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君を愛している  作者: シロガネ
EP6 コイビトとして
66/84

6-10

 無事に体育祭も終わり、帰宅した総司と衣里。


 残念ながら優勝は逃したものの、やり切った感を感じていたクラスメイト達。打ち上げの話も出たが、それはまたLANEで話し合おうと言うことでお開きとなった。


 本来なら家に帰った後、2人でささやかな打ち上げをしようと考えていた総司だが、ことごとく潰れた。というのも――


「まさかお父さんもお母さんも来ていたなんて」

「そりゃ娘の体育祭なんだから見に来るだろ」

「なんていっているけど、お父さんったら娘の彼氏が気になったみたいなのよ」


 現在、衣里の部屋に上がって衣里の両親と向かい合っている総司。聞く限り今日の体育祭に来ていたようだ。それも朝から。つまり最初から最後まで見ていたと言うことで――


「でもまさか娘をお姫様抱っこして運動場のド真ん中を走るとはな」


 どうやら問題のシーンもばっちりみられていたようだ。第三者から見れば衣里の父親は笑っているように見えるが、総司は変なプレッシャーを感じていた。


 衣里の両親が来ていると知っているなら、手を引っ張っていくにとどめていたのにと絶賛後悔中である。ただすでにやってしまった後で言い訳もできない。


「すみません」

「いや、別に怒ってないよ。父親としては娘に立派な彼氏ができて半分はうれしい気持ちだから」


 半分か。

 そう思ってしまった総司だが、口にはしなかった。やはり娘に彼氏ができるのは複雑な気持ちなんだろうなと思ってしまう。


 そんなことを思っていると、衣里の母親が微笑んだ。


「間宮君には感謝しているのよ」

「感謝……ですか?」

「ええ。いつぐらいだったかしら? 電話越しに娘があなたの――間宮君の名前を言い始めたの」

「ちょ、お母さん!?」


 母親の思いもよらない言葉に驚く衣里。

 それでも衣里の母親は止めなかった。


「最初は、強引に一緒に昼食を食べようって迫ってきた男子がいる、なんていうものだから心配したのよ。もしかしてまたなのって心配したのだけれど、日に日に少しずつ嬉しそうな雰囲気になってきて」

「やめて! 恥ずかしいからやめて!」

「あら、別にいいじゃない」


 恥ずかしがる衣里を見て上品に笑う衣里の母親。笑えれば良かったが、正面には衣里の父親が座っており、じっと総司の方を見ていると言うことで笑えなかった。


 心の整理が出来ていない状態で突然、彼女の両親と話すのはやはり大変なもの。


 結局最後まで緊張は解けなかったものの、なんとか普通に話せるまでにはなった総司。ただ時間はあっという間に過ぎるもので……。


「さて、そろそろ帰るか」

「そうね」

「もう帰るの?」


 立ち上がった両親を見て尋ねる衣里。その目は両親から離される子供のように見える。

 そんな衣里を見て2人がフッと笑みを浮かべた。


「2人は休みだろうけど、お父さんは仕事あるから早く帰らないとな」

「そうね。できれば間宮君と一緒に4人で夕食を取りにでも行きたいけれど」


 彼女の両親と食事、なんて総司にはまだ少し荷が重たく感じてしまうが、いずれ来る。その時までにいろいろと頑張らないとなと思ってしまった総司。


「それじゃあね、衣里」

「あ、下まで見送りに行くよ」

「別にいいのに」


 衣里の母親がそう言いつつ帰る支度を続ける。ふと衣里の母親と視線があう。それですぐに総司はわかった。自分に気を使っていると言うことを。

 どうやら衣里も気が付いたようで総司の方を見る。


「あー……。総司、待っててくれる?」

「衣里と一緒に下までお見送りに行かせてください」

「そう? ありがとう」


 衣里の母親の言葉を聞いて総司と衣里も外に出る準備をする。



 玄関を出て衣里は鍵を閉めると、母親と会話をしながら先に階段を降りていった。

 衣里の父親が下りていく後ろをついていこうと思っていた総司だが、衣里の父親は降りる前に総司に声をかけてくる。


「間宮君。少しいいかな」

「え、あ、はい。どうされました?」


 まさか声を掛けられるとは思ってもいなかったため少し驚いた総司だが、真剣な表情で見られおのずと総司も真剣な表情になった。


「間宮君は衣里についてどこまで知っている?」

「それは……病気のことですか?」

「それと余命のことだ。先が長くないということを」

「余命についても本人から聞いています」


 意外だったのか少し驚いた表情をする衣里の父親。それでもすぐに表情は真剣なものになった。


「それを知っていて娘と付き合っているということは君に何かしらの思いや考えがあるんだろう。別に何を考えているかは答えなくてもいい。それでも、娘を悲しませるようなことはやらないで欲しい。わかっているね?」

「はい」


 承知しないぞ。そう脅されているかのような感覚になり、総司は頷くしかなかった。

 真剣な表情をしていた衣里の父親。それでもすぐにどこか申し訳なさそうな表情になる。


「私としてはできれば少しでも長く一緒にいてやりたい。それは妻も同じだ。それでも2人とも仕事であんまり会いに来れない。だから衣里に再度転校を促そうと考えた」


 離れ離れになるのか。そう思ってしまった総司。衣里と付き合い始めてまだ日はそこまで経っていない。そのためもし衣里が転校したとなれば離れ離れになる。それはかなり寂しく感じてしまう。


 それでも、結局は衣里と衣里の両親の意志が優先される。いくら恋人同士と言えど、結局は血のつながらない他人。他の家庭の事情に文句なんて言えなかった。


 ただもし、俺の意見が言えるなら。


 そう総司が思ってしまっていると、衣里の父親が真剣な表情になる。


「間宮君」

「はい」

「君に1つお願いがある」


 両親の近くにいれるように転校を促すよう言われるのか。

 そう思っていた総司だったが、内容は違った。


「出来る限り娘の要望に応えてあげて欲しい」

「……え?」

「いま転校したところで新しい学校に馴染むのに時間がかかるだろう。そうなれば中退して家族との時間を増やすという手段になると思うが、私達だって仕事でいつもいられると言うわけではない。それに2人がいない間に何かあったら大変だから、それもあまりできない。だからこのまま今の学園に通ってもらうつもりだ」


 今の状態を続けられる。そう思うと安心した総司。

 どうやら安心した表情が出てしまったのか、衣里の父親が微笑む。だがすぐに真剣な表情に戻った。


「衣里はこちらで中のいい友達をたくさん持ったみたいだな。それに彼氏も。まあ父としては彼氏ができるというのは何とも言えない気持ちになるが」


 最後の言葉を聞いて顔が引きつってしまった。

 明らかに気が付いているはずだが、顔1つ変えることなく続ける衣里の父親。


「私達と一緒にいた時の衣里も笑顔だったが、今日の体育祭中の衣里の表情はここ数年見た中で1番輝いていた。心の底から楽しんでいるのが分かったよ」


 そういうと一度気持ちを切り替えるかのように大きく息を吸い吐き出す衣里の父親。


「私と妻からのお願いだ。私達両親に代わって、娘の要望にいろいろと答えてあげて欲しい。いろいろとやってあげて欲しい。頼む」


 そう言って衣里の父親は頭を下げた。






 下に降りた総司と衣里の父親。待たせてしまったのではないかと思っていたが、衣里と衣里の母親は楽しそうに話していたので特に待たせていたと言うわけでもなさそうだった。


 どうやら2人とも車で来ていたようで、車に乗り込むと別れを告げ帰っていった。


「それじゃ戻ろ」

「ああ」


 衣里が総司の手を引くので、付いて行く総司。

 ただ先ほどの衣里の父親の『いろいろとやってあげて欲しい』と言った言葉が頭の中にあり、衣里に手を引かれるまま部屋に戻った総司。


 気が付けば玄関の中にいた総司。そのまま靴を脱いで部屋に上がるが……


「いや、ここ衣里の家じゃん!」

「いや当たり前のことを何言ってんの?」


 奥まで進んでようやくわかった。考え事をしていたために、衣里に手を引かれるままだったため気が付かなかった総司。


「というより、さっきもいただろ」

「確かに」


 衣里の両親に挨拶をすると言うことで緊張しすぎて、衣里の部屋に入ったにもかかわらずその実感が全く沸いていなかった。

 だが衣里の両親が帰った今は心の余裕があり、部屋の隅々まで見ることが出来る。


 女の子の部屋が玲奈ぐらいしか知らずあまり比べることが出来ない。それでもなんとなくわかった。


「質素だよな」

「はいはい。どうせ女の子っぽくない部屋だよ」


 総司にジト目を向けつつ冷蔵庫の中を確認する衣里。見れば時計の針は6時を回った所だった。


「作ってくれるのか?」

「迷ってる」


 昼食だけでなく夕食も彼女の手作りなのではないか。そう思って少し期待した総司だったが、衣里の答えを聞いて焦る。質素と言ってしまったがために機嫌を損ねてしまったのではないかと。

 もし本当に機嫌を損ねているのであれば、作ってくれない可能性がある。


「すまん。俺が悪かったから夕飯作ってくれ!」

「え? いや元から作るつもりだけど」

「俺が衣里の機嫌を損ねたから作るか迷っているんじゃ」


 ポカンとする衣里と総司。だがすぐに吹き出して笑った。


「違う違う。迷ったのは何を作るか。私ってまだ料理始めたばかりだからレパートリー少なくて」

「あ、そういうことか」


 それを聞いてほっとする総司。

 ほっとした顔が情けなく見えたのか、衣里が再び笑う。


「なあ総司。何食べたい?」

「……何作れる? あと冷蔵庫の中何ある? よければ冷蔵庫見せて欲しいが」

「冷蔵庫の中見てもいいが、そんなにないぞ? 作れるものはそんなにない。というより総司知ってるだろそれぐらい」


 苦笑いしている衣里の許可が下りたため冷蔵庫の中を見る総司。衣里の言う通り食材はあまりない。というより、お弁当に使っていた材料であろう残りがあるぐらい。

 そのまま調味料も確認する。調味料はほとんどそろっており、問題なさそうに見えた。


「な? あんまりないだろ?」

「じゃあ、簡単なもの作るか。ちょっと待ってろ」

「あれ? 総司が作るのか?」


 帰宅してそのまま衣里の部屋に来たと言うことで、総司は部屋の隅に置いている自分の荷物の元に向かう。


「どこに行くんだ?」

「一旦戻ってくる。すぐに来るから」


 自分の部屋のカギを親指と人差し指で挟んで衣里に見せると、総司は荷物を持って一度自宅へと戻った。


 荷物を置いて制服を汚さないよう私服に着替える総司。そのまま冷蔵庫に向かって必要な食材を取り出すと衣里の部屋へと戻った。隣に住んでいると言うこともあってこういう時はとても便利に感じる。


「戻ったぞ」

「お帰り――って持ってきたのか?」

「ああ。買いに行くよりこっちの方が早いだろ」

「でもそれ総司が買った奴じゃ」

「俺も食うんだから大して変わらないだろ」


 そう言いながら机に持ってきた食材を置く総司。

 何を作るつもりで何を持ってきたのだろうかと思い、机の上にある食材を見てすぐに分かったらしい衣里。というのも料理ができなくてもすぐにわかるものが机の上に置かれていた。


「カレーか」

「食えるか?」

「辛口。まあ大丈夫だと思う」


 パッケージの真ん中にデカデカとカレーの写真が乗っており、はためいている旗のようなデザインの上に名前が。そして中央から少しズレた位置に売りであるリンゴとハチミツの絵が描かれた有名なカレールーである。


「中辛もあるんだがどうする?」

「……混ぜていいか?」

「衣里のところも混ぜるのか」

「ああ」


 家によっては甘口と中辛を混ぜる。もしくは中辛と辛口を混ぜると言ったことをするところもある。総司の家もよく混ぜて作られている。


「聞き忘れていたが、カレールーにこだわりとかあるか? ここの会社の製品じゃないと嫌だとか」

「いやない。というより総司も同じカレールー使っているんだな」

「ということは衣里もこれか?」


 総司の問いに頷く衣里。どうやらルーを混ぜる事だけではなく、使っている製品も同じだったようで、お互い驚く。




 準備を行って調理を開始。カレーは簡単だが総司も手伝うことにした。作ってもらうのもいいが、一緒に作りたいと思ったから。


「こんな感じか?」

「お、うまいじゃん衣里」


 総司が肉を軽く焼いている隣でじゃがいもやにんじんなどの具材を切っている衣里。最近まで料理していなかったと聞いて心配する総司だが、見ていてとくに危なっかしく感じることもなく、野菜をすべてきり終えた衣里。


「代わって」

「あ、ああ」


 切った野菜を入れると総司の持っていた木べらに手を添える衣里。そのまま優しく総司から木べらを受け取ると焦げ付かないように混ぜ始める。


 食器はもう少し後で用意するし、ご飯もすでに炊いている。そのため手持ち無沙汰になった総司。


 衣里の料理する姿を見るが、頭の中では先ほどの言葉を思い出してしまう。衣里の父親が言った『いろいろとやってあげて欲しい』という言葉を。


 衣里の父親から衣里は先が長くないと言われ、改めて残り少ないことを思い知る。

 それと同時に余命とは関係なく、彼氏としていろいろとやってあげたいという気持ちが溢れてくる。


 それでも金銭的な問題や学生と言う立場上、できることは限られていることぐらい総司も分かっている。

 だがそのできることが果たして何なのかが分からないでいた。


「なあ、このぐらいでいいか?」

「え? あ、ああ、そうなだ。もう水をいれて煮込んでいいと思うぞ」


 いろいろと考えていると衣里が尋ねてきたので答える総司。考えていたことに気が付かなかったのか、衣里は戸棚から計量カップを取り出して、カレールーの入っていたパッケージの裏面に書かれている水の分量を量っては入れていく。


 入れるとそのままグツグツと煮る。もちろん焦げないように時々混ぜる。


 ある程度時間がたてばいい匂いがしてくるが、カレールーを入れるとより一層カレーを作っているという実感がわいてくる。


「なあ総司。お父さんと何話していたんだ?」

「ん?」


 鍋の底が焦げないようにかき混ぜながら衣里が尋ねてきた。手元が狂わないように視線は鍋に向けられている。


「降りてくるの遅かったじゃん」

「ああ。娘をよろしくって言われてた。あといろいろ」

「ふーん」


 混ぜることに意識を集中しているからなのか返事が軽い。聞いていいか迷ったが、気になったので衣里にも質問する。


「そういう衣里は何を話していたんだ?」

「ん? いろいろ。学校のこととか総司のこととか。あとはたまに出良いから帰って来なさいって言われた」

「そうか。じゃあきちんと向こうに帰ってあげないとな」


 そういうと衣里がコトコトと煮込んでいるカレーのから視線を外して総司へと向けてきた。


「総司はいいのか?」

「え?」

「いや、オレ向こうに帰ったら1人になるぞ?」

「俺のことなんて気にするな。ちゃんと両親にも顔を見せないと心配するぞ。なんなら毎週帰ってもらってもいいし」


 実際少しでも一緒にいたいという気持ちはあるが、そんなことは言えない。自分にもいるように衣里にも両親がいる。だから無茶は言えない。


「さすがに毎週は無理だけど――分かった。少し考えてみる。でもいいのか? デートとか」

「放課後デートとかあるだろ。だから気にするな」

「うん。分かった」


 総司に優しい笑顔を浮かべた衣里は頷くと、再び鍋へと視線を移す。

 そこから10分後には出来上がり、総司と衣里は一緒に夕食をとった。

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