5-11
会場に近づくにつれ車の量が増える。何度目かは分からないが信号機によって車が完全に止まった。
「人多いな」
「毎年こんなもんだぞ?」
歩道を歩く人を見ながらそんな風につぶやいた総司に、助手席に座っていた浩太が振り返る。玲奈と稚奈、そして浩太の彼女である陽菜乃が頷いた。
「去年と変わらないから、今年も会場は混むな」
「マジか」
「蘇摩は人混み苦手なのか?」
総司が尋ねると衣里は しかめっ面で頷く。一瞬無理してきたのではと思った総司。
「おい間宮。まさかだがオレが無理してきたなんて思ってないだろうな?」
「読むな」
「確かに人混みは嫌いだが、祭り自体は嫌いじゃない。あ~あ、人が少ない祭りってないかな?」
「衣里ちゃん、それは難しいと思う」
誰かが笑ったが、この狭い場所に大人数が集まっていると言うこともあり、誰が笑ったのかは分からなかった。
信号機が青にも拘わらずなかなか進まない。結局かなりの時間がかかって近くまで来ることが出来た。距離が近いと言うこともあり、ここからは歩いた方が早いのではないか。そう判断した浩太の親が提案してきたため、車を降りる一行。
浩太と親が言葉を少し交わしたのち、遠くもなく近くもない距離を歩く。日はほとんど沈んだが暑さは残っており、さらに人が周りにいると言うこともあり、歩くだけでも体にじっとりと汗が滲む。
道路も来るまで混んでいたが、歩道は歩道で人によって埋め尽くされていた。そんな道を人の流れに沿って歩くこと数分。ようやく会場に到着した。
そのまま立ち止まることなく人の流れにまかせ、入場ゲートをくぐって中に入っていく。
来るときもそうだが、総司たちの周囲に浴衣姿の人は少ない。そのため浴衣で歩く栗生姉妹が案外目立っている。
目立っているのも、2人が美少女のせいなのではないか。そんな風に総司は考えつつ、浩太達について歩いた。
「結構人居るな」
「そうだな。はぐれないようにしないとな。別にお前ら2人は俺らとはぐれてもいいが」
「それでいいならそうするが」
ぴとりと寄り添いつつ繋いだ手をしっかりと握る陽菜乃と浩太。そんな2人が指を絡めるように握り返している姿から視線を外し、総司は屋台へと視線を向ける。
たこ焼きや焼きそばを始め、輪投げや射的などお祭りといったら外せない屋台から、揚げパンやウナギ釣りなど珍しい屋台まで。
玲奈と並んで最後尾にいると言うことで前に聞こえるよう尋ねる総司。
「何か食べたいものとかは?」
「やっぱ焼きそばとかたこ焼きじゃね?」
「私はできれば歩きながら食べられるものが良いな」
玲奈は歩きながら食べたいらしい。衣里と並ぶようにして総司の前にいる稚奈も頷いた。
普段は何食べるか決めてから動いている。それもいいが、歩きながら食べて回るという普段と違う楽しみ方もいいかもしれない。そんな風に総司は感じつつ、歩いていく。
浩太と陽菜乃の2人の声は周囲の声によってあまり聞こえなかったが、歩きながら考えるとの返事がわずかに帰ってきた。
屋台を見ながら適当にぶらついたり買い食いしたり。また他人がしている金魚すくいを少し見たりしていると、縁日お馴染みの輪投げの屋台が見えてくる。ちょうど小さな子供がやっており、何かのおもちゃに輪っかを綺麗に引っかけることが出来てゲット出来ていた。
「輪投げか。昔よくやったよねソウ君」
「やってたな」
「そうなの?」
少し意外そうな表情をする稚奈と衣里。玲奈が懐かしむような表情をしながら頷いて説明する。
「うん。それで欲しいおもちゃがあって何回もチャレンジしてたんだけど、結局獲得できなくて泣いて、ソウ君のご両親を困らせてたよね」
「やめてくれ」
「間宮にそんなことあったんだ」
半分黒歴史と言ってもいい思い出を思い出させられ、苦虫を噛み潰したような表情をする。そんな総司の表情を見て衣里が笑った。
そんな話をしていると久しぶりにやりたりという話になり、総司と玲奈がやることになった。
この店の場合は商品に、もしくはケースの上にある正方形の木に針金で作った輪っかを完全に入れる方式。商品に重なっていたり木に引っかかっていた場合は獲得できないという物。
以前のように子供ではなくいくらか成長したため案外すんなりいくのではと思っていた総司だが、やはり奥の方にある大物――車のラジコンとかゲーム機とか――は獲得できなかった。というより獲得できても持って帰る方法がなく、これはこれでよかったのではないかと考えてしまう。
玲奈の方は小さい物を狙っていたようで、いくつか獲得してた。
「蘇摩はしないのか?」
「うーん……」
総司が尋ねると悩む衣里。無理やりさせるつもりはないので、無理にしなくていいと言いかけた時、衣里は持っていたカバンから財布を取り出し店主にお金を渡した。
「おっちゃん。お願い」
店主からお金と引き換えに輪っかを受け取った衣里が構える。その姿が妙に様になっていた。
「やったことあるのか?」
「昔な。まあその時に、商品をあんまりにも取りすぎて出禁になった。あと付いたあだ名が『荒し魔』」
その言葉を聞いて総司だけではなく、様子を見ていた店主の表情が引きつった。そんな店主の表情なんて知らず、衣里が総司に尋ねる。
「どれ取って欲しい?」
「どれが行ける?」
「どれでも」
そう言った衣里に無理だろうなと思いつつ、総司はほとんど店の奥にある大物――車のラジコンを指定した。さらに店長の表情が引きつる。
一応店員をやっているんだからそんな表情をするなと言いたくなるがまあ仕方がない。
「お前、あんなのどうやって持って帰るんだよ」
「獲得前提か」
どうなっても知らないぞと言った衣里が輪を投げる。
衣里が投げた輪は綺麗な放物線を描き、まるで自分の帰る場所が決まっているかのように綺麗に木のブロックを囲った。
「……うっそだろ」
「じゃあ次、横にあるゲーム機な」
総司が驚いている隣で衣里がそう言うな否や、再度輪を投げる衣里。それも綺麗に決まった。
そのまま大物ばかり狙う衣里。店長の顔色は青を通り過ぎて白になっている。ここまでくると同情するしかない。
その後も大物ばかり狙い当てた衣里。気が付けばギャラリーが増えていた。
「とまぁ、こんな感じに昔やってて出禁になった。あ、店長。おっきいやつはいらないから小さい奴頂戴」
店長としては利点だったためすぐに了承してくれた。
「じゃあ間宮、選んでいいぞ」
「俺?」
「ああ。俺はいらないから、玲奈に似合うヘアピンでも選んであげろ」
勝手に選ぶ権利を他人に渡していいのかは気になるところだが、店員が口を開く前にみんなの所に戻る衣里。2人は気が付かなかったが、ギャラリーが増え始めた辺りで総司と衣里以外の4人は少し離れたところまで避難した。
さすがにいつまでもいたら邪魔になるからと、景品を選ぶ総司。
ちょうど目の前にあった100均にあるようなヘアピンのケースに目が行く。それに手を伸ばそうとした瞬間、意識してはいなかったが隣にある1つのプラスチックのケースに目が行った。
ヘアピンとはまた別の景品。ヘアピンなら普段から使えるだろうが、目についた物は使うことがあるかなんてわからない。
その迷いが、その景品を掴もうとしていた右手を途中で止めた。
「迷ってんなら2つ持って行っていいぞ」
「え?」
「でっかい景品を全部持って行かれなかったんだ。小さいやつ2つぐらいどってことない」
「いいんですか?」
店員がいかつい顔で頷く。一瞬どうしようかと思った総司。それでももしかしたら。そんな淡い期待を抱いて総司は――
「おじさん。これ貰って行く」
店主が頷いたのを確認したのち、総司はヘアピンの入ったケースと、別のプラスチックのケースをカバンに仕舞い、衣里の後を追いかけた。
「やっぱ屋台で売っているご飯って味が違うよな」
確かに味は違うが、お前のその小さな体のどこに入っていっているんだと困惑気味の総司を置いて、焼きそばにたこ焼き、フランクフルトを食べて現在は焼きとうもろこしを食べている衣里。
それは玲奈も思っているらしく、どこに入っていっているのだろうかと先ほどポツリと呟いていた。
すでに辺りは暗くなっており、もう間もなくメインの花火が始まる。そのため現在は花火が見れるスペースにて座って待っている。
「なあ蘇摩。1つ気になったことあるんだがいいか?」
「ん?」
「なんか今日いつもと違うよな。無理やり元気を出しているっつうか」
「いや、お前何言ってんの?」
口の中に入っている物を飲み込んだのち、返事をする衣里。座っている場所が総司の右隣とは言え、辺りは暗く衣里の表情は分からないが、声の感じからして困惑しているのは分かった。
「やっぱ気のせいか? 楽しんでないんじゃないかって心配してたんだが」
「少し前に言ったが、人混みは苦手だけど祭り自体は好きだから十分楽しんでるぞ」
「そうか」
「そういうお前も祭りの間ずっと何か悩んでいるって感じだけど」
「え?」
確かに屋台を見て回っている間、総司は悩んでいたことのあった。だが悩んでいるとバレたくなかったため表面には出さないよう務めていたはずであった。
そのためバレていたことに驚いた。それでも何とか表情に出さないようにする。
気が付いたのかは分からないが、衣里が少し顔を寄せ声を落とした。
「オレだけじゃなくて玲奈も気が付いてるっぽかったぞ」
「……気のせいじゃないか?」
「そう言うことにしといてやる」
玲奈に聞かれるのを防ぐためか声を小さくした衣里につられ、総司も自然と声が小さくなった。いつも通りの感じで返事が出来たかは分からないが返した総司に渋々納得する衣里。
話はそれで終わりだ。そう言うかのように衣里が正面を向いたその瞬間、空に飛び上がる口笛じみた音と、破裂する短い音、それからあられが散らばるような音が続けて鳴った。
それとほぼ同時に、よく晴れた夜空を覆い尽くすように、赤や青や緑など様々な色の巨大な菊型の花火が炸裂する。
花火から観客のいるところまでは安全を考慮してある程度距離はある。それでも、夜空を彩る花火は一瞬のうちに視野いっぱいにまで広がってゆく。
きらきらとした火の粉が今にも顔面へ降りかかってきそうだった。
最初は数秒開いて打ち上げられていた花火も、半ばに差し掛かると絶え間なく打ち上げられる。自然に沸き起こった歓声が終るのを待たず、幻のように鮮やかな花火が夜空一面に咲いては消えていく。
総司がふと横に目をやると右隣で衣里が、左隣では玲奈が瞳を大きく開けて空を見つめていた。花火が赤や緑へと色彩を変えるたびに、菊や滝が空一面に広がるたびに、2人の頬は様々な色に変化していった。