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episode10. 謁見

 皇宮に至り、セレネはまず雪色の刺繍(エンブロイダリー)が施された勿忘草色のドレスに着替えた。一応謁見するのだからそれなりに身なりは整えなければならない。流石に外出する時はそんな派手な服装ではいられないが、陛下の前では礼儀を欠いてはいけない。


 この着替えのために一時間前に着くように予定を組んでいた。しかしセレネの唐突な提案によって15分しか準備の時間が取れなくなってしまったのは反省しなければならないだろう。衣装というものは拘れば拘るほど時間が掛かるもので、下手すれば準備だけで2時間以上かかることだってある。


 セレネからすればそんなにドレスに時間をかけるのは時間の無駄な気がしてならないのだが、最低限着飾らなければならない身分であることも確かだ。最近はスィリアに頼んで1時間以内に着替え終わるように頼んではいる。それでもその間に勉強ができれば日々の勉学に苦しむことも少なくなるだろうとも思えてしまう。


 皇女の皇女にしかわからない悩み……。

 ほんと、贅沢よね~。

 二重の意味で。


 しかし今回はセレネの急な提案によってきちんとした準備ができないために魔法でドレスを産み出すことにした。見た目だけなら区別は難しいため、それに身を包んでしまえば問題はない。


 ただし本来はあまりよろしくない。


 なお、神聖帝国では魔法の存在は当たり前であり、臣民一人一人が小さな魔法ならば必ず使える。


 国家試験によって使用して良い魔法の規模が変わり、最高難易度の試験に合格すれば一つの都市を瞬時に壊滅させられる規模の魔法——破壊とは限らない——を使うことを許される。


 とても危険だと思われるかもしれないが、逆にその規模を扱える人材がいなければそもそも魔法の軍事転用などできるはずもない。


 都市を破壊し尽くす爆弾を使える資格を持った軍人がいなければそんな兵器を使う戦争に勝てないように、危険であっても扱える規模を大きくしなければ国家を繁栄させることなど有り得ないのだ。


 今のところテロなど建国以来一回も起きていないため魔法によって都市が機能停止した事例はない。それにそもそもそんな魔法が使える人材自体が少ない。


 そしてセレネがやったようなその場で着替える程度の魔法は教育課程を進めていれば誰でも習得できるものだったりする。


 しかし。


「殿下。やはりここでは魔法の服は問題かと……」


「大丈夫よ。気を失わなければいいのだから」


 実はこの皇宮では魔法妨害装置が張り巡らされ、魔法の類いはその規模が大きくなればなるほど効果が発揮されなくなる。皇宮の安全を確保するために設置されたシステムだ。


 セレネの魔法は些細なものだから一応機能している。しかし仮に彼女が気絶するような事態になればドレスは消え去り、下着姿を皇帝の前に晒すことになるだろう。


 スィリアは万が一を心配しているのだが、実は万が一ではない明確な理由があるために不安で仕方ない。実際セレネもそれだけは内心心配していたりする。だからといってしっかり着替える時間などないのだが。


「ほ、本当に大丈夫よ! 今度からはしっかり着替える時間を確保するから、今回だけ見逃して?」


 セレネは名一杯可愛く見えるように上目使いでウィンクする。


 彼女は客観的な見て美少女だ。その威力は凄まじい。男性だろうが女性だろうがセレネが可愛らしい姿を見せれば思わず見つめてしまうほど。普段は決して使わない禁じ手だが、スィリアなら問題ないだろう。


 そしてスィリアでさえ言葉に詰まり、最終的には認めてくれた。


 ため息を吐いてはいたが。


 それからセレネはスィリアだけを伴って控えの間から歩み出す。そうすれば、青い結晶で形作られた外廊下とその色合いを帯びた広い庭園が目に写った。


 外廊下なのは、ここの環境が全て適度なものに整えられているためである。気温も、湿度も、何もかもが完璧に調整されている。そして適度な光で満ち、適度なそよ風がどこからか流れてくる。だが、あまりにも静かだ。そして生命の痕跡がほとんどない。


「来た時も思ったのだけれど、やはりここの階層は静かね」


「そうですね。主上陛下の御座す皇宮がありますから。仕方のないことでしょう」


 神聖帝国の皇帝は全ての種族の頂点に座する存在。必然的に魔法に関しても卓絶しており、その力は世界人類を瞬時に滅ぼせる程だとも噂されるほど。魔力の一端に触れるだけでも対策しなければ最悪死に至る。


 ゆえに城上街——城下町みたいな用語——と同じ階層に皇宮を建設するわけにもいかず、神聖皇帝の放つ魔力が悪影響を出さないようにこの宮だけのためにこの階層は設けられ、その一つ上も無人である。


 ある意味隔離と変わらない。


 実はその力の影響で、今セレネも少し頭が痛かったりする。


「寂しい場所ね……」


 銀雪皇宮エリュシオン。そしてその庭園、理想庭園(ユークロニア)を横目にセレネとスィリアは主上陛下の許に向かう。今回は肉親同士の晩餐ということもあり、謁見の間ではなく、小さな会食堂で謁見する。


 用途に合わせたいくつもの食堂や控えの間、貴人の間、広間、ダンスホール、映画館などこの皇宮には山ほどある。しかしそのほとんどが無人だ。


 ここに滞在するのは神聖皇帝と、相当に訓練された近衛兵一個小隊、そしてセレネの伯母たちくらいなもの。


 本当に帝都の中枢とは思えないほどに閑散としている。


 主上陛下はこんなところで暮らしていて、お寂しくないのかしら……。


 少なくともセレネはヒトとの繋がりを重視する。仮にここに住めと言われてもすぐに上層に昇るだろう。


 ちなみに、この庭園が理想庭園(ユークロニア)と呼ばれているのは、全てを(なげう)つほどに絶望した者でもここに来れば至福と希望を胸に懐いて消えることが出来るからだと言われている。


 それは死ねない種族であってもこの世から消えることができるとか。死、とは場合によっては救済になるらしい。セレネにはまだわからない事柄だが。


 閑話休題。


 そしてついに会食堂の前までやって来る。しかし何故か近衛兵がいない。普通は見張くらいいるものではないだろうか?


 まあ、陛下であれば護衛も要らないのかな?


 そう思うことにする。


「心の準備はいかがですか?」


「大丈夫よ。開けて頂戴」


「はっ」


 セレネが深呼吸しスィリアがドアノブに手を掛けた時だった。


「いらっしゃーいっ!! ハグッ!!」


「わぁぁああああっ??!!」


 唐突になにもない場所から誰かが目の前に現れ、セレネは驚きのあまり絶叫を上げてしまった。

 誰——?


【用語解説】

・エリュシオン

とある神話に於いて死後の楽園のこと。神々に愛された英雄たちが暮らしているとされ、世界の西の果ての気候温暖で芳香に満ちた島だとされている。

ユークロニアが存在する本作の銀雪皇宮は全ての臣民に希望と安らかな消滅を与え、他の階層から隔離された陸の孤島であることから、その救いの空間に立つ城にその名が付けられた。

(そういえば、なんで極楽浄土もエリュシオンも西方なのだろう? と疑問に思ったけど、実は繋がってる可能性は捨てきれないのか)


【解釈について】

・勿忘草

『あるところに一人の騎士とその恋人がいました。二人が川沿いを歩いていると対岸の川辺に可憐な花が咲いていることに気付きます。騎士はその花を恋人のために取ってこようと川に入り無事にその青い花を手にしました。しかしその帰途に悲劇が起きたのです。彼は足を滑らせてしまい川の急流に落ちてしまいました。騎士はその流れに囚われてしまいます。もう助からないと悟った騎士はその手にした花を彼女に投げ渡し言うのです。

「私を忘れないで!」

騎士は激流に飲まれ姿を消しました。残された恋人は生涯その青い花を飾り続けたのです。騎士を忘れない、彼の言葉の通りに』

と、いう話があるので、セレネのドレスの色は勿忘草にしました。そして雪色なのはセレネの神聖帝国での思い出としてその色がとても印象深いからです。

つまり、この後の伏線みたいな感じですね。セレネにとって忘れられない存在がいるという少し悲しい話が。

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