5-10
夜が近づいてきているため日が傾き太陽が隠れ始めるが、それでも夏真っ盛りと言うことも関係し残暑が残る夕方。花火大会を皆で見に行く案が出されたのが数日前。そして本日は花火大会である。
学校近くのテーマパークにて花火大会が毎年行われる。正確にはテーマパーク内から沖合で打ち上げられる花火を見るという物。花火に合わせ、テーマパークへは決まった時刻以降の入園が無料になる。
「浩太。なんかチャラいぞ」
「うっせぇ! どうせ俺は何を着てもチャラく見えるんだよ! そう言う総司は浴衣じゃないんだな」
「生憎、持ち合わせてなくて無くてな」
現在総司たちがいる場所は学校近くの図書館。
花火を見に来る人達で会場近くの駐車場はいっぱいになる。徒歩で行こうにもそこそこ遠く、自転車で行こうにも総司は持っていない。そのため浩太の親の車で送迎してもらうことになった。
集合予定時刻よりいくらか早いが、すでに浩太は来ていたようで待っていた。服装は浴衣だが、チャラく見える。総司は本人の言う通り浴衣ではない。
「蘇摩さんも浴衣じゃないんだな」
「間宮と同じ理由だ」
せっかくだし一緒に行くかと総司に誘われたため、一緒に図書館まで歩いてきた衣里も浴衣ではない。総司としては衣里の浴衣姿を見てみたかったが、普段着ている服ではなくよそ行きの服装を見れて少しうれしく感じていた。
「あとはレーちゃんと稚奈先輩。それにお前の彼女待ちか」
「いや、ヒナは車に乗ってる。さすがに暑い中待たせられないからな」
「早いな」
「そりゃ迎えに行ったからな。可愛いヒナの浴衣姿を早く見たくて」
そう言いながらまるで思い出しているかのような表情で1台のミニバンの方を見ている浩太。
そんな浩太を放置して総司はじっと衣里の顔を見る。視線に気が付いた衣里が顔を上げてきた。
「なんだ?」
「いや……暑いんだったら先に乗せてもらっていたら?」
「いいのか?」
「いいけど、スルーはやめて……って本当にスルーはやめて!」
浩太がいいというと、ありがとなと言って車の方へ向かう衣里。その後ろ姿を総司と浩太は見ていた。衣里がある程度離れたところで浩太が小さく笑う。
「こういうのもいいよな。凄い日常感がして」
「なんかおっさん臭いぞ」
「そんなこというなよ。それで総司」
「なんだ?」
「夏休みはどうだった?」
「そう言えば残り2週間切ったのか」
夏休みはあと1週間半ほど。今思えば夏休みはあっという間だった。夏休み始まるときが凄く懐かしく感じる。毎年同じように感じていたが、今年はなんだか少しだけ違った。
出かけた先で偶然友達と会ってそのまま遊んだり、衣里とグダグダ過ごしたり。あとは停電が起きて衣里の意外な一面が見えたり、少し照れた表情にドキッとしたり。
「夏休み充実していたか?」
「まあ、それなりには」
「いろいろあったのか? というよりあったんだな」
「勝手に確定させるな。まあ確かにいろいろあったが」
「こっちでの夏休み楽しめたようで何よりだ」
果たして楽しめたと言っていいのかどうかはさておき、良かったのは良かった。そんな風に総司が思っていると浩太が続ける。
「夏休みもそうだが、1学期もいくらか行事はあったよな。でも2学期の方もいろいろ行事があるぞ」
「まあな」
「野郎と一緒にバカ騒ぎするのも楽しいと思うが、彼女と一緒も楽しいと思うぞ?」
「……お前はそうなのか?」
その問いに浩太は無言でうなずく。
「ともかく、いつまでも待ってても仕方ないぞ。やっぱ自分で動かないとな。もしかしたら相手が告白してくれるなんて思うな」
「経験談か?」
「経験談だ」
ニヤッと笑った浩太に対し、ただ「そうか」としか返せなかった。それ以外の言葉が見つからない。そんな総司の気持ちなど知らない浩太は続ける。
「あともう1つ言葉を送ろう」
「どんな言葉だ?」
「告白は一時の恥、告白せぬは一生の後悔」
「俺の知ってる言葉とは違うな」
「俺なりにちょっと変えた。意味は分かるか?」
勝手に変えていいのかよと突っ込みたい気持ちは今は抑えて少し意味を考える総司。元にしたであろうことわざはすぐに分かった。そこからなんとなくだが考える。
「告白するのは一時的な恥で、告白しないことは一生後悔することになるぞ……ってことか?」
「うーん、まあそんな風にとらえられても仕方がない言葉だけどよ。告白して成功するも失敗するも結局恥ずかしいって気持ちになるのは一瞬だけだ。でも告白しないでずっと後悔するよりマシ。そんな意味なんだが」
「似たような言葉から離れているような気がするぞ?」
「まあそれは仕方ないな」
肩をすくめる浩太から地面へと視線を外すように移す。そんな総司に気が付いた浩太が少し不思議そうに眺めているのに気が付かず、総司は先ほどの浩太の言葉を心の中でつぶやく。確かに告白するとなると振られる怖さとかそういうものはある。
浩太の言葉を知らぬ間に呟いていたようで、浩太に聞こえていたが総司は気が付かない。
「いろいろ無茶ばかりして人助けするお前でも、そういう心配するって人間味あるよな」
俺は元から人間だ。そんな返事が帰ってくると思っていた浩太だが、総司からはツッコミは帰ってこなかった。というのも総司の耳には浩太の言葉は入ってきていなかった。
体の奥深くで何かがストンとあるべき場所に収まってすっきりしたような、そんな感覚を総司は感じていた。思わず笑みがこぼれる。
総司が再度顔を上げた時、浩太は笑っていた。
「良い顔つきになったじゃないか。何割かマシでカッコよくなったぞ?」
「うっせぇ!」
「みんなびっくりするんじゃないか? っと、話はここまでだ。最後の2人のご到着だ」
小突こうと思ったが動き出す前に浩太の言葉で動きを止める総司。浩太が見ている方を見ると、栗生家が所有する車から降りたらしき2人が歩いてくるところだった。
「2人ともお待たせ」
近づいてきた玲奈と稚奈は浴衣姿。それぞれの普段の雰囲気に合う着物を選んでいるように見える。総司は普段とは違う大人っぽい2人の姿に見惚れていた。
「ソ、ソウ君。私……変かな」
「え……あ、大丈夫! すごく似合っているよ!」
「ほ、本当?」
玲奈がどこか心配そうな表情をしながら上目遣いで総司の顔を覗き込んでくる。総司と玲奈のそんな様子を見て、浩太が笑った。
「栗生さん、そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。総司見惚れてて言葉が出ないだけだから」
「おい浩太!」
「おー怖い怖い」
小突こうとした総司から離れる浩太。全く怖がっているように思えない。総司が再度小突こうとしたが、浩太はそれをひらりとかわす。
「全員集まったし、行くか」
「おい待て。話はまだ――」
言い終える前に車の方へ走っていく浩太と浩太を見て肩を落とす総司。そんな2人を見てなのか栗生姉妹がクスクス笑っていた。総司がバツの悪そうな表情をするとさらにクスクスと笑ったがすぐに笑うのを止めた。
「じゃあ先に行っているわね」
「ソウくんも早く」
そう言って2人も車へ向かって行く。車の方を見ると後部座席へ乗るためのスライドドアを開けて衣里が見ていた。衣里と玲奈、そして稚奈の3人の姿を見て先ほど浩太が言った言葉を思い出す総司。
『告白して成功するも失敗するも結局恥ずかしいって気持ちになるのは一瞬だけだ。でも告白しないでずっと後悔するよりマシ』
確かに怖いやら恥ずかしいという気持ちはある。だが変化を望むなら……。
「総司。何してる!」
浩太を始め、すでに車に乗り込んでいる人達が総司の方を見ていた。そんな中で総司は視線があった。その相手は――
衣里だった。
最初は少しだけ怖いと感じていた。だが実際に話せばそんなことはなく、女友達というより男友達に近く感じていた。それでも雷が怖いと言ってくる姿や寝ている姿、ふとみせる笑顔は女の子のもの。
いつかはわからない。それでも確かにそんなギャップにやられたのは分かった。それでももっと衣里のいろいろなことを教えて欲しい。だからきちんとこの気持ちを伝えよう。
総司はそう決意すると、とりあえず車に乗り込むため足を踏み出した。