5-12
打ち上げ時間は約30分。その30分はあっという間に過ぎ去った。最後の花火が残滓を煌めかせながら時間をかけて消えた。
花火の打ち上げが突然始まったと同じように、突然静寂が訪れる。10秒過ぎ去って、ついに花火大会が終わった。
それが分かったのか、帰り支度を始める人や感想を言い合う人の声であふれかえる。玲奈や衣里達女性陣も周りの人と同じように固まって感想を言いあっていた。
そんな様子を総司が見ていると隣に浩太が移動してくる。
「祭りはどうだった?」
「ん? 楽しめたぞ?」
「ならよかった」
総司の返事を聞いて満足げに頷く浩太。陽菜乃は玲奈たちと会話していると言うこともあってか話し相手がいないらしい。
「これで夏休みも終わりだな」
「そういうがあと数日あるだろ」
「もう数日しか残っていないの間違いな。ヒナとイチャイチャできるのもあと数日か……」
もうお腹いっぱいだと言いたい総司だが何も言い返さなかった。確かにあと数日しかない。だからと言うわけではないが、なぜか少しだけ焦る気持ちがあった。
「総司」
「なんだ?」
「落ち着け。焦ったら失敗するぞ」
浩太にまるで心の中を見透かされたような気持になり、面白くなく顔をしかめる。
「それはこっちで何とかするからお前は黙ってろ」
「へいへい。それじゃあ面白い話期待しておくよ」
ニヤニヤと笑う浩太を殴ろうとした総司だが、それよりも早く女性4人組に声をかける。
すでに大半の人は帰ったらしく少ない。
「迎えはもう少しで来るみたいだがどうする?」
「それじゃあもう移動した方がいいわね」
稚奈の提案により帰る支度をした総司たち。
移動を開始した時間をほんの少ししかズラしていなかったため、来た時に入場したゲート付近で帰るためにゲートから出ようとしている集団に追いついた。
人が多いと言うことではぐれないように移動する総司たち。人の流れに合わせて付いて行くだけだが、気を抜くとあっというまにはぐれそうである。
にもかかわらず、総司は浩太に言われた言葉を思い出していた。
一緒に見に来たメンバーで固まっているが、そのメンバーの最後尾を歩いていた総司。ふと目の前に衣里の後姿が目に留まった。
まだ夏休みはある。それでもチャンスは今しかないような、そんな気がした。総司は衣里へと手を伸ばす。
「……え?」
衣里が驚いた声を上げた。当たり前である。突然掴まれて驚かない人がいない方がおかしい。そんな驚く衣里をよそに総司は尋ねた。
「ごめん。いま話したいことがあるけどいいかな?」
「どうした?」
「こっち来て」
「あ、ちょっと待って」
出口へ向かう人の列を横切るかのように、総司は手首を掴んだまま歩いた。出来る限り衣里を引き寄せ、他の人にぶつからないよう気を配る。なんとか横切り終えた総司はそのまま近くにあった柱の裏に回り込んだ。
そこでようやく足を止める2人。
早鐘を打つ心臓。その理由は人混みをかき分けるように少し早足で移動したからなのか、これから伝える言葉に緊張しているからなのか。
今の総司には考える余裕がなかった。そもそもそんな事を考える暇なんてない。
一緒に来た浩太達にから自分からはぐれるということは、浩太達に迷惑がかかる。それが褒められたことではないことぐらいわかっている。それでも拉致に近い形で連れてきた衣里の方に、どうしても伝えたい言葉を伝えるため総司は向き直った。
「どうして急に――」
「ごめん。どうしても伝えたいことがあって。聞いてくれるか、蘇摩?」
「いまじゃないとだめなのか? 他のみんなとはぐれるぞ?」
「出来れば今がいい」
皆から離れるようにして無理やり連れてきた衣里に総司が尋ねた。
総司とは違って、無理やり連れてこられたと言うこともあってどうしていいかわからず、衣里は浩太達がいるであろう方向をチラチラと見ている。だが分かったと返事をする。それを聞いて総司は深呼吸をしてゆっくりと話し始めた。
「最初は正直、怖かった」
「……」
「でも実際話して見たら面白い奴で、周りの人と大差なかった。話していて俺は楽しかった。けど、いつの間にかもっと近づきたいって思うようになった」
「まみ……や?」
今の状況が理解できたのだろう。衣里は一瞬驚いたような表情をするが、すぐに困惑する表情を見せる。それでも総司は今の気持ちをしっかりと言葉にして続ける。慌てないよう落ち着いて。
「もっといろいろな蘇摩を見たいって思うようになった。大切にしたいって思った。それほどまでに俺は蘇摩のことが好――」
「やめてッ!」
「……え?」
「途中で遮ってごめん。でも、これだけは言わせて。オレはお前と付き合えない」
一瞬何を言っているか分からなかった。だが数秒遅れてようやく理解できた。
衣里に振られた。
「だからごめん」
総司が言葉を探していると、衣里はそれだけを言って出口に向かう人達の波に消えていった。浩太達を追いかけるように。そして総司から逃げるように。
その場に残された総司はただ茫然と立ち尽くしていた。
「よかった。気が付いたらいなくなっていたからびっくりしたよ」
「ったく。はぐれるならはぐれるって言ってくれ」
「それは無理じゃないかしら」
気持ちを切り替えてすぐに浩太たちに追いつくために急いだ総司。幸いにも出入口から見て分かるところに止めてくれていたことが幸いし、すぐに合流で来た。
追いついたときにはすでに迎えの車が来ており総司以外全員乗り込んでいた。
どうやら総司がはぐれたと思っていたらしく、安堵の表情を見せている浩太。
「すまん。すぐに連絡入れるべきだったな」
「まあ、はぐれたら焦るからな。仕方ないか」
少しだけ小言を言われたが、すぐに笑って水に流してくれたので総司としては助かった。
車に乗り込む総司だが、別の問題が発生する。
さすがに徒歩で帰るのも距離があるため、帰る手段が車しかない。そのため振った相手と振られた相手――衣里と総司が同じ車に乗る。
真ん中に玲奈を挟んでいるといっても、2人の間に少し気まずい空気が流れる。それでも出来る限り衣里を意識しないようにする総司。それは衣里も同じらしい。
「総司、お前何かあったのか?」
「は?」
「いや、なんか雰囲気が」
「祭りが楽しくて疲れただけだ」
「確かに楽しかったね。また来年も来たいな」
浩太が怪しむが、何とかごまかす。そのごまかしが上手いこと働いたようで隣に座っている玲奈が笑った。どうやらバレていないらしく、総司は内心ほっとする。
と思ったら玲奈が隣の座席で俯いている衣里に心配そうに声をかける。
「衣里ちゃんも疲れたの?」
「え? あ、ああ。やっぱ人混みは苦手だな」
「蘇摩さん。今日はしっかり休むのよ」
「稚奈さん。ありがとうございます」
後ろの座席から心配そうな声をかけてくる稚奈に弱々しく笑う衣里。総司と視線を合わせないようにするためか、すぐに俯いた。
全員疲れているだろうと気を利かせた浩太の親が、それぞれの家の前まで車で送ってくれる。
先に総司と衣里の住むアパートに到着すると、2人が車から下りる。
「お休み」と浩太たちが言うと、車は出発していった。
部屋が隣同士と言うことで、部屋の前まで一緒に行く2人。その間一切会話はしなかった。。気まずい空気が流れる。
自分の部屋まではそんなにかからない。にもかかわらずあまりにも長い時間に感じつつたどり着いた部屋の鍵をそれぞれ開ける。
「おやすみ、間宮」
「あ、ああ。おやすみ」
総司がいい終わる前に衣里は玄関の扉を開けると部屋へと入っていった。
先日まで涼むためとか何かと理由をつけては、ほとんど毎日総司の部屋へ来ていた衣里。
だが花火大会の翌日から、衣里は総司の部屋を訪れることはなくなった。
やーい、総司振られた!(書いている最中のストレス)