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君を愛している  作者: シロガネ
EP7 フクザツな気持ち
72/84

7-5

 すべてのテストが終わり、来週のテスト返却を待つことになった週末。家が隣同士と言うこともあってほぼ毎日通っている衣里と共に家で1日のんびりしていた総司。


 どこかデートに行こうと思っていたが、2人ともテスト疲れがあるため、のんびりと家で過ごすことになった。つまるところ、お家デートである。


 ただお家デートと言えばお家デートだが、ほぼ毎日通われるとお家デートの定義が揺らぎ始め、普段からお家デートしているのではないかと疑問に持ち始めていた。


 まあ、可愛い彼女がいつも隣にいるのはすっごくうれしいんだけどな。隣に並ぶように座ってテレビを見ている衣里を見つつ、そんな風に総司はぼんやり考える。


 視線を感じたのか衣里が見上げるような形で総司に尋ねる。総司もそうだが、衣里も総司の視線を感じるようだ。


「……どうした?」

「可愛い彼女が隣にいてうれしいなって考えてた」

「もう……」


 総司としては思ったことをそのまま伝えただけだが、突然だったため衣里は照れて視線をテレビへと向けた。それでも体重を預けるように総司へもたれ掛かる。


 ちょうど秋のおすすめデートスポットの特番をしており、そのおすすめのデートスポットにたカップルに、どのようにして場所を知ったのかのインタビューをしていた。


「どうした総司?」

「ん?」

「眉間に皺がいっているぞ」

「まじか」


 総司の問いに「まじだ」と答えつつ、人差し指の腹で総司の眉間をグリグリとする衣里。

 何が楽しいのか分からないが、衣里が楽しそうな表情をしいたために、つられるように総司も微笑んでしまう。

 満足したのか指を話すと衣里は総司に尋ねた。


「で、何を悩んでいた?」

「衣里に隠し事はできないな」

「そりゃ毎日見てるし。それで?」


 良い感じに話を逸らそうと考えていた総司だが、衣里は首を傾げて促すので仕方なしに答える。


「いや、衣里のやりたいことってなんだろうなって」

「やりたいこと? デートがやりたいとかそんなこと?」

「そうだが、こう……なんて言ったらいいんだろ。デート以外で他にやりたいとかないか?」


 それで伝わったのかは分からないが、衣里が考える。

 ふと衣里と総司の視線があう。


「ふふっ」

「え?」

「ごめん、何でもない」


 笑いだした衣里に総司は困惑した。何がおかしいのか尋ねるが、結局答えてくれなかった衣里。


「やりたいこと……あ。ちょっと待ってて」

「どうした?」


 総司の問いに答えず衣里は玄関から出ていった。そのまま1分ほどで再び玄関が開き、衣里が入ってくる。


「部屋に戻ってきたのか?」

「うん。それじゃあ総司……はい」

「……え?」


 困惑する総司をよそに、ソファの端に座って膝をぽんぽんと叩きながら微笑みを向けてくる衣里。手には耳掻きを持っている。


 家で1日いる予定だったためか、本日の衣里の服はショートパンツにニーソックス。タイツをはいていたならまだ少しマシだっただろうが、肌を露出している絶対領域に頭を乗せることになる。

 それに気が付いた総司は一瞬迷った。膝枕という男子の夢のような体勢をしてもらえるが、理性をゴリゴリと削りそうな膝枕。やってもらうべきかやらないべきか。


 総司の葛藤を知らない衣里が「早く」とせかしてきたため諦めた総司は、恐る恐る衣里の横に座ると体を横に倒して腿に頭を乗せる。

 衣里と手をつないだり抱きしめたりしてきたためある程度分かってきたが、隔てている布がないということで、感触やぬくもりを直に感じ、総司の理性をゴリゴリと削っていく。


 こういう時に視線はどこに向けていいか分からず、上に向けると柔らかい笑みを浮かべる衣里と視線が合った。何なら顔が見えた。その理由は、緩やかな曲線を描く胸部だからだろうか。


 「ほら、前向いて大人しくしてて」


 そう言いながら衣里は手で総司の顔に触れると優しく固定する。

 大人しくするよう言われたため、正面にあるテレビ画面をじっと見る総司。テレビの電源は付いていないため番組は映し出されていない。


 それでも画面には総司と衣里の姿が反射して映し出されており、衣里が持っている耳掻きが総司の耳に触れたように見えた。それと同時にゆっくりと耳の穴に硬いものが差し込まれる感触がする。


 自分でも耳掃除はするが、その時とは違って一瞬ぞくっとする。それでも衣里のやり方は丁寧で優しく、慣れてくれば気持ちよく感じ始めた。


「痛くない?」

「ぜんぜん。むしろ気持ちいいい」

「それならよかった。というより総司、キレイにしすぎ。やりがいが無いんだけど」

「無茶言うな、――ッ!?」


 突然、衣里が耳に息をふぅーっと吹きかけてきた。完全に油断しており変な声が出る総司。


「はい、こっちはできた」

「おい!?」

「驚いた? それじゃあ反対側向いて」


何事もなかったかのように振る舞う衣里。勘弁してくれといいながら逆の耳を差し出す総司。振り返ってようやく気が付く。

 先ほどまではテレビの方を向いていたが、逆を向けば先ほど後頭部が向いていた方――すなわち衣里のお腹方向に顔を向けることになる。


「あ、ちょっと待って衣里」

「動くな」


 総司は起きあがろうとしたが、衣里に押さえつけられる。そのまますぐに耳に再度硬い物が硬いものが差し込まれる感触がしたため、諦めて大人しくする総司。

 最初にやってもらった耳で慣れたとはいえ、再度耳へ耳かきの先端を入れられると、ぞくっとする。もちろんそれも少しすれば気持ちよさの方が勝る。


「総司脱力してる」

「しゃねぇだろ」


 どこか面白そうな声が上から聞こえてきたが、耳掻きが気持ちよく感じていた総司にとってはどうでもいいものだった。


「さっきと同じようにしているつもりだけど、脱力してるってことは痛くないってことだよな?」

「ああ。衣里、無茶苦茶上手。ずっとやって欲しい」

「ずっとは無理だよ。手が疲れる」


 総司の視界には衣里のお腹が広がっているためあまりわからなかったが、上からクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「じゃあこれから毎日。ずっと毎日やって欲しい」

「ずっと毎日って。それじゃあ、毎日……ずっと、やって……」


 少しずつ小さくなっていく声。気が付けば衣里の手は止まっていた。

 終わったわけではなさそうだな。そんな風に総司が不思議に思っていると、頬やこめかみに何かが落ちる。そのままそれは顔の表面を伝って流れたる。まるで何かの液体が流れるように。


 不思議に思った総司は起きあがる。総司が起きあがるのが分かったのか、衣里は耳かきをすぐに除ける。


「衣里? ――ってどうした衣里!?」


 衣里は声を上げることなく泣いていた。総司の頬に落ちたのは衣里の涙だった。総司が見ていることに気が付いたのか衣里は服の袖で慌てて目を拭う。


「ごめん。なんでもない」

「なんでもないことないだろ! ってごめん。大きい声出して」


 衣里を心配しすぎて少し声が大きくなった総司。謝るが衣里を心配する気持ちは変わらない。衣里の手を握りながら尋ねる総司。


「本当にどうした?」

「……たい」


 声が小さく聞こえず、尋ね返そうとした総司。だがそれよりも先に衣里が言い直す。


「ずっと一緒にいたい」


 ぽろぽろと衣里の綺麗な瞳から涙が再びこぼれ始める。


「衣里……」

「毎日一緒に学園に登校して、教室でおしゃべりして、お昼には話ししながらお弁当食べて……!」


 離さないとばかりに総司に抱き着くように背中に回していた手で総司の服をぎゅっと握りしめる衣里。

 衣里は総司の胸に顔を埋めるような体勢。そのため総司からは見えなかったが、衣里は顔をぐちゃぐちゃにして涙を流していた。


「好きな人と、休みの日はいろんなところにデートに行ったり、お家で一緒にいたり……! 好きな人に抱き着いてキスして……!」

「…………」


 まるで懸命に絞り出すかのような、衣里の悲痛な声。

 かける声が見つからず声をかけることが出来ない総司はそれがとても悔しく、衣里を抱きしめ返し、ただただそっと背中をさすってあげることしかできなかった。


「それができなくなるなんて嫌ぁ……嫌だよぉ……! ううぅぅ~~~……」

「衣里」

「こんな……こんな気持ちになるんだったら、恋なんか……するんじゃなかったッ……!」


 ただでさえぎゅっと握りしめていた手をさらに強く握りしめる衣里。

 服越しではあるが、爪が総司の背中に食い込む。その痛みが背中に広がっていく。それでも……爪が食い込む痛みよりも心の方が痛く感じていた。


 確かに総司は衣里があと少ししか生きられないことが悔しく感じた。それでも――


「どうして……どうして私だけッ……! どうして私だけ先に死なないといけないのっ!! 私が何か悪いことでもしたの!? どうして、どうして、どうしてッ!!!」


 1番つらいのは周りではなく本人。例え気持ちが整理できていたとしても辛いのには変わりない。


 その気持ち分かるなんて言うのは簡単だ。それでも総司は言わなかった。いや、言えなかった。分かるはずもない。医者に余命を告げられたわけでもない人が、そんな気持ちを。

 言ったところでその言葉は空虚なことには変わりない。


 今の総司にできるのは、しゃくり上げるようにして涙を流す自分の恋人の小さな背中を、手入れがされている綺麗な髪をただただ撫でるだけ。


「あ、ああああぁぁぁ~~~……!!」


 衣里の鳴き声が静かな部屋に響く。子供のように、何も取り繕うことのない純粋な鳴き声が。

 少しでも、ほんの少しでも衣里が安心するように総司が頭や背中を撫でていると、気が付けば胸の中では泣き疲れたのか衣里が静かに寝息を立てていた。


 今のままの体勢だと衣里が起きるころには、長時間無理な姿勢だったということで、総司の体は少し痛むのは分かっていた。

 それでも総司は衣里が起きないように、衣里が少しでも安心して眠れるように頭や背中を撫で続けたのだった。いつまでも。

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