6-11
体育祭の翌日は月曜日。世間は平日で学校や仕事があるが、総司が通う学園は前日の日曜日に体育祭があったということで振替休日となっている。
本来なら1日中衣里と一緒にいる予定だったが、最近一緒に遊んでいなかった友達からの誘いがあったようで衣里は出かけている。
一緒にいたいという気持ちはあるが、それが原因で衣里の友達関係を崩したくない総司は渋る衣里を笑顔で送り出した。
「……静かだな」
衣里が出かけてから何度目かわからが、同じ言葉を呟いてしまう総司。
ここ最近ずっと一緒にいたためそれが慣れてしまい、衣里がいないと少し寂しく感じてしまう。
気を紛らわすために掃除をしたり洗濯をしたりしていたが、それが終わるとまたため息をついてしまうの繰り返し。
気分を変えるために総司は外へ出かけることにした。
特に行く当てもなくぶらぶらしていると公園にたどり着く。滑り台とブランコと小さな砂浜がある、小さな公園。
そこに木のベンチがあったため総司は座った。
9月も終わりに近づいているためか、服装によっては少し寒くも感じる風が吹く。少し歩いたために体が温まっている総司にはちょうどよかった。
ベンチに座ってボーっと空を見る。今頃衣里は何をしているだろうかと考えていると、自然と昨日のことを思い出す。
「衣里にしてあげられることってなんだよぉぉおお!!」
頭を抱えて蹲る総司。衣里の父親に『いろいろとやってあげて欲しい』と言われた。普段から総司自身色々が考えてはいる。思いつくことはあるが、結局世間の恋人同士がするようなこと。
総司じゃないと出来ない。そんなことが何も思いつかないでいた。焦る必要はないことぐらいわかっている。それでもやはり焦ってしまい、さらに思いつかなくなる。そんな自分に腹立たしく思い始めていた総司。
その時ちょうど近くを通りかかった親子の声が聞こえてきた。
「ママ見て。ブランコに乗って叫び声を上げながら嘆いている変な人がいるよ」
「そうかもしれないけど、見ないふりをしてあげないと。人にはみんな、何かあるんだから」
「そうだよね。パパも平日のお昼にブランコに座って『見ないでくれ。ママには内緒にしてくれ』っていって嘆いていたけど、そっとしてあげないとね」
「まあ、大変! 求人情報誌貰って帰らないと!」
あんまり聞きたくない内容が聞こえてきた。総司が顔を上げると手をつないで少し急ぎ足で帰る母親と女の子の後姿が見えた。
その時、母親が女の子と手をつないでいる手とは反対側の手――左手の指が少し光ったように見えた。
気のせいかと思っていると再度光る。いや、光っているのではない。太陽の光を反射している。総司はものすごく目がいいと言うわけではないが、何となく何が光を反射しているのか分かった。
一瞬なんだろうかと思ったが、何が太陽の光を反射させているかすぐに予想が付いた。
「結婚指輪……」
有名な指輪と言えば結婚指輪。夫婦になるときに永遠の愛を誓った証として身に着けるもの。絶対ではないが、多分その結婚指輪指輪が光を反射しているのだろう。
「そう言えば」
ふと花火大会の時の記憶が甦る。
今、衣里にしてあげれることは少ない。それは分かっているが、逆にできることは絞れてくる。ならそのできることをするまで。
「やってみるか」
たった1つのアイデアが脳裏に浮かぶ。それが果たしてどれほど喜ばしてあげることのできるアイデアかは分からないが、やるしかなかった。
総司は立ち上がると、自宅へと戻った。しかし公園から帰ってきただが、衣里の帰りを待つことに変わりない。出かけるときに衣里は伝えたが、帰宅は夕方ごろ。
帰宅したはいいものの暇を持て余した総司。別に意識したわけではないが、ふと何か忘れているような気持ちになる。学校か友人関係で。
それよりも小腹が空いてきたと言うことでお菓子をつまむことにした総司。棚からリング状のお菓子を取り出すと袋を開ける。
飲み物も用意していざ食べようとしたタイミングでスマホが短い音を鳴らした。よく聞きなれたLANEの通知。衣里からの通知だと思った総司はすぐに見る。だが相手は浩太からだった。
『彼女といちゃついて今日の打ち上げ忘れるなよ』
「ゲッ……」
その文章を見て思わず声が出てしまう。
実は体育祭の終わった後、優勝は逃したもののせっかくだしとりあえず打ち上げしようとクラス内で話が上がった。幸いにも全部活動が休みで尚且つ誰も予定が埋まっていなかった翌日――つまり本日に打ち上げをしようと話し合いがあった。
もちろん総司も大丈夫だと言っており、覚えておこうと思っていた。それでも衣里の両親との話し合いという想定外のイベントがあったことにより記憶のはるか彼方に飛んで行っていた。
つまり何も用意はしていない。場所は学校近くのとある料理店。クラスに個人経営する飲食店の子がおり、貸し切りにしてくれた。そこで6時から行われる。
時間を見るとまだ4時前。別に今の服装でも問題ないが、総司は慌てて衣装棚へ向かった。
ちょうど着替え終わると同時に玄関が鳴る。
誰かが迎えに来たのかと思ったが、まだそこまで時間がたっていない。そもそも総司の住んでいる場所を知っている人なんていないに等しい。
宅配だろうかと思った総司が玄関に向かい扉を開けると衣里が立っていた。
「ただいま」
「え、あ、おかえり。早かったな」
「打ち上げの前に1度家に帰って彼氏に服を見せておいでって言われて」
その言葉に総司の視線は自然と恥ずかしそうにしている衣里の顔から持っている手提げ紙袋へと移動する。どこのブランドかは分からないが、袋にはロゴが入っていた。
「着るのか?」
「着て欲しい?」
衣里の質問に総司が激しく首を上下に振って肯定する。そんな総司が面白かったのか少し恥ずかしそうにしていた衣里が少しはにかんだ。
「聞くけど――やっぱいい。ちょっと待ってて」
言いかけた言葉が気になったが、尋ねる前に衣里は部屋から出ていった。すぐに隣から少しだけ物音がし始めたため、自室で着替えているのだろうと結論付く。
しばらく待っていると総司の家の玄関が開く音がした。
「なあ総司。この服どうかな?」
今日買ってきたばかりらしい服装で衣里が部屋の入り口付近に立っていた。
そこまで服に詳しくない総司。それでも衣里の雰囲気に似合っていることぐらいわかった。
上はリブニットにレーザーコート。下はデニムのショートパンツにハイソックス。総司のいるところから玄関は見えなかったが、総司の靴の横には衣里の履いてきたミドルブーツが並べられている。
「凄く可愛いよ」
「ありがと」
見せるときはすごく恥ずかしそうにしていたが、総司の言葉を聞いて安心したのか嬉しそうな表情になる。
衣里が着替えてくるのに時間はかかったとはいえ、体育祭の打ち上げまではまだ少し時間がある。
あんまり早くに行き過ぎても誰もいない可能性があったので、それまで家で時間を潰すことになった。
「どうした総司?」
「……ん?」
「眉間にしわが寄ってるぞ」
少しお腹が空いたと言うことでお菓子をつまみつつ、胡坐を組んだ総司の足の間に収まるように座ってテレビを見ていた衣里が振り向いて総司の眉間を人差し指で軽くつつく。
指摘されて初めて気が付く。
「え? まじか」
「まじだ」
見上げるような形で衣里が頷いた。
そうなっている原因が思い当たらないわけでもない総司。というより現在進行形で、どうしようか迷っている。やりたいという気持ちはあるが、やったとして衣里に迷惑が掛からないか。その心配が今になって襲ってきた。
「どうした? 彼女として相談に乗るぞ」
総司の迷いが分かったのか、顔だけを向けていたのを止め、座ったまま向き合うように体を180度回転させた衣里。そのまま腕を総司の首の後ろに回した。
それを聞いたからなのか、総司の中で決心が付いた。
「すまん。ちょっと降りて」
「え? あ、うん」
困惑しつつも胡坐をかく総司の上から降りる衣里。困惑する衣里を置いて、総司は立ち上がると自分の寝室に向かった。
それでもすぐに戻ってきた総司の手には5㎝の箱よりほんの少しだけ小さい箱が握られていた。
「……えっと……どうした?」
「……」
気になっていたのか、はたまた目を外す前に出てきたためか分からないが、総司が寝室へと入って出てくるまでずっと寝室の入り口を見ていた衣里。緊張からか、口を一文字に結んでいる総司を見て少しだけ心配する。
ただ返事をする余裕がないのか黙ったままの総司。じっと見られる中、衣里の前まで来た総司は左足の膝を地面につけて片膝立ちをする。
「総司?」
「えっと……」
ここまで来て肝心の言葉を考えていなかったらしい総司。眉根を寄せて衣里から少し目を逸らし黙り込む。総司の放つ雰囲気に呑まれたためか、ぺたんとお尻をつけて女の子座りしていた衣里が、自然と正座をした。
お互いが無言になって20秒ほどしかたっていなかったが、その間に部屋の中は時計の秒針が刻む音がはっきりと2人に聞こえるほど、静寂に包まれていた。
静寂に耐え切れなくなったと言うわけではなく、言葉が決まったらしく一度目をぎゅっと閉じ、大きく息を吸って吐いた総司が、告白したときと同じかそれ以上に真剣な表情をして口を開く。
「俺は衣里をいつまでも大事にしたい」
「え? 突然何?」
突然の言葉に戸惑う衣里。状況に対応できる時間を与えるべきだったが、そんな余裕は総司にはなく、言葉を続ける。
「俺はまだ学生だし金銭的な余裕なんてない。衣里とは恋人だけど家族っていう血のつながりほどしっかりした繋がりなんてない」
全くと言っていいほど話が見えてこず、ポカンとしている衣里。
「だから、出来ることなんて本当に少ないと思う。今考えたとしてもできないことの方が多い。何をしてあげることが出来るかなんてパッとすぐになんて出てこない。もしかしたら何もしてあげられないかもしれない。それでも……」
そこで総司は落ち着くために一度深呼吸する。
緊張からか少し早口になっていたため。気持ちを落ち着けるとゆっくりと話す。
「俺は衣里が学園生活を楽しめるように精一杯頑張る。彼氏として、いろいろと考えてみる。彼女が――衣里がやりたいこととか叶えれるように努力する」
そう言い切る総司。衣里に伝えるというより、自分に誓う形に近い言葉。昨日、衣里の父親から言われた『出来る限り娘の要望に応えてあげて欲しい』という頼み。
どうすれば叶えられるかと言うとただ頑張るしかなかった。
「その証拠……というより誓いだな。俺は衣里がやりたいことができるように応えることを誓うからこの指輪……受け取ってくれるか?」
そういって取ってきた箱を左手の上に置き、右手でふたを開ける総司。端から見るとプロポーズをする時のような姿勢で指輪を衣里に見せる。
「それって……」
「花火祭りの日、衣里が景品を辞退した時に『もしも』を考えて――というより願って、貰っていた指輪」
もしも、衣里と付き合うことが出来たなら。例え付き合ったとしても渡す機会なんてめったにないだろうと思っていた総司だが、来たことに案外意外に思っている。
「衣里」
「うぅっ……」
恥ずかしさのあまりなのか目を逸らす衣里。それでも総司が出した右の手のひらに左手を静かに乗せた。 普段握ったりしている衣里の手。改めて見ると小さく白く、そして細く綺麗だった。
見惚れていた総司だが、すぐに本来の目的を思い出し、衣里の薬指に指輪をすぅっとはめた。
サイズなんて知らずに貰った指輪。正直入らなくても仕方がない。そう思っていた総司だったが、まるで衣里のために作られた指輪かのように、衣里の細い指にぴったりに収まる。
指輪をつけられると、衣里は右手を左手の下に添えるようにして薬指につけられた指輪をじっと見ていた。
「本当は自分のお金で買えたらよかったが、このへんってどこにそう言うのが売っているか知らな――っと!?」
突然衣里が抱き着いてきたために準備が出来ておらずバランスを崩しそうになったが、体格差もありなんとか耐えた総司。
驚いている総司のことなど知らず、衣里がおでこを押し付けるように総司に強く抱き着く。
「バーカ。総司から貰えたっていうだけでいまは十分だ」
バーカと言う割には刺々しさが一切ない口調の衣里。
離れない衣里の頭を優しく撫でながら総司はふと思ってしまった。貰えただけで十分と言っているが、そう言われるとやはり自分のやはり自分のお金で買ってあげたいと。
たまたまなのか知らないが、机の上に広げているお菓子に目が行った。広げているお菓子は少し独特な形をしており、ちょうど……
「衣里。少し離れてくれ」
「え?」
「いいから」
不思議そうな、どこか物足りなさそうな表情をしながら離れる衣里。
「衣里。さっき渡した指輪は衣里を大事にするっていう証の指輪だが、別の指輪を渡したい」
「えっ!」
まさか指輪を2つも用意しているとは思ってもいなかった衣里。本当に驚いた表情をしている。なんなら先ほどの驚いた表情よりさらに驚いた表情をしている。
「さっきの指輪はぶっちゃけると衣里のお金で買った指輪だ。でもいつかは俺の稼いだお金でしっかりとした指輪を渡したい」
「え? それって……」
婚約指輪などの類であることぐらい衣里にでも分かった。
「もちろん今は高い指輪なんて買えない。でもいつかは一生の思い出になるような指輪を買ってやりたい。約束する。その証拠といっちゃアレだが、この指輪……受け取ってくれるか?」
そう言って総司は近くにあった輪っか上のスナック菓子をつまんで衣里に見せる。
「ップフッ……はいっ……」
さっきまで無茶苦茶よかったのに、ここに来て一気にふざけているのかと思いたくなるような指輪を総司が真剣な表情で見せてくる。思わず衣里が噴出しそうになるが、なんとかこらえた。
総司は衣里の左手をそっと取り、すぅっと薬指にはめた。子供の時に試した以来ということで今の総司だと少しキツイ。それでも衣里の細い指にはほぼぴったりに収まった。
衣里が指先をくっつけて、空かして見る。やるからには最後まで本気でやろうと決心した衣里。
「わあ……綺麗な指輪……。これ結構高かったよな?」
「ああ、コンビニで108円だ。1袋辺りおよそ77グラム、それはその一部だ」
「ブフッ! あはははは!!」
真顔でそんなことを言われ、ついに笑いをこらえきれなくなったからなのか、お腹を抱えて笑う衣里。それにつられて総司の表情も真剣なものからいつもの優しい表情に戻った。
ひとしきり笑った後、笑い過ぎたために目尻に溜まった涙を指で拭う衣里。
「もう。最初はすっごくよかったのに最後ので全部台無し」
「呆れたか?」
「いや」
距離自体は離れていなかったため、再度総司の背中に腕を回して抱き締めてきた衣里。総司もそれに答えるため衣里の背中に腕を回して優しく抱き締める。
「総司といると毎日楽しい」
「そりゃよかった」
「総司は楽しくないのか?」
「なわけないだろ。衣里が楽しんでくれている姿を見れて楽しいよ」
そう言いながら総司は背中に回していた腕を少し移動させ、衣里の頭を優しく撫でた。
「なあ総司」
「なんだ?」
「さっそくだけどお願い聞いて」
総司に体重を預けるように力を抜いてもたれ掛かる衣里。総司は何も言わずに頭を撫で続ける。
「総司のやりたいことも言って欲しい。恋人なんだから、私も総司のやりたいことを一緒にやりたい。それが私が喜ぶやって欲しいこと。だめか?」
「いや――そうだな。2人のやりたいことを一緒に2人で楽しまないとな!」
そう言って笑顔を浮かべた総司とは対照に、衣里が一度深呼吸をした。
「それじゃあ総司。今、私やって欲しいことがある」
「ん?」
「キス……して、欲しい」
顔を赤らめながらそう言った衣里に目を見開いて総司は驚く。
そんな総司を置いて衣里は何も言わずに目を閉じた。
「えっと……衣里?」
「……」
総司が名前を呼ぶが、衣里は黙ったまま静かに目を閉じていた。見るからに待っている。さすがに総司もすぐに理解できたが本当にやっていいのか心配で踏み出せなかった。
そのためいつまでも待たせられる衣里が目をうっすらと開ける。
「総司?」
「いや、いいのか?」
「キスして欲しい。それとも総司は嫌か?」
「いや、キスしたい。そ、それじゃあ」
そういうと自分の方に引き寄せる総司。そのまま顔を近づけると、衣里のかわいらしその唇に自分の唇を重ねた。それもほんの一瞬。
すぐに重なった唇を離し、目を開けると恥ずかしそうな嬉しそうなそんな表情をする衣里の顔が目に入る。顔が赤く見えるのは窓から差し込む夕日のせいではないことぐらいわかるほど真っ赤である。
「それじゃあ、蘇摩。改めてこれからよろしくな」
「ああ。よろしく」
腕の中で嬉しそうに微笑んでいる衣里を見ながら総司はぎゅっと抱き締めた。少しでも2人でやりたいことを探し出して楽しもうと誓いながら。
いい時刻になったと言うことで2人そろって打ち上げのある店へと向かった2人。気が付かなかった総司も悪いが、6時からある打ち上げに衣里は指輪をしたまま向かってしまった。
左薬指につけられた指輪を打ち上げに集まったクラスメイトが見た瞬間、いろいろと収拾がつかなくなったのは言うまでもないだろう。
病気ものが嫌いな方はこのタイミングで読み終えるのが1番きりがいいかと思います。まだもう少し余裕はありますが、ここから少しずつ重たくなり始めます。
大丈夫という方は明日以降もよろしくお願いします。