episode13.本当の理由
一応、来週も投稿します。休日はおやすみ。
「ほう? それはまた、穏やかではないな」
神聖皇帝は言葉とは裏腹に興味深げにセレネの瞳を覗き込む。真意を探るように。それから彼女は薄く笑みを浮かべた唇を開き問うてきた。
「この時代、お前のような皇女でも瞬時に必要最低限の訓練プログラムを習得できるようにはなった。が、どちらにしろ命を懸ける行為に他ならない。戦時に於いて国家を守るのは軍人だけではない。後方の補給部隊、もっと言えば芸術家でさえもその技術や知識で支えることができる。ならば、なぜお前は軍人になろうとする? そこに何の意味がある? 何を成したいのだ?」
すぐにセレネは答えようとする。しかし神聖皇帝はそれよりも前に再び言葉を紡いだ。
「もちろん、本音を聴かせておくれ。取り繕った言葉は意味がないのだから」
その言葉に、セレネは言葉に詰まった。眼の前の遥か高みにいる存在が全てを見通しているような瞳で見つめていたのだから。実際、神聖皇帝は分かっているから聞いている。そしてその応え方でセレネに与える言葉も変わることだろう。
ゆえに、セレネは自らの思考を吟味する。
最初に浮かんだのは、昔慕っていた兄の顔だった。しかしそれを伝えるべきかどうか……。
あまりにも自分勝手な考えに、一瞬逡巡したもののセレネは正直になることにした。どうせ心を読まれているのなら、隠す必要性もないのだから。
「私は、10年前の戦争で消えてしまった兄を、探したいのです」
10年前。セレネには一人の兄がいた。名前はカティス・H・ルオンノタル。血縁的には従兄にあたる人で、年の差も当時は82歳と種族によっては2世代3世代分も離れていた美青年だった。
そんな彼にとってはセレネは初めて下にできた妹だったからだろう。結構可愛がってくれたことを幼いながらも覚えている。セレネ自身も慕っていた。
たくさん遊んでくれて、話を聞いてくれて、間違ったことをすれば優しく諭してくれた。今から思えば彼自身軍人であり、皇族としての公務も相まって忙しかったはず。それにも関わらずわざわざ沢山セレネに構ってくれていた。
一番の思い出は普段誰も連れて行ってくれない氷床の上に遊びに行ったこと。彼が周りの煩い侍従を搔い潜って少しの間だけ外の世界を見せてくれた。
その日に見た景色は忘れられない。死の風が吹くこの星でも、メガラニカ大陸ではその毒性も低い。そしてその毒、すなわち放射能の濃度がその日は低かった。
珍しいことに雲がほとんどなく、満点の星々が煌めき、雪のように銀色に輝く満月が氷床を照らしていた。そしてその光に負けないほどのオーロラが虹のカーテンとなって空を飾り立てていた。それらの光を氷床が反射し、世界そのものを明るいものへと彩っていた。その美しさと、その景色を見せてくれた兄にセレネは深い好意を抱いていた。
きっとまたこの景色を二人で見たいと思っていた。
しかし10年前、その兄は戦争に赴いた。この世界ではいつもの小競り合いに当たる紛争。そしてそれが大きく発展してしまった結果の戦争。
その最中、彼は消えた。様々な記録にも、なんなら国民の全ての記憶からも。まるで彼の存在はなかったかのように扱われたのだ。しかも彼の私生活に関するものが、気づけば一切合切消えていた。
それ故に、本来であれば第四皇孫として生を受けたセレネはいつの間にか第三皇孫として扱われてしまっている。
例外だったのは、皇族の中でも神聖皇帝の血筋にある者と、神聖皇帝と血の繋がりのある元皇族のみ。
時間が過ぎるにつれて彼との思い出は薄れ、彼の存在した証拠はどこにも存在していない。あの美しい景色も、優しかった彼の存在も夢だったのか。齢6歳のセレネが思い描いた優しい兄の空想だったのか。
そう思い込みたかった彼女も、皇族間の会話で時折彼の名前が出てくるために本当のことだと確信していた。
そしていつも思っていた。
カティス兄様はどこに消えてしまったの?
「陛下は、カティス兄様の最後をご存知ですか?」
「……知らないな」
「私は、カティス兄様に何があったのかを、知りたいのです」
第三皇孫としてセレネには責務がある。それ故に自由ではなく自分で調べる環境がない。最後を知っているであろう彼が率いた軍人たちも記憶を保持しておらず、軍の記録にもなかったために人伝に調べることもできなかった。
さらに言えば、カティスが消えたのは神聖帝国の勢力圏外。戦場となった外国の地だ。
本来であれば鎖国している神聖帝国の皇族はそんな場所に赴くことはできないだろう。しかし今回の戦争はそんな皇族であるセレネでも勢力圏外に出れる大義名分を得ることができるチャンスでもある。皇族としての責務を背負っているとし、自ら戦場に赴く姫として軍を激励していると宣伝できる。
あまりにも自分勝手な理由だということは自覚している。そしてそんな自分に嫌悪感を抱くこともある。まるで臣民の命を弄ぶような行為にしか思えないから。国家の一大事に一体何を考えているんだと咎められても仕方がない。
しかし、それでもセレネは消えてしまった兄のことについて知りたかった。彼を忘れられなかった。誰にも憶えられていない彼が、あまりにも不憫だった。
「不純な動機であることは重々承知しております。しかし私は彼がこのまま忘れられることが、怖いのです。私はカティス兄様が生きた証を、探しに行きたい」
「そうか」
少々瞑目した神聖皇帝は、テーブルの上に置かれたグラスを手に取り、その中身を呷る。そしてその味を噛み締めるようにしてから、セレネを見た。その口元はうっすらと口角が上がっている。
「気に入った。よかろう。軍には私も一応声が通る。口添えをしておこう」
「ありがとうございます」
「戦場では気を付けることだ。今日は沢山食べて、沢山飲め」
そうして再び会食は進む。話している間に神聖皇帝とも世間話をするくらいには仲を深められ、企鵝の照り焼きなどが出た際にはセレネも目を輝かせてしまった。それでお酒も進んで食事を楽しんだ……のだが。
まさか、あんなことになるなどこの時のセレネは思ってもみなかった。
皇女は兄の影を追う――。
【解釈について】
本作のこの時代に於いて軍人になるためには、その精神性のみを問われています。規律や規則、兵器群の知識や医学、必要な知識は機械的に瞬時に脳に書き込むことが可能になり、かつては必須であった身体能力と健康も神聖帝国の魔法技術で直ぐに手に入れられます。なんなら科学的にも数百倍に身体を強化できる外骨格スーツがあるので、その中でも個人の自由を尊重した結果その精神の強靭さのみが従軍する上でのテスト項目となっています。
国家に対する忠誠心、困難な任務を遂行する忍耐力、問題を解決に導こうとする問題解決能力、他者との協調性などの精神性がテストされ、それに合格すれば例えベッドから起き上がれない重病人でも――この時代そうそういないが――すぐにでも強靭な肉体へと再生され軍に所属することを認められます。この制度があるため、貧しい暮らしをしている者たちが挙って軍に志願するという事態が発生している。これは軍に所属さえすれば強靭で健康的な肉体と、国家に認められる知識、そして家族を養える給金を手にすることができるためです。結果的に神聖帝国は世界的にも有数の人的資源の大部分を軍の戦力として徴兵できるようになっている。これは偶然ではあったものの、神聖帝国の欲する軍事国家としての基盤を手にする基礎となった。




