7-6
衣里が総司と付き合ってからずっと溜め続けてきていただろう、胸の内に秘めていた感情を吐き出してすでに1週間近く。
『恋なんてするんじゃなかった』
衣里の状態なら思っても仕方がないと思っていた総司だったが、泣いて眠ったあとに起きた衣里はしっかりと謝罪したのでギクシャクしたりはしていない。
むしろクラスメイトに『おかしい。なぜか前よりあの2人の周りが熱くなっている……』と言わせてしまうぐらいにはよく一緒にいるようになった。
そんな2人は再び来週からテストが始まるということで、その前に図書館――夏休みの時に読書感想文用の本を借りに来た――近くの公園へと足を伸ばしていた。簡単に言えばデート。ただ平日と言うことで放課後デートになる。
2人してゆっくりと園内や遠くの山に見える、赤や黄といった色合いで鮮やか染まっている木を見つつゆっくりと進んでいく。
「かなり色付いてきたな」
「ちょうど見ごろかな?」
近くにあった色付いている木を見上げながら2人してつぶやく。
衣里が急に近くの公園に行こうと言い出したため何も調べずに来てしまった2人。思ったより小さな公園だったと言うことで見どころなんてあまりなかったが、総司はあまり気にしなかった。
「あ、コイ」
ちょうど池にかかる橋のところまで来た衣里が声を上げた。衣里が指さす方向を総司も見ると、何匹ものコイが池の中を優雅に泳いでいる。
衣里が総司の手を引いて池の近くへ近づくと、餌を貰えると思ったのか、何匹ものコイが集まってきた。そんなコイをしゃがんで顔を近づけた衣里が興味深そうに見る。
ふと近くの建物の入り口にコイの餌が売っていた。衣里が池の中のコイに夢中になっている間に購入してくる総司。
2人分購入して衣里のところに戻ってくると、視線をコイから総司に向ける。どうやらずっとコイを見ていたようで総司が離れたのに気が付かなかったようだ。
「どこ行ってたの?」
「これ買いに」
そう言いながらコイの餌が入った小さなビニール袋を見せつつ、衣里の隣にしゃがみ込む総司。そのまま2つあるうちの片方のビニール袋を衣里の手に乗せると、自分の分のビニール袋を開けた。
そのまま袋の中にある金魚の餌を少し掴むと池へと投げる。
その瞬間、総司の投げた餌をめぐってか、コイが水面付近で暴れる。それによって水しぶきが上がった。それに驚いたのか、しゃがんでいた衣里がバランスを崩す。
「キャッ!」
「大丈夫か?」
「大丈夫」
可愛い声を出して後ろに尻餅をつく衣里。池に落ちないようにする柵にぶつかることがなく少し安心した総司。衣里の顔に水しぶきが少し掛かっていたので、総司はポケットからハンカチを取り出して拭いてやる。
「ありがとう。でも……あーびっくりした」
「結構勢いあったな」
総司が撒いた餌を食べ切ったからなのか大人しく泳いでいるコイ。そんなコイを2人して苦笑いしながら見る。
1度分かれば飛び跳ねる水しぶきに驚くこともなく餌をあげていく。ふと目を引く1匹のコイがいた。全身金色のコイ。そこで1つ思い出す総司。
「なあ衣里」
「ん?」
「『泳ぐ金塊』って書かれた看板あったじゃん?」
総司が言っているのは入り口近くにあった木製の看板。そこには白文字で『泳ぐ金塊』と書かれておりその文字の下には黄色の魚の絵が描かれていた。
「そういえばあったな……って、もしかしてこいつ?」
「かもしれない」
目の前を泳いでいる金色のコイ。そのコイを指さした衣里に総司が頷いた。
「……おお、そうか」
どういっていいのか分からなかったのか、なんとも言えない表情で納得した。
そのまま2人は園内を見て回る。
途中『犬猿の仲良し』と看板が掲げられている、犬と猿が同居している小屋を見て――衣里は『ただ一緒に入れているだけじゃ……いやなんでもない』と言ったりして――建物に入った。
中には昔、「ふるさと創生事業」で交付された2億円を担保に2億円相当の金塊を飾っていたのかその金塊のレプリカを置いていた。
また当時でいう2億円分の金塊と同じ重さである123キロの銅と鉛の塊が置いており、ついでに1億円分の金塊と同じ63キロの重さの銅と鉛の塊があったりした。
衣里に見守られつつも持ち上げようとした総司だったがもちろん無理だった。
小さな公園だったが、衣里と一緒にゆっくり見ているつもりだった総司。それでもあっという間に時間は過ぎ去った。
時間も時間と言うことで帰ろうとした総司と衣里だが、最後に取って置こうと思ってあえていかなかった場所を総司は指さす。
「衣里。あれはやらなくていいのか?」
その方向には四方転びの柱が用いられて四方向とも拭き放しとなっている屋根のある建物があった。その中には岩を使った水盤が据え付けられていて柄杓が置かれていた。つまるところ手水舎である。
ここは公園であって神社や寺院ではないが、公園兼墓らしいこの場所。そのためか手水舎が置かれている。
その屋根を支える柱の下にぶら下げられている鐘。多くの人に叩かれ続けたり年月が経っているためか塗装が剥げたり薄くなっていたりしている。その金の名前は――
「……幸せを呼ぶ鐘……?」
「らしいな」
『幸せを呼ぶ鐘。ご自由にお鳴らし下さい』と書かれた看板が鐘のぶら下げられていた。
「鳴らさないのか?」
「鳴らさない。鳴らさなくていい」
偏見ではあるが、女性はこういうものが好きだと思っていた総司。そのため少し驚いた。
その理由が知りたく尋ねる。
「理由を聞いてもいいか?」
「そんなの決まってるだろ」
そう言った衣里は鐘から総司の顔へと視線を移す。身長差もあり見上げる形。
まるでタイミングを計ったかのように風が吹き、落ち葉が舞う。風で流れる髪の毛を手で押さえながら衣里は柔らかく微笑んだ。
「幸せなんて呼ばなくても、今が十分幸せなんだから」
好きだと言葉でしっかり伝えている総司だが、そんな言葉じゃ伝えられないほど衣里を愛おしく思ってしまう気持ちが抑えられなくなった。
気が付けば総司は衣里を抱き寄せると髪の毛の生え際へと唇をつける。
それは一瞬だったので何をされたか分かっていなかった衣里。
それでも遅れて気が付いたようで顔が赤くなる。もう少しで山の向こうに隠れそうになる夕日よりも、舞っている赤く色付いた落ち葉よりも。
キスされた場所を手で押さえつつ恥ずかしさのあまりか目を逸らしていた衣里。
「総司。そう言うのは良くない」
「……悪かった」
「絶対思ってないだろ」
若干の涙目で睨む衣里。その表情もまた愛おしく感じてしまうのは惚れた弱みだとわかる。でもそんな弱みならいくらでもいいと思いつつ総司は衣里に微笑んだ。
「それじゃあ、衣里とキスしたい」
「言ったらいいってものじゃない」
「嫌か?」
演技にしてはバレバレな少し悲しそうな表情をする総司。それを見てどこか仕方なさそうな表情を衣里はした。
「わかってるくせに」
そう言った衣里は総司の首の後ろに腕を回して、総司に近づくよう動作だけで促す。それに従うようにして、総司は衣里の背中に腕を回して衣里の柔らかな唇へと自分の唇を重ねた。
そんな2人の周りを落ち葉が舞う。
地面に落ちることなく、直接木から紅葉を運んでいる風は少し冷たく、近づいてくる冬の訪れを告げていた。