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君を愛している  作者: シロガネ
EP5 意識と魅力と告白と
56/84

5-14

 8月ももう少しで終わりと言うにも関わらず、未だに秋に移る兆しが見えない夕方。間昼よりはいくから和らいではいるが、それでも地面からの熱によってか暑い。


 もうあと3日もすれば2学期が始まるというこの日、総司は夏休み終業式以来に来る学園の敷地への入り口に立っていた。

 時刻は17時半。日が傾いてきており、横から差し込んでくる夕日が眩しい。


 夏休みということで特に学園に用のない総司がいる理由は数日前の稚奈の誘いによって。学校行事の黄昏コンサートを一緒に見に行こうという誘いを受け、学園の校門前で待っている。もちろん学園内に入ると言うことで校則にのっとって制服姿。


 約束の時間はコンサート開始の10分前と話し合っていた。だがいまはその約束のさらに20分前。コンサート開始の30分前である。もう少し遅く出るつもりだったが待ち遠しかった総司は早くについてしまった。


 総司と同じように見似たらしい学生や地域の人であろう人たちがチラホラと学園の敷地内へと入っていく。すでに観客は入っているということもあって見慣れた校舎の方からは微かにセミの声に交じって人の声が聞こえる。

 そんな校舎を見ていると、突然後ろから声を掛けられた。


「間宮君。お待たせ」

「稚奈先輩」

「……もしかしてかなり前から来てたのかしら?」

「いえ、そんなに前からは待っていませんよ」

「ふふっ、ならそう言うことにしておきましょうか」

「それよりも早く行きましょうよ! すっごく楽しみにしていたんですから!」


 おかしそうに稚奈が笑う。完全に見透かされて総司は別の方へ話を逸らそうとして先に学園の敷地へと入っていった。総司の様子が面白かったのか、そのあとをクスクス笑いながら稚奈が付いて行った。




 雨なら室内で行われる予定だった演奏。だがそんなことはなく空には雲1つない晴れということで中庭で行われることとなった。


 校舎は上から見れば5角形。建物は生徒の教室がある教室棟。職員室、保健室、校長室などがある管理棟。家庭科室、実験室などがある特別棟。美術室、音楽室、コンピューター室などがある芸術棟に分かれている。

 配置としては上の2辺に教室棟。右下に芸術棟、左下に特別棟、そして下側の辺に管理棟が来るようになっている。


 そんな5角形の中央部分が階段状の広場となっている。

 教室棟側が高く、管理棟側が1階分低くなっている。コンサートホールの内部をそのまま持ってきたような感じ。そのため後ろの方からでもしっかりと見える作り。


 ギター・マンドリン部と吹奏楽部に所属する学生が広場になっている1番下側で椅子や楽器の準備を行っている。また管理棟1階の中では人が何人か何かの準備しているが、総司には何をしているのか分からない。そのため視線を外し、稚奈とと共に座る場所を探す。


「ってあれ? 稚奈?」

「あら、藍那も見に来たの?」

「あったり前じゃない。彩乃が吹部に入っているのに。と、こ、ろ、で……後ろにいる人は?」


 稚奈が藍那と呼んだ同級生と思わしき女子生徒がおもちゃを見つけた子供のような目をする。すべて稚奈に任せようと考えた総司は数歩下がった場所で黙っておく。


「彼? 彼は――」

「お姉ちゃん?」


 稚奈が答えようとした瞬間、後ろから声が聞こえる。稚奈を姉と呼ぶ人なんて1人しかいない。約束は稚奈とだけだったため驚きつつ、稚奈とほぼ同時に振り返る。当たり前ではあるが学園と言うことで制服姿の玲奈と――


「蘇摩!?」

「間宮!? なんで??」


 約1週間ぶりに顔を見る衣里がいた。まさか告白をした相手とされた相手。お互い相手がいるなんて思っておらず、驚く総司と衣里。

 そんな2人を置いて栗生姉妹が話をする。


「お姉ちゃんソウ君と来ていたんだ」

「ええ。そういう玲奈も蘇摩さんと来ていたのね」

「うん。でもびっくりした。何にも言っていなかったから驚いたよ」


 驚いたという玲奈だが、あまり驚いたような表情をしていない。まるで最初から知っていたような感じ。だが総司と衣里は想定外の出会いにそこまで気が回っていなかった。


「そういえば衣里ちゃん。今度ソウ君にあったら話したいことあるって言っていたよね」

「おい玲奈、お前タイミングってものが――」

「せっかく衣里ちゃんと見ようって話しだったけど、ちょうどいいし話があるんだったら私お姉ちゃんと見るよ」


 驚く衣里を置いて玲奈が総司の横を過ぎ去って稚奈の元へ行く。すれ違いざまに総司は確かに玲奈の言葉を聞いた。


「頑張れ」


 何をどう頑張ればいいのか全く分からず、その意味を聞き返そうとしてすれ違った玲奈の方を振り返った総司。声を掛けようとした瞬間、弱くではあるが袖口を引っ張られるのに気が付く。誰が袖を引っ張ったのかなんてすぐに分かった。


「蘇摩?」

「その……良かったら、一緒に見よ」


 俯いたままの衣里に総司は嫌だとは言えなかった。だが約束を先にしたのは稚奈と。どうしようかと思って稚奈の方に振り返ると稚奈は笑顔で頷いた。



 衣里に引っ張られ、玲奈と稚奈の2人から離れたところに座る総司と衣里。ちょうど2人が座ると同時にたそがれコンサートの始まりを告げる挨拶が始まった。


 だが総司はその話を聞いていなかった。つまらないからというより、隣に座る衣里を意識して話が入ってこない。

 それは衣里も同じようで座ってからずっとソワソワしている。視線も総司の方を見るがすぐに逸らす。


 お互いどのように切り出して声をかけるべきか。また話しかける決心が出来ないためか、結局始まりを告げる挨拶が終わり、吹奏楽部による演奏が始まった。少なくとも名前だけは聞いたことのあるような曲が優しい音色に乗って流れる。


 男としてどうかと自問しつつ、衣里から話を切り出してくれることに期待して演奏を聞いている総司に、隣に座る衣里がついに話しかけた。


「その、この前はごめん」

「え?」


 驚いて衣里の方を見る総司だが、衣里は前を向いたまま話を続ける。


「間宮が最後まで言う前に話遮ってオレ逃げただろ?」

「あ、ああ。いや、気にしなくていい。蘇摩には蘇摩の気持ちがあるわけだし」

「それでもだ」


 衣里が総司の方へ顔を向けたが、すぐに逸らして前を向く。

 せっかく話を出来たにもかかわらず、話が続かなかったために再びお互い黙って吹奏楽部の演奏を聞く。あまり間を置かずに再び衣里が話しだす。


「花火見に行った日、定期検診があったんだ」

「……病気のか?」

「ああ。それで……」


 そこで言葉を止める衣里。どういうか迷っていると察した総司は衣里の言葉を待つ。10秒も経たずして口を開いた衣里。


「余命宣告を受けた」


 その言葉に総司は目を見開く。

 映画でも時々出てくる余命宣告という言葉。それがどういうものか総司には分かっていた。だがこれまで身近に要る人の中で余命宣告を受けた人はいなかったため、まだどこか遠くで起きている出来事のように感じる。


「治ったんじゃ……」

「再発した。しかもこの前検査した時から3か月開いていたから思ったより進行しているって。手の施しようは……」


 そこまで言って口を閉じる衣里。分かりたくはなかった。だがその先の言葉なんてすぐに分かってしまった総司。受け入れたことによって落ち着いているようなそんな雰囲気が衣里から出ている。

 自分のことではないにもかかわらず焦りからか思わず質問が口から出てしまう。


「……いつ――いや。なんでもない」

「4月」

「……え?」


 簡単に聞いていい質問ではないような気がして慌てて言葉を止めるが、総司の質問が分かったようで衣里は表情1つ変えることなく答る。

 いつの間にか演奏は終わっており、前では部員の内の1人が次の曲の解説をしていた。


「どう頑張っても来年の4月が限界だろうって。だから玲奈と間宮は3年に進級できるが、オレは3年にはなれないな」


 口角を上げ微笑む衣里だが、どこか無理して笑っているように見えて仕方がなかった総司。それに笑えなかった。頭の回転が追いついていない。

 総司の雰囲気を感じたのか微笑みを消す衣里。


「ま、そういうことでオレのことは諦めて玲奈とくっ付け。そっちの方が長く恋人で――」


 衣里の言葉はそこで止まった。

 いや止められたと言った方が正しい。


 総司が突然、衣里の手首を掴むと立ち上がる。そのまま引っ張られるように衣里も立ち上がると総司に強引に引っ張られるようにしてどこかえ連れていかれる。


 幸いにも最後列に座っていると言うこともあり、周囲の人は2人に気が付かなかった。ただ少し離れた1人の少女は演奏より総司と衣里のことが気になっていたようでチラチラと視線を送っていた。


 だから総司が衣里を引っ張ってどこかへと移動して行くことに気が付いた。

 そして2人の後ろ姿を見ながらどこか悲しそうに微笑んだ。






「おい。こんなとこに連れてきていったい何考えてるんだよ」


 教室棟を挟み、先ほど総司たちが座っていた場所とちょうど反対側まで衣里を引っ張ってきた総司はようやく衣里の手首を離した。もう少しで夕日が山の向こうへと完全に沈み込みそうである。

 吹奏楽部が次の演奏を始めたようだ。校舎を挟んでいるが、演奏が聞こえている。有名なアニメの音楽。


「俺は蘇摩が好きだ! だから俺は付き合いたい! 俺は蘇摩に彼女になって欲しい」

「お前! 人の話を聞いていたのか!? もう長くないんだぞ!?」

「ああ。さっき聞いた。それでもだ」


 2度目の告白をする総司。さすがの衣里もこれには驚く。少し声を荒げるが、建物を挟んでいる上に演奏の音も相まって向こうにいる人には聞こえていないだろう。そして幸い、周りには人がいなかった。


「俺は蘇摩と恋人になりたい」

「……」

「外を歩くときは手をつないだり腕を組んで2人で歩きたい。あとどのくらい生きられるなんて考えずに、俺は今いる蘇摩と一緒にいたい。俺は蘇摩の隣に立ちたい」


 心に奥に沈殿したわだかまりを全部吐き出すように言う。まっさらな関係になれるように希望を込めた言葉を。


「例え間宮が良かったとしても、オレはお前に迷惑をかけるんだぞ?」

「それでもいい」

「できないことだってあるんだぞ?」

「できることを探してやる」

「半年ちょっとしか一緒にいられないかもしれないんだぞ?」

「もしかしたら伸びるかもしれない」


 それでもやはり余命が残り少ないためか、衣里は悩んでいる。いや違う。どうにかして断ろうとしている。それでも付き合えないとバッサリ切り捨てないのは葛藤しているからなのか別の理由からなのか。それは本人にしか分からない。

 だから総司は衣里に自分の気持ちを伝えることしかできない。


「俺に迷惑が掛かるかもなんて考えるな。お前は俺のことをどう思っている。好きなのか? 嫌いなのか?」


 衣里は総司の質問に答えることなく俯いたまま。


「振るなら、俺に迷惑が掛かるとかそういう理由で振るな。友達としてしか見れないとか――」

「そんなことない!」


 衣里の言葉に驚く総司。そんな総司に衣里が続ける。


「す、好きだ。オレも総司のことが――1人の男性として好きだ」

「そうか。それじゃあもう一度言う。俺は蘇摩のことが好きだ。俺は蘇摩と恋人同士になりたい」

「オレも間宮のことが好きだ。大好きだ。だからお付き合いしたい」


 総司の聞きたかった言葉が帰ってきた。嬉しさのあまり、真剣だった表情が緩んで笑みが出てくる。

 恥ずかしそうな嬉しそうなそんな表情をする衣里の顔が目に入った。顔が赤く見えるのは夕日のせいではないことぐらいわかるほど真っ赤である。


「それじゃあ、蘇摩。改めてこれからよろしくな」

「ああ。よろしく」


 恥ずかしそうに返事をする衣里の笑顔は一生忘れないものになるだろう。そんな風に思う総司だった。


 その後、先ほどまで座っていた席に座り、ギター・マンドリンの残りの演奏を聞く。

 先ほどまでの演奏と違ってより綺麗に聞こえるのは、隣にいる彼女の存在が大きいんだろうな。そんな風に思いながら衣里の方をチラッと見た総司は、ちょうど総司の方を見ていた衣里と視線が交わる。照れたのかフフッと笑った衣里につられ、笑顔になる総司。


 再度視線を前に戻した2人は仲良く並んでギター・マンドリン部の演奏。そして吹奏楽部の演奏を聞いていた。時よりお互いの横顔を見ながら。




 あっというまに感じられるほどに1時間半は過ぎ去り、黄昏コンサートは終了を迎えた。夕日はとっくの前に沈み辺りは真っ暗。唯一、中庭だけが屋上からのライトで照らされており明るい。


「2人ともどうだった?」


 総司と衣里が立ち上がるとほぼ同時に玲奈が近づいて来る。稚奈は演奏が始まる前に合った友達と話しているためいない。


「ギター・マンドリン部の演奏も吹奏楽部の演奏も、両方とも凄かったな」

「衣里ちゃんはどうだった?」


 見ればどこか浮かないような表情をしている衣里を見て楽しくなかったのだろうかと心配する総司。

 ただ演奏中は今のような表情をしていなかったため、なぜそのような表情をするか余計にわからない。


「えっと……玲奈。ごめ――」

「謝らないで。私が後悔しちゃうから。お願い」

「ごめ……玲奈、ありがとう」

「うん。おめでとう、衣里ちゃん」


 なぜ衣里が謝るのか、なぜ玲奈がおめでとうと言ったのかさっぱり理解できなかった総司。理解しようと頭を回転させていると、衣里が総司の袖を引っ張る。


「言わなくていいのか?」

「何を?」

「オレと間宮の関係を」


 一瞬言っていいのか悩んだが、衣里が言えと言っているかのような視線を向けてくるので総司は玲奈の方を見る。


「えっと……俺、蘇摩と付き合うことになったから、その……」

「おめでとうと、ソウ君」

「ありがとう」


 本当に喜んでくれているのか、笑顔を浮かべる玲奈。それでも玲奈からの好意は感じていた。そのため申し訳ないという気持ちを抱いてしまう。


「それじゃ間宮。帰るぞ」

「え?」

「いや、え? じゃないだろ。ほらさっさと帰るぞ」


 ジト目を向けつつ衣里がさっさと帰ろうとする。総司としてはまだすることがあって帰れない。そのすることと言うのが。


「でも暗いし、レーちゃんと稚奈先輩を送っていかないと……」

「大丈夫だよソウ君。迎え来てもらうから」


 すでに日は沈み、辺りは暗くなっている。街灯があるとはいえ、やはり美人姉妹のことが心配になっていた総司。玲奈は大丈夫だというが、本当に大丈夫なのかという心配な気持ちは変わらない。


「ほら、帰るぞ」

「お、おい」


 だがそれよりも早く衣里に袖をグイグイと引っ張られる。「じゃあまた始業式で」となんとか玲奈に言った総司は衣里と共に帰路についた。






 2人が完全に見えなくなった時、見計らったように稚奈が玲奈に声をかける。


「玲奈。こっちにいらっしゃい」

「……え?」


 少し驚く玲奈にそれ以上何も言わずに稚奈は手を引いて校舎裏に移動する。校舎裏には街灯がありその気になれば2人を見るぐらい明るい。だが幸いにも周りには誰もいなかった。


「えっと、何、お姉ちゃ――」

「よく頑張ったね」


 玲奈が言い切る前に稚奈は玲奈を抱き寄せて抱き締める。それが引き金となったのか涙が溢れてくる玲奈。昨日あれほど泣いてもう涙は流れないのではないかと思っていたがそんなことはなかった。


「……失恋……しちゃった」


 昔から一緒に遊び、小学校へ登校し、総司が引っ越しして遠くに行ってから気が付いた総司への恋心。一度実らないとあきらめかけていたその気持ちは総司が転校してきてから再び抱く。

 それは学園祭の準備の時により一層大きくなった。


 だが結局その恋は実らなかった。

 校舎裏には、稚奈の胸に抱きしめられているためか、小さくくぐもった嗚咽がいつまでも聞こえていた。

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