episode38.御前会議Ⅱ
御前会議とはあまりにも退屈だ。
翼輪種のアスベル・H・シュミュラーは常々そう思っている。彼は経済大臣ではあるが、責任云々は置いておいて金をたくさん使いたがる質である。
それで経済を回しているのだと表向き言い訳しているが、単に贅沢をしたいだけだ。
第一印象はキザだとよく言われるが、それはモテたいからに他ならない。そのために金も合法的に使いこんでいる。
なのになぜかパートナーは現れない。一体どうしてなのかと考えれば、仕事が忙しすぎるのが原因だとつい最近気づいた。
個人的に使える時間は限られ、パートナー探しの時間はないに等しい。なんなら贅沢したいのに贅沢する時間さえ無くなっている。
そして今回の戦争によってない時間がさらになくなってしまった。
「それで、シュミュラーよ。戦争の資金はどうにかなりそうか?」
神聖皇帝の綸言にシュミュラーは寝不足で乱れ気味の髪を整えてから受け答えした。
「はい。どうにか臣民の生活が困窮しない程度の工面はできております。ただ、以前より計画されていた核融合炉の増設計画に関しましては中断をせざるを得ません」
「そうか。それも仕方あるまい」
いや、仕方ないで片付けないでほしい。
あれを全国に建設すればその経済効果は破格だったのだ。それこそ使えるエネルギー量が一気に増えることによる経済効果で好景気になると予測されてすらいる代物。
戦争に使う金がもったいなさすぎる。
ああ、面倒だったが部下の育成を急がせるか。
人員が足りなさすぎる。
せめて私の残業時間を減らすためにもヒトを増やして……。
翼輪種である私が過労死なんて笑えない。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまい、慌ててシュミュラーは口元を手で隠した。
「ん? そういえば体調が悪そうだなアスベル」
国防大臣ラドン・リューラーが馴れ馴れしくもファーストネームで訊ねてくる。いつもなら皮肉の一つでも零すが、そんな元気さえシュミュラーには出てこなかった。
「いや、寝不足なだけだよ。このまま続けてもらって問題ない」
「あとでしっかり寝るようにしろ」
「わかっているとも」
まあ、この後の予定もいっぱいだ。またとんでもないことが起きなければ夜には寝れることだろう。
どうにか仕事を終わらせよう。
「さて、報告は以上でよろしいですか?」
ティア・ラー・サイオン総理が周りに尋ねれば、皆が無言で返す。特にこれ以上の報告はないようだ。
「では、これで御前会議を終了し――」
「あ、お待ちください。ただいま二点ほど情報が入ってまいりました」
サイオン総理の言葉に重ねるように一人の人物が会議室の中に声を響かせた。
皆がそちらに目を向けるといつの間にか誰かが入室している。
真っ黒なローブを身にまとった如何にも怪しい様相の人物だった。髪も濡れ羽色で、顔を完全に隠している面も金色の太陽の紋章があるものの漆黒だ。全身を真っ黒で隠した不審人物としか言えない存在。
だが、誰も訝しまないし警戒もしない。なぜなら誰もが彼女に誰何するまでもなく知っているから。
「これは賢者殿。わざわざお越し下さったのですか?」
サイオン総理が席から立ち挨拶をする。対して賢者と呼ばれた人物は片手を上げて軽く挨拶を返した。
「私も主上陛下に野暮用があってね。これはそのついでだ」
神聖皇帝に対して野暮用とは、普通であれば不敬罪を囁かれるだろう。だが賢者と呼ばれる彼女は建国以来神聖皇帝の最側近である。不敬だと騒ぎ立てる方が不敬だと言われかねない。
「それで、情報というのは?」
「ああ、まず一つは新大陸で内戦が起きる。これはもう避けられない。彼の国が瓦解すれば想像生命体が大陸全ての命を刈り取り、そのまま南下する可能性が非常に高いだろう」
それはまた唐突なニュースだ。賢者の未来予想は大抵当たってしまうが、神聖帝国からすればそこまで大きなニュースでもない。
実質的に神聖帝国は鎖国しているような状態だし、人間国家との交流もほとんどない。基本的に外で何が起ころうとも我関せずを貫いてきたのが神聖帝国である。きっと今回もそうに違いない。
そして想像生命体に対しても恐らく問題なく対処できる。新大陸で溢れた想像生命体が陸を伝ってメガラニカに辿り着いたとしても、我が国の国土には神聖皇帝が座している。軍が瓦解しても臣民が虐殺されることはない。
「そして2つ目の情報ですが、第三皇孫セレネ殿下の乗艦する飛行艦ユミトがアウストラリス大陸内陸部に不時着いたしました。想像生命体との戦闘に入り、救援部隊も手を出せない状態です」
「なんだあと? 救援部隊が出せないとは一体どれほどの敵がいるのだ?!」
皆が動揺する中、リューラー国防大臣が問いただす。すると賢者は何でもないように衝撃的な事実を言葉にした。
「現在総勢25万のアーマイゼに囲まれています。しかし地下に潜伏する個体数も合わせれば最低でも100万は下らないかと」
「な……っ」
想像を絶する数に面々が固まる中、神聖皇帝だけはなぜか楽しそうに怪しい笑みを浮かべていた。
「ほう? まあ、その数であればセレネも皇族として殲滅してもらわなくてはな。だが……ふむ。リアムを追わせた責任として朕も少々手助けをしようではないか」
今度はその神聖皇帝の言葉にシュミュラーも含めて皆が瞠目した。そしてシュミュラーが考えたのは、神聖皇帝自らが親征遊ばされた時の被害総額、そしてそれの補填と、自らの仕事量の急増に関する絶望感だった。
陛下は存在しているだけで周りに影響を及ぼす。こうして対面に立つことができる者はそれなりに訓練を受けているのだ。
だが、民間人はそうではない。
「へ、陛下。大変恐れながら陛下自ら動かれますと、帝都の臣民に相当数の被害が出ると思われ……」
しかしシュミュラーの言葉は神聖皇帝の制止の手で止められる。
「分かっておる。そのようなことはせん。ただ一つ、通信を繋げることとしよう」
たった一つの通信で100万のアーマイゼを殲滅できるとは思えない。にも拘らず神聖皇帝と賢者の雰囲気からして本当にそんな事ができてしまうのではと考えてしまう。
ああ、これはまた仕事が増えるぞ……。
イレギュラーの発生。それは新たなる仕事が舞い込むことの合図。
シュミュラーも含めて大臣たちはさらに仕事に追われることだろう。
そしてこの日の御前会議も終了した。
しかし部下が持ち込んだ大量の仕事を確認してシュミュラーが卒倒しそうになっていたのは別の話。
知っている人は知ってる――。
【用語解説】
・綸言
君主から臣下に対して言う言葉。みことのり。
・親征
君子、天子などが直接遠征すること。




