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episode31.輸送艦隊救出作戦Ⅴ

 核の起爆が起きる少し前。


 神聖帝国本国方面から空を明るく照らし出す程の数多の光線が突き抜ける。それらは悉く想像生命体(エスヴィータ)を焼き、破壊していった。神聖陸軍による対艦攻撃だ。


 だが、殺しきれない。輸送艦隊が放った即席の核機雷の爆発までの足止め程度しかできない。


 セレネもミサイルの備蓄がないことを知りながらも、残った僅かなミサイルの再装填を命令を発した。だが、先にやるべきことがある。


「残り30秒で起爆します」


「了解。逐次、想像生命体(エスヴィータ)の動きを観測し、異常が見られないかを報告せよ。<アイギス>最大展開! 高度も落とせ!」


 先ほどよりも爆発は近い。距離的に衝撃波の問題はないはずだが、防御は改めて行うべきだろう。高度を落とすのも、万が一の墜落を恐れてのこと。

着水が一番だが、海の波に船が耐えられるかはわからないのでやめておく。


 仕様書くらいしっかり書いておいてほしいよ……。


 そして爆発。輸送艦隊に差し迫った想像生命体(エスヴィータ)は効率的にばらまかれた核によって一気に蒸発した。蒸発範囲外のものも体を半壊させたが、止めるには至っていない。


 体の8割が無くなろうとも前進を止めない。核爆発の影響が比較的少なかった範囲にいたものもその爆発に恐怖を一切抱くことなく進撃を続けていた。


「被害報告!」


「輸送艦隊、人員はほとんどが負傷。ただし、航行に異常なし! 想像生命体(エスヴィータ)が輸送艦隊に接触するまで……15分稼げました!」


 それでも望んだ効果を得られた。


「よし! 継続して主砲を斉射! 沿岸防衛艦隊(ヤハセムマ)到着まで足止めを継続する」


「了解!」


 この速度なら輸送艦隊は逃げ切れる。しかし、あれらを刈り尽くさなければ本国が危険に晒されるだろう。想像生命体(エスヴィータ)は輸送艦隊を追って南進を続けている。

その先にあるのはメガラニカ大陸、つまり神聖ルオンノタル帝国だ。


 しかし、それも杞憂なようだった。ついに沿岸防衛艦隊(ヤハセムマ)が攻撃の射程内に入り、神聖帝国海軍随一の速度で以てさらに急接近を図っていたのだから。


 そして彼らは一定距離に近づくとトランコは皆輸送艦隊を無視し始め沿岸防衛艦隊(ヤハセムマ)の方角に進路を変更した。


「流石ですね。ああいうの、似たようなものが千年以上前からある豈皇国の……なんと言うものかは忘れましたが、かの国の伝統行事にあった気がします」


 ヴィスタ艦長が感慨深げに言い、セレネは沿岸防衛艦隊(ヤハセムマ)の戦いぶりを観察してみる。そして彼女の言わんとするものにすぐ思い至った。


 なるほど。確かにそう見える。


「そうですね。確か流鏑馬というものだったかと」


「ああ、それです。しかし、あんな戦い方は正直生きた心地がしません」


「それは同意します」


 沿岸防衛艦隊(ヤハセムマ)は荒波の中、時速100kmの速度で走り抜ける。海軍所属の部隊であるが、彼らが乗る船はジェット推進と水中翼によって水面付近を飛ぶ代物だ。


 既に数百年前から使われている枯れた技術であるが、この部隊の船は20mにも及ぶ神聖帝国近海の荒波にも耐える優秀な戦闘艦となっている。その様はまるで巨大な波間を飛び跳ねる石切りの石のよう。


 彼らはその速度で以って疾走しながらトランコに向けてレールガンを撃つ。その弾丸には想像生命体(エスヴィータ)を自潰に追い込むアーティファクトが刻まれている。


 超近距離で撃つゆえに想像生命体(エスヴィータ)の遠距離迎撃で蒸発する前に金属槍の弾丸が奴らの身体を貫く。本来であればその距離にいる船は彼らから逃げられずに沈められる。だが逃げる速度の方が上回っていればその問題もない。


「……これできっと大丈夫ね」


 セレネは一つ息を吐いて肩の力を抜いた。


 沿岸防衛艦隊(ヤハセムマ)悪霊祓の光石(セレニテス)と正反対の力を持つ、非魂呼びの火(イサリビ)を用いて想像生命体(エスヴィータ)をおびき寄せる。しかもそのおびき寄せた化け物に10㎞圏内まで近づいて高速機動によって一つ一つを滅ぼしていく。


 もちろん近づきすぎれば簡単に船を破壊されすぐさま海底に引きずり込まれる。しかしそれでも<アイギス>という鎧をまとい、レールガンという矢を放ち、高速で駆け抜ける船を駆って海上を突き進む。

彼らの様は流鏑馬と言っても過言ではなかった。


 ちなみにレールガンで使われている想像生命体用の弾丸はあまりにも高価であるため、彼らのような専門部隊に優先して配備されている。もちろん他の軍の艦隊も所有している。それでも通常兵器に比べて配備数は少ない。通常の軍の相手は大抵外の人間種だからだ。


「輸送艦隊の被害はどれほど回復している?」


「は。<アイギス>で船体を防護していたため多少の破損はあれど航行に支障はありません。人員は未だに治療を開始できないほどに被害が出ています。すぐに救援部隊を送る必要があります」


「では、このまま全速前進。輸送艦隊を進ませ、我らは彼らと合流後に本国まで護衛する。救援部隊の手配を本国に打診しろ」


「了解いたしました」


 沿岸防衛艦隊(ヤハセムマ)は少しずつではあるがトランコを殲滅しつつある。そして奴らを誘導し、徐々に北東方面に北上させることに成功していた。


 砲弾が尽きれば彼らも船を全力疾走させて想像生命体(エスヴィータ)の探知範囲外に出て帰ってくる。そして本国から遠ざかった想像生命体(エスヴィータ)は神聖帝国を見つけることはない。


 これで今回は抑え込むことができただろう。一安心と言っていい。


 だが、奴らは数を減らされてもそれ以上の繁殖力と再生力で以ってさらに数を増やしてくる。この戦闘は、ただ人類の安全圏に想像生命体(エスヴィータ)を近づけさせない。ただそれだけの戦闘でしかない。


「今一度海底、海中、海上、上空、宇宙、全てを精査せよ。少しでも異常があれば直ちに報告!」


「はっ!」


 セレネはそのように安全を確保させたのちに、ヴィスタ艦長に顔を向けた。


「かなりの弾薬を消費してしまいました。未熟者ですみません……。本国で補給する必要があります」


 しかしヴィスタ艦長はセレネの瞳を見つめ返し、気にした風もなく微笑みを浮かべた。


「いえ。殿下の御年齢で先程の御指示。初の戦闘にもかかわらず大変素晴らしい差配でした。正直なことを申しますと我らもまた前線での実戦は初めてなのです。デブリーフィングをしっかり熟しましょう」


「はい。次に活かせるように精進いたします」


 そう言いつつもセレネは自分に対して落胆していた。


 今回の戦闘は時間で言えば半日も経っていない。しかしその僅かな時間で今回の戦争で使うはずだった弾薬、そして核弾頭さえも使い尽くした。艦の防御手段である<アイギス>も無視できない程消耗し、それを支える魔力も枯渇しかけている。


 もはや他国に攻め込める状態ではないし、国家の防衛すらままならない消耗。そしてこんな状態にした指揮はセレネが行ったものである。やりようによってはもっと弾薬を節約して戦闘を行えていただろう。


 これはしっかりと反省し、次回に活かすしかない。


「宇宙軍本部より入電。方向転換した残りのトランコの進路予想が出ました。情報を共有します」


 セレネもそれを確認する。脳内に直接必要最低限の情報が流れ込んでくるだけだから、何もせずとも理解できてしまうが。


 どうにも鯱を追いかけた北部のトランコの群れは東進を続け、そのまま突き進むようだ。しかもその進路上にはダウンアンダー連邦に派遣されていたウェプスカ合衆国第五艦隊がある。彼らには申し訳ないが、どうにかしてもらおう。


 そして残りの南進をしていたトランコも沿岸防衛艦隊(ヤハセムマ)の誘導と駆除のおかげでこれ以上の南進の可能性は0.2%以下。だが、その進路上にはダウンアンダー連邦などがある。そちらに行くかどうかはわからないが、神聖帝国に迫った脅威は排除できていると判断していいだろう。


「……ほんと、人類同士で争っている場合じゃないでしょうに」


 セレネは思わずひとり愚痴を零していた。

 作戦、終了——。


【用語解説】

・非魂呼びの火

魂呼び、とは死者復活の儀式的なものですね。魂呼ばいとも。方法はいろいろあったりするのですが、火を使って彼岸から魂を呼ぶみたいな儀式があったりします。そして本作では魂を持たない想像生命体を表すため、非という否定形を入れて非魂呼びの火としました。また、それは漁火のようにも見えるので、イサリビと通称で呼ばれています。


【解釈について】

第五艦隊?と疑問に思っている方はたぶんかなり知識が豊富なのでしょう。正しいです。しかし時代もだいぶ変わっているし、情勢の問題から派遣先も変わっているということだけとだけコメントしておきます。


ちなみに、こんな戦闘が世界各地で頻繁に発生しているのは想像に難くなく、その戦地に残る生物は皆無です。嫌な世界でした。

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