episode1.プロローグ 亡国の皇女
新月暦177年11月28日。
鈍い破砕音と爆発音。それに伴う激震が足元を激しく揺らした。
そしてそれをもたらした眩い閃光。
「右舷直撃! 流動装甲、回復できません! 艦外温度上昇します! さらにミサイル多数接近!」
艦内は既に死傷者で溢れている。今報告を上げた兵士も二回交代した結果、臨時で任務を全うする一兵卒に過ぎない。
そんな絶望的な艦内に、しかし凛とした声が響く。
「怯むなっ! これが最後の戦いだっ! 祖国のため、人類のため、未来のために絶対止まるなっ! 何を犠牲にしても前進せよッ!」
「「「「了解っ!!」」」」
残った対空兵器で次々と敵ミサイルを撃墜していく。空には暗雲のような真っ黒いミサイルの煙が幾重にも重なり合う。だが、その一発が味方の艦に直撃し炎上させてしまった。何度も繰り返された光景だ。
次々と味方は落ちて行く。だが、ここにいる者たちはそんなことなど気にしない。いや、気にする余裕がない。死に逝くことなどとっくの昔に覚悟していたのだから。
これでも未だに戦えているのは兵士たちの士気の賜物だろう。もし精神的支柱がなければ彼らもここまで戦えていなかった。
窓の外に広がる大地は地平線の先まで黒煙に包まれた火の海と化し、黒煙が空を埋め尽くす。ヒトビトの苦鳴が地表で幾重にも木霊し、あらゆる物が崩壊していく。
地表に露出した聳え立つ摩天楼も、地下で守られた生命線たる食料工場も。そして、どんな生き物もこの大地ではその生存を許されなかった。
今まさに一つの国家が滅びようとしている。
業火に呑まれるヒト、殺し合う人間、異形に食い殺され引き裂かれていく無垢な兵士たち。まさに地獄絵図に他ならない。
どんなに命乞いをしようとも、降伏旗を揚げようともそれらは全く意味を為さなかった。これはもうずっと変わらない。敵は自分達を害虫と認識し、ただ駆除している感覚で戦っているのだから。
それでもこれが、この残酷な現状が、この時代の戦争である。戦時国際法など意味を呈していない。そもそも適用されることはない。
いつまでも続く殺戮と虐殺、種族の浄化を目的とした戦いだった。故に互いが互いを殺し合い、どちらかを滅ぼすまでそれは終わることがない。
だからこそ殺される側も必死の抵抗を試みる。
考える暇もなく敵兵を殺し、武器が使えなくなれば隠れ潜みゲリラ的に突撃する。弾薬もエネルギーも尽きたなら、ナイフを握り、そのナイフさえも折れたならその拳で殺す。腕を失っても敵の首に喰らいつく。
この狂気こそがこの世界が強いた人類に対する呪いだった。
「神聖宇宙軍本部より情報共有! 北西3600kmの海上より11380発のミサイル発射を確認ッ! 速度マッハ32! 目標、帝都ルアシェイアの可能性大ッ!」
「南西及び南東方面より敵の攻勢を確認! 第二防衛戦は一時間も持ちません!」
「小西洋艦隊からの通信途絶ッ!」
額から血を流す通信士たちが悲鳴じみた報告を上げてくる。
頭に情報として流れてくる戦術マップには確かに帝都を破壊し尽くすことが可能なだけのミサイルが向かっていた。それらが着弾するようなことがあれば神聖帝国帝都は灰燼と化すであろう。
防衛線もずっと後退している。突破されたところを抑えなければ一気に軍は瓦解する。足止めしていた海軍も今やないにも等しい。しかしこれ以上後退しても守るべき土地すらもうほとんどない。
それでも止まるわけにはいかない。止まってはいけないのだ!
希望を繋ぐために。
「構うなッ! ミサイルの迎撃は近衛師団に、南東方面は帝都守備隊に任せろッ! 我々はこのまま南西を抑えるッ!」
自分たちが生き残るためにはこの絶滅戦争を勝ち抜かなければならない!
本当の意味での絶滅戦争だ。負ければ国家国民全てが殺されてもおかしくはない。いや、確実に殺されてしまう。
だから勝たなくて良い。生き残れれば勝利なのだ。どんなに絶望的でも、どんなに希望がなくとも、自分たちのため、そして大切な者たちを生かすために戦い続けなければならない!
大切なものを守りきれればそれだけで勝利なのだから。
「く……っ!」
再び足元が激しく揺れる。またどこかが被弾したようだ。それを、この艦隊の総指揮官となってしまった少女は理解した。
こんな世界を知らなくても良いはずだった年頃の、そしてここにいるべきではなかった身分の少女は再び轟いた轟音と激しい振動にふらつきながらも負けじと号令を飛ばす。
「ダメコン急げ! 反撃だッ!」
「「「はッ!!」」」
誰であろう。彼女はこの神聖帝国第三皇孫そのヒトである。後の歴史において語り継がれる存在でもある。
時に英雄と呼ばれ、時には聖女とも呼ばれた。臣民からも甚く慕われ、慈愛ある人物像を演じてきた。そして皇族という立場でありながら最前線に立ち、狂気の絶滅戦争を戦い続ける兵士達を導いてもきた。
後の歴史家は言う。彼女がいなければもっと早い段階で帝国は滅びていただろうと。
そんな彼女が乗艦するこの飛空戦艦アシヌスは幾度も被弾し満身創痍だった。
船体のあらゆる箇所が破壊され、主砲もその半分を失っている。船体構造物のほとんどが機能せず、未だに戦えていることが不思議なくらいだ。ミサイルの残弾も残り少ない。残った航空機はほんの一握り。
それでも彼女はその艦隊を率いて戦場を突き進む。
「前方敵部隊まで200km切りました!」
「全艦、主砲一斉射ッ! 切り崩せッ!」
「了解!!」
無謀だ。やるだけ無駄だ。理性はそう訴える。
だが――。
「我らが未来のために、臣民諸君。よくぞここまでついて来てくれた。諸君の存在した証は永遠に、私の中に生き続けるッ!! 君たちの勇姿は永遠に語り継がれるだろう! 全ては、子供たちの未来のためにッ! 神聖帝国万歳ッ!!」
「「「「神聖帝国、万歳ッ!!」」」」
生き残った艦艇から空気をプラズマ化させるほどのレーザーと、高空からでも地上に響き渡るほどの衝撃波を生み出すミサイルの波状攻撃を敢行した。しかしそれらは敵の対空兵器と装甲によっていとも容易く迎撃されていく。
しかも相手の数はこちらの10倍近く。向こうからも当然のごとく攻撃が降る注ぐ。まさにこの行軍は自殺行為そのもの。このままでは数の暴力だけでも殲滅されかねない。恐らくこの戦いでこの艦隊は全滅する。
そして案の定、敵から放たれたレーザーによってあらゆる装甲が破られ、自艦隊は次々と撃沈されていく。
それを眺めつつ、少女は激しく揺れる艦橋の手すりにしがみつきながら祈った。
「間に合って……っ」
亡国となりつつあるこの国の皇女はただただ願い続ける。全てが手遅れにならないことを。
【用語説明】
・流動装甲:本作に登場するSF用語。ここでは艦艇の装甲の一種。この装甲自体が流体の挙動をする物質で構成され、被弾すると同時に形状を修復、あるいは指向性エネルギー兵器(レーザー兵器)の照射を受けた際に局所的な熱エネルギーを激しい対流運動によって分散させダメージを最小限にする装甲。
現実世界においてスヴァリン、あるいはスヴェルは古ノルド語において「冷やすもの」という意味であり、北欧神話に登場する盾の名称でもある。
・絶滅戦争:生存圏の獲得を理由に、支配人種と思い込んだ人種が劣等人種と蔑んだ人種の国家に対して戦争を仕掛けること。結果として劣等人種を根絶、または土地からの追放及び奴隷として扱うための民族浄化を目的とした国家戦略的な奴隷狩り。
本作では本来の意味とは違った意味で使われるが、原著と比べてかなり概念的に扱われる用語。
・ダメコン:ダメージコントロールの略。主に軍艦艇などが被弾した際にそれ以上の被害拡大を防ぐための処置のこと。基本的に海軍軍人はこれらの訓練を受けいている、。この処置によって艦艇の沈没、あるいは二次被害を免れる可能性は高まる。
・皇孫:現実世界において皇帝、または天皇の孫、あるいは子孫とされる用語。しかし本作では第三皇孫(三番目に生まれた孫)としており、皇帝の地位にいる存在は健在であり、孫という意で扱われる。
・ルオンノタル:……。
【解釈について】
現代(2020)において特殊なミサイルの最高速度はマッハ27である。これも通常兵器としてはあまりにもコストが高くその射撃方法も近年研究が重ねられているものである。本作プロローグではコストの安い通常兵器としての一般的なミサイルの速度がマッハ32であり、それが大量生産されて普通に使われている。しかし一部では遅れた技術になりつつある。ちなみに距離は現代のものと遜色がないように思われるが、実際のところ星の反対側に飛ばすことくらいはできる技術はある。