episode29.輸送艦隊救出作戦Ⅲ
セレネは歯噛みしつつ、それでもデータリンクの画面を真剣に睨みつけた。
想像生命体は足止めしている。だが人工知能に計算させても30分で輸送艦隊に接触する。奴らの魔法攻撃は輸送艦隊でも防げるが、接触されるとなると話は別だ。
トランコは軍艦の大きさに匹敵するほどの巨大な体を持っている。そのため<アイギス>もその質量ゆえに容易に突破される。
あまりにもギリギリ。いや、間に合っていない。
加えてセレネの率いる宇宙軍第一艦隊の<アイギス>が全て消耗する頃にはこちらも後退せざるを得ない。でなければこの艦隊が撃墜され二次被害を生んでしまう。
だが対想像生命体専門の海軍部隊到着まで輸送艦隊を守れない時間が発生する。しかもその時間は10分。
その時間はあまりにも致命的。その間に輸送艦隊は全滅する。
何とかしなければ……。
「輸送艦隊より連絡! 輸送艦隊の<アイギス>70%を損失! あと数分で飽和します!」
まずい。
非常にまずい。
30分経つまでもなく輸送艦隊は沈められてしまう。
こちらの足止めは、意味をなしていない。
輸送艦隊の全力の南進でも間に合ってない。
トランコは足止めによって速度が下がっても進撃を止めないし、身体を抉られても遠距離攻撃を継続している。
泳ぎを得意とするなら海を凍らせることも考えたが、そもそも想像生命体はこちらの魔力を喰ってしまうために海を凍らせるほどの魔力を集められない。それにまた深海に潜られては凍らせる意味もなくなるだろう。
……一応、考えはある。
唯一の解決策。
しかしこれは、あまりにも非道な方法。
「このままでは輸送艦隊がもたない。……艦長。意見具申いたします」
「何をするつもりですか?」
セレネの厳しい表情にヴィスタ艦長も何か嫌なものを感じたらしい。
そして彼女の予想は正しい。
「トランコが輸送艦隊に接触する可能性が非常に高くなりました。接触する前に輸送艦隊周辺に核爆発を起こし、もう一度殲滅する必要があります。その承認をいただきたいのです。10分の時間を稼ぐために。輸送艦隊が有する残りの<アイギス>と流動装甲に用いる魔力を用いれば耐えられるかもしれません」
「そ、それは……」
「もちろん実際に行うか否かの判断は、彼らに任せます」
核攻撃を友軍に対して実施する。それはあまりにも酷な作戦に違いない。だが、それは感情的な問題でしかない。
核兵器が想像生命体に対する象徴的な攻撃手段であることが当たり前のこの世界。それを同族に撃ち込むということは、撃ち込んだ相手の存在を否定することと同義に他ならない。
それでも、そうしなければ生き残れないことも事実。ギリギリの賭けを実施しなければ救えない命がある。ならば不幸を招く化け物を神の炎で焼き尽くすしかない。味方に多少の犠牲が出ることを覚悟して。
セレネの咄嗟の意見具申に艦長は一瞬だけ逡巡するも、覚悟を決めたように力強く頷いた。
「そうですね。わかりました。このまま何もしなければ輸送艦隊は限界に達する。殿下の作戦はその点で言えばとても正しい。しかし、こちらのミサイルはほとんど使ってしまいました。残りの核ミサイルを届かせることができません」
「その件ですが、このシミュレーションを見てください。この方法であれば奴らに破壊される可能性も低くなり、十分足止めができます。時間的には予断を許しませんが、これ以上に最適な作戦もありません」
「……かなり危険ですが……他に手段がありませんね。では、そのように指示を出してください」
「了解しました」
セレネは艦隊責任者であるヴィスタ艦長に許可をもらい、提案書を緊急要請として輸送艦隊に伝達することにした。
「輸送艦隊にも直ちに緊急要請! 今送った内容を直ちに伝達なさい!」
「了解!!」
迅速にセレネの作成した作戦内容は輸送艦隊に伝達される。しかし要請、すなわち提案でしかない。それを輸送艦隊が実施するかは彼らが決めていい。
無理強いさせないためにセレネの名義にはしなかった。皇族の命令にしてしまうときっと彼らは拒否することができなくなってしまうから。
それにこれを強いるにはあまりにもリスクが大きい。そのため命令という形にすると心理的に拒絶反応が出てしまう可能性があった。
自分たちを使い捨てにするのか?
そんな拒絶反応を。
もちろん理性的に考えてみればありえない。
しかし感情という要素は無視できない。特に極限状態にあるヒトにとっては。
君臨する家系の者として、そして命令を下す上官として、部下たち臣民の心を少しでもくみ取らなければならない。その責任がセレネにはある。
「輸送艦隊より返信。作戦内容了解。直ちに実施するとのことです」
「了解」
これで失敗したときのために、他の作戦も考えなければ。
……できれば、これで上手くいって。
セレネは祈りつつも、頭の中で次の作戦を導こうと思考を巡らせた。
肉を切って骨を断つ作戦――。
【解釈について】
海軍に想像生命体専用の部隊が作られていますが、普通に軍が対処すればいいのでは?という論調もありました。しかし宇宙から偵察によって都市防衛には従来の海軍では性能不足であることが立証されました。確かに普通の海軍の攻撃手段によって想像生命体の侵攻をある程度阻止できるのですが、都市近傍まで接近されてしまった場合、核兵器は都市との近さから封じられた事例がいくつも出てきました。その際海軍艦艇の船の速度の遅さ――流体力学的観点と材料力学的観点から300年ほとんど変わっていない――によって想像生命体から逃げきることができず、都市防衛に残った海軍艦艇は全滅し必然的に都市は破壊されました。
なので各勢力圏ではそれぞれ独自の対処法が考案され、想像生命体専用の部隊というものが誕生しました。それを神聖帝国も真似て神聖皇帝の力を借りない自分たちの防衛手段を築き上げました。。




