episode26.輸送艦隊救出作戦Ⅰ
何としてでも足止めを――。
「<アイギス>展開! 対想像生命体ミサイルおよび対想像生命体徹甲弾、発射っ!!」
セレネの指示に復唱が返り、窓の外はレーザー兵器だけでなくあらゆる周波数の光を遮断する漆黒に包まれる。外の様子はダイレクトリンクされた魔法によって情報を収集するため、ディスプレイには問題なく敵と味方の様子が伺える。
次に、ミサイルの射出音と主砲の発射音が次々に響き渡った。
対想像生命体兵器。それはこの世界を破壊し尽くした想像生命体を屠ることのできる低エネルギー武器。通常兵器との違いは簡単で、その中に想像生命体を自潰に追い込むプログラムが組まれている。
だが、それが有効打になるかは別問題だ。プログラムを持つがゆえに必然的にそこには信号を送る回路が存在する。それはつまり、この兵器自体が奴らにとっての殲滅対象となる。だからこそ迎撃されてしまう。
回路を含まないただの砲弾や高出力レーザーでは想像生命体の再生力ゆえに致命傷を与えられず、自潰に追い込める兵器はそのほとんどが迎撃される。人類があれらを駆除できない原因の一つだ。
「トランコの集団、東西の一部が進路を変更! 輸送艦隊の進行方向と交差しています! 輸送艦隊の存在がバレました!」
「知性がないとは思えない動作ね……」
まるで輸送艦隊を逃すまいと寄って集っているようだ。しかも個体同士が連携し、輸送艦隊の未来位置に向けて泳いでいる。
このまま行けば挟み撃ちに合い、進行方向の敵を多少排除できても絶望的な結末が待っていることだろう。
もはや知性なくして説明不可能な行動。それでも想像生命体に知性がないことは、多大な犠牲の上で証明された事実であり、このような現象は昔から報告されている。
原因原理は、一切不明。
「本土の陸軍に連絡。対想像生命体兵器を直ちに投入することを要請! 兎に角撃ちまくれ!!」
その言葉をセレネが発した時には、先程放ったミサイルが想像生命体に届く時間になっていた。
「弾着! 命中4。その他依然として止まりません!! 本土からも追加のミサイル、10秒後に到達!」
「命中率が低すぎる! 対鑑ミサイルも平行して射出!!」
通常の対艦ミサイルは囮だ。対想像生命体ミサイルが撃墜される確率を下げ、撃破数を上げる単純な手。
しかしそれでも追加で自潰に追い込んだものはたったの3体。
あまりにも攻撃が通らなすぎる。
本土からもミサイルは200発発射された。そして命中したのは、7。
想像生命体の脅威が低い神聖帝国の配備数的に本土から再びミサイルを発射させるまでかなり時間がかかるだろう。
もう本土のミサイルは使い果たした。本来はもっと少ない想像生命体、特に本土に向けて進行してくるものに対する迎撃用のミサイルである。ここまで大規模なものは想定していない。普段であれば多くても十数体だ。
それに、本来この距離での迎撃は戦略兵器を用いる。そのため戦術兵器で迎撃すること自体、非効率すぎる。輸送艦隊がいなければすぐにでも超高エネルギーで消滅、あるいは行動不能にできるはずだった。
しかし現実は非情だ。だからこそセレネは次の作戦を実行することにする。
「無人機用意。無人機隊を二つに分け、指示する空域へ展開させなさい!」
目の前のディスプレイに範囲を指定し、それを操作する人工知能に指示する。これはただの囮。トランコの一部を無人機に搭載された人工知能に食いつかせて輸送艦隊から少しでも遠ざける。
一応数十匹はそちらに引っ張られたが、戦局にはあまり影響しない。
やっぱりダメね。
予想通りだけど。
あの規模であれば戦略兵器を三つほど投下すれば侵攻を止められる。だが、同時に輸送艦隊は蒸発する。しかし、かといって今のようにあんな通常兵器だけでは輸送艦隊を守れない。
なら、ギリギリの火力を狙うしかない。
つまり、肉を切らせて骨を断つ。
「意見具申」
セレネの言葉にヴィスタ艦長が顔を向けてくる。その時に初めて気づいた。艦長の隠しきれない不安な顔を。
しかし、セレネはそれどころではないと思い、一旦無視して続けた。
「戦術核の使用許可をお願いいたします」
「で、殿下? しかし、それは輸送艦隊にも被害が出てしまいます」
「想像生命体の前衛には撃ちません。後から迫ってくるものだけです。それであれば輸送艦隊の強度で耐えられます。船員が適切な対応をすれば衝撃波と放射線の後遺症も残りません。もちろんこちらも被害が最小限になる距離を選びます。しかしこれ以上輸送艦隊に近づかれる、あるいは奴らの魔法を凌いでいるアイギスの消耗率が上がった場合、戦術核が使えなくなってしまいます」
輸送艦隊にある程度の被害が出てしまうのは仕方ない。しかしこの時代の医療技術や防衛装置のおかげで核兵器を一昔前の基準で超近距離で受けても生存できるようになっている。輸送船は軍船ほど高い防御能力を持たないが、今ならそこまで問題は出ないはずだ。
「そして輸送艦隊に近い想像生命体だけにその他全ての兵器を集中し、足を止めます」
敵は数が多く、しかもこちらの攻撃をほぼ迎撃する化物。ならば考えられる戦術は唯一つ。攻撃する目標を少なくすること。核兵器によって輸送艦隊から遠い想像生命体を足止めし、近いものだけを集中攻撃する。
古代の戦争でも数の利を覆すために敵を隘路に誘い込んだ話がある。それを通常兵器では未だに最強威力の戦術核によって人工的に生み出そうという考えだ。
放射能はこの時代問題ではない。この星は既に大気を吸おうものなら人間種やそのほか弱い種族は数日で命を落とすほどに汚染されている。今更いくつかの核を爆発させても変化はない。
「兵器は足りるか?」
「もはや四の五の言う場合ではありません。我々がさらに敵に近づき、奴らに認識されることで囮となるのです。幸い我々は空の上にいますし、敵の攻撃もアイギスによって防げるでしょう。あとは隙を与えないように注意しつつ、主砲によって敵の足を止めさせます。問題があるとすれば、距離が離れすぎているためこちらを認識するかが不透明なことです」
「それは……」
ヴィスタ艦長は思わずと言った風に目を泳がせた。
それもそうだろう。この艦隊に倒すことが非常に困難な敵に対してまるで特攻しろと言っているようなものだ。
しかし想像生命体はある程度の知性がある存在がいなければ襲ってこない。
無人機でもその中に内蔵された人工知能を察知して襲ってくるため囮にはなる。だが戦闘機は<アイギス>を張れないためにすぐに撃墜される。
ならば、トランコの魔法攻撃にも堪えられる<アイギス>を持つ軍艦が囮になるしかない。
「時間がありません。どうか、ご決断を」
「わかりました。全艦。戦術核用意!! 輸送艦隊の被害が最小になる距離でトランコを滅しろ! その他全砲門再装填!」
「了解!!」
熱核ジェットに点火されたミサイルが轟音と共に飛び立っていく。そしてそれらは対空ミサイルさえも含んだその他数多の種類のミサイルと回路が仕込まれた砲弾に紛れながら直進していく。核を届かせるために手段を選んではいられない。
「核爆発の直後、輸送艦隊至近距離の敵を集中攻撃する!! スペランツァ、スペースは東側を、シーワン、エスペランサは西側の敵を攻撃せよ! ユミトは支えきれない戦線に対して随時攻撃を行う!!」
「「「はっ!!」」」
指示は的確に伝わる。そして艦隊の速度が上がっていった。それと共に船の振動が激しくなる。
ふ、不快過ぎる……っ!
やはりこの振動は不快だ。細かく三半規管をぐちゃぐちゃ揺さぶられているような感覚に船員の一人は耐え切れずに口元を押え、ある者は荒い息を吐いていた。
これは、後でリュミナス姉様に絶対改良してもらおう。
「戦術核、半数が迎撃されました。残りの弾頭、到達します。3.2.1.今ッ!」
ディスプレイ上ではやはり全体の9割近くのミサイルが迎撃されている様子が伺える。しかし核兵器を含んだその一割がついに届いた。




