5-2
珍しく衣里の来る時間が遅かった夏休みのある日。プリントなど各教科から出ている小さいものの課題は順調に消化していっている。それでも大きなものはまだ残っていた。
そのためそろそろ手を付けないといけないとわかっていつつも、やはり大きな課題――読書感想文とかそんなもの――は気持ち的に来るものがある。それでもやはりいつかはやらなければ夏休みが終わってしまう。
そんな中、ちょっとした提案があって読書感想文に手を出すことにした総司。そのため事前に本を調べるため、天気も良かったと言うことで久々に布団を干しつつスマホで調べ物をしていた。
「何見てんだ?」
「読書感想文を書くための本でおすすめの本を紹介しているサイトを見ている」
「ああ、そういえばそんな課題もあったな」
ソファーに並ぶように座っていた衣里は読書感想文のことなど、半分忘れていたらしく若干遠い目をする。どうやら考えていなかったようだ。
「あれ? そう言えば今日玲奈と図書館行くんだろ? 時間大丈夫か?」
「ああ。もう少ししたら出ていく。蘇摩も来るだろ?」
「その予定」
数日前、読書感想文に取り組もうと思っていた総司に玲奈からLENEが来た。一緒に図書館に行って本を探さないかと言うお誘い。
暇だったということですぐに了承した総司。相談した結果、今日図書館に向かうことになった。
まだもう少し時間があるということもあり、図書館に行ってから本を探すのではなく、ある程度絞ろうと現在スマホで本を調べていた。課題図書はすでにないだろうということで、それ以外でよさそうなものを調べている総司。
「なんかおすすめの本見つかったか?」
「うーん……ないことはない」
「どんなの?」
「ちょっと読もうか?」
「頼む」
気が付けば総司と同じく衣里もスマホで本を調べ始めていた。尋ねてくる割りには視線は画面に向けられている。そんな衣里を気にせず総司は読み始めた。
「昔々ある村に、闇商売で莫大な利益を生み出す浦島太郎という若者がいました。浦島さんが都市計画によって高層ビルの建築ラッシュが進む埋立地の海辺を通りかかると、子どもたちがブラック企業に勤める社畜を捕まえていました」
「ごめん。それなんて言う本?」
「『浦島太郎・違法建築の竜宮城を我が物に』っていう本だが?」
「なんだよそれ。明らかにヤバイ本だろ。読みたくないわ……」
気が付けば視線をスマホから総司に移していた衣里がドン引きしていた。
「そばによって見てみると、子どもたちがみんなで50代ぐらいの男性社畜をいじめています。見ると社畜は涙をハラハラとこぼしつつ、右手にモン○ターエナジー、左手にレ〇ドブルを持ち、その両方を交互に飲みながら、浦島さんを見つめています」
「よし、止めようその本。絶対ろくでもない」
「いいのか? このあと浦島は懐から札束を取り出すんだけど」
「やめろ。まじで止めろ。もっとましな本をだな」
そこまで言いかけて玄関のチャイムがなる。
総司はソファ―から立ち上がると、玄関へ向かった。総司に続いて立ち上がることはなかったが、来訪者が気になったようで衣里は玄関の方を見ていた。
返事をしながら玄関を開ける総司。
「はーい、ってレーちゃんと、……稚奈先輩!?」
「おはようソウ君」
「おはよう。今日もいい天気ね」
来訪者はワンピース姿の栗生家姉妹。夏服と言うこともあって薄手である。玲奈が白のギャザーマキシワンピースで稚奈は白のハイウエストのワンピース。
ちなみにだが、女性と出かけると言うこともあり総司も頑張ってはいる。白のワッフルTシャツにネイビーの半袖COPシャツに黒のカジュアルパンツ。ただ出かけるときに着ようと思っていたため、今はまだ半袖COPシャツを着ていない。
「もしかして稚奈先輩もご一緒ですか?」
「本当は用があったのだけれど、無くなっちゃって。それで参考資料を借りようと考えているの。一緒じゃ良くなかったかしら?」
玲奈と予定を相談しているときには稚奈も付いて行くと言っていなかったので少し驚いた。稚奈が申し訳なさそうな表情を見て慌てる総司。
「いえ、大丈夫ですよ! 本当に!」
「ありがとう。それよりも……私の妹はどう?」
「お姉ちゃん!?」
突然自分の話になって驚いた表情をする玲奈。
一瞬何がどうなのか分からなかった総司だが、何を求められているのか分からないほど鈍感ではないため、すぐに気が付く。
「服装、レーちゃんの雰囲気にとても似合っているよ」
「ソ、ソウくん。ありがとう。ソウくんも……」
「ありがとう。ただ、まだこの上に羽織るから」
「そうなんだ。じゃあもしかしてソウ君はまだ準備出来ていないのかな?」
どこか納得した玲奈と稚奈に総司が頷いた。話した時には図書館に集合だったということもあり、まさか来るとは思ってもいなかった。
ただ今1番気になっていることがある。
「やっぱり図書館で待ち合わせの方が良かったんじゃない? ここまで歩いてきたのだったら、かなり暑かったと思うのだけれど」
栗生家から総司のいるアパートの間に図書館が位置する形で建っている。そのため2人が総司の家まで来たとなると、図書館を通過したことになり、来た道を戻ることになる。そう言うこともあって図書館で待ち合わせの約束をしていた。
暑い中歩いてきたとなると総司としては心配である。
2人を出迎えた時に玄関の扉を開けたが、開けた瞬間外から空気が流れてきて、夏の暑さ特有のムワッとした空気が総司の頬を撫でた。一瞬開けただけでも十分暑かったが、この暑い中歩いてきた2人は尚更暑かったはずである。そんな中にずっといた2人が心配だった。
「確かに暑かったけれど、慣れているから大丈夫だよ」
「少し休んでいきますか?」
「いいのかしら?」
「大丈夫ですよ」
「それじゃあお言葉に甘えさせてもらうね」
2人を家に招き入れる総司。そのままリビングへと通した。
衣里の座っているソファーのところから玄関までは一直線になっており、玲奈の姿が見えた瞬間、衣里の顔が綻んだ。
「やっぱ玲奈だったか」
「あれ? 衣里ちゃん来てたの?」
「……悪い」
「いや、気にしなくていいよ。夏休み暇だもんね」
玄関を閉めるために1番後ろにいたということもあり、総司は衣里と玲奈の表情を見ることはできなかった。
総司は見ることが出来ていなかったが、衣里はどこか申し訳なさそうな表情をして、玲奈はというと笑顔を作ろうとしたが別の感情がわずかに隠しきれていない。
「どうしたんだ?」
「「なんでもないよ」」
「そうか? ならいいんだが。レーちゃんと稚奈先輩、何か飲みますか? っていってもお茶しかないのですが」
玲奈と衣里の返事に少しだけ違和感を覚えつつも飲み物はどうか尋ねる総司。さすがにあの暑さの所へ出ていく前には水分補給が必要。あとあの暑さの中歩いてきた2人が心配だった。
総司が尋ねると玲奈と稚奈が総司の方へ振り帰る。
「「お構いなく」」
玲奈と稚奈はそう言うが、総司は棚から使っていないコップを取り出すと、冷蔵庫の中で冷やしていたお茶を注ぎ、2人の近くのテーブルへと置いた。
「ありがとうソウ君」
「ありがとう」
しばらく休んだのち、4人は図書館へと向かった。
総司の部屋の中は冷房を聞かせていたと言うこともあり涼しく、外に出た際に温度の違いが激しくやっぱりやめようかと思ったが玲奈と稚奈、あとついでに衣里と出かけるのが楽しく感じたため何とか図書館までたどり着いた。
暑かったと言うこともあり水分補給をしつつ少し休憩をしたのち、各自お目当ての本を探しに行く。
稚奈は参考書を探しに別行動し、衣里は適当にぶらついて気になる本を手に取るとのこと。総司と玲奈はとりあえずカウンター近くにある机へと向かった。
「やっぱりないね」
「まあ夏休み半ばだしな」
カウンター近くにある机には読書感想文を書くにあたっておすすめの本や課題図書が置かれているはずであった。ただ毎年読書感想文はあると言うこともあって早期に借りられたのか課題図書はなく、おすすめの本もほとんどなくピンとくるものが残念ながら見当たらない。
「ソウくんって何の本で読書感想文を書くか決まっているの?」
「いや。一応候補は決めているけれど、まだ確定していない。あるかどうかわからないしな。レーちゃんは?」
「同じ」
玲奈がそういうとお互い力なく笑った。行き当たりばったりだと大変なため、2人はスマホを使って良さそうな本を探したり、棚まで見に行き手に取って読んでみるなどして探す。
もちろんネットに乗っているおすすめの本というのは他の人も参考にする。そのためほとんどなかった。
探している最中にテーブル席で机の上に教科書やら参考書を開いて勉強している生徒らしき人達の姿もちらほらと見かける。ここらへんでは何気に1番大きい図書館というだけある。
そんな勉強に熱心な人達をはた目に玲奈と2人で読書感想文用の本を探すのが楽しく、あっという間に時間が過ぎたように感じた総司。
「2人ともどう? 見つかったかしら?」
「うん、見つかったよ」
「お待たせしました」
「そこまで待ってないわよ。私も今さっき欲しい参考書が見つかったばかりだから」
柔らかい笑みを浮かべながら稚奈は参考書を見せてくる。稚奈は現在3年。受験を控えているということもあり、受験勉強をしているのだろう。そのことに気が付いた総司は、来年自分が同じような立場になることに何とも言えない気持ちになっていた。
そんな気持ちに浸っていると衣里もやってくる。
「あったか?」
「ああ。そういう間宮と玲奈、それに稚奈さんは?」
「大丈夫だ」
玲奈と稚奈の代わりに答える。
ぱっと見たところ手には何も持っていない衣里。それでもあったというからには、家を出る際に持ってきたショルダーバッグに入れていると思われる。
「さて。それじゃあ全員見つかったと言うことだし、どこかに食べに行こうかしら?」
稚奈の提案でようやく空腹に気が付いた総司。腕時計を見れたすでに昼を回っていた。周辺に何の店があったかを頭の中で思い出す。
「この辺だと、あそこの喫茶店かな? それともうどん?」
「男の子だと、たくさん食べたいわよね?」
図書館に入る前に、近くに喫茶店とうどん屋さんがあったのを見かけたため、玲奈がそこを言っているのはすぐに分かった。総司としてはどちらでもよかったので、3人に任せるつもりである。
「俺はなんでもいいのですが、3人は何を食べたいですか?」
「私はなんでもいいかな」
「私もね」
「オレも特にこれと言って食べたいものはないかな」
全員苦笑いした。自分からこれを食べたいと言うのが憚られるのか、それとも本当に食べたいものがないのか。さすがにこれじゃあいつまで経っても決まらなさそうなため、総司が提案する。
「喫茶店に行きますか? うどんだけじゃなく、いろいろ種類があった方がいいでしょうし」
総司の提案に3人が頷いた。
総司たち読書感想文組の本の数はそれぞれ1冊。対する稚奈は複数冊を一気に借りたようで、総司が自分から申し出て少し持つ。もちろん稚奈は申し訳ないからと言って断ったが、総司が引かなかったため、別れるまで持ってもらうことにした稚奈だった。
一行は総司の提案通り喫茶店へと向かった。