episode3. 御前会議Ⅰ
休日はおやすみです。
かつて一世紀もの間続いた世界秩序は突如崩壊した。そして間もなく、世界が崩壊した。この星ではその動乱による混乱の傷が癒えぬまま178年の歳月が経った。
歪と言えど、グローバル社会としてまとまりつつあったこの世界は、今では世界の性質上コミュニティ社会へと移行し、世界の勢力図はあらゆる場所で分断されている。
むしろ地域ごとにまとまりを保てているだけ奇跡なほどに、世界は厳しい。
それでありながらこの世界には新たなる戦争の足音さえも近づいている。
数々の新兵器や新技術の登場により、従来では絶対的であった核兵器最強神話も崩れ去り核でさえ通常兵器となった。生きるための物資や技術を略奪するために大国が簡単に戦争をするようになってしまったこともこの混乱を助長させている。180年弱前には既に国家間の信用は脆く崩れ去っていた。
そして現在、いくつかある勢力の内の一つ、神聖ルオンノタル帝国では御前会議が催されていた。
この国は様々な人類種族の連合体である。それぞれの種族から成り立つ数多の王国、共和国、都市国家、自治区が帝国領内にあり、それら全ての国が一つの種族の下に支配されている。これは盟約として明文化もされている。
この国はその頂点たる種族を皇帝及び皇族として据え置いた連合帝国。彼らはその一つの種族を頂点に据える対価として一定の自治と権限が与えられ、何より種族の生存を約束され今に至る。
総人口4100万。この星の極地に位置するメガラニカ大陸を本土とし、その周りの小さな諸島群を領土とする新興国家。そして国際的に認められない国家であり、世界で最も安定を確保している国家。
「情勢の報告は以上となります」
その言葉と共に静寂が降りる。
ここは皇宮の玉座が据えられたとある会議室。そこにこの国の代表であり、国家元首たる少女の姿をした存在が鷹揚に腰を下ろしている。神聖ルオンノタル帝国が初代皇帝そのヒトだ。
そして今その存在の前では国家の方針を左右する報告が為された。
「戦争は避けられないか……」
神聖皇帝はそう言って嘆くように柳眉を下げる。
「はっ。御期待に添えず、申し訳ありません」
そのように言って皇帝に頭を下げるのは人間種の半世紀は生きている外務大臣、ヨシキ・ネレヤだ。外交で戦争を避けられなかったことを酷く後悔しているらしい。
神聖皇帝にはその感情が、よく見える。
まあ、このご時世外交だけで戦争を回避できたら苦労しない。
彼は悪くない。
すると突然一人の男が声を荒げた。
「だが! 非は向こうにある! 休戦協定を破り、我が国の船を拿捕したのだからな! あまつさえ本土の沿岸部の奪還などとほざきやがって。我らを滅ぼしたい意志があからさまだ!!」
その男の拳が円卓を強く叩く。その音はまるで轟音のようで、室内に大きく響き渡る。それと同時にその円卓にも大きく亀裂が奔ってしまった。今にもそのまま真っ二つになりそうな勢いで。
しかし瞬く間にその亀裂は修復され、何事もなかったかのように元に戻った。何度もこんなことも起きればその対策くらいはする。そして何度かこんな風景を見ている神聖皇帝と他の大臣たちも特に気にしない。
今憎々し気に感情を露にしているこの男はこの国の国防大臣である龍神種だ。名はラドン・リューラー。彼はその種族故にヒトの姿であってもかなり声が大きい。
彼の種族は龍として生まれ、ヒトの姿に変身して神聖帝国の都市で暮らしている。種族的な強さではかなり強いため誰もが武闘派に勘違いされやすいが、リューラー自身は普通に文官である。
「実際滅ぼしたいのだろうよ。彼らからすれば我らは怪物だ。きっと害獣と一緒に見ている。外の人間種どもは」
やれやれと言った感じに肩を竦めて首を振るのは財務大臣の翼輪種の男、アスベル・L・ミュシュラ―。少し気障っぽいがこれでも財政に関してはかなり優秀だったりする。そして苦労人。
「皆さん。今は戦争準備のために頭を使うべきでは? 罵ったところで何もなりませんよ。向こうから宣戦布告する可能性は非常に低いのですから。最悪、大規模な戦争になることを踏まえて話し合いましょう」
脇道にそれ始めた会議を進行させようとしたのは霊神種であるティア・ラー・サイオン。彼女は行政府を取り纏める宰相であり、議会の支持率も非常に安定している。権力の代行者としての役割を全うし、公平な判断が出来る人物だ。
ちなみに、霊神種は外の人間種がいうところの神である。
「彼女の言う通り。愚痴は議論が終わった後にしよう。国防大臣。状況説明を」
「はっ。承りました。主上陛下」
皇帝たる存在の言葉にリューラー国防大臣は立ち上がり、宙に画面を表示させた。そこに映し出されたのは、この国があるメガラニカ大陸とその周辺国家の地図である。メガラニカ大陸を三方から囲むように別大陸が海の向こうに描かれている。
「まず我が国の調査船を拿捕したのはノヴァ・ジーランディア自由連合共和国であります。拿捕される直前に共有されたデータリンクを調べたところ、想像生命体の群れから離れる進路を取っている内に演習中の共和国の艦隊に接触。攻撃を受け降伏したとのことでした。構成する艦の種別は元ウェプスカ合衆国の旧型の駆逐艦であると共同任務に当たっていた機甲種が確認しております」
機甲種。彼らは機械から派生した種族であるが故に、全ての種族の中で最も正確性を重んじ、実際正確だ。彼らが一度見たものは完全に再現でき、その能力が神聖帝国では重宝されている。
「しかしこの演習は秀逸に計画されたものだったらしく、この演習に呼応する形でダウンアンダー連邦の艦隊も南下を開始。彼の国に停泊しているウェプスカの艦隊も動き出しました」
地図に表記される三つの国の艦隊の進路。この世界では珍しくこの三国は軍事同盟を結んでいる。そして今回定期的な演習と見せかけて日程が被った瞬間に一斉に南下を開始。そして神聖帝国支配下の島々にあった観測所を破壊している。
幸いそれらの島に駐在している帝国臣民はほぼおらず無人で、破壊されたのも付近を観測するための機材くらいなもの。
「二正面作戦か」
場に沈黙が降りる。メガラニカ大陸を囲む三つの大陸の内、一つの大陸を連邦が領有し、その大陸近くにある大きな二島を共和国が領有している。そしてもう一つの大陸を合衆国が傀儡地域として支配下に置いている。つまり、面する三方の勢力の内、その二つが敵対行動をしてきたのだ。
二正面作戦など、考えたくもない。歴史上その愚を冒し滅びた国がいくつあったか。
しかも、ウェプスカ合衆国はかつての超大国。今ではその影響力が低下したとはいえ、未だに世界有数の軍事力を保っており、他国に軍を送れるほどには強大な軍事大国だ。
まともにやり合えば勝機は望み薄だろう。
ダウンアンダー連邦も近年の軍事力の増強は目覚ましく、侮れない。
「国防大臣。各国に対する迎撃準備はどこまでできている?」
そう神聖皇帝が問うとリューラー国防大臣は胸を張って答えた。
「既に軍は万全の体勢です。後は帝国が戦争をする地盤を固めていただければ」
「そうか。よろしい」
次に神聖皇帝はネレヤ外務大臣に顔を向ける。
「外務大臣。戦線の圧力を下げるため各国の連携を妨げなさい。他の大臣とも協議し妨害するのだ。手段は問わない。噂でも何でもいい。情報操作で時間を稼ぎ、落とし所を探れ」
「御意」
さらに神聖皇帝はサイオン総理大臣に顔を向け。
「総理大臣。これより正式に我が国は実質的な戦争状態に移行する。各大臣と連携し、総力戦の準備を始めなさい。民兵や準軍事組織の登用も合理性があれば許可する」
「承知いたしました」
最後に神聖皇帝は全員の顔を見据えて言う。
「全知的生命体平等の思想堅持のため、汝ら臣民の奮戦を心より願っている」
「「「「「「仰せのままに。我らが崇高にして全能なる主上陛下」」」」」」
そうして大臣たちの最敬礼とともにこの御前会議は閉幕した。
開戦前夜――。
【用語説明】
・グローバル社会、コミュニティ社会
グローバル社会は、地域や国家さえも超えて、世界規模で相互に影響を与え合う社会のこと。全世界的な貿易、経済の流動、情報伝達などその恩恵によって私たちの世界は成り立っている。
対して、コミュティ社会はこの対義語に当たり、本作の世界はまさにこれである。地域ごとの勢力圏で別れ、互いの影響は多少あれど大きく影響しない規模の社会。人類の文明も元々このコミュニティ社会であったが、技術の進歩でグローバル社会へとシフトしている。
ちなみに、グローバル社会という概念は世界的には既に崩れ、コミュニティ社会であると見なすことが主流になりつつあるが、日本ではほとんどその認識はない。本作においてはとある理由で勢力圏がさらに分断された状態にある。
・核兵器最強神話。
相互確証破壊の概念に基づいて核を使えば文明が滅ぶと認識されるほどの破壊力と放射能の影響力。他の兵器には絶対にそのような破壊は不可能であり、世界を破壊しないために使わないようにしなければならないという世界共通認識のこと。
・ロイテ
人々、部下、家族などを指し示す言葉。本作において人間という種族を呼ぶ際に用いられる。
・ヴォルク(本来はフォルクだが間違った発音で本作の神聖帝国では伝えられている)
人々、民衆、大衆、群衆、群れなどを指し示す言葉。本作において人間という種族を呼ぶ際に用いられるのは上記のロイテと同じだが、神聖帝国に於いて国内の人間種と区別するために用いられる。しかし時の経過とともに侮蔑的な意味合いも含まれるようになった。
・ミツチ
恐らく一音一義説に基づく意味を持ち、「み」=水、「つ」=の、「ち」=霊、精霊などの神秘的なものの意味合いがある説がある。しかし「ち」については、ヤマタノオロチの「チ」とも繋がるところがあると思われる。
竜、もしくは蛇に近い伝説上の動物で、水神としても扱われる。名前の由来的にもそのような神秘的動物かもしれない。本作のミツチも神に近い存在として扱われ、種族的な強さは神と呼ばれるテオスの次ほどである。
・メレキ
天使という意味。彼らの容姿がそのように見えるためにそのように呼ばれ、実際テオスの支配下にあった種族。神聖帝国建国時にテオスとメレキは対等な種族として扱われるようになったが、メレキのほとんどはテオスの下にいたいと考えていたりもする。
・テオス(セオスとも。子音の発音は日本語にないものと推測される)
神、神性、神格を意味する言葉。文字通り本作に於いて神として扱われる種族。神聖帝国に於いて、神聖皇帝一族の種族以外を上回る力を有する。本作の世界の歴史では他の種族を圧倒する力で勢力を伸ばし始めていたが、神聖皇帝一人に全員が屈服させられ神聖帝国の臣民として編入された。
・エスヴィータ
アルファベット表記でEsvita。精神分析学に於いて本能的な欲求や生理的衝動を指す「イド」を別言語で訳した「Es」。そしてさらに異なる言語で命を意味する「vita」を併せて一つの単語にした本作の造語である。後のエピソードでどのようなものかは記述されるが、ここでは端的に世界を破壊し世界をコミュニティ社会に強制的に移行させた怪物とだけ記す。
・アポメカネス
元はとある言語のアポ・メーカネース・テオスから引用。そのまま「機械仕掛けの神」からアポメカネスは機械仕掛けの種族という意味合いを持つ。圧倒的な演算能力と正確性ゆえにその能力に関してはテオスすら遥かに凌駕する。ちなみに、この種族をまとめ上げる人物は賢者と呼ばれ、神聖皇帝と対等以上の頭脳を有する特殊な存在である。そして機械から派生した種族ではあるが、心を持つ者も持たない者も存在している。
・主上
国家において最も高い位に座する者を指し示す。主に皇帝の位を戴く者が呼ばれることがある。
・地域名
……。