表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/78

episode20.皇族に対する感情

 宗教って別に信じなくていいけど、その発想は小説を書く上ではヒントになったりしますね。

 突如宇宙軍基地を襲撃した想像生命体(エスヴィータ)を滅ぼしてから暫くして、神聖宇宙軍中央基地司令室で基地司令が報告を受けていた。


 その基地司令、精霊種(エレメンタル)のハミングはその報告が読み上げられると徐々にその表情を青くさせていく。そして最後には顔面蒼白となって茫然と立ち上がった。


 同時にデスクの上に置かれていた珈琲が床に零れてしまい、そのまま転がっていったカップも床で派手に弾ける。だが、今の彼にそれを気にする余裕はなかった。


「セレネ殿下がすでに到着していた? しかもアーマイゼと交戦しただと? しかも我々の地上軍はアーマイゼにダメージを与えられなかったなど……こ、これは本当なのか?」


 その問いに、報告を上げていた機甲種(アポメカネス)の人物、アストロン・ナインは淡々と返す。


「全て事実のようです。殿下は基地に到着し、その足で戦場に赴いたようです。確認も全て取れています」


「そのことは、皇宮には――」


「すでに伝達されているでしょう。なんせ、皇族に関することですから。私も監察官の方をこの目で確認しています。たまたま基地内全ての監視カメラが壊れて、かの監視官が怠惰であるという可能性があれば別でしょうが」


 それを聞き、ハミングは頭を抱えた。そして脱力したように椅子に座り込んでしまう。


「ああ、終わりだ……。私は終わりだ……。私の判断が遅いあまり皇族の方の力を安易に借りてしまい、しかもその報告が既に主上陛下になされているなど……。無能で無駄に犠牲を生む可能性のある司令官として左遷されかねん……」


「あの、司令。それは流石に大げさでは? 想像生命体(エスヴィータ)の殲滅は皇族の義務なのですから、気にすることもないと思います。」


 あまりの悲観めいた言葉にアストロンは少々疑問を呈した。しかしハミング司令は力なく頭を振るばかりで。


「アストロン大佐。確かにそれは皇族の義務だ。だが、同時に我々は見返りを出さなければならない。君は知らないのだよ。皇族の、特に主上陛下がどれほど――」


「どれほど?」


「すまない。これを言ってしまえば、本当に私は……」


 アストロンは納得のいっていない表情をしていたが、これ以上言葉を続ければ不敬罪に問われても仕方ない。どこに神聖皇帝の耳があるかわからない状態で安易にその言葉の続きを出すことはできなかった。


 それどころか誰にも聞かれずとも言霊となっていずれ神聖皇帝の知るところになる。そんな根拠のない確信をハミングは抱いていた。


 ハミングは昔、皇族の方々も参加するパーティに参加したことがある。あれは50年前のことだったか。冬至に開かれる神聖帝国の祭事、銀月祭の最後の最後に神聖皇帝にご臨席を頂いた。その際の彼女は口には言えないほどに恐ろしかったのを憶えている。


 まず、ご尊顔を賜っただけで、その強大な魔力(オーラ)に意識を失いそうになった。相当な訓練を積み最盛期は精鋭の一人とさえ言われたハミングをして逃げ出したくなった。あれは共にいて良い存在ではない。遥か高みの、決して逆らってはいけない存在だと本能が叫んでいた。


 指先一つすら少しも動かすことが出来ない。貓の好奇心溢れる瞳に見つめられた鼠と同じ気分を味わってしまった。もはや別次元の天敵としか思えなかったのだ。


 しかしその際に事件が起きてしまった。


 陛下御臨席にも関わらず、何が原因かは不明だが言い争いになった言い争いが聞こえてきた。闇黒種(トイフェル)を統べる六天魔(マーラ)翼輪種(メレキ)の国を統べる熾天使(セラフ)が罵倒し合った。


 元々神聖皇帝が大帝国を築くまで殺し合った種族同士の、実際に殺し合った者たちであった。ハミングが知らない並々ならぬ関係があったのだろう。小さな行き違いが罵倒へと変わったのは百数十年経てども互いの憎悪が消えなかった証左に違いない。


 しかもそれがエスカレートし、魔法を用いての衝突寸前になった。


 精霊種(エレメンタル)であるハミングからしてどちらの種族も力量では敵わない。しかもそのトップがぶつかるのだから最悪死ぬことを覚悟した。


 しかし、二人を神聖皇帝は一睨み。

そう。一睨みしてしまった。


 きっと不快に思われたのだろう。誰だってあれは見ていて気持ちのいいものでは得なかった。それどころからハミングのように命の危機を感じた者も多かったはずだ。


 しかし睨まれた二人の争いはすぐさま終わった。なぜなら二人とも全治二か月の身体的、精神的苦痛を受けてすぐさま帝都中央病院に搬送されたから。


 何が起きたのか分からなかった。

今でもわからない。


 結果的に見れば、シュテファンの絵画じみた最終審判は起きず事前に食い止められた形だが、あの場にいたハミングにはなんとなく分かる。神聖皇帝の一睨みは、ただ不快に思って睨んだだけだった。二人を制圧したのも副次的なもので、無意識的なものだった、と。


 言い換えれば、皇帝の不愉快の前にヒトという存在は否定される。

人の存在が簡単に否定される、狂気。


 怖すぎる……。

 何の気まぐれで自分が病院送りになるかわからない。

 いや、病院送りならまだマシの惨劇が降り注ぐことだって――。


「……やばいやばいやばい」


 神聖皇帝はその力ゆえに一度の感情で臣民の命など簡単に奪える。しかも他の皇族の方々も似たように自らの力と権力を利用して様々な影響力を独断的に伸ばしているという。


 宇宙軍に入り浸りになり始めているリュミナス第一皇孫殿下もこちらが居眠りしないように進言しようとすれば誰であろうと強制的に睡眠状態にさせてくる。

第二皇孫殿下は戦争好きで数々の戦場に赴いて過激な攻勢を指揮している記録も確認できる。

第三皇孫殿下は実は超絶毒舌で精神的に心が壊されるとか。

第四皇孫殿下は様々なよからぬ噂が絶えない。

第五皇孫殿下は常に監禁状態にある。


 改めて思い返すと神聖帝国の皇族はあまりにも傲慢すぎる気がする。それも種族の強さゆえなのかもしれないが。


 兎に角皇族には越権行為が目立つ。だが、どうにもグレーな辺りを攻めてくるために苦言を呈するしかできない。しかしその苦言さえも皇族の力でなかったことにされるのだから堪ったものではない。


 そんな皇族に、そして神聖皇帝に今回の報告が為されてしまった。


 一体どんな感情が皇族の方々に芽生え、その一時の感情が自らを死地へと追いやるのかと恐怖でしかない。いや、死すら欲する苦しみが降りかかってくる可能性も――。


「はぁ……」


 だからと言って何かができるわけではない。ハミングは何もかもを諦めたようにため息を吐く。


 そしてこれからアーマイゼを討伐した皇族、セレネ第三皇孫殿下が参られる。彼女はまだ未成年で表にはあまり出てきていないが上記の噂のような人物なのであれば、きっとここでハミングは身体的に死ぬことはなくとも精神的に死ぬかもしれない。


 最早私の命運はここまでか……。

 どうか、家の者たちにだけは被害がないよう、努力するのみ。


 そうして謁見の時間まであと少しとなる。そもそも抗うこともできない相手に何ができるかわからない。だから最後になるかもしれない好物の砂糖菓子に手を伸ばして自分を労わる。


 そんな時だった。


「おいっ! 聞いたぞ!! 我が妹が戦場に立つだと?!! どういうことだ!!」


 バーンッ! と部屋の扉が開け放たれ、その衝撃にハミングの手にしていた砂糖菓子が床に落ちていく。その光景を、どこか諦観した瞳で追いつつハミングは感情をその顔からそぎ削ぎ落とした。

 一般的な臣民の、皇族に対する畏怖――。


【用語解説】

・アストロン

古代語で宇宙。星の意味。


・六天魔

第六天魔王より引用。有名な宗教に於いて悟りの修業を妨げる存在を魔王や天魔と称しており、マーラと呼ばれていたようです。そしてなぜ第六なのかというと、この宗教の世界観に於いて、その一つである欲界に存在する六つのデーヴァがあるそうです。(天は神や神が住まう世界という意)その天にも位が存在していて、下から数えて六番目が最高位に当たるかららしいです。つまり、第六の天に住まう魔王という意味で第六天魔王と呼びます。

織田尾張守がその名称を名乗ったことは有名ですが、当時の情勢としては本当にその宗教の信者が過激で堕落し切っていたため、その宗教の天敵であり最高位である第六天魔王を名乗ったそうです(バリバリに対立していた)。その宗教を嫌っていたとか言われますが、ちゃんとその宗教についての学がある時点で単純に嫌っていたわけではないことは察せられますね。


・熾天使

有名ではありますが、天使の中でも最高位の者たちをそう呼ぶようです。世の中的にはセラフィムと呼ばれますが、実はこれは複数形で単数形にするとセラフだそうです。実際本作世界に於いて翼輪種の代表は一人なので単数形が用いられています。

ちなみに、天使に関する記述はほとんど聖書にはなく、階級などは語られていてもその詳細についてはその宗教においてもかなりわからないことが多いようです。もちろん様々な解釈がされていたりもしますが、有名どころの天使は実はそこまで階級的に高くありません。理由ももしかしたら人間という神の形に似ていても遠く及ばない劣った存在に派遣する者は下っ端でいいということだったりもするかもしれません。神の威厳的な話で。


・シュテファンの絵画(最後の審判)

天使と悪魔の戦いを描いている絵画。天使の門や墓から蘇る死者、悪魔によって地獄に引きずり込まれる呪われた人々などカオスにも似た神による審判を描いているようです。この絵画に関して人によってはいろんな感想があるかもしれませんが、まあ、あまり書かない方が良いのでしょうね。


【解釈について】

 これは勝手なイメージですが、ハミングって名前的に歌の精霊か何かなんでしょうかね?


 神聖帝国の皇族って問題児だらけなのですが、そりゃあ特権階級の個人的に力の持った存在であれば多少人格が歪むのかもしれませんね。そして彼らを抑えられる存在である神聖皇帝が”歪んで”いるのですからこんなうわさが普通に罷り通っている時点で国家として大丈夫なのかと言いたくもなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ