7-10
半分はクリスマスだから。もう半分はデートをしたかったから。そんな理由で公園へとやってきた2人。
公園と言っても施設は結構いろいろある。それに遊歩道ではイルミネーションが施されているとネットに書いてあったため選んだ。イルミネーションは夜だが、今は昼を少し回った時間帯。
数日前に実家に用があると言うことで帰っていた衣里。そのためクリスマスデートは25日の午後からとなった。
ある程度プランを考えているため腕時計で時間をしつつこの後のことを考えていると、衣里が尋ねてくる。
「どうする?」
「それじゃ、最初はライブなんてどうだ?」
「ライブ? ライブってあのライブ? 私行ったことないんだけど大丈夫?」
心配な表情をしつつ衣里が尋ねてくる。
本当なら大丈夫だと言いたいが、総司もライブなんて行ったことがない。そのため自信をもって大丈夫だなんて言えなかった。何より、調べているとはいえ楽しんでもらえるかどうか分からず、自分も心配している。
「大丈夫だといいんだけどな……」
それは嘘でも何でもない本心だった。それでも日頃の行いからか、衣里は冗談だと思ったらしく笑って受けてくれたのだった。
「総司、無茶苦茶面白かった」
ライブが終わって立ち上がると満面の笑みを浮かべる衣里。ライブ中も楽しそうな表情をしたり、「凄い凄い」と子供のようにはしゃいでいたのを見ていたため、その言葉が嘘でないことぐらいわかった。もちろん総司も十分に楽しむことが出来た。
「それならよかった」
「最初ライブとか言っていたから少し心配していたけど、良かったよ」
衣里が想像しているライブは、音楽のコンサートの方。それは総司も分かっていたが、今日見たライブはそのライブではなかった。
公園内に1メートルほどの高さのあるコンサートステージでパフォーマーが集まっての合同ライブがあった。楽器じゃないもので演奏したり、あるいはいわゆる大道芸だったり。それも海外で活躍していたり、ソロでライブを開けるようなパフォーマーが集まってのライブ。
「とりあえず、少し歩きたい。ライブの間ずっと座ってて、脚が固まっちゃったし」
「それじゃあ少し歩くか。先に確認なんだけど、腹は減ったか?」
「うーん、お昼はあんまり食べなかったし、少し空いた」
お腹を両手で押さえながら少しだけ恥ずかしそうにはにかむ衣里。その少しがどのくらいか分からないが、とりあえず総司は頷いた。
「わかった。それじゃあ次の場所にゆっくり向かいながら足をほぐすか」
そう言うと総司はベンチに座っている衣里に手を差し出した。手を掴んだ衣里を引っ張んて立ち上がらせると、2人は先ほどのライブの感想を言いあいながらゆっくりと歩きだした。
次に向かったのはビニールハウス。普段はあまり見ないと言うこともあり、衣里は少し驚いており、事前に調べていた総司も写真で見た時とは違うその大きさを体感していた。
「で、総司。ここは?」
「イチゴ狩りだ。しかも食べ放題」
「おおぉ……」
季節は12月。だがビニールを使った栽培のためあまり季節に関係なくイチゴがなっている。
食べ放題ということもありもちろん時間制。お金を払って入ると、専用のロッカーに荷物を預ける。2人とも上に羽織っていたものを脱いでビニールハウスへと入っていった。
「分かっていたとはいえ、熱いな」
腕まくりをしながらつぶやく総司。それに頷きつつ、衣里も少し腕まくりをする。
上に羽織っていたものを脱いでいたとはいえ、外は寒いため2人とも厚手の物を着ていた。そのためそこそこ熱い。
「ともかく、せっかくだし楽しむか」
2人してイチゴが植えられているプランターの間を歩く。
ちょうど胸の高さぐらいの所まで栽培床を持ち上げて育成しており、そこからイチゴがぶら下がるようにしてなっている。そのため屈むことなく立ったままで収穫できる。
「赤くないイチゴもなっているんだな」
「……食べないからな」
衣里が「どうだ?」と言いたげな顔で見上げて来たため先に言っておく総司。どう見たって赤くなっていないイチゴは酸っぱいか苦く見える。
「っと、こうだっけ?」
近くにあった赤く大きなイチゴを事前に説明してもらった方法で収穫する衣里。プチッという小さな音と共に細い茎からイチゴが取れた。
そのままパクリと小さな口で食べると目を見開いた。
「美味しい!」
「それはよかった」
ここに連れてきてよかったのか少しだけ心配だったが、衣里の笑顔を見てよかったと思えた総司。
時間が来たためイチゴ狩りが行えるビニールハウスから出た総司と衣里。さすがに食べ過ぎたということで腹ごなしの目的も兼ねて園内を散歩することにした2人。
広い園内には最初に見たパフォーマーライブが行われていたステージやイチゴ狩りが行えるビニールハウスだけでなく、他にもいろいろある。
カモがいる池やおもしろい形をした遊具のある遊び場。丘の上から下まで150メートルはありそうな長いーラー滑り台滑り台。ターザンロープもあったがさすがにやらなかった。
それだけではなくオートキャンプ場や総司が大人になったら是非とも泊まってみたいと思ったログハウス。また、洋ランを見ることのできる温室などを2人はゆっくり見て回った。
そんなことをしていると時間はあっというまに過ぎ去り、夕食時。園内のレストランにて2人は夕飯を食べた。いちごを食べたとはいえ、食べた量はそこまで多くもなかったため。そのため総司は煮込みハンバーグを食べたが、衣里はあまり食欲がなかったのか途中で残した。
「衣里。大丈夫か?」
「ん?」
「顔色悪いぞ」
最初は光の当たり具合かと思っていて何も言わなかったが、そうでもないことに気が付いた総司。
「そうか?」
「ああ。もし体調が悪いなら――」
「大丈夫! 大丈夫だから!」
休むか帰るかするか?
そう言おうとしたが、まるで分っているかのように衣里が遮った。少し声が大きかったために周りの人が何事かと見てくる。その人達に頭を下げると衣里は再度総司の方を見てきた。
「大丈夫。少しはしゃぎ過ぎて疲れただけだから。家に帰って休めば大丈夫。それにイルミネーション見るんだろ?」
確かに2人してはしゃぎ過ぎたかもしれない。それでもそんなにはしゃいだような気がしなかった総司。例えそう感じていたとしても衣里と総司では体力が違う。そのあたり気を使えていなかったのではないかと感じ総司は申し訳なく感じてしまった。
「衣里、すまん。もう少しペースを考えるべきだったな」
「総司が謝らなくても大丈夫」
2人の間は何とも言えない空気になる。季節は冬ということですでに辺りは暗くなっている。
もう少し休憩してからイルミネーションを見に行くか、イルミネーションを見にいって早めに帰るか迷う総司。
そんなことを考えていると――
「総司。行こ?」
まるで見透かしているかのように、衣里は微笑んだ。
園内の一角にある遊歩道。きれいな水の流れる小川沿いに木製の遊歩道が配されており、そこを総司と衣里は手をつないで歩いた。
葉が落ちた木の枝にイルミネーション用の電球が付けられていたり、ワイヤーでできた鹿の立体物に電球が付けられていたり。また小川の上に魚や白鳥の形を下イルミネーションがあってその光が川の水に反射しているなど、自然を利用したイルミネーションが数多くある。
そこそこ長い距離を歩いたつもりだったが、あっという間に感じるほどに見ていて綺麗だと感じた。
遊歩道の出口から出ると少し疲れた表情を衣里はしていた。声をかける前に衣里が口を開いた。
「ごめん総司。少し座って休憩したい」
「わかった」
衣里の声には疲れが混じっていた。顔が青白く見えるのはイルミネーションの光を受けてだろうか。幸いと言っていいのか、2人並んでベンチに座ることが出来た。
「なあ総司」
「なんだ?」
隣に座っている衣里を見ると、先ほどまで歩いてきた遊歩道の出口に目を向けたまま。
「楽しかった?」
「ああ。楽しかった」
「……私、総司の彼女しっかり出来てたかな?」
「ああ。出来てる。世界で1番可愛い彼女だ」
即答だった。そんなこと考えなくても分かり切っていること。総司のその言葉を聞くと衣里は嬉しそうに分かった。
「ありがとう。総司、大好き」
「俺も衣里のことが大好きだ」
そう言うと衣里は総司の方に体重を預けるかのように体を密着させ、頭もくっつけてきた。2人して静かにイルミネーションを眺める。
「衣里」
「ん?」
「楽しかったか?」
「うん。もう思い残すことがないくらい」
まるで今日一日のことを思い出しているかのように、柔らかい言い方。声だけではなく、表情も和ら無い物。
「もう思い残すことがないくらいって。明日からもまだまだ楽しむぞ」
「そうだな」
そういうと大きく息を吐き出す衣里。そのまま2人は静かにイルミネーションを見ていた。
ただいつまでも見ているわけにはいかない。太陽が沈みそこそこの時間がたっている。太陽の光で温められていた地面もすでに冷え切っており、辺りはかなり冷え込んできた。さすがに風を引かれるのは総司としても不本意。
「衣里。そろそろ帰るか? 長くいて風を引かれると困る」
そう尋ねた総司だが、衣里は何も言い返さなかった。まだ見るつもりなのだろうか。そう思いながら衣里の表情を見る。
静かに目を閉じていた。さすがに寝られると困る総司は衣里を起こそうと声をかける。
「衣里。寝るならせめて家で……衣里?」
衣里の頬に手を当てて起こそうとする総司。そこで異変に気が付いた。
衣里の頬はひんやりとしていた。外気に当てられてひんやりしてるかと思ったが、そういう冷たさではない。
人の持つ体温の温かさが失われ、衣里は微笑むようにして静かに眠っていた。