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気が付けば7月に入り、期末試験が近づてきたとある日。
ただ外を歩くだけでも体にじっとりと汗がにじんでくる中、総司は学園へと続く長い坂を上っていた。
日が早く登るようになってきたため、最近は早く目が覚めるようになり始めた。特に今日は一段と早く目が覚めた。目が覚めるのはあまりの暑さからなのか、カーテンをしているとはいえ太陽の光を感じて勝手に目を覚ますのかはわからない。
もうひと眠りしようかとしたが寝ている間に汗をかいたようでシャツは濡れ、体にへばりついていた。さすがにそのまま寝る気にもなれず、汗臭いまま学園に登校するつもりもなく。シャワーを浴びたところ本格的に目が覚めた総司。
結局そのまま起きたところ、特にしたいことがなかったため、普段より少し早くに学園へ登校するこにした。まだ少ないだろうと思っていたが、総司のほかにもちらほらと坂を上る生徒がいる。
「ファイト―!」
「「「オー!」」」
「声が小さいぞ! ファイトー!」
「「「オー!!!」」」
またいつもより早いためか、運動場や体育館の方からはまだ朝練をしている運動部の声が聞こえてきた。そんな声を聞きつつ、坂を上り切った所で汗をぬぐう。
伎根多摩学園がエコのためなんて言わず冷房全開の学園でよかったと総司はうっすら思った。
「毎年恒例有志による伎根多摩海岸の清掃ボランティア。参加してくれませんか?」
「今年も本格的な海岸シーズンを前に私たちの……伎根多摩の海を一緒に綺麗にしましょう!!」
校門と校舎の真ん中あたりに位置する場所で生徒会委員らしきグループが数名チラシを配っていた。それを登校中の生徒たちが無雑作に受け取っていく。
生徒会だが、学園祭が終わってしばらくたった時に生徒会役員選挙があり、稚奈を含む3年は生徒会を引退。引き継ぐかのように総司達2年の中から新生徒会役員が発足した。
生徒会が最初に活躍するのは体育祭だろうと思っていた総司は少し驚きつつも、前を歩いていた人がチラシを受け取る様子を眺める。
数日前に担任が近々ある海岸清掃について話していたのを思い出していた。総司が転校してきたと言うことで、再確認を踏まえて話していた内容を思い出す総司。
暑い中での清掃姿を想像し、少し大変そうだなと思いつつ、まだ短いが地域への恩返しもいいのではないか。またこれまで以上に友達を増やす絶好の機会と考えれば案外悪くのイベントかもしれない。ふとそんな風に思い生徒会役員に近づいて行った。
プリントを受け取ると、貰ったプリントを眺めながら昇降口へと向かう。
場所は近くの海岸で、開始時刻は平日の14時から夕暮れまで。
先生が以前、短縮授業の期間中に行われると言っていたが時間は昼からと言っていただけ。詳しい時間は言っていなかった。
それが気になっていたため総司は歩きつつプリントに目を通す。
学校が終わるのは午前。そこから移動及び昼食を挟み、それから海岸清掃とのことが説明欄に書かれている。さらには詳しい場所も書いてあった。距離としては歩いて行けないこともない距離。
生徒によっては自転車通学もあるが総司は徒歩。そのため移動はどうしようかと考えつつ教室へと入る。
「おはよ」
「え、あ、ああ。おはよう」
いつもより早く来たためか教室にはまだ3人しかいなかった。そのためなのかどうかはわからないが、普段挨拶を交わさないクラスメイトから挨拶をされ驚いた総司。
挨拶をしてきたクラスメイトはそのまま読んでいたらしい本に視線を落とした。
お化け屋敷で驚かされた時と同じように心臓がドキドキとしており、それを落ち着けつつ総司は自分の机に座る。そのまますぐにカバンを開けるとシャーペンを取り出し、貰ったプリントの下の方にある欄に名前を記入した。
「2年1組、間宮総司……と」
ただ書いたはいいものの、その紙はどうすればいいか書かれていなかった。尋ねようと思ったが3人とも何やら本を読んでいるため声をかけ辛く、まあどうにかなるだろうと思いクリアファイルに入れて机の中に入れておくことにした。
特にすることもなく暇なうえに、テストも近づいてきていると言うことで期末試験の範囲である教科書のページを流し読みする。そうしていると気が付けばクラスメイト達の数が増えていた。見ている間にもクラスメイトが「おはよう」といいながら教室へと入ってくる。
しばらくすると浩太と玲奈もやってきた。
「おはよう総司」
「ソウ君おはよう」
「2人ともおはよう」
「てか総司。お前真面目だな」
総司が読んでいるものが教科書であると分かった浩太と玲奈がそろって苦笑い。それを見て総司はため息をついた。
「仕方ないだろ。テスト近いから勉強しないと。あと暇だった」
「ソウ君真面目だね。私もそろそろ勉強しないと」
つい最近中間試験を終えたというのに、もう間もなく期末試験まで1週間になろうとしている。間に文化祭が入ったと言うことで早く感じたのだろうかと話していると浩太がついに耐え切れなくなったのか頭をガシガシとかきむしる。
「あー、もう! 2人とも真面目過ぎだ! もっと楽しいこと話そうぜ!」
「楽しいことってどんなことだ?」
「楽しいこと――ではないが、総司は海岸清掃に行くのか?」
総司と同じように生徒会から貰ったのか清掃活動の案内のチラシをポケットから取り出し、総司の机の上に広げる浩太。
こういう紙ならクシャクシャに丸めてポケットに入れそうな浩太だが、そんなことはせず綺麗に折りたたんでポケットに仕舞っていたようで皺は入っていない。
「ああ。そのつもりだ。浩太とレーちゃんはどうするつもり?」
「私は参加するかな。去年もだけど、お姉ちゃん参加するみたいだし」
「俺はヒナと相談してからだな。あいつがどうするかで――」
「栗生先輩って生徒会長を終えたんじゃなかったっけ?」
玲奈は参加する予定で浩太はまだ分からない。さすがにクラスから1人だけ行くと言うことはないと思うが、知っている友達が行くとなると安心できる。内心ほっとした総司。
それと同時に玲奈の言った言葉に気になるところがあった。『元』生徒会会長なら別に行かなくても大丈夫なのではないだろうかと思った総司。
「海岸清掃って地域に貢献するっていう名目なんだけど、新しく出来た生徒会が大きな行事の前までに一度動いてみるって目的もあるみたいで。もしかしたら分からないところが出たら大変だから様子を見に行くつもりみたい」
「なあ、総司と栗生さん。俺を置いて話さないで?」
浩太を置いて総司と玲奈が話していたため、総司の隣で困り顔を浮かべていた浩太。別に浩太が彼女とどうしようか興味がなかったので聞かなかっただけである。
まあ遮ったのは悪いと思っている総司。反省はしていないが。
「いつでも話に入ってきていいんだぜ、浩太」
「あれ!? 俺が悪いの!?」
「ア、アハハハ……」
総司と浩太のやり取りに渇いた笑い声をあげる玲奈。
そんな時、入り口から「おはよう」と挨拶を交わす声が総司の耳に聞こえてきた。最近よく聞いている声だったということで視線を向けると、衣里が自分の席――総司たちがいる席の方へ違付いてくるところだった。
「おはよう、衣里ちゃん」
「おはよう玲奈。あとお前らもおはよ」
「「おう、おはよ」」
ちょうど隣に来たところで、総司の机の上にある浩太が貰ってきたチラシに衣里は気が付いたようだ。いったん荷物を机の上に置くだけ置くと準備せずに玲奈の隣からのぞき込むようにして見る。
「……海岸清掃? 間宮は出るのか?」
「ああ。そのつもりだ。蘇摩はどうするんだ?」
総司は返事をしながら先ほど自分の名前を書いたチラシを机の上に広げる。その紙を見つつ、衣里がげんなりした顔をした。
「暑いところにあんまり出たくないんだよな……。まあちょっと考えてみる」
「そうか」
総司としては無理して連れていくつもりはなかった。もし未だにクラスと馴染めていなかったら考えたが、すでに馴染んでいる衣里。
いや。暑い外に出ると言うことで無理やりはダメだな。そう考え直しつつ総司は再び3人の会話に戻った。
その後も4人は少し会話をする。
玲奈の話からして海岸清掃だけではなく、他にも生徒会や各役員会主導などで年間を通してボランティア活動は都度行われるとのこと。
普段町を歩いていて思ったが、町全体が割と小綺麗なのもその影響なのかもしれない。そんな風に総司は感じたのだった。
ほどなくして担任の先生が教室に入ってくる。
「はいはーい。静かにして早く席につきなさい! ホームルーム始めるわよー!」
その言葉と共に、クラスメイトがそれぞれの席に戻っていく。
総司の周りにいる浩太たちも席に戻ろうとする。その段階になって、1つ聞きそびれていたことに気が付いた総司。
「そういえば、浩太。この紙って誰に渡せばいいんだ?」
「さあ。委員長あたりじゃね?」
「ほらそこ。早く席に座りなさい」
「はーい。ほんじゃ総司。また後で」
「引き留めてすまんな。また後で」
担任の先生に注意された浩太はきちんと自分の分を手にすると自分の席へ戻っていった。さてどうしようかと手元にあるプリントを見る総司。
結局、紙はホームルーム中に先生が回収した。
また生徒会の人から配っていたプリントを貰っていない人もいたため先生が同じプリントを持ってきていた。前から連絡していたと言うことで、貰っていない人のうち参加希望の人は担任の先生からプリントを貰うと名前を記載しそのまま先生に提出したのだった。