episode19.上神種
キンッ!
金属と金属をぶつけたような音が辺りに響く。そして静寂。
タキエルは何も起きないことに不思議に思い目を開ける。するとそこには信じられない光景があった。
なんと自分たちの通常兵器でも傷を付けられなかったあのアーマイゼが、左右真っ二つになって斃れるところだったのだから。
そしてタキエルたちを護るように立つ一人の銀髪の少女。その後姿はあまりにも神々しく、それでいてあどけない。
なんと、可憐な……。
場違いにもそう思ってしまうほどに、その存在感は大きかった。
アーマイゼの硬い外骨格の中から赤色の液体が辺りに飛び散り、血溜まりを形成していく。
しかし目の前に現れた少女には一切掛かっていない。すべてが綺麗に弾かれている。
まるで彼女は絶望の中に現れた希望の光だった。
その少女の美しさに、彼女が齎した奇跡に、タキエルは言葉が出ない。それは皆同じ。そして少女は振り向いて。
「大丈夫ですか? すぐ治療します」
「は、はい……!」
その顔を見て、タキエル隊長はその少女が何者かを理解した。そこいたのは第三皇孫セレネ・H・ルオンノタル殿下。映像越しでしか見たことがない天上の御方そのヒトだった。
しかしタキエルは次に目にした光景を見て、自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。
「殿下!! 危ない!!」
セレネ殿下の背後。信じられないことに真っ二つになったはずのアーマイゼが再び動き出し、再生しようと左右の身体がくっつき始めている。しかも完全に再生していないにも関わらず刃のような前足を振り上げていた。
もちろんその攻撃対象は最も近くにいるセレネだ。
「……ッ!」
しかし頭を打ったためかタキエルは思うように自分の身体を動かせない。それでもアーマイゼがそんな彼を気にするなどあり得ず、今まさにセレネを殺そうとしている。
そんな!
殿下が……っ!
目の前で起きるであろう悲劇を想像し、セレネの最後を幻視した。
そして何も出来ない自分を呪った。
ああ、こんなにも私は弱いのか。
「大丈夫ですよ」
しかしセレネはまるで子供をあやすような優しい笑みを浮かべていて。
「!」
振り返り様にセレネ殿下はアーマイゼを切りつけたらしい。らしいというのは、早すぎて見えなかったからだ。
キラリと剣漸が光ったと思えば、アーマイゼの腕は切断され通路の壁に深々と突き刺さっていた。
「消えなさい」
次の瞬間、彼女の手に収められた刀が再び閃光の如く奔った。そのスピードは尋常ではなく、音さえも置き去りにしたのか小さな衝撃波が辺りに響く。それは美しくまっすぐな太刀による突きだった。
そして。
キャァァアアアアッ!!!!
女性の声のように高く、苦痛の絶叫にしか聞こえない断末魔を上げてアーマイゼは塵となり、遂に絶命した。見たところ復活阻止の呪いをアーマイゼに掛けたため再び襲ってくることはあり得ないだろう。
あまりにも一方的。
あまりにも隔絶した力。
圧倒的な力の差。
これこそが全種族を束ねるにふさわしい絶大なる力を有する種族、上神種。その一端を見せつけられた。
目の前で繰り広げられたほんの僅かな時間の、戦闘とすら呼べない出来事にタキエルはただただセレネに見惚れていたのだった。
☽
それからセレネは目を瞑り、イメージを膨らませる。ここら一体の空間を全て把握し、その状況を全て把握し、そして望む想像を現実と重ね合わせる。
「はい。もう大丈夫ですよ。あなたも、あなたの部下も全員傷一つありません。安心してください」
「え?」
セレネは先程殺されかけていた翼輪種の男性に微笑みかける。彼は自分の身体の痛みがないことに今更気づいたようで、驚いた表情をしている。そして部下たちが何事もなく互いにコミュニケーションを取るのを見て、さらに驚いた表情をしていた。
「お前、吹き飛ばされてたよな? 大丈夫か? あまり動かない方が……」
「いや、吹き飛ばされたのは覚えてるんだが、その時の痛みも恐怖も和らいで、今も全然
痛くない。どうなってるんだ?」
「やつは?! どうなった?! 勝ったのか?!!」
各々驚きの連続で最初は落ち着きがなかった。しかし暫くしてセレネの存在に気づき、隊長と思しき人物がまず片膝を立てて首を垂れる。それに部下たちが続く。
「殿下! 殿下の前で見苦しい姿をお見せしてしまいました。この度はご尊顔を賜り恐悦至極でございます。そして、我々を救ってくださり、感謝に堪えません。本当に、ありがとうございます!」
そんな彼らを見てセレネは少しだけ寂しそうな顔をしてしまった。帝都の、その中でもセレネがよく行く場所では色んな人と仲良くなれた。しかしそんな環境から一歩でも外に出れば皇族はただ畏敬の念を抱かれ、恐怖される存在。実際、彼らの感情の中に感謝とは別に強い畏怖が見える。
自分たちが戦っていた怪物を一瞬で滅ぼす規格外の存在。そのように見られていることだけは確かだ。
でも、私は畏怖の対象になりたくない。
「見苦しいなんてとんでもない。あなたたちはこの基地を守るためにその命を懸けて戦われた。私はそんなあなた達を見苦しいとは思いません。あなたたちは多くの人を救った英雄です」
「……ッ」
彼らの感情に驚きが見えた。きっと予想外の言葉だったのだろう。
けれど、セレネも種族は違えど、ヒトであることに変わりはない。この言葉は彼らへの感謝だ。
「私が駆けつけるまで、よくアーマイゼを止めてくれました。基地のヒトビトが無事なのはあなた方のおかげです。どうか、この感謝を受け取ってください」
実際彼らがいなければ下層に勤務していた軍人は皆殺しにされ、上層に到達したアーマイゼが人ごみに飛び込むことでセレネの動きも制限されてしまっただろう。怪我人は出たが彼らは冷静に下層の軍人たちを上層に逃がし、狭い通路でアーマイゼを足止めした。
勲章を送っても良いのではなかろうか。報告書に彼らの働きぶりをしっかり書いておこう。
「……ッ!! そのようなお言葉、我々にはもったいなく存じます。我々はただ自分たちの義務を果たしたまで。それでも再び感謝を……感謝を、申し上げます!」
なぜか彼らはうっすら涙を浮かべていた。まあ、感情を見ればわかるのだが、結局は畏怖の裏返しから来る感情でしかない。
だが、今はそれでいい。
「無事で本当に良かった」
何人かは本当に泣いていた。それをセレネは敢えて見なかったことにした。
セレナは臣民と仲良くなりたい。しかしだからと言って馴れ馴れしくしてはいけない。彼女には皇族としての責務もあるし、上に立つ存在として威厳も必要だ。だから対等な関係はあり得ない。権威と一部の権利を持つ神聖帝国皇族はこの帝国を維持するために臣民を知る必要があるのであって、臣民になってはならない。
けれど、怖がられるのではなく愛される皇族の姿を家族のためにも形成できれば、きっとこの国も優しさに包まれることだろう。
それが何時しか、世界の平和に繋がることをセレネは願っている。
さて、勝手に動いてしまったから報告しないと。
セレネは周囲の安全を確認すると非常階段を一つ一つ昇って行った。
慈愛に満ちた皇女――。
【解釈について】
一応説明しておくと、戦闘辞退彼女は初めてでした。しかし神聖帝国の戦闘プログラムを脳にインプットすることで基本的なことはできるようになります。しかし個人個人で体の形もサイズも異なるため、多少の訓練をしなければ身体を上手く動かすことも難しいです。ここでセレネが一撃でアーマイゼを殺しきれなかったのはそのせいで、かなり力任せに倒しています。
想像生命体の脅威度がわからないなぁと思ったので、現実世界で似たようなものがないか探したのですが……海外版のゴジラをさらに戦闘に特化させて異常な再生能力を与えて数千億くらい数を増やした状況を考えてもらえれば、文明が半壊したのも納得ではないかと。
(いや、よく文明が続いてるなと言いたいけれど)
ちなみに、アーマイゼは一個体としては一番弱い部類です。
文明が半壊したと言いましたが、本作世界の人口は神聖帝国の人口も含めて10憶未満です。




