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週が明けた月曜日。
真っ新な制服に身を包み、一昨日通った新しい通学路を通って総司は登校する。
今日から同じ教室で勉強するクラスメイトに紹介する大事な儀式とも呼べるものがあるため、一度職員室にいる担任の先生の元へ。
ある程度余裕を持ってやってきていたため、職員室の前で待機していた総司。ついにホームルームの時間が迫ってきたようで、先生と共に教室へと向かう。
先に先生が教室に入ってしばらくしたのち呼ばれた。
転入手続きをしに来た時に顔を合わせた玲奈以外は全員知らないやつばかり。
玲奈と同じクラスになったことに驚く時間すらほとんどなく、担任が総司に声をかける。
「それじゃ、間宮くん。自己紹介をお願いね」
「間宮総司です。数年前にこちらに住んでいましたが、親の都合で戻ってきました。珍しい時期の編入だと思いますが、今日からよろしくお願いします」
教卓の前で実に当たり障りなく、受け狙いもすることなく、無難かつ簡潔に自己紹介を済ませて頭を下げる総司。
ここで賭けで受け狙いをすれば良かっただろうが、そんなレベルの高いことなど総司にはできなかった。
パチパチ新しいクラスメイトの拍手を受けるその最中。
「ソウくーん!」
つい一昨日再開を果たした玲奈が総司に総司に声を掛け――
「総司!」
総司にとって聞き覚えのない男の声も聞こえる。玲奈とたまたまクラスメイトになった驚きは、謎の男にかき消されてしまった。
誰だっけ、あいつ。と総司は脳みそを絞る。
そうこうしている間にHRが進んでいき、『間宮くんと仲良くするように』と言うのがメイン内容のホームルームが終わると、何人かのクラスメイトが総司の席へとやってきた。
やってこなかった者は興味がないというわけではないようで、遠巻きから総司を見るものもいる。
「間宮、だっけ? これからよろしくな!」
「こちらこそ。わからないことだらけなんで、いろいろとよろしく」
「ねえねえ? 前にこの辺に住んでたんでしょ? どこどこ? 家って、どの辺?」
「ってか、玲奈と知り合いなんでしょ? どういう関係なの? 玲奈も教えてよ!」
「ど、どういう関係でもないよー。ソウ君の家とは、家族ぐるみのお付き合いで……。いわゆる幼馴染で……」
クラスの女の子に背中を押され、間宮の前に玲奈が姿を現した。間宮と玲奈が向き合い、その周りを何人かが取り囲んでいる形になる。
「あ、栗生さん。土曜はどうも」
「うん、どうも。こっちに帰ってきてたの知らなかったから、びっくりしちゃった!」
「ごめんな、まだ片付けが終わってないから慌ただしくて」
「ううん、いいのいいの」
「え? ちょっとまって? 土曜日に教室の外で玲奈が外で話していたのが間宮くんなの?」
玲奈を起点にクラスメイトとの溝が、埋まっていくような、そんな気が総司はしていた。
昔知り合っていたこと、そしてこの学校に転校することを勧めてくれた両親。そしてこのクラスになったことを間宮は心の中で感謝していた。
「まさか土曜日に密会していたのか?」
そんな言葉と共に姿を現したのは、挨拶したときに、玲奈と共に総司を呼んだ男だった。本当に見覚えがない男子生徒で、再び総司は脳みそを回転させる。
だが……
「あの、どちらさまですか?」
「おいおい、昔馴染みを忘れられちゃ困るな」
そう言って苦笑いする、身長が高く茶髪のちょいチャラめの爽やかイケメン。
対する総司は……
「昔……馴染み……?」
さらにわからなくなっていた。そんな総司に苦笑いを浮かべる男子生徒。その男子生徒と仲が良いのか、クラスの男子生徒が笑いながらドンマイと背中をバシバシ叩いている。
「お、おいおい。忘れてしまったか?」
「あ、会ったこと……ありました?」
「そうか。まあ俺もあのころと比べたら、いろんな意味でオトナになったし、無理か」
そう言って口の端を少しあげて苦笑いする男子生徒は――
「八重柱浩太だよ。思い出したか?」
「八重柱……こう……ああ! 苗字はカッコいいのに名前が残念な!」
「うっせぇわ! ともかく、またよろしくな」
「ああ」
差し出された手を総司が握り返すと、浩太はニカッと良い笑顔を浮かべた。やはりイケメンは笑顔を浮かべると何割かカッコよくなるな。そう心の中で思う総司。
「あ、そうそう。こいつも紹介しておかないとな。テシだ」
「勅使河原清司だ。みんなからはテシと呼ばれている。柔道部に入っている」
浩太の隣で爽やかそうな笑顔をたたえながら仁王立ちのポーズを決めている男子生徒。服の上からでもわかるほどに筋肉が発達するほどにガタイがいい。それに苗字が浩太よりかっこよかった。
その後も次々と自己紹介されるがさすがに初日で全員を覚えるなど不可能に近い。
午前中のカリキュラムを3時限ほど終えたところで総司の元に玲奈がやってくる。次は移動教室と言うことで、手には教科書やペンケースなどの荷物を持っていた。
「どう、ソウくん。勉強付いて行けそう?」
「まぁ、どうにかはなるな。前の学校の方が進んでいたし」
授業のスピードも特に速くはなく、十分ついていけている。それに総司が編入試験に合格できた以上、伎根多摩学園の学力から大幅に外れていると言うことはない。
「それならよかった。わからないところがあったら、遠慮なく聞いてね。ただまあ、テストの時はお姉ちゃんに頼った方がいいのだけれど……」
そういって苦笑いをする玲奈。
ただその言葉に違和感を覚えた。
「……姉? 栗生さんに姉っていたっけ?」
「え……って、あ、そうか」
そこで何やら完全に忘れていたことに玲奈が気が付いたようだ。
「えっと……実はお母さん、再婚しまして」
「え?」
「苗字はお母さんの方になったの」
「そうか」
総司はそれを聞いて少し安心した。
玲奈の母親は言わばシングルマザーだった。そのため近所に住んでいた総司の両親……主に母親が、玲奈の母親を手伝っていた。例えば玲奈の母親が仕事に行くときは総司と一緒に玲奈の面倒を見る。そのため家族付き合いがあったというわけだ。
「で、お父さんの方に義理なんだけれど、今のお姉ちゃんがいたの。もちろん姉妹仲はいいよ」
「そうか。それは良かった」
「それよりもソウ君。次移動教室だから移動しないと。一緒に行こ」
一度校舎内は見て回ったとはいえ、どこに度の教室があるかなど把握していない総司。玲奈の提案により一緒に移動することとなった。
浩太と一緒に昼食をとった昼休みのあと。満腹から来る眠気に総司は耐えつつ午後の授業を終え、気が付けば放課後を迎えていた。
ノートをまとめ終えてから大きく伸びをする総司に玲奈が近づいてくる。
「転校初日お疲れさま、ソウ君。学園生活はどうだった?」
「知り合いが多くてぼっちにならずに済んで助かったよ」
「良かった。何かあったら私に頼ってくれてもいいからね?」
「ああ。うん、ありがとう。とりあえず浩太に頼ってそれでも分からないことがあれば頼るよ」
年頃の男女である以上、あまり距離を近くしていると、妙な噂が立つことがある。幼馴染というだけで、玲奈さんとの間にありもしない噂が立ちそうだし、迷惑をかけたくはなかった。それを恐れたために総司はそう言った。
一瞬だけ玲奈の表情が曇ったが総司は気が付かなかった。
「それじゃ栗生さん。またな」
「え、ソウ君……さよならー」
荷物を持って立ち上がった総司は玲奈の返事を聞き終える前に教室を後にした。
総司が向かったのは学校の図書室。土曜日に見に来た時は閉まっていたが、平日の放課後は開いているかもしれないと言うことで見に来た。
今後使うかもしれないためどのような本があるか確認したかった。
図書室の扉に手を伸ばそうとしたその時――
ドサドサドサッ!
何か重たい物が落ちる音が隣の部屋からする。入り口の上にある札を確認すると生徒会室となっていた。
一般生徒、しかも転入初日の生徒が入るのは憚られるがものすごく心配になった。
少し耳を澄ますが何も音はしない。
心を決めノックをすると、「え? 嘘でしょ?」とどこか焦った女性の声が聞こえた。
もう一度ノックをすると少し遅れて「どうぞ」という声がかかってきた。
「失礼します」
総司が扉を開けると、壁際にちょうど立ち上がる女子生徒がいた。ふわふわとした薄亜麻色髪の毛は光沢が見え、透けるような乳白色の肌は肌荒れを知らないのではないかと思う滑らかさを保っている。整った目鼻立ち。そして完璧なプロポーションである。物腰の柔らかそうな雰囲気で、まさに理想のお姉さんといった感じの女性。
その女子生徒以外誰もいない。
そして女子生徒の足元には近くの棚から落ちたであろう本や紙が散乱していた。