3-7
本日1/2話目となります。
いつかは分からないが、こういう場合スローモーションのように見えると表現していた人がいた。だが実際は映像のコマを飛ばして見ているように一瞬だった。自分の動きの速さに驚く総司だが、それも次の瞬間には吹き飛ぶ。
――どさ、どささささっ!
「う……」
連続して背中に何か鈍いものがゴトゴト音当たる感触。その衝撃に思わず呻く。だが上から落ちてくる段ボールはそんなものお構いなし。間髪入れずに頭に何か硬いものが当たってガクンと揺れた。
「あいた……」
玲奈に覆いかぶさるのが一瞬の出来事だったように、落ちるのはあっという間だったらしく衝撃はすぐに止まった。落ちてきたものがそれで全部かと頭を上げるとついでに落ちてきた何かがまた当たった。
「くあっ!?」
「ソウ君!?」
何が落ちてきたのかは分からなかったが、感触からなんとなく本だろう。そんなことを考えながら当たったところに発生している痛みに耐える総司。
むしろそれが玲奈に当たったかと思うと自分で良かったと心の中でほっとしていた。
覆いかぶさっているということで下から心配そうに見上げる玲奈と視線が合う。お互い顔の位置が近く、相手の目に自分の顔が映っているのが確認できるほど。
「ソウ君大丈夫?」
「なんとか。れーちゃんは?」
「おかげさまで」
「それは良かった」
玲奈のその言葉を聞いてひとまず安心できた総司。怪我がなかったため今度は段ボールの山から抜け出すことを考え始める。とりあえず動いてみる。だがそれと同時に真横のダンボールがまた僅かに揺れた。どうやら総司に少しだけもたれかかる形で段ボールが傾いているようだ。
再び落ちてくるのではないか。そう思ったため、ビクッと身を竦めてお互い動きを止めてしまう。だが幸いにも段ボールは落ちてこない。それでも先ほどのように時間差で落ちてくる可能性もあったため動かずじっと様子を見る。
壁にかかっている時計の針の音や、遠くの教室で起きた笑い声が聞こえてくる。
ぐらついた際、総司には当たらなかったが近くに段ボールが落ちるということもなく、それらしい音も聞こえない。
落ちては来なかったが、次動けばどうなるかなんてわからない。さてどうしようかと思っていると再び玲奈と視線が合う総司。
冷静になれたからこそ、ふと1つのことに気が付いた。今の子の状況を第三者から見れば覆いかぶさって襲っているように見えないこともない。むしろこんなところ見られたら間違いなく誤解される。
扉は閉まっているのであればまだ慌てなくても良かったが運悪く開けっ放し。しかも廊下からはほとんど丸見えで、早くどうにかしないとまずい状態である。
だがこんなまずい状態にもかかわらず、香水とも違ういい匂いが玲奈から漂ってきて総司の鼻孔をくすぶる。以前栗生家に遊びに行った際に、玲奈の部屋で感じたものと同じ匂い。
「ソウ君?」
「ち、ちがっ、埃がね」
総司の様子に違和感を感じたのか訝し気な表情で見てくる玲奈に、苦しい言い訳を言った総司は途端むせそうになった。この一瞬で自分の株が暴落したのではないか。そんなことを思いつつ、なんとかゆっくりとした呼吸で自分の心を落ち着かせる。
本人の知らない間に緊張して息を止めてしまっていた。
周囲の箱を崩さないように少しずつ体を動かすが、そのたびに総司にもたれるように若干斜めに傾いている段ボールがぐらつく。かなり不安定で危ない。無理して抜け出し総司が退いた後に玲奈へと段ボールが倒れてきたらそれも危ない。覆いかぶさって助けた意味がなくなる。
1番怖いことが段ボールの中に何が入っているか不明なこと。
再びどうしようかこの場ではどうするのが1番いいのか考えていると玲奈が心配そうな表情をして総司を見上げていた。
「あ、ソウ君。頭大丈夫?」
「それはもともと悪いよ」
「そんなこと言ってるんじゃなくて、怪我してる」
「ああなら余計に良かった」
「なんで――」
「女の子が怪我するよりいいだろ」
何を当たり前のことと思っていたが、玲奈は不満げな顔をしているが総司は気が付いていな。
というのも、体を少しずつ動かしどのあたりが動かしても安全な範囲か探っているため。そちらにほとんど意識を持って行っており、総司はほとんど考えずに答えていた。
「それに、せっかく綺麗なのに傷とかついたら大変だろ。あと、ごめん。もうちょっと待って」
体をゆっくりと動かして段ボールが落ちてこないか確認しようとしている総司をよそに、玲奈が顔を赤くする。だが総司は揺れたらすぐに分かる用隣の段ボールを見ており気が付いていない。
「そ、ソウ君!? な、何言っているの?」
「うん? 肌綺麗じゃないか。近くで見てもよくわか――あ、いやごめん。いやらしい意味で言ったんじゃなくてさ」
顔を書かくした玲奈にものすごい不満げに睨まれる総司。
いくら幼馴染と言えど、こんなくっついているような状況が不満なのは分かるんだけど! と内心思っていると玲奈に顔を逸らされた。そんなに嫌なのかと少し傷つく。
「そ、それはいいから、早くどいて……欲しい、な」
「あ、ああ。ごめん」
そうだよなと気を取り直して体にもたれかかっているため、いつ倒れてもおかしくない段ボールに視線を向けると再びゆっくり体を動かす総司。
少しだけ気になり玲奈の顔を見ると、横の物が崩れてこないか玲奈も横目でそちらを気遣っていた。そんな時に上の方にあった段ボールのバランスが崩れたのだろう。ゴンッと総司の後頭部に降ってきた。
少しでも早く離れようとそっちに気を回していたため、注意が疎かになっていた。そのためまさか落ちてくるなんて思ってもいなかった総司。衝撃を受け頭がまた下がる。
まずい、レーちゃんに頭突きをかます。そう思って総司は首をひねると頬を押し付ける形になった。
「んん」
何やら玲奈からくぐもった声が聞こえた。それと同時に総司の頬に何やら柔らかい感触がする。首をひねったためにわからなかったが、レーちゃんの頬だろうと思った総司。だがぶつかってしまったのには変わらない。慌てて謝る。
「ご、ごめん」
「それはいいから、早く退いて欲しい」
顔を見れはそういいつつ玲奈は顔真っ赤にして総司から目をそらした。
総司としても玲奈の言う通り、早く退かなければと思っている。されど周りのものが崩れてきそうで危ない。先ほども落ちてきたばかりだ。またすぐに落ちてくる可能性は十分にあった。
どうしようかと考えるまでもなく1つ案を思いついた。
「なあレーちゃん。俺の下から抜けられないか?」
自分がかばっている間に玲奈が何とか抜けてしまえばいいのでは。そう思って尋ねたが玲奈は顔を真っ赤にしたまま涙目で睨んでくる。
「スカートまくれそうなんだけど」
「むしろ誰も見ていないうちになら――あ、いや、俺は見えないし! 大丈夫、見ないから!」
「絶対こっち見ちゃダメだよ。いいって言うまで動かないでね。いくらソウ君でも怒るからね?」
「わかった、わかってる」
それが余計な一言だったのか。幼馴染とはいえあまり信用されていないのを玲奈の視線からなんとなく感じてしまった。自分の株が暴落するわ、玲奈にずっと睨まれるわでだんだんと疲れてきた総司。
だがそんな総司を置いて、ついに決心がついたのか玲奈が下でもぞもぞと動き始める。
総司と玲奈の体の間にはほとんど隙間がない。そのためある程度分かっていたが、柔らかい体が動く感触――というより胸が時折当たる感触で変な声が漏れそうになる総司。
総司だって年頃の男子。興味が無いわけではない。
「ん、んんっ……は、ぁ……ソウ、君? もうちょっと体ずらせない?」
それに加えてなんとか総司の体の下から抜け出そうと体を動かして苦しそうな玲奈の声も色っぽく感じる。総司から見ても十分に女性としての魅力がある玲奈。胸の当たる感触も色っぽい声もどちらも玲奈の者と言うことで意識してしまう総司。
自分が抜け出すことに必死な玲奈はそんなことに気が付いていない。総司の体に寄りかかるようになっている段ボールにぶつかり、その衝撃で倒れたりしないようゆっくりと体を移動させている。
そんな玲奈に気を使い、少しでも動けるスペースを作ろうと総司も気を付けて体を動かす。
「ん、く……ふぁ、あ、うぅん……」
「は、ぁ……はぁ……くっ」
両方ともにどんどん息が荒くなっていく。
玲奈は何とか抜け出そうと体を動かし、腕立て伏せに近い体制のポーズをずっと続けている総司にとってはそのポーズが辛くなってきた。
また玲奈が抜け出すにあたって捲れたスカートを見ないよう顔を背けているが、気を抜けば欲望に負けて見てしまいそうになる。そんな体力的にも精神的にもそろそろ限界が近づいてきている総司。
「まだ、か?」
「ちょっと……待って、もうちょっと……だから……」
総司は顔を背けているため分かっていないが、玲奈はすでに体の半分ほどが抜け出せていた。ただ近くに段ボールが落ちていると言うこともあってスペースがほぼなく、僅かに空いたスペースを使って残りの部分を引き抜こうと試行錯誤している。
「ごめん、もう持たな……い、かも」
「え、うそ? まだ……まって、もうちょっと……お願い、ね?」
あ、やばい。このやり取りがもうやばい。若い男子学生の妄想的な意味でも、筋肉的な意味でも。
そんなバカなことを考えている余裕などないぐらい、追い込まれているにもかかわらず、のんきにそんなこをと考えている総司。人は本当に限界が近づくとなぜか余裕になるよなと考えているとついに。
「あ、抜け、た……」
ようやく、なんとか玲奈が総司の体の下を抜けた。抜けたという言葉を聞いた瞬間にもう大丈夫だと安心してしまう。それと同時に――
「あ……」
別に意識してしたわけではない。ずっと力を入れていたはずだが腕に限界が来たのだろう。腕の力が一瞬抜けた。それと同時に支えられなくなった体がガクンと体が崩れる。
体が崩れたと言うことは、総司の体に斜めに寄りかかっていた段ボールが支えを失ったということ。斜めにもたれ掛かるようにして支えを失った段ボールはどうなるかなど誰でも分かることである。総司の体めがけて揺れるダンボールが雪崩のように音を立てて落ちてきたのだった。
倒れたばかりで身構える暇もない総司の体めがけて。
――ばらばらばら、どか、どさどさどさ!
「ソウ君!?」
「お、おお、大丈夫?」
ものすごい音を立て完全に崩れ落ちた段ボールの向こう側から心配そうな玲奈が声をかけてくる。それになぜか疑問形で返事をしながら、総司はもぞもぞと空のダンボールの中から起き上がった。
最後に落ちてきた段ボールは衝撃で蓋が開いている。中身は段ボール。段ボールというより何かプレゼント用の箱であった。緑色や赤色で柄からもクリスマスか何かの箱だろうと目星が付く。
そんなものが適当に入っていて中身はスカスカ。結果として大きな怪我にはならなかった。
そんな段ボールが入った段ボールでも角の部分が体に当たれば多少は痛い。そのショックで先ほどまでのエロ妄想がとりあえずは吹っ飛んだ総司。頭をさすりながら周りを見回す。
「今のより、最初に落ちてきたものの方が痛かったな」
きっと最初に当たったのはこれだろうと近くにあった物を見る。総司の背中に当たったらしいそれは分厚い本。英語で何が書いてあるかわからない同じ装丁の本が数々。痛いはずである。作業のために動きにくいから体操服の上着を着てこなかったのもまずかった。
「おい、どうした? 何か凄い音聞こえたが」
女性の声が聞こえたため2人が同時に入り口へと視線を向けると衣里が心配そうな表情でのぞき込んでいた。どうやら廊下まで響いて聞こえたらしい。
「いや、大丈夫……ってこともないな。荷物が落ちてきて散らかっただけだ」
「怪我は?」
「ないはず」
心配そうな表情の衣里の方を見つつ、汗が垂れてきたため髪をかき上げる総司。それを見た玲奈がものすごく驚いた表情をした。
「あ、頭。血出てる」
「え、まじ――うわ、ホントだ!」
汗かと思って髪をかき上げた総司の指には血がべっとりとついていた。
いろいろありすぎて当たったことに総司は気が付いていなかったが、怪我をした所は別の物が落ちてきてぶつかった場所である。
「ど、どうしよう」
「頭の怪我は派手に見えるから大したことないと思うんだけど」
「なわけないだろ」
衣里からは睨まれ玲奈からは心配そうな表情を向けられる。自分の怪我が見えないので血の量から怪我の程度をなんとなくだが予想しようとするが分かるわけもない。
ふと心配になった総司は床を見て刃物が落ちていないか見るがそんな危ない物は落ちておらず安心して息をついて安心してしまう。
そんな風に落ち着ていると衣里が心配そうな声で総司に尋ねた。
「なんでそんなに落ち着いているんだよ」
「この程度の怪我は慣れているんで。ちょっと保健室行ってくるけど……必要ないかな?」
床にちらかった物が目に留まった総司。さすがにこのまま放置するわけにもいかないほど散らかっている。これを玲奈と衣里の2人で片付けるのは明らかに無理である。理由を説明すれば怒られはしないだろうが、事故とはいえ散らかした以上片付けは行いたい。
そんな考えが分かったのか、玲奈は涙目で睨んだ。
「行ってきて」
「……分かった。それじゃあその間ここを留守にするわけにいかないから待っててくれるか?」
「それぐらいいいけど、1人で大丈夫なの?」
「だから大したことないんだって。あ、それと片付けとかしてくれなくていいから。また崩れたら危ないし」
総司のその言葉を聞いて近くにあった段ボールへと伸ばした手を引っ込める玲奈。崩れそうな段ボールはすべて崩れ切ったように見えるため、ぱっと見は大丈夫そうである。だがもしがあってからは遅い。
「まあ2人とも案外しっかりしているから大丈夫だと思うけど……」
「いいから早く保健室」
「あ、うん。えっと、ごめん?」
なぜ謝ったんだろうと、謝った本人である総司は疑問に思いつつ、2人をあまり心配させないためにも保健室へと向かった。
結局怪我は本当にたいしたことなかった。
ただ頭に絆創膏貼るわけにもいかず、消毒して血も止まると「触らないように」と保健室の先生に言われ、総司は先ほどの教室へと戻ってきていた。
「あ、ソウ君!」
「お、間宮」
「間宮君」
「あ、えっと、ただいま戻りました」
荷物置き場となっていた教室には玲奈と衣里だけだと思っていた総司だが、稚奈と他に3人生徒がいた。まさか玲奈と衣里以外にも人がいると思っていなかった総司に稚奈が声をかけてくる。その表情は心配している物だった。他の3人も同様の表情を見せている。
「荷物が崩れたって生徒会室に蘇摩さんが伝えに来たのだけど、大丈夫なの?」
「そこまで大きな怪我じゃなかったので大丈夫です」
稚奈の言葉で衣里が生徒会室に連絡を入れたことが分かったと同時に、誰だか分からない3人は生徒会のメンバーであることもなんとなくだが分かった。そして今ここにいる稚奈は生徒会会長として立っている。
大丈夫だと答えた総司だが、稚奈はまだ安心していないらしい。その証拠に再度尋ねてきた。
「本当? 嘘ついてない? 頭から出血したって聞いたのだけど」
「本当に大丈夫です。心配をかけてすみません」
「そう? ならいいのだけれど。無理しちゃだめよ?」
言葉とは裏腹にまだ安心してないような表情の稚奈。ただこれ以上は逆に総司に迷惑だと思ったらしく、詮索はしてこなかった。
稚奈の後ろに立っている生徒会らしきメンバーを含む全員がほっとした表情をしていた。
「栗生生徒会長。散らかったからと言うわけではありませんが、この部屋を一度整理する必要がありそうですね」
「ええ。ぱっと見、まだ倒れてきそうなものもあるわ。これ以上怪我人を増やすわけにはいかない。青葉君。スケジュールを確認して、人員の割り振りをお願い」
「分かりました」
稚奈に青葉君と呼ばれた人はすぐにどこかへと去っていく。そのまま稚奈は残りの生徒会の人に声をかけた。
「敷島くんと伊勢くんは自分たちの教室に一度戻っても大丈夫よ。もし教室での仕事がなかったらここの整理をお手伝いしてもらうかもしれないから覚えておいて欲しいわ」
「「わかりました」」
稚奈に敷島君と呼ばれた生徒と伊勢君と呼ばれた生徒の生徒会委員らしい2人も立ち去っていった。この場に残っているのは総司の顔見知りばかり。
さてどうしようかと総司が思っていると突然稚奈が頭を下げた。
「間宮君、本当にごめんなさい」
「え、先輩!? どう――」
「学園祭の準備が始まったときからここの整理の話は出ていたの。段ボールが崩れてきて危険かもしれないって。でも他のことを進めないといけなくて後回しになってて。こんなことならもっと早くに整理をしておくべきだったわ」
「先輩は何も悪くないですよね?」
総司のその言葉に稚奈が「え?」驚いた表情をする。僅かにだが玲奈と衣里も驚いた表情をしている。フォローと言っていいのかは分からないが、とりあえずそれっぽい物をしておくことにした総司。
「ぱっと見、危ないってわかっていたんですけど、いろいろあって俺も注意が疎かになってたんですよね。それよりも段ボールを積んだ人に文句言うべきですよ。急に本が落ちてくるんだもの」
「あれは私がぶつかって崩したから――」
「いや触ったほどで崩れる置き方をする方が悪い」
玲奈の言葉を遮る総司。これに関しては本心だった。
バランス悪く詰め込むにも程がある。場所によっては軽い物の上に重たい物を置くという明らかに危険な積み方がされていた。このような積み方では倒れる可能性があると思わなければならない積み方がされていた。置いた人が悪い。
うむ、と頷いた総司を3人は変な目で見る。
「あ、そうだ。レーちゃんは大丈夫だった? 怪我してなかった?」
「え、あ、うん」
「なら良かった」
実は怪我していたとかじゃなくて良かったと思う総司。ただその確認で聞いたのだけど玲奈に目をそらされた。もしかして助けられて俺に惚れた! なんて一瞬バカなことを考えた総司だが、すぐにそんな考えは捨てた。
自分が怪我をしたがために不安にさせた。やっぱそういうのはよくない。今後も少し気をつけていかないと。本当に気を付けることが出来るかは怪しいが、とりあえずそんな風に思う総司。
自分が少々無茶ばかりしていることぐらい総司だってわかっている。もし立場が逆だったら総司も心配したり不安になったりする。
思うのではなく、実際に少しだけしっかりしないといけないなと反省しつつ会話を変えることにした総司。
「それよりもレーちゃんと蘇摩さん、待たせてしまってごめん」
「それはいいんだけど、本当に頭大丈夫か?」
衣里の言った頭大丈夫? は別の意味に聞こえるなあ、というくらいには余裕がある総司。ふと廊下の端、物置となっている教室の入り口の近くにカーテンが置かれているのが見えた。
「だから大した事ないって。それよりもカーテン持って行かないとダメなんじゃないのか? 結構時間たってるだろ?」
「あ、ほんとだ! 早く持って行かないと!」
「それなら大丈夫だぞ。生徒会室に行くついでに、教室に戻っていろいろと説明するついでにカーテンは遅れるって言ってきたから」
少しだけドヤ顔をしてそう言いきった衣里。ふと気が付いてはいけないことに気が付いた総司。玲奈も気が付いたようだが、言うか言わないか迷っているため、総司が言うことにした。
「なあ、その時に一緒に持って行ったらよかったんじゃないか?」
「……。それじゃあさっさと持って行かないとな! 待っているからな!」
「あ、ちょっと、衣里ちゃん!?」
「間宮も早く来いよ!」
聞こえないふりを決めたらしく、衣里はカーテンを手にするとそのまま走って教室に戻っていった。そんな衣里の様子を見て総司がため息をついていると少しクスクスと笑い声が聞こえてきた。振り返ると稚奈が分かっている。総司が見ていることに気が付いたらしい稚奈は総司に微笑みを向ける。
「間宮君も戻っていいわよ」
「あ、それなんですが栗生先輩。1ついいですか?」
「あら、どうしたの?」
「この部屋の整理って俺も手伝いましょうか?」
総司の言葉に少しだけ驚く稚奈。だがすぐに何かに気が付いたらしい。
「もしかして散らかしたこと気にしている?」
「あー、少し……というよりかなり気にしてます」
「ふふっ。大丈夫よ。さっきも言ったでしょ? ここの整理は元からするつもりだったって。だから生徒会のほうでどうにかするわ。それでもやっぱり気になるかしら?」
少しだけ困った表情を総司に向けてくる。気にならないというと嘘を言うことになる。心の中で思っていることを正直に言うとすれば――
「手伝わせてください。ソウ君そう言おうと思っているよね?」
「え?」
「私、ソウくんの幼馴染だもの。言いたいことぐらいわかるよ。申し訳なく思っているんだよね」
「……」
まるで心の中を見透かしたような玲奈の言葉に最初驚かされた総司だがそれに続く言葉を聞いて今度は恥ずかしくなり頬を指先でかく。稚奈は玲奈が言い当てたことに少し驚いている。
「そうなの?」
「えっと……はい」
それを聞いて稚奈がどこか困ったような表情を見せた。自分の申し訳ないと思い手伝いを申し出ようとしたがために余計に迷惑を掛けさらに申し訳なく感じる。
そんな総司に助け舟を出すためか稚奈が提案してきた。
「それじゃあ、こうしましょ。部屋の整理は生徒会でやるのだけれど、もし人手が足らなかったら間宮君に真っ先に声を掛けさせてもらう。だからもし声をかけた際は手伝って欲しいわ」
「わかりました」
「でも、優先は貴方のクラス。喫茶店するのでしょ? 私案外楽しみにしているのよ」
「はい。学園祭の時はぜひ来てください」
稚奈も総司もここが落としどころだろうとそれ以上何も言わなかった。
稚奈と別れ、総司と玲奈が教室に戻ったら戻ったらでそれは大変だった。なぜか幼馴染を守った英雄と呼ばれたり、誰もいない物置代わりの教室で幼馴染を押し倒したケダモノ扱いされたりと。
一部誤った解釈になっておりそれに総司が正しいことを伝えるため一時作業が中断したりしたが、放課後を迎えるまでにはすべての作業が終わった。
残すは明日の学園祭を待つだけとなった。