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episode11. 神聖皇帝

「わぁぁああああっ??!!」


 セレネは驚き過ぎて、はしたなくも絶叫してしまう。


 それはもう唐突だった。目の前の空間に妙な違和感を抱いたと思ったら、次の瞬間にはそこに何者かがいたのだから。何もないと思っていたところに人の概形がいきなり現れたら誰だって驚くに違いない。


 そして飛び掛かってきたその人物が誰なのかも分からないまま、セレネは無意識に護身術を使ってその人物を投げ飛ばしてしまう。


「うにゃぁ?!」


 気づけばその人物は間の抜けたような声と共に遠くまで投げ飛ばされ……裕に2、30mは飛んでいった。そしてまだ落下してこない。力加減をミスしてしまったようだ。大半の種族なら全身の骨が骨折するほどの力だった気がする。


 それに気づいて冷や汗を流し始めるセレネだったが、飛ばされたその人物はその勢いを空中で殺しそのまま静止した。そしてセレネを見つめてくる。


「びっくりしたぁ」


 かなり余裕そうにその人物は宣うと地面にふわりと降り立つ。するとすぐさまこちらに歩いて来た。


「よく訓練を積んでるんだね。まあ、ここまで飛ばしたら怪我するヒトも出るだろうから加減は覚えないといけないけど」


 その言葉を聞いて、それが誰なのかを把握して、セレネは顔面蒼白になってしまった。それはスィリアも同じ様で慌てて深々と頭を下げる。


 そう。その人物は紛れもなく神聖帝国皇帝そのヒトであった。


 唐突な事であったとはいえ、その皇帝を投げ飛ばしてしまった。最早弁明の余地なく処断されても文句は言えまい。法治国家である神聖帝国ではあるが、神聖皇帝の一言で何事も動いてしまうのがこの国の利点であり、欠点でもある。独裁と法治を両立しているがゆえに、神聖皇帝の気分で法的に罰せられてしまうのだ。


 建国当初の実話として語られているが、神聖皇帝に触れただけで怒りを買い、魂を壊されたなんて話がある。しかもしっかりと法律を成立させた上での刑罰を成立させて実行したらしい。


 建国して暫くしてからの出来事だったらしいが、記録もしっかりとあるし実際刑罰の一覧の隅には魂の破壊という項目まである始末。この話は荒唐無稽に思えても事実である。


 それすなわち、何が言いたいのかと言えば。

ここでセレネが何らかの刑罰を受けてもそれは帝国の正義ということで……。


 こ、怖い……っ!


 セレネは数秒前の自分を殴りたくなった。もっと冷静に物事を熟していればやりようはあったはずなのに。走馬灯が見えそうになる。


「ん? あれ、おかしいな。久々にフレンドリーな感じを出したのに、怯えられてる?」


 対して神聖皇帝は心底不思議そうにセレネの側に歩み寄ってきた。


 そしてセレネは遅まきながらも最敬礼で頭を下げた。もはやこの首を差し出すと言わんばかりの勢いで。


「ももも申し訳ありません! 主上陛下!! 私の不注意とはいえ、大変無礼なことをーー」


 しかし神聖皇帝は大らかに微笑み。


「あぁ、気にしないでいいのに。というか、もう顔上げてよ! 虐めてるみたいに見えるじゃん!」


 虐めているとかそんな次元ではない。神よりも上に座する存在に無礼を働いて天罰以上のことが降らないか戦々恐々とするのが普通だと思う。


 恐らく、本気で神聖皇帝が怒っていたらここでセレネは気づく暇もなく命を奪われていたかもしれない。もしくはセレネの現実逃避が身体的な反射反応として発揮して失神していた矢も知れない。


「ほら、しゃんとして! 中入ろ?」


 肩を掴まれ、そのまま優しく先導される。


 え?

 あれ?

 陛下はこんなヒトだっけ?


 ポカンとセレネは呆気に取られたが、それを知ってか知らずか皇帝は満面の笑みを浮かべて。


「セレネが来てくれて嬉しいよ!! ゆっくりしていってね♪」


 神聖皇帝は本当にフレンドリーにセレネに接してきた。この二人について何も知らないヒトが端から見ればその容姿も相まって仲の良い姉妹に見えることだろう。それからセレネは抱きつかれ、頭を撫でられた。頬ずりまでされて、どうしたら良いのか分からずされるがままになる。


 ふわりと不思議な、そして落ち着く匂いが神聖皇帝から薫った。


「セレネの髪は綺麗だね。よく手入れがされている。顔も良く見せて。うん。目元があの子にそっくりだ。目はお父さん似なのかな? 元気に成長しているようで何より何より。今日はたくさん話そう! セレネも遠慮せずに今日の食事を楽しんでね」


 セレネの中にあった神聖皇帝のイメージと目の前にいる神聖皇帝のギャップにセレネはずっと混乱状態に陥っていった。現実なのかと疑うほどに目の前の人物は性格が異なり、自分の瞳を覗かれる度に自分の全てを見通されるような感覚も感じている。


 このヒトは、本当に主上陛下なのかしら?


 聴いていて心地の良い銀鈴のような声とあまりにも優しい手つき。その纏う雰囲気もまさに太母のように安心させるもの。こんな人物が記録にあるような畏怖の対象になるエピソードを持ち合わせている。それが信じられなかった。


 影武者な訳ないけど、疑うなっていうのも……。

 どっちが本当の陛下なの?


そこでスィリアがどこか気まずそうに話し掛けてきた。


「では、殿下……。私はあちらでお待ちしております」


「え、ええ。あなたも食事を楽しんでらっしゃい」


中に入るのは基本的に皇族とその従者なのだが、今回は事前に神聖皇帝より二人っきりの食事にしたいと要望があった。


これがセレネの一番来たくなかった理由なのだが、今の神聖皇帝の有り様にそんな考えは吹き飛んでしまっている。逆にこんなフレンドリーな神聖皇帝相手に接し方がわからない。わからない故にいつ自分がどんな無礼を働いてしまうのか不安になってくる。


 こんな不安は初めてだった。


「殿下もお楽しみくださいませ」


セレネが食事の間スィリアを何もないところで待たせるわけにもいかないため、別室に夕食を用意してもらっていた。


そしてどこかぎこちないスィリアに見送られてセレネも歩き出す。


 私、しっかり晩餐を乗り切れるかしら?


 色々と新たな不安も覚え始めたセレネに、この場から逃げる手段はなかったのだった。

 なんだこのフレンドリー……——。


【解釈について】

ええ……神聖皇帝の実名については多分紹介はしないかなっと思っています。実のこと言うと色んな方面から推測すると、「ああ、その名前か」ってなるんだけど、本文には書きません。私の描く作品には必ず名前を明かさない存在が登場していて、その人物にはとある共通点があったりします。それに気づくとたぶん私の世界観の一部が見えたり見えなかったり。

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