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昼間はそうでもなかったが時刻は夕方と言うことでモール内は買い物客は学生や年金生活の老人たちより主婦が多く感じられる。
そんな人の間を縫うように目的の場所までまっすぐと進んでいく総司。浩太とテシと共にモール内を見て回っている際に文具店を見かけた。その時にはすでに原稿用紙のことなど、モール上空に広がる夏特有の晴れ渡ったあの蒼い空の彼方まで飛んで行っていた。
それでもなんとなくだが場所を覚えていた。だが念には念を入れて地図で確認。記憶に間違いがないことを確認したのち文具店まで足を進めた。
小さい文具店ではあったが、それでも原稿用紙はしっかりと売っておりきちんと購入した総司。時間的に帰宅したら夕食にしてそれから清書にはいりそうだ。
ここまで来たら同じだと割り切って食品売り場に向かう。
モールの吹き抜けの所に配置されている大型テレビ。その大画面では今夜放送の、大人気2時間ヒューマンドラマ『ダックスフンド~バ美肉オジサンとの融合~』の予告をしている。
ヒューマンドラマと言いつつダックスフンドをタイトル名に使ってどうすると思いつつ、食品売り場へと向かった。
「とりあえず、歩きながらでいいから話そうぜ?」
「こいつの言う通りだ。とりあえず話してみないことには分からないだろ?」
ふとテナントとテナントの間にある階段へと続く通路から声が聞こえてくる。口調が明らかにナンパの物。夏休みに入って暇なんだろうなと自分のことを棚に上げながら思いつつ、通り過ぎる振りをしてちらっと見ると、案の定3人の男が女の子に絡んでいた。
「イヤだつってんだろ。いい加減にしろ」
総司から女性の姿は見えなかったが、声に聞き覚えがあった。なんなら夏休みに入ってから毎日のように聞いているためすぐに分かった。しゃーないかと思いつつ、寄り道をすることにする。
「そんなこといっちゃって。内心無茶苦茶喜んでるんじゃないの?」
体の位置を少し変えたため女性の顔が見える。案の定衣里だった。ナンパしている3人組の内の1人が声をかける前に覚悟を決めた総司が声をかける。
「ったく、何してる。あんまり待たせるな。ほら行くぞ」
「え、えぇ!?」
衣里を囲むように立っていた男3人。その男と男の間に無理やり割り込んだ総司は衣里の手を掴むとそのままぐっと自分の方へ引っ張る。
衣里が踏ん張るため力を入れないとこっちに来ない。そう思って少し強く引っ張ったが、実際はそこまで力など入れなくてもよかった。
それほどまでに衣里は簡単に総司のもとへ引き寄せられた。なんなら勢いを止められず、総司に抱き寄せる形になった。思ったより勢いよく来たため、1歩だけ総司は後ろに下がって勢いを逃がす。
衣里と近くに並んで話したことはあったが今のように抱きしめたりなんてない。そのため衣里の体の小ささに驚かされた。もちろんそんな総司の内心なんて知らないやつもいる。
「誰だお前?」
3人組の内の1人が尋ねてきた。なんて言おうか迷った総司はただ一言だけ。
「見りゃわかるだろ?」
そこで言葉を止める。止めてから気が付いた。絶対勘違いさせてしまう回答だと。慌てて「連れだ」と答えようとしたがそれよりも先に男が口を開く。
「チッ。彼氏持ちかよ。行こうぜ」
舌打ちと共に捨て台詞を吐くと、男たちは奥にある階段へと消えていった。それを見送った総司は下に視線を下ろすと上げた衣里と視線が合う。
周りから見たら抱き合っているようにしか見えないほど体は密着している。というよりまさに抱き合っている。そのため顔が近い。お互いどうしていいか分からなくなってしまって見つめ合ったまま体が固まった。
ふと母娘の会話が聞こえてきた。
「ママ見て~。あの人たち抱き合っているよ!」
「若いっていいわね。周りの目を気にせずにあんなふうに抱き着きあえるもの」
「ママもあんなふうに抱き着き合ってたの?」
「ええ。でもさすがに人前ではねぇ……」
「その相手の人ってママの学生時代の卒業アルバムに写っていた、パパとは別の男の人?」
「そ、そんな写真あったかしら~?」
その言葉で人目に付きにくい場所とは言え、完全に見えないことはない場所と言うことを思い出す2人。いやでも現実に戻される。体の硬直が消えたかのようにお互いバッと離れる。離れたはいいものの、何を言っていいのか分からず、お互い視線を彷徨わせる。
「今日は……今日も、いい天気だな?」
「え、あ、ああ。いい天気だな!」
お見合いかよと言いたくなるような会話。なんならすでに1日が終わろうとしている。それは総司と衣里も分かっている。
お互い口にはしなかったが、もう少しいい会話はなかったのだろうかと内心思っていた。だがそんな会話がすぐにできるほど2人とも落ち着いてなどいない。
人って本当に天気の話をするんだなとどこか他人事のように思いつつ、他にいい会話が思いつかない。それほどまでに2人は気が動転していた。
「わた、オ、オレ買い物に来たのだけど、間宮も買い物か?」
「奇遇だな! 俺も買い物に来ていたんだよ」
「そ、そうか! 何買いに来たんだ?」
「読書感想文用の原稿用紙を……」
総司の言葉がしりすぼみになっていく。お互い離れたとはいえ1メートルほどしか間はない。それでも離れたことによって多少なりとも余裕ができた。
だからなのだろう。
「「プッ、アハハハハッ」」
お互い同時に笑いだす。通路を出た向こう側では突然の笑い声に何人かがギョッとした顔で見ているが、総司と衣里は気が付かなかった。ひとしきり笑った後、衣里が人差し指で涙を拭う。
「あー、面白い」
「ほんと、俺ら何やってんだか」
お互い息を整えると改めて向かい合った。先ほどまでの恥ずかしさなんてどこえやら。いつもの2人に戻っていく。
「で、えっと、間宮は買い物に来たんだよな?」
「ああ。読書感想文のための原稿用紙をな。まあ買い終わって今から食品売り場に行こうと思っていた」
「じゃあ一緒に行くか? オレも食品売り場に行くし」
「いいのか?」
「ダメなわけないだろ。というより、またあいつらにあったら面倒だし」
先ほど男たちが去っていった方を見つつ衣里が答えた。総司としても友達がこういうことに巻き込まれるのは面白くないので一緒に行くことにした。
通路から出て食品売り場へと向かう2人。
「さっきのようなこと前にもあったな」
「そう言えばあったな。前は半分嫌がるオレに付いてきていたけど」
「嫌がってたのか?」
「嫌がってただろ。ただまあ、あの時もまた会ったら面倒だったからお前と一緒に行動していただけだし」
そうだっけと首をひねる総司に覚えてないのかと衣里は苦笑いを返す。だがその表情もすぐに変化し、懐かしむような物になる。
「でもほんと、お前が転校してきてから色々あったな」
「いろいろか?」
「ああ。オレがクラスに溶け込めたり――これはオレも悪いんだけど。学園祭でもいろいろあったり。ついでに海岸清掃でもいろいろあったり」
「おいおい。海外の映画であと数分後に死ぬ奴みたいな会話をするなよ」
「バーカ。まだ体は本調子じゃないからあんまり激しい運動はできないけど、もう治ってますー!」
そういってケラケラと笑う衣里。年齢は総司よりも上。にもかかわらず、同級生のような、もしくはもう少し幼く見える笑顔をする衣里。
そんな話をしていると食品売り場へと付いた。カゴは別々だが、一緒に話しながら購入する物を選んでいく。カップ麺や冷凍食品をカゴに入れていく衣里を気使って総司が果物をカゴにいれたり、総司のカゴに衣里がお菓子を入れたり。
そんな感じで買い物は終わり、帰路につく。その間もいろいろと話した。家でも一緒にいるが、その時とは違った楽しさがあった。
だがそれもあっという間。すぐにお互いの部屋の前に来た。ほぼ同時に鍵を開け、扉を開ける。部屋の中に入ろうとした総司だが、衣里に声を掛けられた。
「なあ、総司」
「なんだ?」
「さっきは助けてくれて、ありがとな」
「気にするな」
「あと……」
少し言いよどむ衣里。総司はせかすことなく続きを待つ。何か覚悟を決めたみたいな表情をした衣里だが、表情を変える。見れば顔は少し赤い。
それは夏の夕日に照らされてかそれとも照れてなのかはわからない。そんな赤くなった顔で――
「助けてくれた時の総司、すごくカッコよかったぞ」
微笑みながら言った。今まで見た中で1番可愛く感じてしまった総司。声を出そうとしても出せない。
そんな総司を置いて、また明日。そう言った衣里は玄関へと入っていった。残された総司はと言うと――
「その顔はズルいだろ……」
しばらく額を玄関の扉につけるようにしてその場に立ち尽くしていた。