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episode18.想像生命体

 昨日、リュミナスの長文発言に間違いを見つけたので修正しました。

(たぶん、誰も気づかない)

 響き渡る騒音に驚いてセレネは辺りを見渡す。ここで働いていた軍人たちも同様であった。


 そして放送が流れる。


『氷床下層部より想像生命体(エスヴィータ)の出現を検知! 総員、直ちに上層へ避難し、戦える部隊は装備を整え次第、第5階層E1ブロックへ集結せよ! 繰り返す! 氷床下層部より——』


想像生命体(エスヴィータ)?! こんなところに生き残りが?」


 セレネは思わず困惑の声を漏らしていた。


 想像生命体(エスヴィータ)。それは世界に突如として現れ、文明を半壊させた存在。異常な再生能力と頑丈さを持ち、それでいて矛盾する俊敏さも備えながら攻撃性の高い異常生物だ。


 大きさも、最も小型の種であってもヒトの背丈の倍はあり、現代兵器でも地上から殲滅できない世界の破壊者。多種多様でありながら互いは一切攻撃せず、この星に元来から生息する生物だけを襲う。


 星の生態系も過去に存在したヒトの都市もそれらによって全てが崩壊し、生命が暮らす場所は人類が設けた要塞都市とその周辺のみ。


 想像生命体(エスヴィータ)は”生命”と呼ばれているが実際のところ従来の生命とはある一点において全く異なり、全生命の敵である。


 しかしこの脅威を、完全ではないにしろ取り除いた国が3つだけ存在する。

その内の一つが我が神聖ルオンノタル帝国。そして、その方法は至ってシンプル。


 神聖皇帝がその絶大な力によってメガラニカ大陸の想像生命体(エスヴィータ)をほとんど()()させてしまったから。


 時折氷床の中に冬眠しているものもいるが、それらを殲滅するのも盟約の盟主たる上神種(ディアキリスティス)の役目である。そしてセレネもその責任を負っている。


 まあ、リュミナスは寝てるだろう……。

 私がいるから。


「どうして基地の地下にいたにも関わらず気付けなかったのでしょうか?」


 疑問を口にしながらセレネは想像生命体(エスヴィータ)のいるであろう場所へと向かう。

その後ろに監視役の女性とリムエルが付き従う。


「もしかするとずっと氷の中で冬眠していたのかもしれません。活動していなければ見つけることも難しいでしょうし、基地の拡張工事でたたき起こしてしまった可能性も捨てきれません」


「なるほど。……確かに似たような事例が見つかったわ」


 瞬時にサイバー空間から情報を抜き出してセレネは納得する。


 その情報によれば、想像生命体(エスヴィータ)が活動を停止するという事例は少ないながらも存在している。ネモ地点と呼ばれる陸地から最も離れた海域の海底で休眠状態の想像生命体(エスヴィータ)が発見された。結局調査に赴いた時点で覚醒し調査隊は全滅したという痛ましい事件である。


 どういう条件で休眠するのかについては議論が巻き起こっているが、未だに結論が出ていない。その事象と同じように氷の中で休眠していた想像生命体(エスヴィータ)がたまたま基地の近くにいた可能性がある。


 しかし、休眠状態では神聖皇帝でも見つけられないという事実が今実証されたことになる。


 まあ、見逃しもあるだろう。全知全能は世界に存在した時点で世界の存在を揺るがす矛盾なのだから。主上陛下もその例には漏れないはず。


「まずは現状把握を優先しましょう。この基地の詳細な地図を送ってください。すぐに私が赴きます」


「どうかお気を付けください。御武運を」


 セレネはリムエルにここの詳細な立体地図を送信してもらい、二人を残して下層へと続く底の見えない螺旋階段――普段は非常階段として用いられる――を飛び降りた。その途中で、腰に佩いていた太刀に手を添えながら。



            ☽



 神聖宇宙軍基地第5階層E1ブロック。その場所では激しい戦闘音が鳴り響いていた。


「撃て撃て! アーマイゼの一匹ごとき、我々で対処するぞ!」


「「「了解ッ!」」」


 翼輪種(メレキ)のタキエル隊長の言葉に部下たちが力を込めて返す。


 アーマイゼ。それは群生する想像生命体(エスヴィータ)の一種であり、その中でも働きアリに該当する。ここにいるのは一匹だけだが、本来は数百匹の群れは要塞都市の防壁と隔壁を食い破って容易に陥落させる化け物だ。


 今ここで防衛線を敷いていた宇宙軍地上部隊はバリケードと障害物で敵の侵攻を食い止めつつレーザー小銃やレールガン、はたまた火薬を用いた貫通威力の高い物理兵器、そして魔法を用いて攻撃を続けている。


 この場所はさらに下の階層から続く通路の一つ。普段は非常階段として用いられているが、幸いその通路に奴は入れていない。しかしこの通路に入れられてしまえば一気に上層の基地に昇れてしまう。そうなれば前代未聞の虐殺事件となるだろう。そして通路を伝って首都に向かってしまう。


 だからこそここで食い止めなければならない。突如として現れた敵はこの場所を通って昇ってくることを事前に人工知能(AI)の予測で明らかになっていた。だからこそこうして迎撃ができている。そしてその怪物と会敵して、1分が経っていた。


「効果認められず! バリケードを破壊しようとしています!!」


「くっ! ダリア、あいつの足を凍らせろ! それ以外は奴の眼を狙え!!」


「「「了解!」」」


 アーマイゼは4本の後ろ脚で器用に瓦礫を退かし、2本の刃のような前足と凶悪な牙で金属さえも粘土のように切り取ってバリケードを崩していた。それでいてその防御力は非常に高く、投入している武器がほぼ無力化されている。


 奴の足を凍らせてもそのコンクリート壁を易々と粉砕する怪力によってすぐさま逃げられ、集中砲火でやっと8つある眼の一つを潰しても次の眼を潰す頃には再生しきっている。


 こちらに飛び出してくるのは時間の問題だった。


「くそくそくそっ! 全然効かねぇ!! あの硬さどうなってやがる!!」


「わぁぁああああっ!!!!」


 兵士たちが自分たちの無力さと、敵の強大な力、そして抑えられない恐怖に半狂乱となる。想像生命体(エスヴィータ)の脅威から外れた大地に住む彼らにとっては初の地上戦だ。それだけこの世界では異質に神聖帝国が平和であった証だが、それ故に戦闘ノウハウも廃れてきた。


 そして軍人たちが手を子招いている間にアーマイゼは身体の外骨格に輝く数多の結晶を青白く輝かせ、さらに恐怖を煽る雄叫びを上げた。


 ギャァァアアアアッ!!!!!!


 まるでそれはヒトの断末魔のよう。何百人の人が痛みで絶叫しているよう。


「ひっ……!」


 兵士の何人かはその雄叫びだけで全身の力が抜け、持っている武器を取り落としてしまう。もはや戦線の維持は不可能だ。


「対想像生命体(エスヴィータ)兵器はまだ来ないのか!!」


 タキエルも恐怖に飲まれそうになりながらも上層と通信を繋げて怒鳴る。しかし帰ってきた言葉は彼に絶望を与える。


『こんな内地にはありません!! 飛行艦に積む予定のものも工場から輸送中です!!!!』


「くそっ! 総員、ここまでだ。第1階層まで撤退。ただちに上層へと昇り、この通路を破壊しろ。第1階層で防衛線を築くぞ! 出来る限り時間を稼ぐんだ!!」


 魔法ですぐに上層まで飛び、その途中でこの非常階段の壁を魔法によって破壊する。その大量の瓦礫でバリケードを作るしかない。ここを通らせてはいけないのだ。倒せなくとも有効となる兵器が来るまで時間を稼がなければならない。


 みんなそれはわかっている。しかし何もできない無力感に全員が拳を握って歯を食いしばった。たった一匹。そう。たった一匹の怪物に手も足も出ない。ここにいる全員が思ったことだろう。


 悔しい。

 そして、怖い。


 あんなもの、この世界に存在してはならない。そう思わせるだけの、いや、あれは恐怖そのものだ。


 そしてタキエル隊長の命令通り全員が統率の取れた動きで魔法陣を描くと飛行を開始した。生きるために。


「爆破準備! 合図と同時に爆破!」


「了解!!」


 しかしそんな時。


 ガーン! と一際激しく耳を劈く音が響き渡ったかと思えば、先程指示を出した部下が一瞬でタキエルの視界から消えて壁に叩きつけられていた。壁には彼の血が大量にこびりつく。そして彼はそのまま下層に落下していった。


「な、に……が……」


 一時呆然となったタキエル隊長はすぐに気づく。バリケードを破ったアーマイゼが魔法陣を描いていることに。そしてそれは攻撃を目的とする魔法陣だった。


「総員! シールドを――ッ」


 だが現実は非情だ。こちらがシールドを魔法で張る前にアーマイゼから放たれたレーザーによって全員の手足を射抜かれてしまう。その唐突な激痛に集中力が切れ、飛行に必要な魔法を解除してしまった。必然的に落下するタキエルたち。


 床に叩きつけられたタキエルが痛みで閉じていた瞼を開けると。


「ッ!? (しゅ)よ――っ」


 恐怖のあまり再び目を瞑り、神に縋る。すぐ目の前に、口を大きく開けたアーマイゼがいた。


 しかし次に起きたことは貫く痛みではなく、甲高い何かの音だった。

 世界を破壊する化け物―――。

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