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君を愛している  作者: シロガネ
EP8 君を愛している
80/84

8-2

本日1/2話目となります。

「……うそ……だろ」


 衣里の両親からの手紙。そして衣里の日記を読み終えて総司はうなだれていた。机の上に広げられている衣里の両親からの手紙。そこに書かれていた言葉。


『これは担当の先生から聞いた話なのだけれど、衣里は鎮痛薬をたくさん処方してもらっていたらしい。自分のためではなく、間宮君が気が付かないようにするため』


 総司に気が付かれないように、鎮痛剤を飲み痛みを緩和。痛みを我慢していると総司に気が付かれないようにしていたとのこと。


 もちろんそんなことするのであれば病院に入院した方がいいのかもしれない。その方が衣里にとっては良かったのかもしれなかった。もしかしたら急な体調変化に対応できたかもしれない。


 だが衣里が選んだのは寿命を延ばすのではなく、残り少ない時間を少しでも総司と一緒に普段の生活をすること。総司はそれに今更気が付いた。


 もし治療に専念していたとすれば。うすれば衣里の寿命は延びたのではないか。

 この場に誰かがいればそれは違うと言ったであろう言葉を総司は呟いた。


「俺の、せいなのか……?」


 俺と恋人になったから、俺と付き合ったから、俺が告白したから。だから衣里は早くに死んでしまったのではないか。


「だから……なのか?」


 その質問に答える人はこの部屋にいなかった。

 誰かがいて「違う。そんなわけない」そう言えばそこで澄んだだろうが、総司はそのまま思考を続ける。


 そして総司は衣里と付き合い始めてから初めて後悔した。告白し付き合い始め、一緒に過ごしたことを。


 その気持ちは、総司といて幸せだった。そう思っていた衣里を裏切ることになる。衣里が総司といて楽しんでいたことを否定することになる。だがそう思わずにはいられなかった。後悔せずにはいられなかった。

 もし総司が別の行動をとっていたら衣里は生きていたかもしれないのだから。


「俺なんかと一緒にいなければ」


 それ以上、総司は何も考えられなくなった。力が湧いてこなくなった。湧いてくるのは何と呼んでいいのかわからない感情だけ。それが総司の心の奥深くに出てきた。


 しばらくして誰かがやってきたらしく、チャイムが鳴った。そこでようやく部屋が暗くなっていることに気が付いた総司。ゆっくりと立ち上がると部屋の電気を付け、玄関の扉を開ける。


「……ソウ、君?」


 扉の前に立っていたのは玲奈だった。総司の顔を見た瞬間、玲奈が困惑した表情になる。


「どうしたのソウ君。顔、真っ青だよ?」


 総司の部屋は暖房が付けられておらず、冷え切っていた。その寒さで体が冷えていたという理由では通用しないほどに総司の顔は青くなっていたのだろう。


「……ごめん」

「ごめんって……大丈夫?」

「……ごめん」

「ソウ君……?」


 どのような感情からなのかは分からないが、今にも泣きそうな声で総司を呼ぶ玲奈。

 玲奈を泣かせたくないがなんといえばいいのか分からなかった。それどころか自分が今どんな顔をしているのかすら分からないでいた。






 玲奈が尋ねてきてから何日たったかなど、総司には分からなかった。まるで魂が抜けたかのように、何もする気が起きないまま総司は無駄に時間を過ごしていた。


 日にちの感覚どころか、時間の感覚さえなくなりかけていた。気が付けばいつの間にか眠っており、目覚めたら起きる。だが何もする気も起きないまま気が付けば1日が終わっていった。


「……衣里」


 気が付けば無意識に名前を呼んでいる総司。だが総司のしっているその名前の持ち主はすでに隣にはおらず、それにこの世にもいない。

 気が付けば夕食時。


「……夕飯」


 気が付けば総司は無意識のうちに立ち上がって冷蔵庫の前に移動していた。

 これまでも無意識のうちにご飯を作っていたのかもしれない。だが無意識だからこそ、本当に作っていたのかも分からなかった。例え食べていたとしても何を作って何を食べていたかなんて覚えていなかった。


「……あれ?」


 気が付けば2人分の食器が出ていた。1つは自分の分。そしてもう1つは――


「……衣里」


 無意識だからこそ、知らない間に衣里がよく使っていた食器を出していた。振り返れば楽しそうな笑顔を浮かべてそこに立っている恋人の分。

 だが今の総司にとっては、それはとてつもない悲しみを引き起こす物だった。






「ソウ君。大丈夫?」

「……大丈夫」

「全然大丈夫に見えないよ。ご飯食べてる? きちんと寝ている?」

「……ごめん」


 あれからさらに何日か経った。いつの間にか総司の自宅の合いかぎを手にしている玲奈。すでに学校は始まっているようで放課後の後に総司の家に寄ったらしい制服姿の玲奈。

 だが総司は合いかぎのことも玲奈が制服であることも気が付いていなかった。


「ソウ君? ご飯食べてないでしょ?」


 学校が終わってそのまま様子を見に来たのであろう玲奈が使われた痕跡のないキッチンや冷蔵庫を見て声を上げる。


「……ごめん」


 総司のその言葉を聞いた玲奈が泣いていたが、その理由が総司にはわからなかった。




「もう、何しているの?」


 ある日やってきた玲奈の姉である稚奈が総司の顔を見るなり呆れ半分怒り半分の表情で総司に尋ねてくる。


「どうして……先輩が?」

「玲奈が心配して、私に相談してきたのよ」


 総司の部屋のカーテンを開けながら答える稚奈。まだ1月とはいえ昼の暖かな日差しが締め切っていた総司の部屋に差し込んでくる。ちなみにだが今日は平日。つまり稚奈は学校を休んでいることになる。だが総司はそんなこと分からなかった。


「そうだったんですか……。わざわざ来てくださりありがとうございます。ですがそんなに心配しなくても――」

「あなた、それ本気で言ってるの?」


 外を見ていた稚奈が振り返る。その表情はすごく厳しい物だった。いつも学園でみんなに見せている笑顔とはあまりにも遠い。鬼の形相と言っても過言ではない。

 そんな稚奈を見ても黙って何も言わない総司。そんな総司にため息をついた稚奈が口を開く。だが今度はどは優しい口調。


「あなた……間宮君は生きるのがツライ?」

「……つらい、です」


 それに総司は答えたが、その答えは考えて出てきたわけではなかった。気が付けば勝手に答えていた。声にして、そうか、俺はつらいんだと、どこかで他人事のように思っている自分がいることに総司は感じた。


「あなたのツラさをそのまま理解することはできないわ。でも大切な人を失うツラさは、私にもわからなくはないわ」


 稚奈は親が再婚している。親しい友人にも言っていないが、実は稚奈の母親も病気を患って他界している。そして残された父は玲奈の母親と再婚したと言うわけだ。

 母親が病気を患って他界したときにはある程度の年齢になっていた。だからこのような言い方になった。


 だが総司がそれを知っているわけもなく、ただなんとなく大切な人を失ったんだなと思うことしかできなかった。それが誰なのかはわからないまま。それでも経験したうえで言っていることは伝わってきた。


「誰かがいなくなっただけで、世界が終わったような気持ちになる。心にポッカリと穴が開いて、塞ごうにも塞ぐことができない。もうすべてが全部どうでもよくなってしまう」


 総司の今の気持ちをまるでスクリーンに写しているかのようなそんな稚奈の言葉。


「でも、一生それで生きていくつもりかしら?」


 先ほどとは違って少し苛立ちの見える声。表情にも少しだけ現れていた。だが総司はどうしていいか分からなかった。どういえばいいか分からなかった。


「そんなにつらいの? なら……私が忘れさせてあげる。忘れてしまえばラクになるもの」


 そういった稚奈はベッドに座っている総司の肩に手をやると押した。消して強い力ではない。それでも総司は受け止められなかった。


「……」


 そのまま総司はベッドに押し倒させる。ふふっと笑う稚奈。どこまで本気なのかは分からない。もしかしたら100%本気なのかもしれない

 それでも総司は抵抗する気力すら湧いてこなかった。ただされるがままになっていた。


「間宮くん、そんな顔するんだ」


 微笑を浮かべる稚奈。自分がそんな顔がどんな顔なのかは分からず、また総司は何の感情もわいてこなかった。


「もし蘇摩さんが今のあなたの姿を見たらなんて言うかしら?」

「衣里?」

「きちんと感情があるのね」


 まるでいい物が見つかったと思ったような表情をする稚奈。だが総司はそれに気が付かなかった。稚奈はすぅーっと顔を総司の顔に寄せ上からのぞき込むような体勢になる。


「あなたは今、どんな気持ちかしら。愛し合った人をなくし、一緒に過ごしたであろう部屋で、別の女性にこうされている気持ち。もしかしてうれしいのかしら?」


 その言葉に、総司は自分の体の奥深くで火がともったような気がした。

 それはあとほんの数秒舞っているだけで消えるような、あまりにも小さな蠟燭の火のような物。それでも今の総司にとっては今まで感じてこなかったほどの熱を感じさせていった。

 総司の雰囲気が変わったのが分かったのか、稚奈がほんの少し驚く。


「あら、怒った?」

「……言っていいことと、悪いことがありますよ」


 少ないが、今まで無だった感情と比べると明らかに感情が籠った――怒りの感情がこもった声の総司。だが稚奈は笑っている。


「ずいぶん常識的なことを言うのね」


 軽くあしらわれたためか、総司の中にともったあまりにも小さな火は、少しづつ大きくなっていく。それは総司自身が一番分かった。


「例えどんなひどい、つらい体験だったとしても、慰めてくれる女性が他にもたくさんいる。他の男性にとってはあなたがさぞ羨ましいでしょうね」

「……稚奈先輩にはわかりませんよ」


 稚奈の経歴など分かっていない総司は、半分馬鹿にしたような言い方で稚奈に言った。だが当の本人は怒らずに肯定する。


「もちろんそうでしょうね。他人の気持ちなんて、所詮誰にもりかいできないもの。本当に理解できているかなんて、調べようがないもの。あなたの苦しみなんて、わたしにはわかりっこないわ」


 総司には分からなかったが、昔のことを、母親を亡くしてすぐのことを思い出しながら稚奈は話していた。


 母が亡くなったと知っている人と会うたび、「大変だったね」と言われ続けてきた稚奈。その言葉を聞くたびにヘドロのようにドロドロとした黒い物が胸の中をうずめいていた。


「それでもこうして慰めてくれる綺麗な女性がいる。それだけであなたは他の男性から羨ましいと思ってもらえる」


 自分の容姿がどういうものかしっかり理解している稚奈。それでも普段は自分から綺麗だとは言わない稚奈が、玲奈のために、何より総司のために言っていた。


「羨ま……しい? 大切に思っている人をなくした喪失感があったとしても、それがうらやましい……?」


 小さかった火は大きな炎となって総司の全身を巡った。


「ッ……ざけるなっ!」


 相手は年上で先輩。そんなことなど頭から吹き飛んだ総司は歯を食いしばって稚奈を睨みつける。


「目の前からすべての色が消えてしまう……! 耳に入ってくる音は全部、砂嵐みたいなノイズだ! 何を食べても味なんてしないし、噛んでいる感覚すらないんだぞ! そんな気持ちがあっても羨ましいというのか!!」

「そんな感じなのね」


 一瞬ふっと笑った稚奈だったが、すぐにその笑顔を消し、目を細めて総司の目をじっと見る。


「それで、そんな素晴らしい感情を、あなたはあなたの周りの人間にも味わわせたいのね」

「……周りの、人……にも……?」

「蘇摩さんのことは、本当に残念だったわ」


 総司をベッドに押し倒していた時のような雰囲気とは別の雰囲気になる稚奈。その言葉は心の底からのものだった。


「あなたの悲しみが計り知れないものなのは、あたしにだって想像はつく。だから、その盡荒さを否定する気はないし、知ったかぶりで同情する気もないわ。できるとも思わない。でもあなただってわかってない」

「だから何が……」


 稚奈の言葉が終わるタイミングで尋ねる総司。

 やはり分かっていなかったのねと思いつつ稚奈は口を開いた。


「今のあなたをみて、同じように悲しんでいる人がいるってことをよ」

「……え?」

「当然でしょ」


 半分呆れたような、半分呆れたような表情をして、総司から体を話すようにして起きあがる稚奈。そのままベッドの淵に腰を掛けた。

 総司も体を起こすと稚奈とは少し距離を離してベッドの淵に腰を掛けた。


「そんな死にそうな顔して、食事もろくにとらない。放って置いたら、本当に死ぬわ。確かにその大きな悲しみは、あなたから世界を奪ってしまったんでしょう。だから周りが見えてないのかもしれない。本当にあなたの周りには蘇摩さんしかいなかったの?」

「……」

「もし、このままあなたがしんじゃったりしたら、あなたが感じたのと同じような悲しみを背負う人がたくさんできるわね」

「でも……俺は……それは、ちがいます……。だって……衣里は、俺のせいで……」


 そこまで行って総司は言葉を止める。ひどく混乱していた。何が正しくて、何が間違っているのか。そのそも正しいとか間違いにどんな意味があるのか。本当に何も分からなくなってしまった。


「間宮総司」


 稚奈が顔を寄せてくる。


「貴方は何なの?」

「何なの、って……」

「蘇摩さんの彼氏でしょ? 彼氏なら彼女にいいところ見せなさい」

「でも衣里は」

「いるでしょ」

「……え?」


 呆然とする総司に稚奈はさも当然のことのように言った。


「あなたのなかに。そうじゃないの? 蘇摩さんがいなくなってしまってから、貴方の中の蘇摩さんの存在は、逆にどんどん大きくなってるんじゃないの?」

「俺の中の、衣里……」

「なら、あなたの中の蘇摩さんにカッコいいところを少しは見せなさい」

「俺の中の衣里にカッコいいところを……見せる」


 まるで歯車と歯車の間に挟まっていた木の棒が外れ、突然歯車が回り始めたかのように、総司の中で何かが動き出した。それは表情に出ていたようで、稚奈が微笑んだ。


「もう大丈夫そうね」

「はい。ありがとうございます。あと、心配をかけてすみませんでした」


 そう言って頭を下げる総司。頭をあげた時の総司の表情は、衣里がいなくなる前のものに戻っていた。


「ふふっ、その言葉はうれしいけれど、他にかける人達がいるんじゃないの?」

「え?」

「玲奈だけじゃないわ。あなたの友達やあなたのクラスメイト。あなたの担任の先生。あなたの受けている授業の担当の先生。みんな心配していたらしいわよ?」


 学校が始まってすでに1か月近くたっている。その間ずっと休んでいたため、その間心配され続けていたことになる。そこで始めて、稚奈の言葉の意味が本当に分かった。

 それでも――


「俺の周りにいるうちの1人なんですから、稚奈先輩。ありがとうございます」


 その言葉を聞いて稚奈は満足げに微笑んだ。だが、すぐに立ち上がるといつも総司が衣里とテレビを見ていた隣の部屋へ移動する。どうしたのだろうと思っている間に、再び稚奈が戻ってきた。


「そう言えば貴方、これまだ読んでいなかったでしょ。未開封だったわよ」


 そう言って封筒を渡してくる稚奈。封筒には総司宛の名前と差出人である――


「衣里から?」

「ごめんなさい。本当は悪いことってわかっていたのだけれど、どうしても中身が気になってしまって少し読ませてもらったわ」


 稚奈の言う通り、すでに封には開けられた跡があった。それを気にせずに中に入っている手紙に総司は目を通し始めた。

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