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episode24.出撃

 どうしてこうなるのかしら?


 セレネはそんな疑問を浮かべながらも自分の仕事をこなしていた。とは言っても彼女は今の所やることはない。ただ立っているだけだ。


 だが、その立場というのはちょっと予想していなかった。


 納得はしてるんだけどね。


「定時報告。対空レーダーに異常なし。大気及び宇宙、地上にも異常は見当たりません」


「ご苦労。監視をそのまま継続せよ」


「はっ!」


 そんなやり取りを聴きつつ、セレネは窓の外に目を向ける。その先にあるのは、本物の空だ。どこまでも透き通り眼下には雲海が広がっている。


 そう眼下に。


 かつてのメガラニカ大陸では雲が存在すること自体珍しいことだったらしい。しかし今ではこの雲が晴れることはほとんどない。数年に一度空が見えれば良い方だ。


 ずっと氷床内に暮らしていると本物の青い空はとても新鮮なもの。ただ、今はそんなことも言っていられなかった。


 セレネは神聖帝国最新鋭兵器——彼女からすると今でも疑問の——、飛行戦闘艦に乗り込んでいた。


 彼女が所属するのは神聖宇宙軍第一艦隊。宇宙軍基地に置かれていたあの頓珍漢な()()で構成された艦隊である。そして彼女は皇族故か、将校として副艦長に近い立場でここにいる。


 普通ならあり得ない階級だが、皇族故かこの階級を与えられてしまった。これだけでセレネは神聖帝国の欠点を見てしまった気がしてならない。


 軍でのマナーや仕事の仕方、その他戦闘方法など基本的なことは事前に学習プログラムで脳に書き込んでいる。そのため異常が起きなければ問題はない。


 だが、未経験者をいきなり将校にするなど、軍が瓦解しかねない愚策でもあることを理解しなければならない。素人の指揮は敵よりも危険なのだ。


 頑張って経験を積まないと!

 知識はあるから経験するのみ。

 がんばるぞ!


 しかしすでに問題は起きていて――。


 この振動はいつか慣れるのかしら……。


 神聖宇宙軍ユミト級飛行戦闘艦一番艦ユミト。それがこの船の名前である。まだ試作段階の、基本的な武装しか積んでいないものだそうだ。それにも関わらずこの度戦地に赴くこととなった。


 特にその主な任務は補給。近々始まるという敵国への上陸作戦の支援。そして実地テスト。


 他にもあと4隻が同行しており、V字隊列を組んで北上していた。向かう先はダウンアンダー連邦の領土であるアウストラリス大陸南方の大型の島、林檎島。そしてその島の沖に展開した味方艦隊に補給を行う。


 空を行軍する様は帝国の威信を見せつけるかの如く堂々としており華々しい。その技術力の高さを証明しているようだった。


 しかし艦内に関しては、控えめに言って酷い。


 エンジン音が響き渡っていてうるさいし、その振動が不愉快極まりない。どうやら質量制御エンジンを積んでいるらしいのだが、改良途中ゆえに耳鳴りのような振動が艦内に響き渡ってしまっている。


 なんならあまりにもその周波数がヒトを不快にする周波数とぴったり一致しているようで、何人か医務室送りになっている。今任務を行っている者も、そうでない者も、みんな青い顔をして軍務を熟している。


 セレネは一応種族的な理由で体調に問題はないが、周りの様子を見ていると彼女も精神的に辛い。


 あとで報告書に書いておこう。さすがに行軍に支障が出るし、士気に関わる。


「調宮少佐。ご不便をおかけします。振動はできるだけ抑えているのですが……」


 隣の艦長席に座る霊神種(テオス)のスィリー・ヴィスタ艦長が気遣うように声を掛けてくれる。彼女は氷床湖のように透き通る青い髪をきっちりと纏め、軍帽子にしまっている。しかしやはりと言うべきか、緊張されてしまっているようだった。


 まあ、会話を続けて信頼を勝ち取ろう。


「大丈夫です。気にしないでください。いずれ、慣れますから」


 本当は体調的に問題はないが話を合わせておく。


「……そう、ですか。無理はなさらないように」


 対してヴィスタ艦長は少し青い顔をしていた。ただ、艦長ゆえにできるだけ顔に出さないようにしているし、艦長が弱音を吐けば本当に全体の士気に関わる。


 ここで彼女を気遣うこともできる。しかしそういった危険性から敢えてセレネは何も言わない選択をした。


「……」


「……」


 そうして二人して沈黙してしまう。


 気まずい……。


 小さな雑談の話題があれば良いのだが、仕事中だと思うと話題も限られてくる。何を話せば良いのか悩みどころだ。


 まずはどうやって畏怖をなくしていこうかしら?


 ちなみにこの艦は重量削減の結果、全てがコンパクトにされている。戦闘指揮所もかなり狭くここにいる人員はかなりすし詰め状態だ。しかも椅子を引けば隣同士でぶつかるなんてことも起きている。完全な設計ミスだった。


 これも報告しよう。というか、結構適当に作ってるんじゃないかしら?


 まるで全くテストなしで建造してしまったかのような……。

 いや、まさかね。


「海岸線を抜けます」


 レーダー員の一人の報告にセレネも地上を映したディスプレイを目の前に表示する。それは雲下に飛ばしているドローンの偵察映像だ。


 どこまでも続いていた真っ白な地平線は唐突に途切れ、真っ黒にさえ思える海が姿を現している。極地の海は栄養分が豊富で生命も多い。その分海は濁り、黒く染まるのだと言う。


 つまり、世界的にも珍しい生命溢れる場所なのだ。


「対空監視を厳とせよ」


「「「はっ」」」


 ここから先は何があるかわからない。本土から離れるということは、帝国の保護から離れること。


 そうして艦隊が海上に進み、しばらくした頃。


「そういえば、艦長はこの辺りの出身でしたか?」


 暇なので声を掛けてみる。


「はい。そういえば少佐。少佐は帝国の海を見たことがありますか?」


 ヴィスタ艦長の返答にセレネは和ませるように微笑む。これくらいなら雑談することは仲間意識を育むし、利点が大きい。


 何より楽しいし、緊張も和む。


「そうですね。幼い頃、一度だけ。母上とちょうどこの辺りの海岸線で散策をしました」


「寒かったでしょう。しかしこの海は天国です。生命は溢れ、地上の氷の砂漠とは正反対。私の一番好きな場所です」


「そうなんですね。実は私、まだ海中は見たことがないのです。いつかこの目で見てみたいものですね」


 実際にはセレネは海で遊んだことがない。遠くから眺めたことがあるだけで触れたことすらない。身分の関係か、それとも海の危険性故か、遊ばせてもらえなかった。


 海水の冷たさやしょっぱさというのも体験してみたい。


「その時は、私がご案内いたしますよ」


「ええ。その時はよろしくお願いします」


 そんな時だった。


「第二種救難信号を受信! 我が国の輸送艦隊からです!!」


 艦橋に緊張が走った。

 ついに戦場へ――。


【用語解説】

・将校

軍隊で軍人たちに指揮を行ったり統率したりする階級の者を指します。少尉(現実世界の日本では3尉)以上の階級のことでもあります。時代や国によってもこの辺りは変わってくるのですが、大体は下から、兵(士)、曹、尉、佐、将となり、自衛隊では数字が小さいほど偉いです。ちなみに、三等兵というものは存在しないのですが、最下位よりも低いという悪口に使われていたりしますね。

そして本作のように艦隊を指揮するとなると最低でも佐官である必要があります(もちろん場合によっては柔軟に対応)。ヴィスタ艦長も大佐ですね。

ちなみに、日本では膨大さえ卒業して二つ昇進すれば(大体二年)このいわゆる将校と同じ階級になれるわけですね。

(思うんだけど、闇バイトするくらいなら自衛隊に入った方が絶対楽なはずなのに毎年定員割れしてるのなんで?もちろんテストが必要だけど、日本なら内容自体簡単すぎる(防大の過去問やったことあるけど見た途端に答えが頭に浮かぶくらい)し持病も重いものでなければ「ないです!」と言い張れば通用してしまいます。実際いました)


・定時報告

ある時間になると必ず行う報告のこと。定時連絡ともいう。有名どころで言うとかつてレーダーの使えない環境である海中に潜む潜水艦がその生存や作戦時の報告も兼ねてその時間になると海上に姿を現して行っていました。しかしこれは敵にその時間になると潜水艦が現れるということを伝えることと同義で、潜水艦被害を増やした原因でもあります。なので今の潜水艦は別の手段を用いています。

(潜水艦は機密が多すぎるため、その手の専門家でも知らないことが多い。私も色々想像できるけど推測の域を出ない)

しかし定時報告は重要なもので、会社の日報のようなものです。この定時報告で軍隊全体の状態を把握することができ、必要な補給や作戦の実施を効率よく行うことができるのです。

この定時報告のこまめな実施と、それを適切に扱える人材がいたからこそ日露戦争が日本の勝利になった理由の一つとも言われるくらい重要です。(まあ、その後の日本軍は日報を作成しても倉庫に仕舞うだけ(航空隊とか)で活用できない組織に成り下がりました。全体把握できなかったんですね。ほんと、勝ったという結果しか見ずどうして勝ったのかを考えないから腐っていったんでしょう)

現代の会社も日報というものを重要視できるかで、かなり経営戦略が揺さぶられると思います。


・対空レーダー

対空監視レーダーのこと。一定空域内の航空機を監視するためのものです。例えば異常接近しているとか、明らかに攻撃の意志がある航空機があるとかそういうものをチェックするためのもので、ミサイルの迎撃などに必要な情報提供源でもあります。異常がないということは危険性がないということです。

現実世界ではステルス戦闘機がこれに映らないように工夫されていたりもしますが、少し工夫するだけでステルスも見破れるようになります。そしてまた新しいステルスが開発されていたりもしますね。


・戦闘指揮所

空母以外ではCIC、空母ではCDCと呼ばれるものですね。戦闘に関する全ての情報がここに集まってきます。その情報に従って戦闘を行うのです。

(日本の映画を見ているととんでもなくありえない事ばかりしていることが多いけど、あまり話題になりませんね)


【解釈について】

セレネは完全に軍隊初心者です。しかも軍隊の学校をい卒業しているわけでもありません。なのでこの条件だけを見るなら一番下の階級になってしまいます。しかしセレネは皇族という権威ある出身者で、その身体能力も訓練せずとも他の種族を圧倒するため(前者の理由の方が大きいけど)、いきなり佐官の位を与えられているのです。まあ、皇族が軍に入るというだけで軍は混乱しますし、何かあればその責任は計り知れないものになります。しかもその皇族が素人ともなれば、例え愚かな作戦の指揮を執ったとしても他の軍人は真っ向から否定することが難しいんですよね。

なので、皇族軍人というもの自体ちょっと問題で、セレネは責任問題の辺りを考えていたのかというと考えていなかった気もします。神聖帝国の問題です。リアムが実績を上げ過ぎました。


海について。私たちは暖かい地域の方が豊かで寒いと貧しいというイメージを持っていますが、それは地上でのお話なんですよね。海の場合はその逆で、暖かい海は砂漠地帯で、寒い地域は生命で溢れています。暖かい地域の海が綺麗なのは綺麗になってしまうほど生命がいない砂漠地帯だからです。逆に生命溢れる海は濁って真っ黒に見えます。(もちろん影や汚染物質などの影響もあるので一概に言えませんが)

これらの理由は、栄養塩(植物プランクトンが必要とする栄養源)にあります。暖かい海では大気によって海水は温められ、膨張して軽くなった海水は海面付近に留まり餡巣。そうすると光合成をおこなわなければならない植物プランクトンは必然的に海面付近にいるのですが、すぐに栄養塩を使い尽くしてそれ以上増えなくなるのです。対して寒い海では常に海面付近は冷やされ重くなった海水が下に沈んでいきます。植物プランクトンは海面にいながら常に海底付近の栄養塩が供給され続ける環境にいられるためどんどんその数を増やしていきます。そしてその植物プランクトンを食べる動物プランクトンもどんどん増えていき、それらを食べる魚、動物も数を増やしていくのです。このような理由で寒い地域の海はとても豊かな環境になっており、本作世界のメガラニカ大陸沿岸部も同じような環境にあります。まあ、光合成があまりできていないようなので、200年前に比べるとその数も圧倒的に減ってはいますが、他の地域の全く生命のいない環境と比べると天国です。

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