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episode33.上陸作戦

 トランコとの大激闘から三日後。


 開戦当初、核攻撃を受けた神聖ルオンノタル帝国南大洋大洋州方面(ゾイル)艦隊は魔力と弾薬を補給した後に、北上し目的地に到達していた。そして彼らが守るのは複数の上陸部隊を乗せた輸送船団。


 編成された輸送艦隊の内一つはトランコの襲撃によって本土に帰還していたが、そんなものは想定済み。無事に全ての船が海を渡れるなど誰も考えていない。多少脱落することは考慮済み。


 実際、この南大洋大洋州方面艦隊も敵国と交戦しないままここに来るまでに3割のミサイルを使ってしまっている。兵器工場艦(アーセナルシップ)があってこれなのだから、こんな海を越えることは普通自殺行為に他ならない。


 ちなみにダウンアンダー連邦の海軍は開戦時にそのほとんどを無力化し、残存艦船も想像生命体(エスヴィータ)の襲撃で全て撃沈された。元々想像生命体(エスヴィータ)の脅威が内陸にある国家はどうしても陸軍に力を入れなければならない。


 つまり海軍力という視点で見ると、神聖海軍は連邦海軍に比べると圧倒的な優位性を確保している。


 だから、本当なら喧嘩売ってくること自体がおかしい。


 そしてこの艦隊の司令長官、ミスエル・ジェン・ゾイルはこれからの作戦について考えていた。結局彼は艦隊に残っている。理由は簡単で、ある意味神聖帝国に対する疑念故であった。


「まさか、私がここに来ることを誰も止めないとは……」


 これからの上陸地点は、ダウンアンダー連邦のあるアウストラリス大陸。その南方にある大きな島、リンゴ島。ここは神聖帝国を見据えて島全体が要塞化された連邦の防波堤として機能している。


 近年この島の西側が想像生命体(エスヴィータ)の侵攻によって陥落したらしく、戦力が分散しているために要塞としての能力は落ちている。そしてこの場所を神聖帝国が取ることができれば連邦全域を有効射程内に収める前線基地が完成する。


 戦争という概念で言えば戦略的に重要地域なのだ。しかしここで連邦の戦力を削ぐことは島に上陸した想像生命体(エスヴィータ)の進撃を助けることにもなる。そのため人類の生存域が減ると考えると戦争は本当に無駄でしかない。


 ここは連邦、神聖帝国、そして想像生命体が凌ぎを削り合う激戦地。こんな場所に艦隊司令が赴いている時点で誰かが止めてもいいはずだった。


 艦隊司令が負傷してしまえば一時的でも艦隊に混乱が生じる。敵地かつ化け物の住処で艦隊が混乱に陥れば致命的なダメージを負いかねない。それは絶対本国もわかっているはずだ。


 にも関わらず、ゾイルはここにいる。彼自身連邦に攻め込む時点で利点が思い浮かばず、投げやりにここに来ると宣言してきた。本国を試した。私が死ねば神聖海軍の10万人が無駄に死ぬのだと。そう暗に主張した。


 結局無意味だったが。


「本国は一体、何の目的でここを攻めるのだ……」


 連邦の本土の状況を考えれば余計に訳が分からない。


 連邦の都市はその歴史上、気候の影響などから東側に集中している。そして想像生命体(エスヴィータ)の脅威を前にアウストラリス大陸の中部から西方地域を放棄していた。今では彼の国は大陸全土を領有していると主張しているが、実質20%しか支配できていない。


 本土をすっぽかして戦争とは、本当に理解に苦しむ。


 どちらの国もおかしな行動ばかりをしている。まるで戦争とは別に何かしらの目的があるようにも思えてしまう。とは言っても、一向にその答えは思い浮かばないのだが。


 因みに、ノヴァ・ジーランディア自由連合共和国は本土に引きこもっているため、完全に無視している。彼の国はダウンアンダー連邦の力に頼っている節が強く、これ以上戦力を外に出せば本国が想像生命体(エスヴィータ)に蹂躙される状況に陥っている。


 一応常に宇宙からリアルタイムで監視しているが、向こうから出てくることは今後ないだろう。


 神聖帝国としてはどちらを攻めるかを考えた時、地域的に影響力の大きいダウンアンダー連邦を選んだ。


 しかし古今東西上陸作戦が難しいことは自明な理。

化け物の住処の中、地獄の上陸作戦を実行しなければならない。


「本国の無能どもめ」


 ゾイルは思わず悪態を零していた。上陸作戦が難しいとはいえ、今回の作戦は酷い。


 まず第一に上陸するリンゴ島は全体が要塞として建設されている。つまり外部からの支援砲撃などではその戦力を削ることは難しく、地下に張り巡らされた要塞を全て制圧するなど非現実的だ。しかもそんなところに軍を進軍させるなど、常に上下左右、下手すれば前後からも十字放火される可能性がある。


 であるのに上陸作戦は半ば強引に決行された。


 これから上陸し制圧任務にあたる神聖陸軍に同情を禁じ得ない。


 それになんだ。

 あの空中に浮いている艦隊は。


 聴いた話によるとあれは宇宙軍の新兵器であるらしい。だが、空に浮いている意味が全くわからない。見るからに撃墜してくださいと主張しているようではないか。


 神聖帝国は作戦もずさんで、造る兵器さえもずさんになりつつある。もう帝国の未来に悲観することしかできず、溜め息を吐くことしかできなかった。


 はあ、ほんとに……。


「作戦が開始されます。本艦隊も支援を開始します」


 ゾイル艦隊はリンゴ島の南東側を扇状に囲っている。ここから一気に集中攻撃を実施する。


「……致し方あるまい。全砲門開け! 攻撃、開始ッ!!」


 主砲の光が大気を明るく照らし出し、ミサイルの轟音が辺りを劈くように震わせる。空軍の攻撃も開始され、リンゴ島に向けて集中攻撃が実施された。


 もちろん敵から反撃されるが、まだ許容範囲。輸送艦隊の中にある補給艦がある限り、こちらは魔力を生成し続け、ミサイルさえも資材が許される限り作られ続ける。エネルギーも海洋の水を使えば無尽蔵。


 少しでも神聖陸軍の負担を減らすべく全力攻撃を実施する。


「魔法陣展開ッ! ≪神門の聖塔(バベル)≫! ≪光神の槍(ブリューナク)≫!」


「了解!!」


 数多の光の柱がリンゴ島の地表を焼き尽くし、槍のような魔法が地下要塞を悉く貫いていく。そしてそれらの魔法によってできた穴に科学兵器を叩き込み要塞内を壊滅させていく。


 しかし魔力の消費はかなりのもの。防御用の魔力も残さなければならないため、十分量を再び生成するまでこれ以上は使えない。


 それでもかなりの被害を敵に強いることができただろう。


 それからしばらくは徹底的な攻撃が続けられ、リンゴ島上陸予定地域及びその周辺は焼け爛れた大地へと変貌した。元々草一つない荒れ地だ。自然破壊には当たらない。


「敵要塞に対する攻撃、効果認む。これより上陸を開始します!」


「全艦、再度対空対潜警戒厳と成せ! 上陸部隊に余計なハエを近づけるな!」


 次々に神聖海軍所属の陸戦隊が先陣を切り、上陸に成功した地点に向けて神聖陸軍が上陸を開始していく。やはりというべきか、地下に潜む敵全てを排除できなかったらしく苛烈な反撃に上陸部隊は晒されていた。


 この時代、歩兵は強化外骨格(パワードスーツ)に身を包み、かなりの機動性を持つ多脚戦車が地表を駆け抜けていく。これらを排除するために互いが放つ攻撃のほぼ全てが地形そのものを抉り、原型を留めない破壊をもたらしていた。


「やはり、この作戦は無謀だ」


 周りには聞こえない声でゾイルは悪態を吐く。


 通常、上陸作戦というものは重要拠点の中でも敵が万全な防衛をできていない地域であったり、不意を突いて一気に攻撃力を叩き込む。あるいは疲弊しきった場所を崩すかの如く貫く。


 だが、今回敵は万全の防衛体制を敷いていて、かつ神聖帝国軍の動向を全てウェプスカ合衆国の軍事衛星経由で把握している。しかも戦争が始まると同時に敵は戦力をこちらに多く派遣していた。


 このような状況で上陸作戦が上手くいくはずがない。どう頑張っても失敗する。


 そんな悲観的な予測をゾイルが立てた時だった。一つの通信が艦隊に送られる。


「こちら、神聖宇宙軍第二艦隊。貴艦隊に要請。上陸支援と同時に可能な限り敵南部都市へ攻撃を開始されたし。我らは首都を制圧する」

 ついに始まった上陸作戦――。


【用語解説】

・バベル

古い言葉で混沌という言葉から生まれたもの。以前解説した神門の聖塔の解説参照。


・ブリューナク

これ、有名な名称ですけど、本来の神話には一切の記述がないんですよね。外国のファンタジー小説では似た槍としてブリオナックという名称が出てきたりもしていますが、それもまたファンタジーなんですよね。そしてこの武器を使ったとされるルグは太陽神であり光の神。所有する武器も槍だけではありません。結構多種多様に存在していたりします。


・陸戦隊

これは海軍に所属している上陸専門の地上部隊です。しかしアメリカの海兵隊の規模に比べるとかなり限定的で能力的にも上陸作戦を行うには十分とは言えません。ただし技術レベルがかなり違うのであれば上陸作戦を成功させることくらいはできます。


・強化外骨格

いわゆるパワードスーツですが、これは現実世界でも様々研究されています。自衛隊でも研究されていて、長距離を歩く補助機械が以前紹介されていたりもしました。現実世界では体力消耗を極力なくし、本来持つことすら困難な物資を運べるようにする機械です。民間でも実験的に導入されていたりして、農作業に使えば腰への負担を減らすこともできます。

なぜこのようなものを身に着けると負担がなくなりより強い力を発揮できるのか。実はパワードスーツ自体はそこまで強力な動力を有していません。しかし動物が二足歩行に進化しアンバランスになった人体の重心位置を調整し、負荷がかかる動作の部分だけその補助を実施する。このようなことを人間工学的に研究し実現させています。将来は足腰の弱った老人に提供することで自分の足で自由に歩けるようになるかもしれません。

本作世界ではこれをさらに改良し、よりコンパクトに、より強力に、より機密性に優れたものに仕上がっています。弾丸やエネルギー兵器にある程度耐えられるように設計され、放射能を多量に含んだ空気を吸い込まないように宇宙服のように空気が漏れないようにされています。それでいてデータリンクを可能な限りできるように先進技術も積み込まれています。さらには色々搭載されていたりするのですが、それ故にかなり高価です。しかも本作世界では身に付けないと弱い種族であれば放射能で死にます。なのでこの世界の陸軍というのは大変な軍事費を使っています。想像生命体もいるためこれを削減することはできず、経済的に国家をひっ迫させていると言っていいでしょう。その点、神聖帝国は海軍国家なので実は他国に比べて軍事費は少ない方です。

ちなみに神聖帝国では種族ごとに身体の形状がかなり異なってきます。そのせいで規格の統一化がかなり難しく工業力を圧迫する可能性を秘めていました。そこで本作の現在の陸軍大臣リューラーがその問題に取り組み、任意の形に変化可能な、つまり未来の宇宙服のように体を締め付ける構造のパワードスーツが採用されました。これによってそこまで体の形状が人間から大きく逸脱していない限り誰でも使えるようになった統一規格を生み出すことに成功しています。まあ、見た目はぴちぴちの水着みたいになってとっても恥ずかしい形状をしてしまったため、一時期は不人気で士気にも影響が出ました。そこでじゃらじゃら他の装備を衣服のように纏うことで恥ずかしい部分を隠すように改良が施され現在ではそこまで大きな問題になってはいません。


・多脚戦車

これは完全にSFの代物です。無限軌道キャタピラではなく動物や虫の脚のようなものを付けて走らせようというものです。しかし現実世界では実現できていません。理由は簡単で、巨大ロボットを兵器にできない理由でもあるのですが、現実世界の材料工学で知られている材料ではすぐに足が壊れてしまったり、耐えられるとしてもあまりにもコストが掛かり過ぎてしまうのです。つまり、設計はできても作るための材料がないのです。

そして多脚戦車と無限軌道戦車ではどちらが優れているというわけではありません。環境によって左右されてきます。多脚戦車の利点としては細やかな動きが可能になることと、無限軌道戦車では進めないような複雑な地形を進めることです。しかし脚を破壊されてしまうと無限軌道とは異なり修復することが難しく整備性の観点で問題があります。無限軌道も壊れやすいという欠点は抱えていますが、整備性が良いためすぐに直すことが可能です。もしかしたら取り外し可能な脚があるのかもしれませんが、無限軌道と比べるとやはり整備性に問題があります。しかもぬかるみなど地盤が弱い地域ではどんどん足が沈んでいくので機動性どころか動くことすらままなりません。こういった環境では無限軌道の方が脱出しやすいと言えるでしょう。日本のような険しい山岳地帯で進むなら多脚戦車、ロシアのような春には沼地ばかりになるような場所では無限軌道戦車の方が有利になると思われます(日本で多脚戦車が走ったら道路がすぐにボロボロになってしまうため、道路基準の再整備が必須ですが)。神聖帝国の沿岸部も本来であればぬかるんでしまうのですが、寒冷化しているので地面は常に凍っています。ある意味地盤が安定しているので多脚戦車が採用されています。

まあ、ぬかるみに関しては本作世界で丸太が入手しにくい関係から嵌ったら放置されてしまう事例が多くいなっている可能性もあるかもしれません。


【解釈について】

ダウンアンダー連邦はアウストラリス大陸に存在する国家ですが、大陸を全て領有しています。なので本来であれば海軍に力を入れる海軍国家になったはずなのですが、本作世界では想像生命体に国土を奪われているため陸軍国家として成り立っています。


そもそも鎖国していた神聖帝国がいきなり他国に対して上陸作戦を実施するというのが無謀なんですよね。ちゃんとしたノウハウもなければ地の利は完全に敵側にあるのですから。上陸作戦の実績がないことは用語解説に出てきた陸戦隊という名称からも分かるように、上陸作戦を実施するための軍隊——部隊ではない——というものを元々持っていなかったことがわかります。まあ、上陸作戦を本格的に研究し、一つの軍としているのは現実世界のアメリカくらいで、海兵隊という名称です。

つまり、海兵隊を持たない神聖帝国が敵国に攻め込むというのは本来ありえないはずなのです。仮に成功したとしても想像生命体が跋扈する南極海の向こう側に都市を制圧する規模の陸軍を送ること自体も非現実的で、愚策にもほどがある反撃です。


ダウンアンダー連邦が喧嘩を売ってきたこともまたおかしな話で、交流はなかったとはいえウェプスカ合衆国の軍事衛星からの情報で海軍力が圧倒的に負けていること。そして何より国力が圧倒的に劣っていることは明白なはずです。そしてそもそも陸軍国家が海軍国家に手を出すこともおかしな話で、攻撃したところで船が沈められるだけで上陸もできない。本当になんで喧嘩を売ったのか謎でしかない事態です。

ただ一つ、こんなありえないことが起きる可能性があるのですが、まあ、それはネタバレなのでまだ内緒。

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