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君を愛している  作者: シロガネ
EP6 コイビトとして
63/84

6-7

 もうあと数日もすれば10月に入ると言った9月の終わり。まだまだ暑いこともあって、日の当たるところにいたら汗ばむ。特に雲1つない晴天のもとでは。

 ただ今日はありがたいとは言い難いが、よかったとは思えた。それもそのはず。というのも……


「それでは次の競技に移ります。競技は――」


 浩太と相談してから1週間ほどがたったある日曜日。すでに1種目目の全校生による入場行進と準備体操を終え、いくつかの種目が終わった体育祭。

 少しずつではあるが、昼に近づいていると言うこともあり、太陽の位置が高くなるにつれ気温が上がっていく。


 次の種目の準備のために入場ゲートに行った生徒を除くクラスメイトと共に、総司はクラスのテントから出場選手を応援しようとしていた。


「にしても暑いな……」

「動いてなくても、ちゃんと水分とれよ」

「わかってるよ」


 手でパタパタと顔を仰ぐ衣里に総司は注意を促した。いくら動かなくても、いくら日陰にいたとしても気温が高いために汗は出る。そのためしっかりと水分補給はしなければならない。


 手で仰ぐだけでは物足りなかったのか、来ているクラスTシャツの胸の辺りを親指と人差し指で摘まむと前後に動かして中の熱を逃がそうとする。


 前の学園では違ったが、この学園では一部の競技を除いた競技は、作成した各クラスオリジナルのクラスTシャツなるものを着て出場することになっている。

 青やオレンジ、黄色、緑そして黒などある程度決まった色から選択し、デザインをするという物。


 総司たちのクラスは青のTシャツで、前には『2-1』と書いており後ろ側はクラス全員の名前が出席番号順に書いてあるというシンプルな物。

 人気な色は青とか赤。逆に不人気なのが黒。というのも太陽が関係している。


 そんなTシャツだが、体操服と比べると通気性は良くない。そのため思ったより涼しく感じなかったのか衣里が少し顔をしかめる。

 そんな姿を隣で総司がなんとも言えない表情で見ていた。


「どうした?」


 総司の視線に気が付いたようで、衣里がほぼ見上げるに近い形で総司の顔を見る。目があった瞬間視線を逸らしてしまう総司。やましい気持ちは……少しだけあったかもしれない。


「いや、それされるとちょっと……」

「ん?」

「角度的に中が……」

「中って……ッ!?」


 分かったようで衣里がバッと胸元を抑えて隠すような動作をする。気が付いたときは目を見開いて驚いていたが、すぐに真っ赤な顔をしつつ衣里はジト目を向けてきた。


「そういうのはどうかと思う」

「いや、仕方ないと思うぞ? というより、その……他の奴もいるから気を付けてくれるとありがたい」

「……ごめん」


 2人の間の少し気まずくなる空気。どうしようか迷っていると総司の隣にいる男子が声を掛けられる。


「おい間宮。イチャイチャするのもいいが、お前借り物競争に出るんだろ? 行かなくていいのか?」

「え? うわ、やべっ!」


 運が良かったのか悪かったのか。次の競技が借り物競争だと言うことをすっかり忘れていた総司。慌てて準備をすると入場ゲートに走った。




 入場ゲートについたときにはほとんど集まりかけで、残り数人を待っている状態だった。第1走者ということで、並んでいる人の列をかき分けて先頭に行く。

 そこで意外な人から声をかけられる。


「ソージ! 久しぶりだな!」

「ジョージ!? お前も出るのか!?」

「いいや。ワタシは係だ。借り物競争の」


 まさか借り物競争の係を担当しているとは思わず総司は少し驚いた。ジョージなら係と言うより参加する方が性に合っているだろう。


「ちなみにだが、コータも係だ! 実に素晴らしいことだ!」

「浩太も参加か」


 どう素晴らしいか分からなかったが、浩太も係に参加しているとは思わなかった。というよりそんな話していなかった。

 突然手のひらに拳を打ち付けて何かを思い出したようなジョージ。


「そうだソージ! コータから伝言がある!」

「伝言?」

「伝言は、『今日のラッキーカラーは赤だ! 赤を狙うといいだろう!』以上だ!」

「……は?」


 伝言の内容がわからず呆然とする総司。普段から浩太のすることはよく分からないが、今日のこれはいつもに増して分からなかった。

 だがジョージは嫌な顔をすることなく、再度伝言を伝える。


「今日のラッキーカラーは赤だ! 赤を狙うといいだろう!」

「それって――」

「今日のラッキーカラーは赤だ! 赤を狙うといいだろう!」

「いやだから――」

「今日のラッキーカラーは赤だ! 赤を狙うといいだろう!」


 ゲームにて会話が終わっても無理やり会話をしようとした際の特定のNPCのように同じ言葉を繰り返すジョージ。ただ表情はなぜか真剣な物。

 さすがにこれ以上は言ってくれなさそうなので総司は諦める。


「あーあー! 分かった分かった! ラッキーカラーが赤だから赤を狙えってね! わかったよ!」

「そこ! うるさい!」

「「すいません!!」」


 先生に怒られて2人して謝る総司とジョージ。

 運動場では準備が終わったようで、本部の方へ合図を送っている人がいる。


「それでは続いての競技です。各学年、男女混合によります借り物競争です。主催は生徒会とお手伝いさん達です!」


 その言葉によって入場する生徒。総司は第1走者ということで、ジョージの後をついていく。


 ルールは簡単で、既にグラウンドには折り畳まれた色の付いた紙がいくつも散らばっている。その色紙をスタートの合図が出たら拾ってそこに書かれたお題のものを持ってくるだけ。

 ただ、物ではなく人を借りて来いというもの。テレビでやっているドラマなどの借り物競争では親戚のおじさんを借りたりする場面がある。そんな感じ。


 すでに説明は受けていたが、観客が分かりやすいようその趣旨を司会が伝え、場合によっては観客の方に出てもらう。

 その説明が行われる。その間に生徒はそれぞれ靴紐を結ぶなどの準備を行った。


 借り物競走は他の走る種目と違い息抜きに近いような種目だし、借りものを楽しむといった目的があるので、さほど真剣みはない。そのためか陸上部や野球部はいない。運動部の人はリレーなどの本気種目へと駆り出されている。


 ただ息抜きの種目と言ってもお題によっては晒し者になる場合もあるので注意が必要である。


「出場する選手の皆さんはスタートラインに並んでください」


 アナウンスでスタートラインに並ぶ総司。マイクを使って指示する声がふと聞いたことのある物で見てみると浩太だった。

 総司の視線に気が付いたのか、浩太が総司を見る。一瞬だけではあるが、ニヤリとわらったような気がした総司。


 それでも一瞬だったため気のせいだろう。

 そう思って視線を先に向ける。何枚もの紙がグラウンドに無造作に置かれていた。その時とある色が見に目がいく。


 まるで視線が誘導されたようにその色の紙に吸い込まれた。その紙の色は赤。置かれているのはちょうど総司の正面である。入場ゲートにてジョージが言っていた言葉がふと甦った。


『今日のラッキーカラーは赤だ! 赤を狙うといいだろう!』


 まさかと思って再度浩太に視線を向ける総司。視線の合った浩太は今度こそにやりと笑った。


 だが次の瞬間には真剣な表情になり「位置について」と合図する。号砲自体はもう1人の係員の男子が持っているので、あくまでカウントをするだけのようだ。

 浩太の「用意」という言葉の後、一拍置いて空砲の音が響く。


 そこまで急がないが、他の人に取られないよう、浩太の伝言通り赤の紙を狙って走る総司。ほとんど全速力でたどり着いた。

 ラッキーカラーである赤の折り畳まれた紙を拾い上げて、中身を確認する。

 中には、几帳面そうな文字でこう書かれていた。


『大切な人』


 これを考えた奴なんて2人しかいない。赤色を指定してきた奴だ。その2人が紙を見て固まってる総司の背中を見ながらニヤニヤしているのが振り返らなくても分かる。


「恨むぞ。浩太にジョージ」


 そんな風につぶやきながら振り返る総司。それでも言葉とは裏腹に、2人には感謝の気持ちでいっぱいだった。


 今回のこれは他人が知れば褒めらるものではない。髪に書かれているお題を知っている2人が、選手に教えているのに近い。先生が知れば怒られるのは間違いない。それでも総司と衣里を思ってこのようなことをした。


 いい友達を持った。そう思うと同時に、デカい借りを作ってしまったなと思ってしまう総司。


「総司! 早く行け!」

「おおっと! 1組どうした! 目当ての人が見つからないのだろうか? スタート地点を見ているぞ!? だが、いないはずはなーい! さあ、向かえ、1組第1走者! 目的の人のもとへ!!」


 誰かは分からないが、後ろからそんな声が聞こえてくる。それに続いてジョージが楽しそうに実況する。


 声をかけた人はただ急がせるつもりだっただろうが、総司には背中を押されたように感じた。思考を切り替えると、一目散に目的の人の場所へ総司は駆け出した。


「あれ? 間宮どうした?」

「いや、どう見たって借り物競争で借りる人を迎えに来たんでしょ。ところでお題は? 誰をご所望かな? まあここに来たってことは大体予想付くけど」


 突然来たためか驚くクラスメイト男子。対するクラスメイト女子は何となく察しているのかニヤニヤと笑っている。


「衣里を借りる」

「オ、オレかよ。他の奴じゃダメなのか?」

「衣里じゃないとだめだな」


 少し困り顔の衣里。

 困っているというより、なんとなく恥ずかしがっているように見える。どうしようか迷っていると、楽しんでいるようなトーンで女子生徒が話しかける。


「へいへいお二人さん。急がないと他の人ゴールしちゃうよ?」

「ということだ衣里。行くぞ!」

「いや、ちょっ――」

「靴持ってきたよ」


 どこか楽しそうな笑顔を浮かべた玲奈が衣里の靴を持ってきたらしく、地面に置いた。


 諦めたのか靴を履く衣里。靴を履いたのを確認するなり、総司は衣里を抱っこした。ただ抱っこと言ってもお姫様抱っこである。そっちの方が早いと思ったから。

 ルールとしてはどのような形でもよく、とにかく係の人のところまで連れて行けばいい。


「ヒュー! さっすがぁ!」

「おうおう、熱いねお二人さん!!」


 後ろからだけではなく周りからも冷やかしが聞こえるが無視して総司は走る。


「おい、下ろせ! 恥ずかしいわ!」

「おいおい、暴れるな! 落とすぞ!」


 恥ずかしさのあまりじたばたと暴れる衣里を落とさないように抱き締めつつ、係の人のところに向かう。


「楽しんでるか?」

「は?」


 前を向きつつ、お姫様抱っこをされている衣里に尋ねると、暴れるのを止める。


「見ているのもいいと思うが、やっぱ体育祭は参加した方が楽しいだろ?」

「総司、お前」

「残念ながら俺は何もしてない。でも俺は大好きな衣里とこうして出れて楽しいぞ」


 走っていると言うことで前を向いたままの総司。それでも確かに衣里のつぶやいた言葉が耳に届く。


「……バカ」




 テントの位置から距離は短くもなく長くもない。それでもお姫様抱っこして走るなんてすればそれはもう目立つ。


 判定員の人は何人かおり、空いている判定員の人の所に行く。さすがにずっとお姫様抱っこなんてしていられないので、判定員の所で衣里を下ろした。


「総司。良く戻ってきた!」

「なんで空いているのがお前なんだよ、浩太」


 浩太がニヤニヤと笑いながら手を右手を差し出してきたため、やや叩きつけるようにしてお題の紙を渡す。


「他の人に遅れて1組が帰ってきた! これより係の人による確認が行われる!」


 サムズアップする係のジョージ。

 その奥では順番待ちをしている生徒がおり、いろいろな表情をして総司と衣里を見ていた。


「それでは、お題確認! 1組のお題は……『大切な人』!」


 それを聞いてか群衆が少しざわめく。

 スタート地点にいるクラスメイトと、総司からは見えないが1組のテントで見ているクラスメイト達は総司と衣里が付き合っているのを知っているため、ニヤニヤと見ている。


 あとはなんとなく察していたり、総司のクラスメイトから聞いていたりするのか、別のクラスの人達の一部はニヤニヤと笑っている。ニヤニヤと笑っているというより、ほほえましそうに見ていると言った方が正しいかもしれない。


「1組の人は彼女を連れてきた! お題は『大切な人』! これはもう、そう! ケッコン!! マリッジ! ウェディング!」


 いろいろとぶっ飛んだジョージの言葉に、隣にいた判定員が噴出す。それどころか、人によっては観客や生徒達も噴出していた。

 さっさと待機場所に戻りたく思っていると、横からTシャツを掴まれた。


 掴まれたというよりは摘ままれた、と言った方が正しいのだが、裾の部分をくいっと引っ張られて、総司がなんだと隣を見ると、衣里が顔を下に向けている。ただ髪の間から見えた耳は真っ赤に染まっていた。

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