episode42.化け物と怪物
※残酷な描写注意。
セレネは想像を膨らませ、半径100m圏内のアーマイゼを一度に切り裂いた。その全てに自潰のプログラムを仕組むことはできなかったが、それはセレネに余裕がなかったからだ。
それでもこれだけの範囲にひしめいていたアーマイゼを破壊し、動きを封じることに成功したことは大きい。
艦内に侵入したものもほとんどを細切れにし、仲間たちが脱出できる道筋は既にできている。
あとは逃げるだけ。
「今です! 私が作った通路を進めば撃墜されることなく飛べます!!」
『了解!!』
遠くからは未だにアーマイゼの遠距離攻撃が届いている。だがそれをセレネは<アイギス>を細かく制御して守り抜く。今まで全自動で扱っていたそれをセレネ一人で。
頭が、痛い……ッ!
膨大な量の魔力を制御する演算をセレネの脳が代行している。半ば自動的にできてしまうのは神聖皇帝の”餞別”ゆえだろう。
だが、それは言い換えれば自分でも制御できない思考回路ということになる。セレネは無意識のうちに自らの脳を酷使し、限界以上の力を発揮していた。
ユミトの人工知能では魔力との親和性の問題から今回のような複雑なことはできない。セレネがするしかない。
セレネは頭が割れるほどの頭痛を感じていた。熱が出て意識が朦朧とし、視界がぼやける。身体の感覚すら、曖昧になっていく。こんな重体の症状を覚えたのは人生で初めてだった。
辛すぎて泣きそうになる。
それでもこの<アイギス>の魔法を止めることはない。これを止めれば、仲間たちが死ぬのだ。それに比べれば一時的なこの苦痛など、天秤を傾ける程の重しにはなり得ない!
『行け行け行けっ!! 殿下の作った道を無駄にするな!!』
データリンク越しに、<アイギス>で造られた道を仲間たちが各々の飛行魔法で飛んでいく。
それを把握したセレネはとにかく祈った。あと数十秒もあれば問題なく収容される。その数十秒の間、自分の意識が続くことを。もうセレネは限界に近い。だからこそ極限の集中力で魔法を操作し、渾身の力でアーマイゼを切り伏せる。
最後まであきらめない!
だが、現実はそこまで甘くない。
突如地面が揺れ始めたかと思うと、まるで噴火でもしたかのように地面が吹き飛んだ。同時に旗艦ユミトはその衝撃に耐えることができず、さらに残骸を辺りにまき散らす。
セレネも突然の出来事に何を出来ず吹き飛ばされ、それでもその眼はその吹き飛んだ地面の中心付近を捉えていた。
あれは、兵隊蟻……ッ!
地面の中から現れたのはアーマイゼをより巨大にした獰猛な棘を纏う悍ましい怪物だった。あれも想像生命体の一種。一応形状が似ていることから、今までのアーマイゼを”働き蟻”と呼び、あの巨大なものを”兵隊蟻”と呼称している。
兵隊蟻はアーマイゼ以上に凶暴で強力な個体。
そんな兵隊蟻がユミトの真下から続々と現れ、その艦体を紙でも切るかのように易々と細切れにしていく。脱出中の仲間たちを襲おうとどんどん群がっていた。
さらに奴らは互いの身体を足場にしながら上へと目指し、ついには仲間たちを襲い始める。そして働き蟻たちも一斉に押し寄せ始めた。
『逃げれるものから兎に角逃げろ !喰われた仲間は諦めるんだ!!』
データリンク越しに、今の出来事で生き残りの半数が喰われたことが分かった。それにセレネは深い悲しみを覚えると同時に、底知れない怒りの感情を抱いた。
こんな怪物が、この世に存在して良いはずがない。
心もなく、目的もなく、ただ意識あるものを喰らい続ける化け物。
かつて存在した美しい世界を破壊し尽くした存在。
それらに対し、セレネは激しい怒りを抱いた。
「<アイギス>ッ」
再びアーマイゼがセレネの魔法で細切れになり、兵隊蟻もその手足や棘を引き裂かれバランスを崩す。それにより上空の獲物に群がり山のようになっていた奴らはばらばらと地面に崩れ落ちて行った。
まるで一つの山が雪崩を打って崩壊したかのように。
下敷きになったアーマイゼが潰れていく音が耳朶を打つ。
『生き残り5名。脱出成功!! 殿下! あとは殿下だけです!!』
セレネが再び立ち上がった時、アーマイゼの群れが津波の如く押し寄せていた。獲物を失った奴らが狙うのは地表に残った意志ある者のみ。全方位から迫る脅威は真っ直ぐにセレネを捉えている。
もはや魔力は使い果たした。仲間たちを守った時に全てを消費し切ってしまった。
飛ぶことはできてもそのまま撃墜される。このまま戦い続けようにもセレネの脳は限界に近い。もう言葉も発することができないほどに疲れ切っている。
仲間たちの脱出を確認した今は大規模な魔法を行使していない。それでもその代償で気づけば視界は歪み、暗闇に落ちようとしている。
五感全ての機能が損傷したのかもしれない。それを再生するにも、まずは負荷のかかった脳の再生をしなければならない。しかしそれは不可能だ。自分の脳の構造など、セレネは知らないのだから。
あと数秒で喰いつかれる。
だが、セレネは冷静だった。
「……ふっ」
思わず笑みを浮かべていたと思う。それは自嘲のような笑み。
神聖皇帝は、上神種を”簡単には死ねない種”と言っていた。そしてその理由も知っている。
他の種族が生存することに必死にならなければならないのに、セレネは必至にならずとも生き残れてしまう。そのあまりにも怠惰な種に対して、セレネは軽蔑する。そしてその事実を受け入れる自分をも軽蔑する。
自分の存在そのものが、生物の持つべき生への渇望を否定する存在だから。今まで生きたくても生き残れなかった仲間を思うと、どうしてもそのように考えてしまう。
だから思わず嗤ってしまう。
嘲笑する。
これから愚かな選択を取ろうとする自分を。
どうしても生への執着がない自分が、死を恐れないあの怪物と同じに見えてしまった。
「……私は怪物ね」
セレネはアーマイゼに噛まれる直前、腰に下げたガンホルダーから拳銃を取り出す。
そしてそのまま自分の頭に押し付けた。
想像生命体の外骨格さえも貫けるほどの威力を持つそれをヒトに向ければ体が蒸発する。きっと撃った場所は跡形も残らない。
死への恐怖を抱かない自分を嗤ってセレネはその引き金を引いた。
容易にその弾丸は彼女の頭を消し飛ばす。それと同時に、セレネの死が確定し身体そのものも霧散して消えた。
遺体は残らない。そこに何があったのかと言えば魔力と呼ばれる人工物だけ。
セレネを囲うように襲い掛かり突如獲物を見失ったアーマイゼたちは、その走る勢いを殺しきれず正面衝突と玉突き事故を起こし続けて互いの身体を破損させたのだった。
え――?
あ、物語はまだまだ続きますよ?
なんか主人公がヤバイ選択をしましたが。




