episode36.説得
「全艦、全速前進! 反動型エンジン点火! 雲の上に出よ!」
「了解!!」
神聖宇宙軍第一艦隊は速度を一気に上げていく。独特なエンジン音が大気を揺らし、ジェットエンジンさえも用いて無理やり加速した。
これからアウストラリス大陸に突入する。そこは想像生命体の巣窟となっている。そのためできる限り地上の化け物に見つからないように雲上まで高度を上げることにした。
第二艦隊と第一艦隊の速度は基本変わらない。ならば、追いつくためには普段は使わない補助エンジンさえも使わなければならないだろう。
もちろん向こうも同じ手を使ってきたら速度は変わらない。
「第二艦隊に通信を繋げ」
「了解!」
そして第二艦隊への通信は、予想外にもすぐに繋がった。
「やあ、セレネ。本土で会った時以来だな」
あまりにも自分勝手過ぎる暴挙を起こした兄の姿を見てセレネは無意識に睨んでいた。彼が行っているのは神聖帝国全体を巻き込んだ謀反だ。それが導く結果を理解できていないというのか?
「リアム兄様……いえ、春宮大佐。軍の規則は守っていただきたい。第一艦隊で最も階級が高いのはヴィスタ艦長です。艦長を差し置いて私に挨拶とは、いただけません」
「それはすまなかったな。ヴィスタ艦長。謝罪する」
「い、いえ。お気になさらず……」
とりあえずセレネはすぐに話題を進めることにした。時間はない。
「春宮大佐。進撃を直ちに中止してください。軍部の命令どころか主上陛下の聖旨すら無視するおつもりですか? これ以上の謀反は見過ごせません」
低めの声で非難するとリアムは不機嫌そうに眉をひそめた。
「セレネ。つまらないことを言うな。これからお互い戦場に立つ身。家族との挨拶くらいもう少し穏やかにしても良いだろう?」
「そのような話をしている場合ではありません! 我々だけで全てが回っているわけではないのです!」
「相変わらず、可愛げのない妹だ……」
しばしの沈黙の後、セレネは嘆息した。これ以上言っても話が進まない。すぐに第二艦隊を止めなければならないのだから。こんな会話を軍の通信でするから皇族は自分勝手だと色々影で言われるに違いない。
本当に止めてほしい。
「リアム兄様。なぜ第二艦隊は中央政府の意向を無視し、敵本土に無謀な突撃を行っているのですか? ただの自殺行為です」
対してこれまた不機嫌そうにリアムは言葉を返した。
「お前もそのようなことを。陛下に頼まれたのか? 考えても見ろ。今回の上陸作戦は地の利も、十分な準備期間も、それどころかノウハウすらない。圧倒的に我々が不利。作戦は失敗するだろう」
リアムの言葉は正しい。今回の上陸作戦は作戦が杜撰と言わざるを得ない。しかしそれでも中央政府の命令を遂行するのは軍人としての務め。例え多大な犠牲を生むとしてもそれが軍人のあるべき姿だ。
しかしリアムにとっては違うらしい。
「これでは戦争が長引き帝国に多大な負担を掛けてしまう。だが、今ここで軍を進めればダウンアンダー連邦の都市を最小限の労力で制圧できる。奴らの軍備は今南東に集中しているのは分かるだろう? 今なら西部から奇襲を仕掛けられる。その意味がわからないのか?」
データリンクを辿ってみれば、彼の言う通り敵の戦力配置は神聖帝国を警戒して南部と東部に集中し始めている。もちろん内陸の想像生命体を警戒して西側にも戦力を配置しているが、明らかに戦争前よりも戦力が低下している。
それは当たり前の判断だろう。常識的な判断として神聖帝国が大規模に攻めるとすれば必然的に海上からの上陸となり、南か東からアウストラリス大陸に上陸する。内陸の想像生命体支配地域の西部や、ましてや北から攻めるとは思っていない。
そんな時に西部から海軍の艦隊と同程度の火力を叩き込める艦隊が空中から現れたら?
連邦はその対処に追われて軍が混乱するかもしれない。
だが、それだけでしかない。例え少々の混乱を与えたとしても元々連邦西部は想像生命体と戦えるだけの戦力が置かれている。下手すればすぐさま撃退されてしまうだろう。
「そんなもの、夢物語です! 未だ練度を十分に高められていない宇宙軍艦隊で敵の防衛線を突破できるわけがありません! 強行突破するにしても多大な犠牲が出ます!! もしそれで撃墜され連邦に宇宙軍の技術が渡ったらどうするおつもりですか?!」
「はっ! 大丈夫だ。問題ない。俺の戦い方をよく観ておけ。戦争とは、手段を選ばないことを言うのだ」
「待ちなさい!! こちらは主上陛下直々に聖旨を賜っているのです! 我々第一艦隊は第二艦隊をあらゆる手段で止めなければなりません! 撃沈すらも許可されています!」
しかしその脅しも柳に風とばかりにリアムは苦笑して聞き流す。
「陛下には後ほど謝罪しよう。責任も取る。弾劾裁判でもなんでも受け入れよう。だが、今ここで敵都市を落とさなければ戦争は泥沼化し、より多大な犠牲を生む。戦争など、短期間で終わらせるべきなのだ。それと、一つ言わせてもらう」
一息ついてリアムは真剣なま眼差しをセレネに向けると、言葉を紡いだ。
「お前は戦場に立つべきではない。その理想主義的な思考は、いつか致命的な隙を敵に与えるぞ。これは警告だ」
そうして一方的に通信を切られてしまう。セレネはそのリアムの態度に沸々と湧き上がる腹ただしい想いを抱くと同時に、それをなんとか腹の底に押し込んだ。
「申し訳ありません。艦長。我が兄ながら失礼な態度は取らせてしまいました」
まずはヴィスタ艦長への謝罪だ。軍の規律を破ったリアムに変わって一番の関係者であるセレネが謝らなければならない。
頭を下げたセレネに、しかし艦長は柔和に微笑んでいた。
「いえ、少佐が謝られることはありません。確かに春宮大佐には驚かされましたが、少佐はとても頑張っておいでです。今は仕事に邁進いたしましょう」
「……はい。陛下の聖旨を、完遂いたしましょう」
軍の規律と言えば、少佐であるセレネが大佐のリアムにあのような態度を取ったことも問題だ。今更それに気づいたセレネだったが、反省は後ですることにする。
そして再び艦橋を見渡してセレネは指示を飛ばした。
「主砲用意ッ!! 目標神聖宇宙軍第二艦隊! 威嚇射撃を実施! 必ず当てろ!」
「りょ、了解!」
艦橋に少々動揺した空気が流れる。しかしセレネの指示にしっかりと復唱が帰ってくる。それと共に主砲が地平線の先に向き、第一射が上空を衝撃波と共に明るく照らし出した。
「第二艦隊<アイギス>展開! 効力射なし!」
<アイギス>で受け止められるのは想定済み。
「警告を出し続けろ。足を止めない限り主砲を撃て!」
ミサイルはまだ撃たない。物質を伴う兵器は造るのに時間がかかるし、レーザー兵器と違って高価だ。そんなものを味方に向けて使うのは少しでも避けたい。
「第二艦隊、こちらの通信の一切を無視」
「海軍より通信。第二艦隊の行動の意図に対して理由を問うてきています」
海軍には今回のことはまだ詳しく言わない方がいい気がした。内乱まがいのことを皇族がやらかしたなどと、作戦を混乱させ、下手すれば軍を瓦解させかねない。しかも上陸作戦の真っ最中にそんなことになればさらに悲惨な犠牲者を生む。
すると、ヴィスタ艦長が指示を出した。
「神聖海軍に伝達。我が第一艦隊は特別作戦を実施。他軍はこのまま作戦を続行されたし」
「了解。……特別作戦の内容を問うてきていますが?」
「ゾイル司令を指名しなさい。我々は急遽”特別作戦”の実施を中央政府より受諾した、と」
「了解!」
ゾイル司令は優秀で老練な司令官であると聞いている。彼ならばこの状況を察して混乱が起こらないようにしてくれることだろう。
そうしてセレネたち第一艦隊は第二艦隊を止めるべくアウストラリス大陸上空に至るのだった。
同士討ちの作戦始動――。




