 それを聞いて、しかしアランは内心溜息を吐いていた。


 スミス首相は神聖帝国を排除すれば想像生命体(エスヴィータ)が消滅すると言っているが、それはありえない。スミスは知らないだけで、神聖帝国もまた想像生命体(エスヴィータ)の脅威に怯える存在なのだから。


 根本原因などではない。


 それにダウンアンダー連邦の本土すら奪還できていない現状では連邦の国力を擦り減らしてしまう遠征をする方が頭おかしい。スミスの頭の中にある地図は本土よりも近いところにメガラニカ大陸があるのではないかとすら考えてしまう。


 ハッキリ言って、この首相もその取り巻きも民衆に甘美溢れる文句を聞かせることに執心なバカでしかない。世界情勢も、国家情勢も、何もかもが見えていない。


 衆愚政治とは、ここまでひどいものなのか。


「言っておくが、私はれっきとした愛国主義者だ。我がダウンアンダー連邦国以外に忠誠を誓った覚えはない。それ故に毎回忠告しに来ている。我々の真の敵は、北のセリカだ! 奴らのやり方は決して受け入れられない!」


「だが人間国家だ! 非人間種(ヘテロ)と比べれば、理解し合える! イデオロギーが異なっていても手を取り合える存在なのだ! セリカとの同盟もこの作戦の条件で達成される! 彼らは友邦に他ならない!!」


「何度も言わせるな! イデオロギーの問題ではない! どうして200年前、我が国がかのセリカと敵対したと思っている? 奴らが静的侵略に踏み出したからだろう?! 奴らと手を結べば、取り込まれるぞ! 奴らが欲しているのは隷従だ! 赤道管理区域に行ったことはあるか? あの島々は元々独立国家だったが、今ではセリカの植民地そのものではないか!!」


「それは違う! 赤道の奴らは怠惰だから国防を万全に出来なかったのだ! 彼らはセリカを頼っているだけで隷属しているわけではない!! それにセリカと我が国が敵対していたのはもう200年も前の話だ! 一体、貴様はいつの時代を生きている! 名誉職だからと、その席で胡坐をかくな!」


「お前こそ首相の座に甘えるな!! 連邦を滅ぼす気か?!」


 どうにも二人が会うと必ず喧嘩になる。


 度重なる憲法改正の結果、立場的に上の総督を首相は罷免できないし、権限の一切を法律で奪われている総督は首相を辞めさせる手段もない。ゆえにどんなに言い争っても派閥で分断されるばかりで、何の解決にも繋がらない。


 現在ダウンアンダー連邦では親セリカ派閥の首相陣営と、親ウェプスカ派閥の総督陣営で政治が真っ二つになっている。これは国を混乱させ、ダウンアンダー連邦は国家方針を一つに纏められないままに存続してきた。


 だが、唯一彼らが共通して取り組めていることが一つだけある。それは本土の過半を支配する想像生命体(エスヴィータ)の撃退、及びその駆除である。それによって派閥争いはあっても国を一つに出来ていた。


 きっとこの戦争、首相の言う所の掃討戦は国家の共通目的が暴走した結果なのかもしれない。


「……」


「……」


 にらみ合いの中、重い沈黙が降りる。両社一向に引く気はない。


 神聖帝国との関わり合いがほとんどないこの国の人間にとって、神聖帝国を想像生命体(エスヴィータ)と同列に扱う者が多いのは確かだ。だから分かっていないのかもしれない。


 彼らが、我々人間と同じ知性持つ存在であり、その感情さえも同じメンタリティであることを。復讐されるということすら考えず、作業的に敵を殺そうとしているこの国の人間はなんと愚かか。


 アランはそう思いつつも、やはり自分の愚かさも嘆いていた。


 彼が思い浮かべる存在はウェプスカ合衆国を裏側で統治するテリーという男のこと。彼はアランとは違い、政治を一つにまとめて国を動かしている。自分自身も同じことができれば、こんな戦争を回避できた。そう考えざるを得ない。


 争い合う二人だったが、一つの受動専用電話から通信が入った。


「首相! 大事な会議中に失礼します!! 緊急事態です! 全都市に向けて想像生命体(エスヴィータ)の大侵攻が確認されました!!!!」


 その報告に、二人は固まらざるを得なかった。

 国家存続の危機が迫る――。

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